閑話 ターニャの憂鬱
一応私の師匠であるセリスには分からないことが多すぎる。
私から見た簡単な人物像は気さくな良い奴で、計算高く油断できない奴。
そして、何よりもその警戒心の高さこそがセリスの強さの秘訣なのだろうと思っている。
セリスはその優秀さから私達と目線が異なり過ぎているために私には理解できない事を言い出す。
いや、私だけでないはず。
メリルは理解できている様子ではあったが恐らく種族的な関係で理解できているのであって普通は理解できないはずだ。
それが経験から来る結論であるならばどれだけ良いか。
セリスの話はそんな範疇を越えている事が多すぎる。
その中でも特に理解できないと思った事なのだが……
「魔法に対して最も触れてはいけないことかい?」
「はい。セリスが教えてくれてますけど、それでも何かの拍子に触れてしまって取り返しのつかないような事になってからでは遅いので」
「あ~……何かの拍子にってのは何時だってあり得る事だからねぇ~………
過去に大馬鹿が小石を蹴った事で崖の下の祭壇にあった坪を割ってくれてねぇ……そっからアークデーモンが…………」
「えぇ……」
「馬鹿じゃねえの?」
「本当馬鹿だよね~。
少し前にダンジョン内なんだから油断するなと言った矢先にやらかしてくれてね。
面倒だしいけに……不幸な事故が起きてしまったけれど彼の勇姿を見届けつつアークデーモンを退治したんだよ。
さて、最も触れてはいけないことだったよね…………」
その後続けられた言葉は……いや、言葉だったのだろうか?
私には歌のようにも聞こえたし、別の誰かの金切り声のようにも聞こえ、この世の何よりも甘味な物のように思え、そして何よりも、本能に縫い付けるかのような、冷たく恐ろしいという感情が押し掛ける………かと思えばそれすらも無い。
今にして思えば、あれは感じたその感情すらも呑み込まれて失くなってしまっているのではないかと思う。
具体的には…………
「………この世のすべてに魔力が存在し、人も、岩も、大地も、宇宙すらも……すべては魔力によってできている。
遥か遥か宇宙の彼方に存在する暗黒空間に眠る本当の…………を決して………………………………………ならない。
我々は………が………………で漏れだした魔力の欠片から自然発生した存在でしかなく、………………………………………………………………しか過ぎない。
ゆえに…………………………………………………ならない。
……………………………………忘れてしまうのと同じように…………………………から………」
「………は?なんて言った?」
確かにセリスの口が動き、何らかの言葉を耳にしていたはずなのだが聞き取れなかった。
当然聞き逃すような距離ではない。
セリスが言うには本能が理解する事を拒んだ結果なのだという。
それこそ何を言っているのか理解できなかったが………
「メリル、大丈夫かい?」
「え………あ……………はい………」
メリルの様子は異様としか言えない程だった。
手どころか全身が震えていて、まるで血の気を感じさせないような、それほどまでの強い恐怖を抱いているのが一目で分かるものだった。
何故すぐ隣にいたのに気づかなかったのか。
「疑問に思うことは無い。ただ資格が無いだけだから。
メリルはギリギリ資格があっただけの話だよ」
………とまあ、これはセリスが発言した中でも取り分け異常な発言で、なんとなく分かるが全く分からん。
だがきっと事実なのだと思う。
セリスは途方もなく下らない嘘を付くことはあっても真面目な話で嘘をついた事は1つも無い。
だからこそセリスは信用でき、警戒に値する存在ではない。
あくまでも『セリス』はね。
「わ……髪が凄いモコモコ」
「やっぱり似合ってる。どうだ!メリルが可愛いだろう!」
「確かに似合ってるな」
「そうかな……ありがとう」
メリルはセリスの弟子になってからかなり綺麗になった。
美人とは言えないが、とても綺麗で接しやすい容貌をしている。
強さに比例して体が変化しているかららしいが、ここまで劇的な変化を遂げている奴を見たことがない。
最低限の知識のみでほぼ戦闘経験0だったメリルだからこそという可能性もあるのかもしれない。
