念願の店
「それでは確かに権利書をお受けしました。
本当に……本当にありがとうございました」
「いえいえ、契約ですので」
フレイ村からレドランスへと転移魔法で飛んできた私とセリスの二人は店を得るまでのゴタゴタを行っていた。
そして最後の最後、新築独特の木の香りが残る部屋、ソファとテーブル以外まだろくに家具も置かれていない場所で権利書の確認を済ませミカエルさんへと深く頭を下げる。
「それでも………本当に……本当にありがとうございました」
これから終わりの見えない道を歩んでいくというのに、行商暮らしの終わり、店主になれるという事実を手にし感極まって涙を堪える事ができなかった。
今の顔はとても契約相手に見せる事ができず下げた頭を上げられないでいると、私の背中を擦りながら隣に座るセリスが替わりに口を開く。
「契約なのは分かるが私からも礼を言わせてもらうとしよう。
そもそもこの契約はそちらに大きな借りを作る形になってしまっている。あまり大きな影響を与えるような依頼は受けるつもりはないが、こちらとしては是非今後も良い関係を結んでいきたいね」
「いえいえ、借りなど闘技大会の時に十分すぎる程返して頂きましたけど、そちらがそう思っているのであればこちらこそ良い関係を結んでいきたいと心から思っております」
セリスとミカエルさんが立ち上がり握手を交わす。
涙を拭い、私も急いで立ち上がり握手を交わさせてもらう。
「では、これで商人として話は終わった訳ですから、同じ部屋で闘技大会を観戦した間柄として接させてもらいますが……
本当に変わりましたねメリルさん」
まだ若干涙が漏れ出る私を上から下まで見直しそう言ってくる。
「え?あ、あぁ~……はい、あの後覚醒しましてかなり変わりましたよ。
どうですかこの羽。
ただのハーフドリーミーでしたが今では完全なドリーミーと変わりありませんよ」
ますますドリーミーと変わり無くなり生活しにくくなるのでしょうけど、この羽から延びる魔繊手による恩恵は本当に大きいですからその分の見返りとして十分すぎる程です。
それに、ドリーミーだの魔族だからだのの偏見などはこれから私の活躍でひっくり返してみせます。
私の目標はそんなちっぽけな所じゃなくて聖遺物を越えた魔法具の創造なのですから。
「それもありますがセリスさんと負けず劣らずの美しくになられましたよ。いや、闘技大会の頃でも十分すぎる程美しかったですが、より磨きがかかったと言いますか」
「当然だろう?なんたってメリルだからね。
可愛い上に綺麗だろう?」
「綺麗というより神秘的な雰囲気を感じますね。
その黒い翼も相まってまるで堕天使様かのような美しさです」
な……セリスは身内びいき過ぎるから置いておくとしてミカエルさんは何事でしょうか!?
そんな風に言われたこと……と、一瞬だけ混乱してしまいましたがどう考えてもお世辞ですよねこれ。
感情が高まり過ぎて冷静な判断ができない時にやられて混乱してしまいましたが逆に冷静になれましたよ。
「そう!そんな美しいメリルがこんな魔法具を作成できる!
これはもう売れない方がおかしいだろうね!」
ん……んん!?露骨なまでの商談に入りましたよ。
というよりセリス商売下手ですか!?
いや、セリスの手際の良さは知ってますし……つまりわざと?
