(6)
あたしの叫びに、その場の全員が目を見張った。
お母さんとおじさんは、どこか傷付いたような目をして。
お姉ちゃんと柿崎さんは、何かに気がついた様な目をして。
大地は・・・驚いたような目をして。
一瞬の沈黙の後、お姉ちゃんがガタンと音を立ててイスから立ち上がった。
「あたし・・・子どもを産みます」
静かにそう言い切ったお姉ちゃんに、今度は視線が集まる。
そして柿崎さんも立ち上がった。
「一海と結婚して、子どもを育てていきます」
やっぱり静かで、でも強い決意のこもった声だった。
ふたりは固く手を握り合い、お互いの親の顔を真っ直ぐ見ている。
気圧された様な表情のお母さん達。
しばらくポカンとして、お姉ちゃん達の顔と結ばれた手を見ていた。
やがて、みるみるその顔が怒りに染まっていく。
「一海! あんた、いつからそんな我が侭になったの!?」
「拓海! いったいどうしたんだお前は!」
ふたり揃って声を張り上げる。
あたしにはお母さんの驚きと怒りがよく分かった。
お姉ちゃんは『良い子』だった。
素直で優しくて、おとなしくて。あたしと違って、親に逆らった事なんか一度も無い。
日頃のお母さんの頑張りに深く感謝していたし、自分の体に負い目も感じていたんだと思う。
だから、いつもお母さんの言う事を守って生きてきた。
柿崎さんも、たぶん似たようなものなんだろう。
そのお姉ちゃんが。
良い子だった我が子が。
頑として言う事を聞かず、自分に正面から逆らい続けている。しかもこんな大事な局面で。
衝撃は、かなりデカいと思う。
ハタチ過ぎてからの反抗期は、やっかいだ。そんな言葉をどっかで聞いた事がある。
お姉ちゃんにとっては、これは絶対に譲れない反抗だ。
自分の愛する人と、自分の子どもの命がかかっているんだから。
生半可で折れるような反抗じゃない。
でもお母さんだって、ここは絶対に譲れないらしい。両目を吊り上げて毅然と言い放つ。
「許しません! 結婚も出産も!」
「お母さんに許してもらわなくても、あたしは結婚するし産みます」
「一海!」
「法的には何の問題もないんだから、口出ししないで下さい」
「なんて事を言うの・・・!? この子は!」
冷静な分、すごく事務的で無機質に聞こえるお姉ちゃんの言葉。
お母さんは厳しい態度ながらも明らかにうろたえてしまっている。
悲しみの混じった表情で、しばらくお姉ちゃんを見上げていた。
やがてお母さんは矛先を柿崎さんに移し、キッと睨みつけた。
「あなた! いったい一海に何を吹き込んだの!?」
「お母さん、僕は・・・」
「『お母さん』なんて呼ばないでちょうだい!」
口からツバを飛ばしそうな勢いで、柿崎さんを叱責する。
「一海はね、今まで本当に良い子だったのよ!」
「・・・・・」
「あなたに会うまではね! それをこんな風に変えてしまって・・・」
「ですが、お母さん・・・」
「なれなれしく『お母さん』なんて呼ばないでったら!」
お母さんは険しい顔を柿崎さんから背けた。
そのかたくなな態度に、柿崎さんは言おうとした言葉を飲み込む。
でも、その手はお姉ちゃんの手をしっかりと握り締めている。
その様子を見ながら今度はおじさんが話し出した。
「拓海、お前もいったいどうしたんだ?」
「父さん・・・」
「気の弱い所はあるが、聞き分けは良かったろう?」
「僕は・・・一海と結婚したいんだ」
「拓海」
「もう決めた。僕は一海と結婚する」
おじさんは溜め息をついた。やれやれと首を振り、腕を組む。
そしてまた言葉を続けた。
「お前の気持ちも分からんでもない。だがな拓海、ひとつ聞くぞ?」
「なに?」
「お前、どうやって彼女と子どもを養っていくつもりなんだ?」
「・・・・・っ」
「金は? 生活費はどうするんだ?」
「・・・・・」
「あのカフェの収入じゃ、とても暮らしていけないだろう。どうやって食べていく?」
収入。生活費。
痛い所を突かれてしまった。
お姉ちゃん達は、途端に弱々しい目付きになってお互いを見合う。
あたしのバイト代も払えないくらいだもん。
確かにカフェの収入じゃ、家族で生活してくなんてとてもムリ。
「まさか親に援助してもらおうなんて、ムシのいい考えじゃないだろうな?」
「それは・・・」
「結婚ってのは、責任を背負うって事なんだぞ? 自分の責任を親に丸投げする気か?」
「まったくその通りですよ!」
お母さんが、とげのある言葉を柿崎さんに投げつけた。
憎々しげに彼を睨んでいる。
そしてさらにとげの含んだ口調でなじった。
「男の価値ってのはね、稼いでナンボなんですよ! あなたの収入なんかじゃ一海を食べさせていけないでしょ!?」
お母さんの言葉に、柿崎さんの表情がビリっと強張った。
食い入るようにお母さんを見つめている。
おじさんも大地も、ぴくんと反応する。
・・・・・。
な、なんかやばくない? この状況。




