愛情
「……婚約は私を連れ戻す口実じゃなかったのか?」
「そんな訳無いじゃない。理由なんてこれだけよ?」
「…………」
魔力の感じからして嘘じゃないみたいですね。
嘘を言ったらサインを出すという決まりにしていたのでサインの出しようがありませんね。
ですのでそんな必死に目線をこちらに送ってこないでください。
「なんかどいつもコイツも若くはないねぇ」
「30代~40代が多いような気がするなぁ。
まあ私からすれば若いけど……というかなんかミカエルとかミキャエルって名前多くない?」
「なんかブームだったらしいよ?」
「ふ~ん……」
ターニャが私からのサインと言う名の助け船を期待している間セリスとミィさんは好き勝手にコメントし合っている。
二人とも他人事だと思ってかなり気楽ですね……
「一応希望者として届いたから出しただけでこれらに期待はしてないわよ」
「お、本命は後に出すんだな。それハードル上がる奴だぞ」
「このレオナルド46歳より好条件が有るとするなら凄いね」
「え、セリス少し見せてください」
「はい」
セリスが持っていたレオナルドさんの個人情報を見せてもらったのですが、何この人凄い。
城で働く中間管理職のようですが、経歴が凄いし渋くて格好良い感じの男性。
色々ありますが中でも目を引くのは……
「闘技大会5回連続優勝って……」
それって殿堂入りしてるじゃないですか。
殿堂入りしてしまうと出場資格が無くなってしまいますがこの上無い程に名誉な事であり色んな所に引っ張りだこです。
あと3年に一度程のペースで殿堂入りした者のみで大規模な大会がやったりします。
「マジ?ちょっと貸して」
引ったくられてしまいました。
ターニャなら興味持ちますよね、戦う相手として。
「条件は良いけど危険な賭けだと思うよ?」
「提案しといて適当すぎません?」
「提案はしてないよ?」
そんな猫みたいにニッと笑いかけられても………
「というかソイツとターニャってたぶん私とセリスみたいな感じになるんじゃないか?」
「戦闘の型としてはまんまそれだろうね。
私はとにかく無駄を省いた洗練された技術だとして、ミィは技術も小細工も何もかも薙ぎ倒す圧倒的な力に更なる威力を上乗せするタイプだから正にって感じかな。
レオナルドが私でターニャはミィと同じタイプだから認め合えれば良い関係になりそうだね。
だが……レオナルドは私と違って堅物そうだからねぇ~……」
「あの、色々言いたいのですが何を基準に戦闘の型とか決め付けているのでしょうか?」
「「勘」」
「あ、はい………」
セリスの勘は外れた事ありませんしね。
今のところセリスの天候予知や地形の変化やその他諸々百発百中ですからね。
しかも今回は魔王様からのお墨付きです。
「いやいや、別に何の根拠も無い勘じゃないぞ?
今回は描き手が上手いからそう分かったん」
「そうだな、服越しでも分かる」
「……だとしたらこれ、顔とか筋肉とか何割か増しにしてる可能性も」
「強くなればそれに比例して体が変化するからその可能性は低いと思うよ?
現にターニャはメリルの変化を見てきただろう?」
「あぁ……確かに………」
「え……そんなに変わりました?」
「まあ自分じゃ気付かないよなそういうの……」
そんな変わったのでしょうか?
相変わらずそばかすも目立ちますし、身長が少し犠牲になったくらいでそんなに?
「あのターニャ?送られて来た中でね、私はこの子と1度会ったんだけどターニャにとてもお熱だったしオススメなのだけど……」
思った以上にレオナルドさんへの食い付きが良くて出すタイミング逸してましたからね。
物凄く弱々しくターニャに渡し、私も覗き見る。
「あ、可愛い」
見た感じかなりの美少年といった感じのエルフの子ですね。
ハーフエルフで、年齢もかなり若いですが………
「経歴らしい経歴が全く無いんだが?」
「ターニャ、それよりこの子見覚えあるんですけど」
確か2年くらい前に………
「は?」
「そう!そうなのよ!その子冒険者ギルドでターニャに助けられたって言っててね、それはもうターニャにお熱なようで可愛くって!」
「助けた?」
「あぁ、思い出しました。この子ですか」
かなり美少年でしたし、珍しい揉め事の現場だったので良く覚えています。
見た感じ同い年くらいだけどランクが上の冒険者と報酬で口論になってたのをターニャがお灸を据える形になった事件ですね。
お酒飲んでそろそろ眠そうかなっていう頃にテーブル倒してくれて、眠気と酔いも相まりターニャが本当に怒ったんですよ。
あの後改まってお礼を言いに来たのがこの子です。
肝心なターニャは飲み直しとか言って記憶飛ぶまで飲んでしまって何故お礼言われたのか全く分かっていない様子でしたけど。
「セシル・ユーグシアル……何故レオナルドさんでなくこの子なんです?」
お金とか云々なら間違いなくレオナルドさんの方が良いでしょうに。
……というより何故レオナルドさん結婚できてないのでしょう?
