再来の予兆 1
「さてと、そろそろ行きましょうか」
感動に打ち震える二人の邪魔をするほど野暮ではないと、フリーダとルートヴィヒに目配せする。
私たちは姉妹をその場に残し、パーティー会場へと移動を開始した。
「ルートヴィヒ。貴方の領地の聖女を引き抜いてごめんなさい」
「いえ、謝罪は必要ありません。むしろ、彼女に機会を与えてくださったことに感謝します」
ルートヴィヒも落差がすごいわね。彼は私が白雪の聖女だと気付いたわけじゃないのに……もともと、こういう性格だったのかしら?
「一応言っておくわね。あの子、私の側にいなくても、恐らく力を使えるわよ」
「……は?」
ルートヴィヒの表情が固まった。
「アシュタルのためと理解すれば、アシュタルの国内にいなくても聖力が使えるのよ? 私の手伝いがアシュタルのためになると理解したいまなら、私の側でなくとも聖力を使えるはずよ」
だから、無理に私の元によこす必要はない。
アマリアに決めさせればいいと思う。
「……分かりました、伝えましょう。もっとも、答えは決まっていると思いますが」
ルートヴィヒは確信しているみたいだ。
それが私への信頼だとしたら……やっぱりルートヴィヒは変わりすぎね。この感覚だけは慣れそうにない――と、そんなことを考えていると、彼はそこで足を止めて私の正面に立った。
「今回のことで、貴女の人柄が少し分かった気がします。いままで、あの王太子の妹という色眼鏡で見ていたこと、改めて謝罪します」
「分かってくれれば十分よ。ただ、そうね。一つ言えるとしたら……」
さきほどから抱いていた思い。それを打ち明けるべく、ルートヴィヒを見上げた。
「その話し方は背中が痒くなるから、いままで通りに話してくれない?」
「――はあっ!?」
ルートヴィヒが信じられないと目を見張り、横でフリーダが吹き出した。
でも私は大真面目だ。
「はぁ……わぁったよ。これでいいか? せっかく、敬意を示してやったのに……」
ルートヴィヒはものすごく不満そうだ。
それでも私の言葉に従う辺り、本当に私のことを認めてくれているのだろう。
それが嬉しいなと、私は小さく笑みを零した。
その後、私とフリーダはパーティー会場の片隅へと足を運ぶ。
ほどなく、ルートヴィヒが壇上に上がった。
それに気付いた会場の者が一人また一人と口を閉じ、やがて会場が静寂に包まれる。
「グライフナー領を襲った未曾有の危機は去った。おまえたちが奮戦したおかげだ」
彼はねぎらいの言葉から始め、帰らぬ者たちに黙祷を捧げ、遺族への補償を約束した。野性味のある彼の声から、たしかに仲間を思う気持ちが伝わってくる。
……うん、やっぱりこっちの方がしっくりくるわ。
そんなことを考えている間にも彼の演説は進み、フリーダが連れてきた援軍へも感謝が伝えられる。
そして――
「最後にもう一人、今回の最大の功労者。ノエル皇妃殿下、貴女が我が領の希望を繋いでくださった。グライフナー領を代表して感謝いたします」
拍手が鳴り響いた。
悪くない気分だ。
やり遂げてよかったと達成感を噛み締める。
ほどなく、ルートヴィヒが乾杯の音頭をとった。
そうして開催されたパーティーを楽しんでいると、貴族とおぼしき男が歩み寄ってきた。
「ノエル皇妃殿下にご挨拶申し上げます。私はルートヴィヒ様よりアーベルの地を任された伯爵のランドルフと申します」
それに応じつつ、私はフリーダから学んだこの国の事情を思い出す。
レイヴェル国は中央を皇帝が統治して、その周辺を六芒領主が統治している。そして、六芒領主が任命する貴族がその下にいる。
つまり、彼はグライフナー領の伯爵、という訳ね。
「アーベルというと、スタンピードの進路上にあった地方ですね。被害は大丈夫ですか?」
「よくご存じですね。決して無傷とは言えませんが、ノエル皇妃殿下が迅速に鎮めてくださったおかげで、被害を最小限に留めることが出来ました。感謝いたします」
私は出来ることをしただけよ。
そんなふうに伝えるけれど、彼は私に感謝するのを止めなかった。そうして、彼に続き、何人かの貴族から同じように感謝の言葉を投げかけられる。
ルートヴィヒの演説のおかげだろう。
なかなか悪くない気分ね。そんなことを考えていると、私の足下に影が差した。
「パーティーを楽しんでくれているようだな」
顔を上げると、ワイングラスを片手にルートヴィヒが立っていた。
「少し恥ずかしかったけど、こんなふうに公式の場で感謝されるのは初めてで……ええ、悪くない気分よ」
そう口にするだけで頬が熱くなる。
私はウェイターからグラスを受け取り、その中身を飲み干した。
「……初めて? 自国では評価されなかったのか? いや、そう言えば、自国では騎士団に入り浸るだけで、聖女としては活動していなかったんだったか?」
「そういうことに、なっているそうね」
「事実は違う、ということか?」
ルートヴィヒが、私の背後に控えるフリーダに視線を向けた。
「どうやら、ノエル皇妃殿下を陥れるために、王太子が意図的に流していたようです。その情報に踊らされたのは私のミスです」
「そうか。まあ情報を集める期間が短かったからな」
