子育て日記【藍堂有利】
芽榴の目の前にはお弁当箱が4つ。
一つは中くらいのお弁当箱、もう一つは小さなお弁当箱、そして残り二つは少し大きめのお弁当箱。
それらを眺めて、芽榴は小さく息を吐く。
「うーん。おかずどーしよっかなあ」
人差し指を顎に当て、芽榴は一人唸る。
芽榴の小さな弁当箱には、そんなに量は入らない。けれど他の弁当箱は結構な量が入るため、献立を少し考えなければならない。
それぞれの弁当箱の持ち主におかずは何がいいか聞いてみたけれど。
一人は、「芽榴たちが好きなものを僕も食べたいです」と。
そしてもう一人は、「有汰と母さんたちの好きなものがいーな」と。
最後の一人は、「叶汰兄とお母さんたちの好きなものがいい」と。
「一番困る返事なんだけどなー」
やれやれ、と芽榴は困り顔をしながら冷蔵庫の戸を開けた。
□■□
お昼過ぎ。
芽榴は4つのお弁当を持って、御近所にある屋敷に向かう。
屋敷の中の人たちは、芽榴を見かけると慌てた様子でお辞儀をする。その姿に苦笑しつつ、芽榴もお辞儀を返した。
何度も通っている場所へは迷うことなくたどり着く。
屋敷の奥、そこには道場がある。
「……しつれいしまーす」
まだ稽古中かもしれない。そう思って、芽榴は小さく挨拶して戸を開ける。
そして、目をギョッとさせた。
「か、叶汰? そっちは……有汰?」
仰向け大の字で倒れている少年と、うつ伏せで綺麗に倒れている少年。
疲れ果てて、げっそり座り込んでいるところはよく見かけるが、今日はいつにも増して稽古が大変だったようだ。
「二人とも大丈夫?」
芽榴の声が聞こえたのか、二人の体がビクッと震えた。
「母さんの声……。うわー、もうそんな時間かー。有汰起きてるかー?」
「……うん、大丈夫」
兄、叶汰の声かけに弟の有汰がうつぶせのまま反応する。叶汰は仰向けの状態からゆっくり身体を起こした。
「母さん、弁当ありがとう。重かったでしょー?」
「ごめんなさい。電話してくれれば、お母さんのお手伝いをしたのに」
顔だけ芽榴に向けて、いまだうつ伏せのまま、有汰が申し訳なさそうに告げる。
「重くないし、大丈夫。というか、今の二人の姿を見て、頼まなくてよかったって思ったよ」
死にかけの息子二人をさらに働かせるほど芽榴は鬼じゃない。この場合、鬼なのはもう1人の保護者のほうだろう。
「今日もお父さんの稽古は大変だった?」
芽榴の発言に、息子二人はズーンと負のオーラを出し始めた。
中学2年生の叶汰と小学6年生の有汰は、幼い頃から藍堂家の道場で藍堂家当主兼父親から鍛えられている。
もちろん、それは強制ではなく、2人の息子の意志なのだけど。
「いやー、大変というか、父さん強すぎ。つーか怖すぎ」
稽古中の有利は当然、ブラックモード。
怖くないほうがおかしいのだが。
「今日も俺、何回『真剣なら死んでんぞ!!』って怒鳴られたことか……」
トホホ、とため息を吐きながら叶汰が呟く。
2人とも芽榴と有利の顔を足してちょうどよく割ったような顔立ち。
性格も合わせれば、叶汰はどちらかというと芽榴似だ。
「僕もヘトヘトだけど……でも、楽しい」
弟の有汰はあまり感情が表に出ないタイプ。でも雰囲気は優しくて、そんなところも合わせて有利似だ。
「おつかれさま、2人とも」
息子たちを見て、そう笑いかける。すると、お弁当を持っていた芽榴の腕がふわりと軽くなった。
「叶汰、有汰。お母さんに甘えるのは結構ですが、その汗だくの道着のまま食事するつもりですか?」
普段着の紬に着替えた有利が芽榴の隣に並んだ。
今日は芽榴がオフだったため、お昼は芽榴お手製弁当を藍堂家の居間で家族4人で食べる予定なのだ。
当初は有利の祖父も一緒に食事する予定だったが、昼に用事ができたらしく、結果として家族水入らずの昼食となったのだ。
「もちろん着替える! でも足がガックガク……有汰、肩貸してー」
「うん。というか僕も叶汰兄の肩借りないと歩けない。……えっと、お父さん、お母さん、ごめんなさい。急いで支度してくる」
叶汰と有汰はお互いに肩を貸しあって、急いで更衣室に向かっていった。
「スパルタ指導だね、お父さん」
「少し本気を出したくらいですよ、お母さん」
互いにそんなことを口にして、目が合った瞬間笑みが溢れた。
「でも、有利くんも疲れてるでしょ? お弁当、私が居間まで持ってくから」
「それを言うなら芽榴こそ。たまには身体を休めてください……ってお弁当を作らせておいて言うセリフじゃないですね」
有利が言いながら苦笑する。
息子たちが生まれて、以前より有利の表情が分かりやすくなった。そんなふうに芽榴は感じている。
「じゃあお互い様ってことで。はい、半分こ」
芽榴は自分のお弁当と、息子のお弁当を一つ奪った。
有利との半分こはもう慣れたもの。
有利も同じことを思ったのか、少しだけ嬉しそうに笑った。
「不思議ですね」
「なにがー?」
「芽榴と結婚して、叶汰と有汰が生まれて。その間も、僕と芽榴はいろんなものを半分こにしてましたけど……」
有利が芽榴の顔を覗き込む。
はっきりと分かるほど、有利は笑顔で。
その笑顔に、芽榴の目は奪われる。
「芽榴への気持ちは全然半分にはならないなぁと思いまして」
「……不意打ちでそういうこと言わないで」
頰が熱くなる感覚。自分の顔が真っ赤になっているだろうことを、芽榴は察した。
有利がそんな芽榴の姿に笑みを濃くするから。
有利の顔を見ていられなくて、芽榴は有利からプイッと顔を逸らした。
すると、着替えを済ませた息子たちがちょうど更衣室から出てきた。
「あ、母さん。それ俺の弁当?」
「お父さんの持ってるほうが僕の?」
叶汰は芽榴のほうへ、有汰は有利のほうへ。
そうして2人は芽榴と有利から自分の弁当箱を奪い、視線はクロスさせる。
「自分のものは、自分で持つ! えらいでしょ、父さん」
叶汰が有利にえへんと笑いかける。
「お母さんのお弁当、すごく楽しみ」
有汰はちょっとわかりづらいけど、でも穏やかな表情で芽榴を見上げる。
家族4人で歩き出す。
ずっと半分こにしてきた重荷は、もう今では、四等分に変わっていた。
やっと全員の子育て日記書けた……!
長らく執筆してないので、文字書きリハビリ必須だ……。