何か考えがあるのかもしれませんし、ここはのっておきましょう。
「せ、セリスが持っているこちらは健康チェックカードと言いまして、触れた者の魔力を感知して文字が浮かび上がり毒や病気の有無を把握できてしまう優れモノです」
「他にも、同じ技術を派生し作られた触れた者の魔力量を感知する魔力量チェックカード等もある。これの有用性も是非とも持ち帰り検証してみてもらいたいね。
如何にメリルの魔法術式による技術が優れているか理解いただける筈だよ」
その後、唐突に始まったセリスの雑な商談は一時間強に渡り畳み掛けるように私の作った作品の説明をしたり、すぐ作れる作品は目の前で作る姿を見せたりする事になりました。
今回のセリスの狙いは実にわかりやすく、分かった上で私もミカエルさんもその雑な説明と畳み掛けるように提示をし続けた。
要するにこういう事ができますからオーダーメイドで注文なんかもできますよと言語化せずに教えて私の価値を高め、あくまでも私の店なんだという事を説明したかった訳ですね。
ただここで一つ誤解を生みそうなのですが、私は精密な魔法具専門であって、セリスのように膨大な魔力に任せて作るような魔法具とは違うんですよ。
裁縫師と鍛治師くらいには、算数と歴史の勉強くらいには違いがあります。
……鍛治師って例えましたけど物凄く当てはまってるんですよね。
セリスは膨大な魔力を利用して魔力で武器を鍛える事ができますから。
セリスが鍛えた木剣で鍛治師が普通の鉄で打った名剣を真っ向から叩き折れますし。
・
「へぇ、ここがお姉ちゃんのお店かぁ……思てたよりずっどおっきい」
店の前、アシュリーが私達の店を見上げ周囲を気にすることもなく田舎丸出しの方言で誉める。
時期は真冬だというのにドリーミーが寒そうな魔女のような服を着ているので尚更悪目立ちしてますよ。
声を発したアシュリーよりも気配に敏感なミューズの方が周囲の関心に反応している。
「ふふふ、そうでしょう。ここが私達の店だよ!
まだ中にあるんだけど立派な看板があってね、ただ物は全然無くて最初の仕事は店を開くまでの整理とかがメインになるから。
アシュリーには銀貨一枚分しっかり働いてもらうからね」
普段なら周囲を意識してそんな事は言わないけれど、今の私はとても気分が良くてつい口にする。
日当たりが良くメイン大通りも程よく近く、冒険者ギルドから近くも遠くもない良いポジション。
これで自慢したくならない元行商人は努力をしていないか後ろめたい詐欺まがいな事に関与してしまったからとしか考えられません。
ですのでそんな事のない私はめいいっぱい自慢しますよ!
「さて、それじゃあ色々準備しますよ!
設置しないといけない魔法具も多いのですから!」
こうして私達は店を開く準備をし始めた。
アシュリー達に大まかな商品の置き方の図を記した紙を渡しておいたので掃除をしつつそちらをしてもらい、私とセリスは魔法具の設置や魔方陣の展開等々という事になりました。
私は盗難対策として真っ先に外への出入り口と左右の部屋へ入る所に設置です。
店に入るとまず左右に別れており右が私、左がセリスの店で私が7、セリスが3割程度の面積で使われています。
元々セリスは趣味の範囲でしか自分の仕事はしないと言っていましたし、この間取りを提案してきたのもセリスです。
そんな間取りをしていまして、その間取りの面積に無駄無く商品を並べる予定なので当然盗難対策を施さなくてはなりません。
商品全てに特殊な魔法の印が施し、買わずに商品を持ち出し入り口の分かれ道まで行くと警告音。
店から出ようとすれば強制的に意識を刈り取られ気絶するようになっています。
私がその魔法具や他の防衛の為の魔法具を設置している間にセリスは地下室で空間の拡張と過剰防衛と言える程強力な魔方陣を作っています。
この魔方陣は地下の防衛と同時に店全ての防衛機能等を動かす為の動力となっていて、理論上魔力生成速度の方が速いので永久的に発動させていらる筈です。
正直先程も言ったように過剰防衛ですが、私達が決めた目標を考えればある意味当然です。
聖遺物すら凌駕するという目標の元作られた魔法具が成功作であろうが失敗作であろうが内蔵する魔力量は戦争に使われる攻城兵器を軽く凌駕するモノだということが容易に想像できます。
ですので万が一なんて事が起きてはならないのです。
その為の防衛で、初日の出を見た後にいきなり防衛を強化しようとセリスが言い出し初めは反対しましたが、それ相応の理由を提示されたので了承しました。
むしろこの時は自分の考えの甘さを反省しましたね。
「メリル、地下室の拡張終わったけどそっちどう?」
「早いですね。こっちは出入り口が済んだので建物そのものの強度を上げようと3階に行こうとしていたところです」
私達の店は3階から地下1階まで存在し、1階は入り口部分と奥の従業員用通路のみが左右繋がっていまして、セリスの方に地下室への入り口、私の方に二階へ行く為の階段がありまして、階段も地下室の方も買い物客からは見えないようになっています。
階段の近くにお風呂場とトイレが存在しますが、トイレを使いそうなのは今のところアシュリーだけな気がするんですよね。
2階は寝泊まりする場所や応接室があり、その応接室で権利書を貰ったので今のところ私にとって店で一番大切な部屋になっているのが応接室だったりします。
「なら丁度良い、少し休憩にしないかい?」
「え?早くないですか?」
「もう三時間も経ってるから子供には長過ぎるくらいだよ。
休憩入れてあげるついでに私達もお茶しないかい?
