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(3)

「賭けるの? イチかバチかに。子どもの人生と家族の心を賭けに使うの?」

「そ・・・」

「あんたは無責任よ。陶酔してるだけよ」

「そ、んな・・・」

「いいかげん目を覚ましなさい」


お姉ちゃんの両目に涙が盛り上がって、崩れた。

救いを求めるような両目に。

唇がワナワナと動いて、でも、そこから何の音も発しない。


「しっかりと現実を見据えなさい。一海」


お母さんは、そんなお姉ちゃんの目の前でそう言い切った。

お姉ちゃんが顔を歪めながら首をゆっくりと横に振る。

それに合わせて、涙が頬をポロポロと伝った。何も発しなかった唇から、うめき声が漏れる。

・・・・・うめく様な泣き声が。


「う・・・・・」

「一海」

「うあ、あぁ・・・」

「しっかりしなさい、一海」

「うああぁぁぁっっ!」


お姉ちゃんが身をひるがえした。泣きながら玄関に向かって走り出す。


「お、お姉ちゃんっ!?」

「嫌あぁっ!!!」


あたしの体は動かない。玄関を飛び出すお姉ちゃんに声をかけるので精一杯だ。

花梨ちゃんが素早く動いて後を追う。


お姉ちゃん! お姉ちゃん!!

あぁ、どうしよう! お姉ちゃんが飛び出して行っちゃったよ!


・・・・・。


え?


お姉ちゃんが・・・飛び出した?


あたしはハッと我に返った。

「ちょ・・・お母さん!」

テーブルに両手をついて俯いているお母さんに向かって叫んだ。


「お姉ちゃんを追いかけなきゃ!」

「放っておきなさい!」

「だって・・・!」

「放っておきなさいって言ってるでしょ!」

「そんなの無理だよ!」

「可哀想だけど、一海には一人で頭を冷やす時間が必要なの!」

「一人になったら確実に迷子だってば! お姉ちゃん帰って来れなくなっちゃう!」

「すぐに追いかけなさい! 七海!」


あたしは弾かれるように玄関に向かった。

お姉ちゃん、可哀想だけど、一人になっちゃだめっ!!

お願いだから戻ってきて! あたしが側についてるからっ!


玄関から飛び出しすと、そこにいた花梨ちゃんと危うくぶつかりそうになった。

「うわっ・・・!」

「七海ちゃん、一海さん行っちゃったよ!」

「ええぇっ!?」

「幸か不幸か、絶妙のタイミングでタクシーが走ってきたの。それに飛び乗ってどこかに行っちゃった!」


くそ―っ! おのれタクシぃぃ―――!! お姉ちゃんをドコに連れてったのよっ!


「どうしよう! お姉ちゃん、あんな状態で迷子になったら・・・」

「七海ちゃん、一海さんの携帯鳴らしてみて!」

「あ!う、うん!」


あたしは慌ててお姉ちゃんに電話してみた。お姉ちゃん、お願い出てっ!!

コール音を祈るような思いで数える。


「七海、一海の携帯が・・・!」

お母さんが玄関から飛び出してきた。

「携帯がリビングで鳴ってる! 一海の財布もそこにあるし!」


あたしは自分のスマホを地面に叩き付けそうになった。

おのれ携帯ぃぃ―――!! いざという時に役に立たないなんてっ!!


「七海ちゃん、大地のヤツに連絡して!」

「え!?」

「この状況で、お金も持ってない一海さんが頼る人は・・・」

「柿崎さんだ!」


大慌てで大地に電話する。

大地はすぐに電話に出てくれた。


『七海か? 悪りぃ、今ちょっと忙し・・・』

「大地! お姉ちゃんが妊娠して、大ゲンカして、お金も持たずにタクシー乗って、迷子になっちゃったよ!」

『・・・普通なら理解不能な言語だけど、今なら分かるぜ』


大地の大きな溜め息が聞こえてきた。


『ウチも今、兄貴と親父が大バトル絶賛展開中だ』


うあぁ、そっちも修羅場っ!?

その絶賛展開中に、あの状態のお姉ちゃんが飛び込んだら・・・。

火災現場に爆弾持って、頭から突っ込むようなもんじゃないの!

あたしは顔からサアァと血の気が引いた。


で、でも、まだ望みはある!

お姉ちゃんはそこに行かずに、頭冷やして帰ってくるかもしれないし!


大地に、もしもお姉ちゃんがそっちに行ったらすぐ連絡するよう言って電話を切った。


花梨ちゃんは後ろ髪を引かれる思いで、自宅に帰って行った。

あたしとお母さんは家の中に入り、ひとまずソファーに座って状況が動くのを待つ。

ジリジリと心の中が焦燥感に満たされ、全然落ち着けない。

お母さんは部屋の中をウロウロと歩き回った。


お姉ちゃん、お姉ちゃん、お姉ちゃ・・・


スマホが不意に振動する。

体が浮き上がるほど心臓が跳ね上がった。

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