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玉依(40)

 

−−道鏡はこちらで調整するので。


 亀からの申し出で、大兄の体から道鏡が抜かれた。もちろん瞬光はすぐに大兄の防呪を解いたので、映照は怨みがましい目で瞬光を睨む。


 亀に案内された部屋は畳敷で、掘りごたつがあった。


−−少し休んでて、またすぐ来る。


 亀はホロ像の擬態を解き、リボンをほどいて消えた。


「あまり寒い、ってわけでもないけどな」


 大兄がこたつに足を入れる。


「鯛やひらめの舞踊り、ってわけにはいかんか」


「見せてくれ、って頼めば見せてくれるとは思いますが」


 晴比古も大兄の隣に入る。手には徳利と猪口の乗った盆を持っている。


「どこから持ってきた?」


「そこに。好きなのどうぞ、亀さんは飲まないから、たぶん僕等用だと思いますよ」


 晴比古の差した先にミニバーがあった。大兄はこたつから抜け出してウイスキーをとった。


「ほどほどにしてくださいね」


 開葉は釘を差すのを忘れない。


「硬いこと言うな。どうせタダだし」


「タダほど高いものはありませんよ」


 晴比古は瞬光に言ったが、その口調には、晴比古には珍しく、投げやりな雰囲気が含まれていた。


「ここが邪馬壹、ってことでいいのか?」


 大兄が晴比古に問うた。


「この部屋が、ってことではないですけど。まあ、そう言ってもいいですね」


「黄泉比良坂は越えなかったようだが?」


「たぶん、これからだと思います。亀さんの感じだと、どうもトラブルらしいから」


「トラブル、って何だ?」


「それは亀さんが帰ってきたら話してくれると思います」


 晴比古は言って、にこりと笑んだ。


「じゃあ、時間もできたし、そのへんのこと少し説明しましょうか?」


 手短にな、と言ったのは瞬光である。


「お前の話は長くてかなわん」


 努力はしましょう、そう言って晴比古は話しはじめた。


「まず魏志倭人伝のことはとりあえず忘れてもらって、術師の口伝のほうで説明します。前にも言ったけど、その当時の倭国の状況と、邪馬壹のことが奇妙に混じって伝わっているようなので」


「それは聞いたよ」


「じゃ、そういうことで、まず邪馬壹ですけどね。これはですね。邪馬壹とひとつで考えるのは無理があって、邪馬と壹を分けて考えるのが妥当と思われるわけです。なぜか、というと、これは異説もあってなかなか難しいわけですが、本来、邪馬壹というのは……」


「て・み・じ・か・に、の意味わかってるか?」


 瞬光に口出しされた晴比古が、急に結論を言う。


「邪馬壹は、山幸の一ノ后の意味です」


「豊玉姫か」


 大兄の言葉に晴比古がうなづく。


「海神の娘、国産みの最初に産まれた蛭子の島、海の底の島の王女です」


「しかし、わざわざ、邪馬、壹と言っているからには、邪馬、弐があるみたいな言いかただな」


「ありますよ。ただし、一、二、三、ではなくて、甲、乙、丙、ですが」


「乙姫」


 大兄がうなった。


「乙姫だったのか、それで。二ノ后ということは玉依姫か、豊玉姫の妹の」


「そこは古事記のほうも間違ってまして、というかわざと誤って隠した、というべきか」


「違うってのか?」


「玉依姫はお産の場を山幸にのぞかれて正体を現し、それで海神のもとに帰ったことになっていますが、実際にはお産で命を落としているんです」


「それはまた……」


「そもそもヤヒロワニとなった妻を厭うて戻したものを、その妹を迎え入れるはずがありません。玉依姫は山幸の息子と結婚したと言われていますが、そこも少しごまかしています」


「どういうことなんだ?」


 術師の口伝ということだが、旧辞、帝紀のことだろうか。それにしても晴比古の説明は全体的に合っているような、どことなく間違っているような、不思議な感じだ、と大兄は思った。


「豊玉姫は一度死んで甦っています。甦った後の名が玉依姫です。依姫を名乗っているのが生き返った証拠です。古事記の成立のころには甦りが禁忌になりつつあったので、表現を変えてしまったわけですね」


「大昔は生き返りが当たり前だったような言いかただな」


「当たり前、とまでは言いませんが、今よりは普通に扱われていましたよ」


 旧辞、帝紀、古事記、と頭にめぐらせながら、大兄はあることに気がついた。


「お産で死んだ姫は古事記にもう一人出てくるな」


「はい、そうです。伊耶那美命ですね」


「関係があるのか?」


 晴比古はうなづいた。


「さっきも言いましたが、古事記成立のころには甦りがほぼ禁忌になっていたんですよ。口伝では当然、伊耶那美命も甦っています」


 大兄は開葉のほうを盗み見た。テーブルに二つの豊玉と凪沙の憑いた若水の小びんを並べて、何事か話し込んでいるようだ。


「余計な事は言わないほうが良いのではないかな?」


 大兄の耳許で囁くものがいた。


 天井から降りてきた黄と紫のリボンが人型を作る。表面が解けて滑らかに隆起すると、それは壮齢の男の顔になった。


「亀、じゃなさそうだな」


 道鏡だよ、と男は言った。


「大兄、いろいろと世話になった。本当ならおみやげでも持たせて帰すところだが、すまない、まだ手伝ってもらわないといけないんだ」


 道鏡は言った。


「大兄だけではない。皆に手伝ってもらうことになる。これから我々は『国産み』をやる」


「国産みそのものじゃありません、国産みにとても近いことです」


 道鏡の言葉を晴比古がすぐさま訂正した。道鏡も、ああ、そうだな、と笑いながら晴比古に応じた。



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