表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
71/100

(6)

あたしの叫びに、その場の全員が目を見張った。

お母さんとおじさんは、どこか傷付いたような目をして。

お姉ちゃんと柿崎さんは、何かに気がついた様な目をして。

大地は・・・驚いたような目をして。


一瞬の沈黙の後、お姉ちゃんがガタンと音を立ててイスから立ち上がった。


「あたし・・・子どもを産みます」


静かにそう言い切ったお姉ちゃんに、今度は視線が集まる。

そして柿崎さんも立ち上がった。


「一海と結婚して、子どもを育てていきます」


やっぱり静かで、でも強い決意のこもった声だった。

ふたりは固く手を握り合い、お互いの親の顔を真っ直ぐ見ている。


気圧された様な表情のお母さん達。

しばらくポカンとして、お姉ちゃん達の顔と結ばれた手を見ていた。

やがて、みるみるその顔が怒りに染まっていく。


「一海! あんた、いつからそんな我が侭になったの!?」

「拓海! いったいどうしたんだお前は!」


ふたり揃って声を張り上げる。


あたしにはお母さんの驚きと怒りがよく分かった。


お姉ちゃんは『良い子』だった。

素直で優しくて、おとなしくて。あたしと違って、親に逆らった事なんか一度も無い。

日頃のお母さんの頑張りに深く感謝していたし、自分の体に負い目も感じていたんだと思う。

だから、いつもお母さんの言う事を守って生きてきた。

柿崎さんも、たぶん似たようなものなんだろう。


そのお姉ちゃんが。

良い子だった我が子が。

頑として言う事を聞かず、自分に正面から逆らい続けている。しかもこんな大事な局面で。

衝撃は、かなりデカいと思う。


ハタチ過ぎてからの反抗期は、やっかいだ。そんな言葉をどっかで聞いた事がある。

お姉ちゃんにとっては、これは絶対に譲れない反抗だ。

自分の愛する人と、自分の子どもの命がかかっているんだから。

生半可で折れるような反抗じゃない。


でもお母さんだって、ここは絶対に譲れないらしい。両目を吊り上げて毅然と言い放つ。


「許しません! 結婚も出産も!」

「お母さんに許してもらわなくても、あたしは結婚するし産みます」

「一海!」

「法的には何の問題もないんだから、口出ししないで下さい」

「なんて事を言うの・・・!? この子は!」


冷静な分、すごく事務的で無機質に聞こえるお姉ちゃんの言葉。

お母さんは厳しい態度ながらも明らかにうろたえてしまっている。

悲しみの混じった表情で、しばらくお姉ちゃんを見上げていた。


やがてお母さんは矛先を柿崎さんに移し、キッと睨みつけた。


「あなた! いったい一海に何を吹き込んだの!?」

「お母さん、僕は・・・」

「『お母さん』なんて呼ばないでちょうだい!」


口からツバを飛ばしそうな勢いで、柿崎さんを叱責する。


「一海はね、今まで本当に良い子だったのよ!」

「・・・・・」

「あなたに会うまではね! それをこんな風に変えてしまって・・・」

「ですが、お母さん・・・」

「なれなれしく『お母さん』なんて呼ばないでったら!」


お母さんは険しい顔を柿崎さんから背けた。

そのかたくなな態度に、柿崎さんは言おうとした言葉を飲み込む。

でも、その手はお姉ちゃんの手をしっかりと握り締めている。

その様子を見ながら今度はおじさんが話し出した。


「拓海、お前もいったいどうしたんだ?」

「父さん・・・」

「気の弱い所はあるが、聞き分けは良かったろう?」

「僕は・・・一海と結婚したいんだ」

「拓海」

「もう決めた。僕は一海と結婚する」


おじさんは溜め息をついた。やれやれと首を振り、腕を組む。

そしてまた言葉を続けた。


「お前の気持ちも分からんでもない。だがな拓海、ひとつ聞くぞ?」

「なに?」

「お前、どうやって彼女と子どもを養っていくつもりなんだ?」

「・・・・・っ」

「金は? 生活費はどうするんだ?」

「・・・・・」

「あのカフェの収入じゃ、とても暮らしていけないだろう。どうやって食べていく?」


収入。生活費。

痛い所を突かれてしまった。

お姉ちゃん達は、途端に弱々しい目付きになってお互いを見合う。

あたしのバイト代も払えないくらいだもん。

確かにカフェの収入じゃ、家族で生活してくなんてとてもムリ。


「まさか親に援助してもらおうなんて、ムシのいい考えじゃないだろうな?」

「それは・・・」

「結婚ってのは、責任を背負うって事なんだぞ? 自分の責任を親に丸投げする気か?」

「まったくその通りですよ!」


お母さんが、とげのある言葉を柿崎さんに投げつけた。

憎々しげに彼を睨んでいる。

そしてさらにとげの含んだ口調でなじった。


「男の価値ってのはね、稼いでナンボなんですよ! あなたの収入なんかじゃ一海を食べさせていけないでしょ!?」


お母さんの言葉に、柿崎さんの表情がビリっと強張った。

食い入るようにお母さんを見つめている。

おじさんも大地も、ぴくんと反応する。


・・・・・。


な、なんかやばくない? この状況。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