「愛が強いからよ」
「…………はぁ?」
返したのはターニャです。
正直返答に困ってたので助かります。
「ターニャは少し分かりにくいかもね……って、そういえば貴女もターニャと同じくらいだったわね」
「はい、19歳です」
「1つしか違わないわね。
私もまだ若いけど貴女はずっと若いわねぇ……
それで、愛の話をする前にティナを住まわす条件を話す必要があるわね」
「無理矢理じゃなかったのか!?」
「だから無理矢理はできないって言っただろう?」
「セリスのうっかりは今に始まった話じゃないだろ?」
「ンフッ……フ……フフフ……た……確かに…………」
まあセリスのうっかりは多いですよね。
ミィさんのせいですけどダンジョンの時とかうっかりを連発してますからね。
規模の小さい物だとお金だけ払って商品もお釣りも貰わず立ち去ろうとした事もありましたし。
「それで契約内容だけど、私の理想とする生活を作り維持すること。
その中には私の妹、ターニャの存在も当然含まれています。
弟はあんな感じに馬鹿なままな方が可愛いのですが……それよりターニャです!
ターニャの活躍は沢山耳にしているのですがそれでもターニャは女性ですし、途中で抜け出してしまったとはいえ礼儀作法はある程度できています!
私はターニャの事が好きなのでできれば側にいてほしいと考えています!
勿論無理に強要などするつもりは微塵もありませんけど!」
身を乗り出しそうな勢いで力説している。
その姿がと言いますか……細かい癖なんかがターニャと同じでやっぱり姉妹なんだな………と、感じました。
それと同時に何か切羽詰まっている感じがする?
「確かに婚約云々はその方が手っ取り早いと言うのもありますけど、ターニャも二十歳でいい加減こちらから探さないとあっという間に29になって私みたいな行き遅れに……」
29歳……貴族の人って独身が流行っている……訳無いですよね。
でないとこんなに余裕無い感じじゃ………
「なんだ、私と同い歳なのか」
……………え?
「えっ!?セリス29歳なのですか!?」
「うん、そうだよ」
てっきり見た目通り二十歳くらいかミィさんみたいに80越えかと思っていました。
「セリスって誕生日何時ですか?」
「さあ?物心付く前にそういう事言ってくれる親は死んだから分からないけど、取り合えず元旦で歳を繰り上げてる」
「それは……えっと……わ、私は今年の5月21日で29歳迎えました」
「私は11月4日で21だね」
「私は8月9日に二十歳になります!」
「ミィお姉さんは秘密~」
「80代が今更隠してどうするんだい?」
ナチュラルに親の死を語り気まずい雰囲気になりかけたのをソフィアさんが必死に変えようとするので私とターニャもミィさんも便乗します。
「つまり……私とソフィアは行き遅れで82歳になるミィは行き遅れどころか化石だね」
「この子が80ってそんなわけ無いじゃないですか」
「そうだぞ、仮にこんな可愛い80歳いたとしたらエルフかドラゴニュートか魔法使い……その他くらいなものだぞ?」
「思ったより多いですね……」
「そ、それでですね。
9……いえ、あと8年なんてあっという間ですし、そもそも25でも十分遅れてると思いません?」
「し……仕事にもよると思いますので………」
平民は15~20歳くらいが普通ですからね。
行商人なんかは店を持つか諦めて実家に帰るかしないとチャンスなんてありません。
まあ私の場合、実家に帰ろうが田舎過ぎて若者と呼べるのが親ほど年齢が離れていてけっきょく若者は居ないんですけど。
「確かにその通りね……でも……認めたくないものよ………
私の同年代の方にはそろそろ10代迎えようとする子供が居るんですよ?
それはつまり義務教育が目の前なんですよ?」
「この世界に来てから右に並ぶ物がない説得力を感じるね」
「そんなものか?」
私は実感湧きませんがセリスは深く頷いて真剣な表情をしている。
逆にミィさんは子ども云々の話になってからあまり興味無さそうです。
そして肝心なターニャは現実を突き付けられるような話が大の苦手なんですよね。武力で解決できないとなると尚更苦手で渋い表情をしています。
「少し前まではお姉様と呼んで後ろ付いてきてくれたターニャはもう私より身長大きいし、帝国魔法大学で勉学に没頭していたらいつの間にか同年代は7人も子持ちって……」
「この駄目弟子にもそんな時期があったのか」
「私を何だと思ってんだ?」
「小さい頃からガキ大将でもしてるのかと思ってたかな。
子供の頃は女性の方が体格で優ることが多いからね」
「今のターニャを見てたらそう思うのも仕方ないわよね」
「姉さんまで!?」
ごめんなさいターニャ。
私はガキ大将どころか貧民街の殺伐とした中で育ったのかな?なんて思っていました。
「うぅ……私よりさ、姉さんに声かけない男どもの考えが分からないね。
何でもそつなくこなして凄く優秀なのにさ」
「そりゃ、天の上の花に手を伸ばそうとする奴は少ないだろうって話だね。
理想的過ぎて自分とでは釣り合わないとか自分で決め付けて初めから諦めるみたいにね」
「あ……なるほど………
一応何度かお声を貰った事はあったのですが、どの方もお父様と近しい歳の方で生理的に受け入れなくて……若い方が声かけて下さらないのはそう言う………」
「私も似たようなものだね」
「違う違うって。
お前の場合は悪口言ったら心臓が破裂するって他国にすら噂が広まってたからだぞ?」
「なんだそれ怖すぎ」
「失礼すぎだろ…………」
………やっぱり昔の事思い出すのって辛いのかな?