実際私も肉体の変化が起きている自覚はあるし、セリスという超人に鍛えられているのは伊達じゃないな。
しかしメリルは相変わらずソバカスは目立つ。
顔立ちが整い過ぎているからであってソバカス事態は前と比べてかなり薄くなっているけれど、目立つものは目立つ。
まあ、ソバカスのお陰で美人じゃなくて接しやすい雰囲気を感じる訳だが。
今のモコモコもそうだが、色々手を加える毎に綺麗になっていくメリルはもうそこらの貴族よりよっぽど綺麗だ。
「それで何で前はしてあげなかったんだ?」
「これ、かなり集中力必要でね。
加減を間違えると焦がしちゃうし大変なんだよ。
それに手入れしないと1ヶ月くらいで戻ってしまうから。
だからメリルが自力でできるだけの力量が付くまで待ってたんだよ」
「ん……ちょっと、私はセリスの犬や猫じゃないんだけど」
首もとを撫でられ流石に怒ったのか指摘する。
「ごめんね、メリルが可愛くてつい」
「謝ったなら放してください」
「だぁ~め」
これ、これが不安。
セリスはメリルを大切にし過ぎている。
メリルは確かに強くなった。しかし強くなるに比例して警戒心が薄くなっている事を自覚してない。
自分が綺麗になっている事にも気が付いてないようだし、警戒心の薄さから路地裏に引きずり込まれても何ら不思議でない。
もし救出が間に合わなければ血の雨が降ると表現すべき光景ができそうでおっかない。
メリルに対する愛着と性格を考えてもやりかねない。
一応メリルには事ある毎に注意を呼び掛けているがドリーミーはその手に敏感の一言の一点張りだ。
事実ドリーミーはそう言った感情に敏感なのだが、その察しの良さに対して身体能力が全く追い付いてないのが心配なんだよ。
ドリーミーは腕力なんかはヒューマンの平均とあまり代わり無く、ずば抜けた器用さを持つ。
しかしその器用さに反して体力や反射神経はあまりにも低い。
魔法を使う隙も無い取っ組み合いになったらチンピラ相手でもメリルに勝ち目は無いだろう。
そして私の実家で放った言葉………
「そう、私はその枷を自分自身よりずっと大切なものだと認識している。
私にとってはその枷を外すと脅す行為は宣戦布告であり、脅した奴は殺してしまうだろうね。
脅した挙げ句、万が一にも、殺される前に枷を壊そう。
なんて考えて実行し、壊した奴が居たならソイツは殺さない、笑わせない、泣かせない、怒らせない、狂わせない…………」
この言葉である。
………不味い。
これは非常に不味い。
メリルにゾッコン過ぎるのはもう置いておくとして、メリル1つで世界の命運が掛かっていると言っても何ら過言じゃない。
この世界の人類すべてで挑んでもセリスの力には敵わない。
そもそも天空城に攻撃する手段が無い。
こちらは攻撃できず、向こうは大地に大穴開ける魔力砲を放ってくる。
更にその天空城にはアンドロメダとかいうセリスの手に余るような化け物が眠っている。
こんなの誰がどう考えたって駄目だ。ヤバイって………
…………なんて、思っていたんだけどメリルの評価を改めなくちゃいけないな。
当然のように詠唱破棄でメイルシュトロームを放つメリル。
つまりそれ以下の難易度であれば無言で魔法を放てる事になる。
そもそもメリルを物理的に傷つけようとすると覇王が現れる。
あれは本当に怖かった。
目の前に死という概念の集合体が現れたかのような生きた心地の無さよ…………
なんか、不安に思っていた私が馬鹿らしくなってきた。
というかメリル……セリスを除いて私の知ってる魔法使いで間違いなく一番強いよアンタ……
…………あれ?もしかして私ら3人で一番弱いのって私?
いやいや、そんな馬鹿な………
…………確かな強さの証が欲しい。
よし、Aランク冒険者になろう。
今の私なら行ける。都合良くセリスが私を英雄に押し上げようとしてるんだ。
確かな実績も作っていき、逆境を乗り越え続ければ良い。
私は沢山戦ってきたんだ。
メリルより弱いは不味いって本当。
いや、実際戦えば勝つだろうが問題はそう思ってしまった事だよ。
この心理状況を払拭できなきゃ絶対スランプ入るって。
だからコレが終わったらメリル達とは別行動だね。




