8、
「“外”って・・・・店とかでもなくて本当の外なんだな」
会社から少し離れた街路樹のベンチに少し離れて腰かけると、かつての上司だった矢倉直人が苦笑しながら私に言った。
「それで、・・・・・何のご用ですか?」
「どこまでも他人行儀なのか?」
「・・・・」
ここまで移動する道中も、今も、私は目を合わせなかった。
以前の会社だって辞めたし、転職したし、引っ越しもした。
彼との思い出は何一つ、持ち込まないようにこの地にやってきたのだ。
それなのに────。
(ああ、もう帰りたい・・・・)
この空間にいるだけで、精神的苦痛でしんどい。
それなのに────彼が甘く熱い視線を、向けてくる。
「────ずっと、逢いたかった。」
(やめて・・・・もう)
「───結婚しよう、香子」
(もう、終わったんだから────・・・)
笑い飛ばしたら良かったのかもしれない・・・冗談やめてよと。
だけど、彼の瞳は真剣そのもので・・・私は苦しさから胸が詰まる。
「いや、“俺と結婚してください”、だよな」
言い直したところで、以前のように胸を熱くすることはもうないのに。
罪悪感だけが増していくだけなのに。
(だって────知らなかったんだもの・・・・)
「俺、香子のことが忘れられなくて。」
「そんな────困る・・・。そんなこと言われても」
先程までは強気な態度をとっていたけどそれも出来ないほど、彼の雰囲気に呑まれそうになっていた。
そう、“困る”の。
だって、私は────矢倉さんのことを本気で好きだったから。
嫌いになって、───別れたわけじゃなかったから。
ただ、出逢うのが遅かった。
ただ、出逢ったタイミングが悪かった。
何も、知らなかった私が悪かった。
「妻とも離婚したから。だからやり直そう?───今度こそ、幸せにするから」
違う。そうじゃない。
ずっと私は───そんな言葉が欲しかったわけじゃなかった。
(・・・・・ごめんなさい)
精一杯の懺悔を────私は口にする。
貴方を信じていた奥さんに。
奥さんに嘘をつかせた貴方に。
ひとつの家庭を狂わせてしまった事に・・・・。
「ごめんなさい。私はもう貴方を愛してません」




