圭×功利②【藍堂有利】〜お題箱より
中学を卒業して、功利は麗龍学園に通い始めた。
芽榴たちの卒業した後の麗龍学園では、全校生徒による生徒会総選挙が行われた。
その選挙にはもちろん一年生も参加することができたため、功利は自分の意志で立候補。生徒会書記の座を手に入れた。
「もう、こんな時間」
帰り道を歩きながら、功利は自分のスマホの画面に表示された時刻を見て小さく呟いた。
生徒会役員として仕事をして帰る毎日。
有利と同じような日々を過ごすことに最初こそ喜びを覚えていた。今でも仕事にやりがいは感じている。
今期の生徒会長も、颯には到底及ばないながらも努力して頑張っているいい生徒だ。
功利の学園生活は充実している。
でも――。
(これじゃあ、全然お茶に誘えない……)
そんな本音が口からこぼれる。
芽榴が留学してすぐの頃は「帰り道に家に寄ってほしい」と圭によく連絡していた。
でも、今は自分が忙しくて圭に連絡すらできない。
(別に、そんなに会いたいわけじゃないし。……って、なんで自分にまで言い訳してるんだか)
自分で自分に呆れてしまう。重いため息が、さらに心を暗くする。
(今、圭さん何してるんだろう)
「あれ、功利さん?」
思わず目を丸くする。功利は慌てて俯いていた顔を上げた。
「圭、さん? どうしてこんなところに……?」
会いたかった人が目の前にいて、功利の声が掠れる。
部活のジャージ姿の圭が、小走りで功利のもとに駆け寄ってきた。
「近くに、友達ん家の喫茶店があるんすよ。功利さんは学校帰りっすか?」
「え、ええ」
返事がぎこちなくなる。でもそんなことを気にしている余裕は功利にはない。
胸が高鳴ってしかたないのだ。
功利の返事を聞いた圭は少し考えるような素振りを見せた後、にこりと笑った。
「じゃあ送るっすよ」
「え……、いいですよ。ここからはもう近いですし。圭さんが遠回りになります」
「あはは。断ると思ったー。でも女の子が一人で夜道を帰るのを見送るのってなんか嫌なんで」
圭は功利の家のほうへと足先を向ける。
「これは俺のわがままってことで送らせてください」
本当は一緒にいたくて送ってほしいと思っていた。おそらく圭はそんな功利の気持ちを見透かしている。
でも嬉しいものは嬉しくて、功利は「なら、お願いします」と無愛想な返事をした。
大通りを抜けると、静かな住宅街にさしかかる。
功利の家はこのずっと先――その趣ある日本家屋に調和する静かな空気が漂う立地にある。
だから、歩く道のりは静か。圭と功利の声以外には、靴音と虫の声しかしない。
「麗龍の制服着てたから、一瞬誰か分からなかったっすよ」
そういえば圭に制服姿を見せるのははじめてだった。
でも圭は麗龍の女子制服など毎日見ていたのだから、新鮮味はないだろう。
「お兄さんと一緒で、人を選びそうな制服も似合うっすね」
「お世辞をどうも」
「うーん、よく言われません?」
「まあ……」
麗龍に入学してから数か月。すでに功利は2回ほど男子生徒に告白をされていた。
もちろん丁重にお断りしているけれど。
あの藍堂有利の妹というだけで注目を浴びるのに、兄同様人目を引く容姿なのだから男子生徒はまず放っておかない。
しかしそんなことも功利にとってはどうでもいい。
「どうせ、お姉さんのほうが似合うって思ってるくせに」
ひねくれた言葉を口にしてしまう。
だって、誰に褒められても圭に褒められなきゃ意味がない。でも圭に褒められたところで、功利には圭の考えてることも分かってしまうのだから。
「芽榴姉は、麗龍の制服よりたぶん普通の公立高校のセーラー服とかのほうが似合いますよ。って、親とも話したことあるっすよ」
「でも身綺麗にしたお姉さんは、とっても綺麗ですし。卒業式の時も麗龍の制服も完璧に着こなしてたじゃありませんか。保護者席から見ても分かるくらいみんなお姉さん見てましたよ」
「あはは……そっすねー」
圭は適当な返事をする。それが不愉快で功利がムッとした表情を返すと圭は困り顔で笑った。
「俺、身綺麗にした芽榴姉は……苦手なんすよ」
まさか圭が他でもない芽榴のことを苦手なんて言うと思わなかったから、功利は思わず頓狂な声をあげてしまう。どうして、そう問いかけると圭の表情が切なく歪んだ。
「身近にいた芽榴姉が、遠くに感じるから……って、俺は功利さんに何を喋ってるんすかね」
圭は気恥ずかしそうに頭をかく。
「功利さんには嘘つけないんすよね。何言っても見透かされる気がして」
その言葉が、嬉しいような嬉しくないような、そんな不思議な感覚に襲われる。
功利には嘘を吐けない――それが本音なら、それほどまでに圭の心に近づけたことを喜べるから。
でも――。
「それがすでに嘘じゃないですか」
「え?」
「圭さんは嘘ばっかり」
「え~……そんなことは」
そうやってまた嘘を吐こうとする。
もうすでにこの状況が嘘なのだ。
「私の気持ち知ってるくせに、知らないふりしてるじゃないですか」
知らないふりをして、こんなふうに優しくする。
「功利さんの気持ちなんて俺みたいなバカに分かんないですって~」
そうして笑顔で、まだ知らないふりを突き通そうとする。
圭のそういうところが功利は嫌いだ。
「私は、圭さんのことが――」
でも圭は言わせない。言わせてくれない。
功利の口を塞いで、悪びれなく笑っている。
