君に会える日を指折り数えて【葛城翔太郎】〜お題箱より
なんとなく頭がフラフラする。
身体の不調に気づいていながら、芽榴は休むことをせずに東條グループのオフィスでプレゼン資料を作成していた。
(あともう少し)
正直無理をしていることは芽榴自身分かっていた。
でもあともう少しだけ頑張れば、今抱えている仕事に一段落つく。
芽榴は腕時計に視線を落とし、薄く微笑む。
日にちと時間を確認したら、芽榴の中に再びやる気が戻ってきた。
それから数時間後、芽榴は篭りっきりだった東條グループのオフィスを出た。
時刻は夜の9時前。
今の仕事と少し先の仕事まで片付けて、芽榴はその足で駅へと向かった。
(……これは、ちょっと)
まずい、と思ったときには視界が揺らいで。
芽榴は駅構内の壁に手をついた。
その異変は通りすがりの人も気づくほどで。
「大丈夫ですか?」
見知らぬ女性が声をかけてくれた。
親切な人だなぁ、とのんきに他人事のように思いながら芽榴は「大丈夫です」と答える。
でもどう見たって、芽榴の様子は「大丈夫」とは言いがたい。
その女性は近くにいた係員を呼んだ。
「ご気分悪いですか? 歩けますか?」
係員が駆けつけて、芽榴に手を差し伸べる。
そろそろ立っているのもきつくなってきて、芽榴は係員の手を掴もうとした。
しかしその瞬間、激しい耳鳴りがして芽榴の足から力が抜けた。
前のめりに身体ごと係員に倒れこみそうになって、でも倒れなかった。
優しくて大きな腕が倒れかけた芽榴を抱きすくうように助けてくれている。
その腕の主を、芽榴は知っている。
(ごめん、なさい)
でも口を開くのも億劫で、何も言えない。
その腕に安心を覚えた瞬間、視界が白く抜けて意識は遠のいた。
「俺は……彼女の、恋人です」
話の流れも、前後の会話も何も分からないけれど。
抱きかかえられた浮遊感と、そんな翔太郎の声だけが芽榴の頭に残った。
目を覚ますと、まず最初に視界に入ってきたのは薄暗い天井と吊るされた点滴バッグだった。
「……病院?」
自分でも驚くくらい、声がかすれていた。
芽榴が声を発すると、芽榴の右手がピクリと反応した。
正確には、芽榴の右手を握っていた翔太郎の手が。
「目、覚ましたのか」
「葛城くん……」
視線を横に向け、翔太郎の姿を見つける。
心配そうな、でもどこか呆れたような翔太郎の顔を見て、芽榴はすぐに身体を起こそうとした。
「馬鹿。動くな」
翔太郎に止められる。でも芽榴はふるふると首を横に振って、ベッドに身体を起こした。
意識をなくす前よりはマシだけど、やはり身体が気だるい。
「過労、だそうだ。さっきまで、東條社長と、お前のご両親と弟もいたんだが……。命に関わる状況でもないし、時間も時間だから俺が付き添いで残った」
翔太郎の説明をボーッとする頭で聞く。
視線を時計に向けると、時刻は夜中の2時だった。
「……葛城くん、ずっと起きてたの?」
「別に眠くなかったからな」
「……ごめん、ね」
「どうして謝る。眠くなかったって言っただろう?」
翔太郎は優しく言って、芽榴の頭を優しく撫でた。
こんな時間で眠くないわけないのに。翔太郎だって、疲れているのに。
最近は前よりもっと大学の勉強が忙しくて、やっと時間が取れて翔太郎は帰省したのだ。
翔太郎と過ごせる貴重な時間だったのに。
「ごめんなさい」
情けなくて、涙が出た。
おそらく泣いてしまったのも疲労のせい。
こんな面倒くさい反応を、翔太郎に見せたくないのに、涙が止まらない。
「いいから。……泣くな」
翔太郎は優しい声音で、芽榴の頭をずっと撫でてくれる。それが余計に芽榴の心を煽った。
「無茶をするところは……昔から変わらないな」
身体にとっては無茶だった。不調を感じていたけれど、それでも芽榴の心がまだやれると信じてやまなかった。
