クリスマスSS【琴蔵聖夜】
「芽榴。もう眠りや。俺がベッドまで運んだるから」
ぼんやりとした意識の中、芽榴の耳には聖夜の困ったような声が聞こえる。
頭は起きていたいと思っているのに、脳が眠気に逆らえずにいる。
年末に向けて仕事がかさみ、芽榴はすでに二徹明けでイブを迎え、そして東條グループの付き合いで参加しなければならなかったパーティーに赴き、そこで営業的に飲まされたお酒で、芽榴の脳活動が限界を迎えてしまった。
幸い、そのパーティーには聖夜も参加していた。だから東條にうまく話を合わせてもらい、芽榴は聖夜とともに早めに帰ることができたのだが。
「芽榴。ここで寝たら、体痛めるで。ただでさえ、最近酷使しまくっとるんやから、労らなあかんやろ」
「う、ぅっ……ダメ……。起きてる、から。あと少し、だから」
眠気に負けないように芽榴が目を擦ると、聖夜がその手を掴んだ。
「アホ、目赤くなる。もうええから寝や。別にこだわることやないし」
そう言って、聖夜が芽榴を抱きかかえてソファーからベッドへと移動する。
その間、芽榴は「いやだ、いやだ」と眠気まじりの声でもがいていた。
ベッドに到着しても、芽榴は聖夜の首に腕を回したまま聖夜から離れようとしなかった。
「芽榴。手離さんと寝られへんよ?」
「寝たら、聖夜くんのこと……祝えない、から」
そうあと1時間も経たずに25日になる。
つまり、聖夜の誕生日がくるのだ。
「そんなんどうでもええて」
「よく、ないよ……だから、ごめん……聖夜くん、お願い……だから、私の、目……覚まして」
「覚ましてって……」
聖夜は困り顔だ。
ため息を吐きながら、芽榴の耳元で囁いた。
「寝込み襲うみたいで気が引けるんやけど……ええんか?」
聖夜の質問の意図を、芽榴はもはや理解はできていない。けれどもコクコクと、聖夜の言葉に頷いていた。
その承諾の合図を受けて、聖夜は真横にある芽榴の頰に手を添えて。
芽榴が深い眠りにつかないように、その唇に自分の唇を重ねた。
「……ん」
微睡みの中、与えられる刺激に、芽榴の口からは無防備な声が漏れる。
その甘美な声が、聖夜の心を刺激して、聖夜はその額にしわを刻んだ。
「……かわいすぎるし。……ほんまになんの拷問やねん」
ドレスで着飾った芽榴の微睡む姿は、本当のお姫様のように可愛らしい。
プレゼントといってもいいほどに、見ていて飽きることのない姿だ。
「……ん、聖夜くん」
いつものハキハキとした声ではなく、少し舌ったらずな物言いが聖夜の気持ちを高揚させる。
「パーティーに参加しとって正解やわ。これが俺やなかったら見事に襲われとるで」
「さすがに……聖夜くん、じゃなかったら……こんなに眠くならない、よ」
「なんや、俺とおると眠いん?」
「そうじゃ、なくて……」
芽榴はニヘラッと笑って、聖夜の耳元に唇を寄せた。
「聖夜くんのそば、安心できる……から」
「バカッ、耳元で喋んな」
聖夜は耐えきれないとばかりに芽榴を自分から引き剥がし、悩ましい顔で芽榴を見つめる。
この状況を理解しているようで理解してない芽榴の寝ぼけ顔が、さらに聖夜の心を煽った。
「……芽榴。目、閉じや」
芽榴が目を閉じると、すぐに聖夜のキスの雨が降ってくる。その心地よさがいい具合に芽榴を夢と現実の狭間につなぎとめた。
そうして、次に目を開けた時。
時刻は0時の5秒前。
「芽榴」
再び芽榴に触れようとする聖夜を止めて、そのときだけは意識を最大限に鮮明にして。
芽榴に拒まれ、少し不服そうな聖夜に、芽榴はとびきりの笑顔を見せた。
「お誕生日、おめでとう……聖夜くん」
芽榴はその言葉とともに、聖夜の胸にしがみついて今度は自分からキスをした。
「……誕生日なんか、別にめでたくもないねんけど……お前が祝うんなら嬉しい。ありがとうな」
聖夜のこの言葉はひねくれたものではなく、本音。聖夜は本当に自分の誕生日の大切さが分からないのだ。
それを、もう芽榴は一緒に過ごした時間の中で理解しているから。
「聖夜くんが、生まれてくれたから……私は聖夜くんに、出会えて……たくさん、助けてもらえて」
伝えたい。でも気持ちとは、裏腹に眠りはどんどん深くなっていって。
「おめでとう、よりも……ありがとう」
生まれてきてくれて。
ふわふわした声でそう告げると、聖夜は目を丸くした。
でも、それが芽榴の意識の最後で、後には芽榴の寝息だけが聖夜の耳に届く。
「それ言い残して寝るんは、反則やろ……アホ芽榴」
聖夜は自分の胸に倒れこむようにして眠る芽榴を、愛おしそうに抱きしめる。
ベッドの上でこんなにも無防備な姿をさらされて、襲いたい気持ちは心を満たすけど。
でも、それよりも言い知れない満足感が心を支配していて。
「俺が生まれたことが……お前に出会えたきっかけの1つなんやって思えば……そりゃめでたい日に思わずにはおれんよ」
芽榴が関係することならそれがなんであっても、聖夜にとっては大切な日になる。
それを、芽榴は知っているから。
「……お前の、そういうところがほんまに好きすぎてかなわんよ」
芽榴を愛おしそうに見つめ、意識がなくともこれくらいは許されるだろうと。
聖夜は芽榴の唇を奪う。
眠りを妨げないように、優しく大事に芽榴に触れた。
「メリークリスマス、芽榴」
聖夜が囁くと、偶然か、芽榴は嬉しそうにくしゃりと微笑んだ。
クリスマスSSシリーズでした〜!
聖夜くんだけ遅刻してすみません!
何人か婚約ネタになったのは、昨今の婚約ラッシュで彼らのそういうのも見たいと思ったからなほかならない!笑
では、また後日談にて!




