閑話『偉大な聖女という存在』
皇都の城下町にある酒場は、仕事帰りの客で賑わっていた。酒の匂いと喧噪に満たされた酒場で飛び交うのは、最近この国を賑わせている話題。
「で、結局どうなんだ? 敵国から嫁いでくるっていう王女様は」
ほろ酔いの男がジョッキを傾ける。
それに対して、向かいの席に座っていた若い男が得意げに声を上げる。
「俺は港で見たぜ! プラチナブロンドの、すげぇ美人のお姫様だった」
それを聞いた男たちが沸き立った。
だが、ジョッキを片手にした男は頭を振る。
「顔がよくてもな。聖女様だって話も聞くが……正直、安心は出来んな」
「あぁ? なんでだよ。聖女様だぞ?」
男の一人が眉をひそめた。
だが、別の男は「あぁ」と手を打った。
「まえにきた聖女様も酷かったらしいな」
技術交流という名目で、アシュタル国の聖女がこの国を訪れたのは有名な話だ。
だが、その働きはほとんど表に出ていない。それどころか、その聖女がろくに仕事もせずに男あさりをしていた、なんて噂まである。
その言葉に、隣で飯を食っていた男が盛大に溜め息をつく。
「勘弁してくれよ。ただでさえ、最近は瘴気が増えてきてるっていうのによぉ」
「おまえ、それは……」
不意に酒場が静まり返った。
周囲の瘴気の濃度が上がると、侵蝕病を煩い、若くして命を落とす者が増える。
自分たちだって、いつ侵蝕病に掛かるか分からない。
その過酷な現実を思い出してしまったのだ。
そうしてシィンとなったフロアを歩くウェイトレス。
彼女は、テーブルの上にドンとお代わりのジョッキを置いた。
「なによ、揃いも揃って辛気くさい顔をして。ここは酒を飲んで、嫌なことを忘れる場所だよ。それに、瘴気なら、白雪の聖女様が復活してなんとかしてくれるわよ!」
ウェイトレスは笑い、中身のなくなったジョッキを下げる。看板娘である彼女の言葉を切っ掛けに、沈んでいた酒場に活気が戻り始めた。
「そう、だな。白雪の聖女様、そろそろ復活する時期だよ」
「ああ。それに、王女だって、もし本当にヤバかったら、陛下が許すはずないだろ?」
「それは、まぁ……アルベルト陛下だからな」
皇帝アルベルト。
この国にいて、彼の名前を知らぬ者はいない。
幼き頃に、先代の聖女から祝福を受けたとも言われている若き皇帝。
彼がいれば、この国は心配ないと、誰もが信じている。
「あーあ、いっそ、その王女様が白雪の聖女様なら、な」
冗談めかした男の言葉に、何人かが「そりゃいいな!」と同調する。
「それならこの国は安泰だ」
「たしかに!」
次々に上がる好意的な意見。
それを聞いていた、男が首を傾げた。
彼はようやく酒を飲めるようになったばかりの若い男だ。
「みなさん、どうしてそんなふうに思えるんですか?」
「あん?」
「だって、敵国の王女ですよ? そんな人が白雪の聖女様だったら……困りませんか?」
奇跡の対価に、理不尽な要求をされたりとか……と、青年は口にする寸前で呑み込んだ。周囲の者たちから、一斉に睨まれたからだ。
そんな中、初老の職人が怯える青年の肩を叩いた。
「若いおまえさんが分からんのも無理はない。だが、白雪の聖女様とは、そういう存在なんだ」
白雪の聖女の生まれ変わり。
すべての記憶を引き継ぐわけではない。ゆえに性格が変わることもあるが、その魂は、生き様は決して変わらない。何百年、何十代にも渡り、この国を護り続けてくれた偉大な聖女様。
先代を、歴史を知る者にとって、白雪の聖女とは絶対の救世主なのだ。
「そういう存在、ですか」
青年はまだ少し納得できないでいる。
だがそんな彼も、最後は皆と同じ結論に至る。
「なんにしても、早く復活してほしいですね」
「だな。そうして、白い雪を降らしてくれれば……」
人々が強く願う。
窓際で酒を飲んでいた男の一人が、不意に空を見上げて呟いた。
「……あれは、雪か?」
季節外れの雪が、瘴気に満ちた大陸に春を呼び寄せた。
先日、エピローグにこっそり追記したんですが、おかげさまで書籍化が決定しました。
応援してくださった皆さんありがとうございます。
詳細はまだですが、夏くらいには色々お伝えできるんじゃないかなぁと。(たぶん)
そしてタイトルですが、書籍化でも変わる可能性があります、すみません! でも、ここに記載する&『詫びの品』の部分は外さない方向で行くので、『詫びの品』ってワードだけ覚えておいてください!
……まあ、6月末に通称『詫びダンジョン』、詫びの品としてダンジョンをもらった作品も世に解き放つんですけどね(宣伝
それと確定ではありませんが、今作は二章も執筆を予定しています。年内に色々とご報告できると思いますので、お待ちいただければ幸いです。