「葛城くんが帰ってきたときに、ずっと一緒にいられるように全部片付けておきたかったの」
翔太郎との時間を何にも邪魔されないように。
「本当に大丈夫だったんだよ。日にちを見て、時間を確認して……葛城くんに会えることだけ考えてたら、本当に驚くくらい頑張れちゃって」
感じていた疲労も、翔太郎のことを思えば吹き飛んだ。まるで一種の麻薬のように。
「でもそれで……葛城くんに心配かけて、大切な時間を奪ってたら意味ないよね」
ごめんね、とまた口にしようとした芽榴を翔太郎は静かに抱きしめた。
「安心しろ。俺は、時間を奪われたとは思っていない」
「……うそ」
「俺は気の利いた嘘がつけるほど器用な人間じゃない。楠原が一番知っているだろう?」
知っている。翔太郎が嘘をつかないこと。
芽榴にくれる優しさが、嘘以上に優しいこと。
「楠原がどう考えるかは分からないが、少なくとも俺はお前と何かしたくて会いに来てるわけじゃない。……予定を立てていても、俺の中ではそれが主体なわけじゃない」
今日の本当の予定は、翔太郎を駅まで迎えに行って、そのあと一緒に外で夕飯を食べて夜景でも観に行こうという約束だった。
「俺は楠原がいるなら……それがたとえ病室でも、どこでも、それでかまわない」
少し気恥ずかしそうにしながら、翔太郎はちゃんと伝えてくれる。普段なら絶対そんなこと照れて言ってくれない。きっと翔太郎なりに芽榴を励まそうとしてくれてるのだと芽榴には分かる。
「実際……こうやってお前が眠ってる姿を見るだけでも、俺は結構満足できたぞ。不満を言うなら、お前の顔色が悪いことくらいか」
翔太郎は抱く力を緩めて、自らの胸に閉じ込めた芽榴の顔を見下ろす。
「それに……俺のために無茶をしたと言われれば、責められるはずないだろうが」
「でも、本当だよ。嘘じゃない」
「ああ。……お前の嘘は、もう見抜ける」
それくらい一緒にいた。
なかなか会うことはできないけれど、心はもう何年もずっとそばにいる。
「お前も目を覚ましたことだし、ご両親に連絡を入れておかないといけないな。……さすがにこの時間に電話はまずいか」
けれど報告を待って起きているような気もする。そんなことを思案しながら翔太郎は芽榴から離れようとした。
でもそれを芽榴が止める。力の入らない手で、翔太郎の腕を掴んで、翔太郎のことを見上げた。
まだ行かないで、と言いたげに。
すると翔太郎はどこか困ったような顔をしながら、また椅子に掛け直す。
「……あとで、メールでもいれておくことにする」
薄暗い病室。
翔太郎のおかげでもう怖くはない。
でもやっぱり一人になるのは不安で。
そんな芽榴の気持ちを翔太郎は察してくれたのだろう。
「それより、身体を起こしてないで安静にしていろ」
そう言って翔太郎は芽榴の両肩に触れる。芽榴をベッドに横たわらせようと身を乗り出した翔太郎の姿に、芽榴はふと思い出す。
「待って、葛城くん」
「今度はどうし……」
翔太郎の声は途切れる。
代わりに、芽榴の唇が静かに翔太郎の唇に触れた。
「おかえりなさい」
芽榴は嬉しそうに微笑んで、そう告げる。
すると翔太郎は耳まで赤く染め上げて。
「……遅い」
そのキスを待っていた、とでも言いたげな文句とともに翔太郎は芽榴にキスを返す。
今度は遠慮なく。
そうして満足したのか、翔太郎は穏やかに笑みを携えた。
「ただいま。……俺も早く会いたくて、毎日お前のことだけを考えていた」
君に会える日を指折り数えて。
お題箱から「過労で倒れてる芽榴ちゃんを助ける翔太郎」でした!助けた感なくてすみません!笑
翔太郎くん、意外に人気みたいで嬉しいです。
書き始めた当初、たぶん一番人気ないだろうなと思っていたのが懐かしい……。笑
リクエストありがとうございました!