でもその笑顔が「言っちゃだめだよ」って言ってる気がして。
それがやっぱり功利の心を逆撫でるから。
「たたっ! 功利さん……」
功利は口を塞いでいる圭の手を噛んで、自分の口を自由にした。
「好きです。……私は圭さんのことが好きです」
勢い任せの告白だった。
でもずっと言いたくて、心を決めていたから。
後悔なんてない。
「ごめんって、言われるの分かってて……なんで言っちゃうんすか」
(ほら、やっぱり)
心を見透かしてるのは圭の方。
でも、これでやっと圭の本音が聞ける気がする。悲しい答えでも、それを嬉しいと感じる功利は、自分で思っている以上に圭のことが好きなのだ。
「俺も功利さんのこと好きっすよ。こんなふうに道端で見かけたら声をかけて、一緒に帰りたいと思うくらいには」
好きな人からもらう「好き」という言葉は絶対に嬉しいものだと思っていた。でも、功利の心は今、幸福からは程遠い。
「でも俺には、功利さんよりも……もっとずっと大好きな人がいます」
知っていた。
知っていたのに苦しくて。
でも泣いたら、それこそ自分勝手だから。
功利は拳を握って溢れそうな涙をこらえた。
「……圭さんの恋は、報われないですよ」
言ってはいけないと分かっていながら、口にしてしまう。
だって圭の気持ちは、どう考えても圭自身を不幸にする。
でもそんなこと、功利に言われなくても圭は自分で分かっていた。
「報われたくて好きになったわけじゃないから」
「……でも」
「簡単に捨てられる想いなら、こんなにこじらせてないっすよ」
圭の好きな人は……芽榴には、もう恋人がいる。
二人の関係が壊れることなんて、きっと万が一にもありえない。
圭はその万が一に賭けてるわけでもない。
「俺、忘れられないんすよ。俺の人生で一番の気持ちを」
圭の絶対的な一番を、芽榴は掴んで離さない。
「苦しくて悲しくて……それなのに幸せだった。俺の大切な気持ちを」
忘れられないし、忘れたくない。
圭の気持ちが痛くて、でも否定はできなかった。
功利が圭に抱いている感情は、とても近い気がしたから。
だからこそ、功利は言える。
「忘れなくて、いいです」
功利の言葉に圭は動揺していた。
圭がこれ以上の隙を見せることなんてありえないから、功利は勢い任せに背伸びをして圭にキスをした。
「功利、さん」
「嫌でしたか?」
冷静を装って、でも心臓は張り裂けそうで。
強気な言葉を吐きながら、不安に揺れる功利の瞳を、圭は驚きに満ちた瞳で見つめ返す。
「嫌じゃ、ない……けど」
なら、十分だ。迷いなく、その感情が功利の中に溢れた。
「私が圭さんに望むのは、そんな気持ちです」
「……え?」
「1番にして、なんて絶対言いません」
本当は、圭の1番になりたい。
「好きって言わなくてもいいです」
本当は、たくさん言ってほしい。
でもそんな感情が圭の重荷になるならいらない。
「だから圭さんは私にしておけばいいと思うんです」
本当は怖い。こうまで言って拒絶されたらどうしよう。そんな感情が功利の心を渦巻く。
手の震えは、さっきからずっと収まらない。
「こんなにいい物件、絶対これから先捕まらないです」
言いながら、功利は泣いてしまった。
怖くて、苦しくて。
そうしたら圭はやっぱり困り顔で、功利の頭を優しく撫でてくれた。
「無理させて、ごめん。功利さん」
「……違います、これは。……ちがうんです」
「うん」
お願いだから、突き放さないで。
願うように功利は圭の胸にしがみついた。
「功利さん」
「……はい」
「たぶん俺は今、功利さんのことをちゃんと振るべきなんだと思うんすよ」
「絶対嫌です」
「あはは……」
圭の声が頭上で響く。心地よい声が功利の心を刺激する。
やっぱり、好きだって。
「ね、功利さん」
「嫌です」
「まだ何も言ってないんですけど」
「分かりますもん」
「さっすが〜。……って、ふざけるのはこれくらいにして。ちょっと功利さんの予想とは違うと思いますよ」
功利が予想している答えを、さらに圭は予想して。
「俺って結構好きな人以外はどうでもいいっていう思考なんですけど」
「知ってます」
「あはは。……でも、功利さんには嫌われたくないかなって、そう思うんすよ」
本当に、予想を裏切る言葉に。
功利は目を輝かせた。勢いよく顔を上げると、圭は眉を下げて笑った。
「だから、めちゃくちゃ卑怯で勝手なんすけど……。俺に時間をください」
そんな答えがあるなんて、思ってもいなかった。
「正直どんだけ時間かけても功利さんを一番にできる自信は全然ないんすけど、それでもいいなら……少しだけ、俺に気持ちを整理する時間だけください」
それだけでいい。
たったそれだけの気持ちが欲しい。
「こんな最低なやつでも好きだって言ってくれるなら」
頷いた功利の瞳から、最後の涙が落ちた。
Twitterのお題箱より「圭くんと功利ちゃんのその後がまた見たいです」ということで書かせていただきました!
いやぁ圭くんと功利ちゃんを普通にくっつかせてあげたい気持ちもあるんですが。
どうしても圭くんが芽榴ちゃん以外に目を向けてくれなくて(書いてるのは私です)……すみません、辛いお話になりまして。
でも有利ルートでくらい、圭くんも違う幸せを掴んで欲しいですね!
お題、ありがとうございましたー!




