(4)
そして今・・・
あたしは自分の部屋で宿題をしている。
お姉ちゃんと顔を合わせたくなくて、家に帰るなり部屋に引っ込んだ。
お姉ちゃんはまだ帰ってきてないみたい。
このまま帰ってこないで欲しい。その事だけを、帰ってからずっと考えて願ってる。
だって・・・
あたしの胸の中には、ひとつの感情がむくむくと頭をもたげているから。
その感情は時間が経つにつれて、どんどん大きくなっていく。
暗くて、ドロっとして・・・。
そんなものがどんどん、どんどん・・・
『お姉ちゃんはズルい』
出会って一年?
一年ぽっち?
なによそれ。
十年・・・十年だよ?
あたしは・・・あたしは十年間も想い続けてきたのに!
そんな軽くて薄っぺらなものに、あたしは負けた?
あたしの想いが、運命の恋だって信じてた想いが、負けたの?
そんなの納得できない!
お姉ちゃんの一年より、あたしの十年の方が重いに決まってる!
お姉ちゃんの気持ちなんかよりもあたしの十年の想いのほうが、よっぽど・・・
よっぽど重いに決まってるじゃないの!
なのに・・・
なのにどうして!? どうしてよ!?
「七海入っていい?」
とんとんって、ドアをノックする音が聞こえた。
お姉ちゃんの声・・・。
来ちゃった。
入らないでよ。会いたくなんてない。
「・・・うん。どうぞ」
でも一生会わないわけにもいかない。それにこの部屋はお姉ちゃんの部屋でもある。
ひとつの部屋を厚手のカーテンで仕切って、それぞれが使ってるから。
お姉ちゃんを締め出す権利は無いし・・・。
お姉ちゃんがドアを開けて入ってきた。
あたしは振り向かずに、机の上に視線を落としたままでいる。
「あら、言われる前に宿題してるの? えらいわね」
「・・・・・」
「いつもは何度も言われてから、しぶしぶ始めるのに」
「・・・・・」
「今日は本当にえらいわね」
「・・・・・」
「ねえ、七海」
お姉ちゃんが後ろからあたしの顔を覗き込んできた。
顔と顔がくっつきそうなくらい接近する。あたしは、つい無意識に体を固くして避けた。
「やっぱり怒ってる?」
なんだか困ったような笑顔で、お姉ちゃんがそう言った。
「・・・・・」
「ごめんね、何も言ってなくて」
「・・・・・」
「秘密にしてたわけじゃないの。ただ言いにくくて」
「・・・・・」
「ほんとにごめんね」
・・・・・。
あたしは、何も言わずに沈黙したまま。
お姉ちゃんはますます困った顔をした。
「・・・・・」
「・・・・・」
二人の間に沈黙が流れる。重苦しくて嫌な空気。
苦痛・・・。
「べつに・・・」
耐えかねて、あたしはようやく口を開いた。
「え?」
「べつに、怒ってるわけじゃ・・・」
怒ってるわけじゃ、ない。
黙っていたのも、二人が付き合っていたのも、本来あたしが怒れる筋合いの問題じゃない。
あたしにそんな権利は無い。そんなのは分かってる。
あたしの今のこの気持ちは、そういうんじゃなくて。
ただ、何を言えばいいのかが分かんない。
どんな態度をとればいいのかが分かんない。
どう整理をつければいいかが分かんない。
何もなかったかのように、自然に笑って接すればいいんだとは思う。
そんなの頭では分かってる。でも、笑って話をすませるには・・・
それにはあまりにも・・・
この十年間は・・・
「いいの、無理しないで。七海が怒ってるのはわかる」
お姉ちゃんが、少し俯いて言った。