じゃないとあの子達が落ち着かないだろう?」
なるほど、言われてみればそうですね。
レーナさんはもう霊菜さんな気がしますので良いですけど、ミューズは子供ですからね。
私達が仕事してると落ち着かないというのも分かります。
ミューズ達からしたら私から見たミカエルさんのような方が忙しそうにしている横で休憩させられる訳ですから、落ち着ける訳がありません。
「確かにそうですね、分かりました。
では私は先に準備しますので呼んでもらえますか?」
「分かった。それじゃ呼んでくるね」
「お願いします」
3階は物置で私が3階に行こうとしたのは強度を上げる先にネズミと虫除けの結界を仕上げてしまおうと考えていた所で声をかけてくれたのでその提案をすぐに受け入れお湯を沸かしながらお菓子を並べる。
「お、美味しそうのお菓わきやしだね」
「こら」
真っ先に来たのは方言丸出しのアシュリーで、何の躊躇いもなくクッキーの1つを食べようと伸ばした手を叩く。
「高そうなじゃなくて高いお菓子よ。皆揃ってからね。
このお菓子は唐突なお客様用だけれど今日はおめでたい日だからね。
もちろんお茶も高いわよ……って、ミューズ美味しそうなの舐めてるわね」
「セリス様がキャンディーくれたんだ!」
ボリッボリッと狼系ワービーストらしい立派な歯でキャンディーを砕きながら元気良く教えてくれた。
ミューズは貰ったキャンディーを少し舐めたら噛み砕いてしまうんですよね………もしかしてまたセリスにあ~んってしてもらったのでしょうか?
それは羨ましい。
「そうなんだ、良かったね~」
「うん!」
満面の笑顔のミューズを撫でてあげ、セリスが部屋に入ってきたのを確認したところで距離をつめる。
「セリス、あ~ん」
「ん?あぁ、はい。私の大好きなキャンディーだよ」
流石セリス!察しが良すぎです!
セリスの細い指で丁寧に私の口の中にキャンディーが置かれて甘い味がじんわひと広がっていく。
「セリスさんはどもかぐ、お姉ちゃんがきや積極的サ甘えサ行ぐどご初めて見だ」
「そうだね。セリス様はわりと良く見るけどね」
「あのね、メリルは店の権利書見た時に感動のあまり泣いてしまったくらいだったんから、いろいろ浮かれているくらいが丁度良いだろう?」
「ウソ?お姉ちゃんが泣いてる所って今一想像でぎね」
「失礼な。私だって甘えたい時は甘えるって」
「あの、メリルさん」
私達が雑談していると申し訳なさそうにレーナさんが声をかけてくる。
「どうしました?」
「知っていると思いますが私は魔石以外食べれないのでお茶やお菓子を出されましても、その……」
なるほど、テーブルにカップが5つ置いてある事に気が付いたのでしょうね。
「大丈夫ですよ。できない事はわかっていましたけど初めから出さないのは仲間外れにしたかのようになってしまうので形としてだけ用意したモノなので。
これは1つの例えなのですが、必要が無くとも見栄えを良くする為にわざと必要の無いモノを置いておく事があります。
本来なら安物の木簡と炭で済むのを高価な羊皮紙と筆ペンにするのと同じように機能的に本来必要無い所に必要以上資金を使う事は商売の基本です。
これもそれの応用。今後もしかしたらレーナさんも使うかもしれない局面が出るかもしれないので頭の片隅にでも覚えておいてください」
「なるほど……はい、良くわかりました。
お気遣いありがとうございます」
「メリル様!レーナはやく!」
「はいはい」
皆で席につき間食を取りながら雑談を繰り広げる。
店を開いたらどういう人達を狙って売ろうとしているのか。
初めてやってきたレドランスの町で真っ先にどんな場所を見に行きたいか。
レドランスと言えばセリスが人を大きな木に変えてしまった事件があったね等々。
本当に下らない雑談をし、休憩を終えて再び作業に入り、お夕飯を済ませて今日の作業は終わりました。
この日以降アシュリーが教授と手羽先を連れてきた以外はお店の開店を予定している1月6日までずっとこんな感じでした。




