第1章 無口な板前の秘密
日本の古都・京都。路地裏に佇む小さな割烹「仁」の主、仁は、腕は確かだが無口で寡黙な板前として知られていた。
だがそれは、彼が長年かけて編み出した「仮面」だった。
実のところ彼は極度の恥ずかしがり屋。言葉を交わすだけで顔が真っ赤になり、まともに目も合わせられない。そんな自分を隠すため、「沈黙こそ職人の美学」と自分に言い聞かせ、無愛想な職人キャラを演じ続けていたのだ。
そしてもう一つ、誰にも明かしていない秘密があった――彼は筋金入りのアニメオタクであり、特にエルフやファンタジー世界のキャラクターを愛するコスプレマニアでもあった。仕事が終われば自室でフィギュアに囲まれ、コスチュームの細部を縫うのが何よりの至福の時間。
ある雨上がりの夜、店先に不思議な光る水たまりが現れた。「何だこれ…」とまな板を片付けながら覗き込んだ瞬間、足元がふわりと浮き上がり、意識は闇に包まれた――
気がつくとそこは、木々の葉が深い紫色に輝く巨大な森の中。空には三つの月が浮かび、見たこともない香りの風が吹いていた。
「ここは…まさか、異世界…?」
声が裏返りそうになるのを必死に抑え、いつもの無口キャラを装おうとしたその時――
「こんな森の奥に、奇妙な服を着た生き物…何者だ?」
低くも透き通る声が響く。振り向いた仁の心臓は、一瞬で破裂しそうなほど高鳴った!
そこに立っていたのは、月光を纏うようなダークエルフの少女だった。
長い銀糸のような髪、薄い瑪瑙色の肌、耳の先は鋭く尖り、紅い瞳は夜空の星のように輝いている。漆黒のレースと緑の蔦で織られた服を身にまとい、腰には細身の剣。
「う…うおお…! まるで推しキャラが飛び出してきたような…! いや落ち着け俺! 職人の矜持を見せるんだ!」
顔が真っ赤に燃え上がるのを必死で隠し、仁はぎこちなく頭を下げた。
「…板前、仁。ただの料理人だ」