ルートヴィヒはフリーダを許した。
「つまり、活躍をなかったことにされていたんだな」
「ええ。だから、パーティーで盛大に感謝されるのはこれが初めてよ。個人的に感謝されることは……少なくなかったけどね」
感謝の品の数々を思い出して目を細める。すると、ルートヴィヒは野性味のある顔を凶暴に歪ませた。
「あの男は、本当に度し難いな。おまえが望むなら、この国ではそのような扱いを受けぬように取りなしてやるが?」
「いいえ、結構よ。自分で認められるようにがんばるから」
私の答えに、ルートヴィヒはやはりかと言いたげな顔をした。
恐らく、フリーダから既に聞いていたのだろう。
話が早くて助かるわね。
――と、そんな話をして、ルートヴィヒと別れた。
そのままフリーダを連れて会場内を歩いていると、その後も何度か感謝の言葉を伝えられた。グライフナー領の貴族だけではなく、騎士や聖女もその中にいた。
だけど、その中から、「六芒殿を一人で浄化など嘘に決まっている。どんな手を使ったのやら」なんて懐疑的な声が聞こえた。
「分からせてきます」
フリーダが突撃しようとしたので、待ちなさいとそのポニーテールを掴む。彼女は首がガクンとなって、「ノエル皇妃殿下ぁ……」と涙目になった。
「何度も言ってるけど、私のことで誰かに噛み付くのは止めなさい。私は実力で認められたいの。決して、権力で黙らせたいわけじゃないわ」
「……分かりました」
ものすごく悲しそうだ。
うんうん、分かるよ。私のために怒ってくれたんだよね。よしよし――と慰めている。
直後、「どんな手を使ったとしても、六芒殿を浄化した事実は評価されるべきでしょう」という声がどこからともなく聞こえてきた。
周囲の視線を追うと、剣呑な様子のクリスティアが立っていた。彼女の近くには、同じくアイゼンヴァルトからの援軍、カイとライオットの姿もある。
「たしかに、六芒殿を浄化したのは事実だな」
「ルートヴィヒ様のお言葉を疑うとは……」
次々に同調の声が上がり、私を批判した者に批難の視線が向けられる。
その者は視線に耐えかねたように去って行った。
クリスティアはその後ろ姿を睨んでいたけれど、不意に私の方に駆け寄ってきた。
「ノエル皇妃殿下、お疲れ様です!」
「ありがとう。貴方たちが協力してくれたおかげで助かったわ」
「いえ、私たちなんて、貴女の活躍に比べれば、なにもしてないも同然です」
「それは違うわ」
私は首を横に振る。
「アンナという女の子の父親が救出されたの。ギリギリだったそうよ。私がいなくても、貴女たちがいなくても、あの兵士はきっと救えなかったはずよ」
ルートヴィヒが再編していた救助隊。
あの部隊がアンナの父を救った。
その部隊にクリスティアたちがいなければ、アンナの父を救えなかったかもしれない。
そしてあのとき、フリーダが機転を利かせてくれなければ、ルートヴィヒが六芒殿に同行していただろう。
その場合はきっと、アンナの父は救えなかった。
だから……
「ありがとう」
フリーダに、クリスティアに、関わったみんなに、本当に感謝していると破顔する。
「もったいないお言葉です。ですが……そうですか」
救えた命があったと知ったからだろう。クリスティアの表情がさきほどよりも誇らしげだ。
そんな彼女の斜め後ろで、カイが「ズルいです」と唇を尖らせた。
「……ズルい?」
「そうですよ。俺達には貴女の功績を秘密にするようにとおっしゃったのに、この国では盛大に公表されているじゃないですか! これなら、隠す意味はないでしょう?」
いや、それは白雪の聖女とバレないためなのよ。
なんて、言えるはずもない。
まぁでも……ここまで来たら、それくらいは誤差の範囲かもね。
「たしかに、浄化したことを隠す意味はないかもね」
「言いましたね?」
カイは続けて仲間に視線を向け、「帰ったらノエル皇妃殿下の功績を称えよう」と話し始めた。
カイは拳を握り、ギラリと目を輝かせている。それにクリスティアとライオットが同調する。
なんか、フリーダが増えたみたいだ。
「やりすぎないでね?」
「大丈夫です、任せてください。先に救われたのはアイゼンヴァルトだと主張しておきます」
あんまり信用ならない。
だいたい、どっちが先に救われたとか、誇る意味はあるのかしら?
――と、そうだ。
救われたといえば、セラフィナの領地はどうなったのかしら?
「ねえ、誰か、セラフィナの領地がどうなったか知っている?」
「はい」
と、クリスティアが勢いよく手を上げた。
「セラフィナ様の領地も無事にスタンピードを終えることが出来たそうですよ。少し噂になっていましたが、なんでも、白雪の聖女様が六芒殿を浄化した、と」
「……え?」
つまり、私は白雪の聖女の偽物、だった?
いや、呪い関連の知識を思い出したことを考えれば、私が本物で間違いはない。
つまり、偽物が現れたということ。
ニセモノ……
もしや、私の正体を隠す隠れ蓑に出来るのでは?
お読みいただきありがとうございます。
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