セリスの心から今にも泣いてしまいそうな気がする。
「えっと、セリスには私が居ますよ?その……私は女ですけど」
「うん、私もメリルが居ればもうそれで良いかな」
「えっ……もう………」
そして当然のように私を膝に乗せてぎゅっと抱き締めてくる。
嫌じゃないけどさ、一声かけてほしいですよ。
今回は完全に油断してた、気が付いたら視点が変わるのですから。
「しかしそうだね……これは師匠とかじゃなくて、少し歳上の女としての言葉だけど、この婚約っていうのは悪い話じゃないと思うよ?」
「ハァ!?どっちの味方なんだよ!?」
「とっくに味方とかそう言う話じゃないだろう?
それに、私のようにひた走りして腰を落ち着かせる場所を用意しないなんて失敗をターニャにしてほしくないんだよ」
「それなら問題ない。
十分に金はあるからメリル達と同じタイミングでレドランスに住み着く予定だ。
そもそも私が冒険者を始めたのは自分の身を守るためで……そういえば話てなかったな……」
ゆっくりとだけれど、分かりやすく理由を話していく。
ターニャが冒険者を始めた原点と言えるのは、この領地に近くにある『黒雨の森』という黒い雨の降る森で枯れ木のような黒い化け物を目撃した為だと言う。
その化け物は基本森から出る事が無いがターニャは小さい頃、その化け物が要ると知らずに子供の好奇心で足を踏み入れてしまった事があるらしい。
そこで化け物に遭遇し、実家が抱えている騎士が間に合い助けに入った。
しかし騎士はあまりにも呆気なく殺された。
今の騎士団長であるザリュースよりも強かったモウルさんという方がそこまで簡単に殺されたのはあまりにも衝撃的だったのだという。
「それ、逆に冒険者になんてなりたくなりませんよね?」
「最初はそうだったさ。
でもさ、知らなかった事で起きた出来事であって私自身多少でも戦う術を持っていれば逃げる事くらいできたかもしれないだろ?
私は生きる為に技や知識、経験なんかを得るために冒険者になったんだ。
実際あの化け物なんて可愛く思えるくらいの化け物に遭遇したしな」
まあ先程の戦いを見た後じゃそうですよねぇ。
セリスが氷付けのミィさんを打ち上げた炎の魔法、あれ1つでいったいどれだけの人数の騎士がいれば止められるのでしょう?
………そういえば、私と違ってターニャは魔力から感情や想いを読み取るなんて事できないのに、どうしてここまでセリスを受け入れられるのでしょう?
正直、力だけ見たら化け物だと私だってそう思いますよ?
それなのに………まあ、それはまた今度聞いてみましょう。
それよりも、
「ターニャの言い分も分かりますが、急いで遠出する用も無い訳ですし数人くらい会ってみたらどうですか?」
「メリルもそっちの味方なのか?」
「私はドリーミーですから、多分そんな機会はまずありません。
だからそういう機会があるのなら一度だけでもやってみたら良いんじゃないかなと思っています。
それにほら、実際に合ってみたら少し考えが変わるかもしれないじゃないですか」
「いや、そうかも知れないが……」
「……なんか話が長くなりそうだね」
そう言ったセリスは「さてと」と言葉を区切り、一度立ち上がり大きく延びをする。
「何?やるのか?」
「あぁ、これは魔法使いとして、人としてのルールだ。
これを破ってしまえば私は今度こそ私で無くなる」
「あの……「仕方ない、それじゃミィお姉さんも協力しよう」
質問しようとしたらミィさんもノリノリで立ち上がってそう言い出した。
うん、終わるまで待ちましょう。
「良いのかい?」
「当たり前だろ?それに………」
チラリと私へと向けられた視線と目が合った。
ミィさんはニッと無邪気そうな笑みを私に向けた後、煙筒を取り出し、深く煙を吐き出してから言葉を続ける。
「獣はともかく、セリスは今後人種は殺さない方が良い。
メリルの為にもね。例えそれが仮初めの魔王が相手だとしても」
「ッ!…………ありがとう」
一瞬、私へ視線を向けてミィさんへ心の底から感謝の言葉を口にした。
「なぁ~に、気にするな。ミィお姉さんとセリスの仲だろ?」
「………前から気にしていたが、私は本当にミィを友達と呼んでも良いのかい?」
「……え?友達だと思ってたの私だけなの?傷つくぞそれ」
「あ、いや………」
「冗談、気にすることじゃないぞ。あんな事があれば仕方がない。
私はセリスを友達だと思っている、セリスは?」
「……友達でいたい」
「ならそれで良いじゃん。セリスが考えるほど世界は難しくないんだ、気楽に生きれば良いんだよ」
「む……ミィが考えるほど世界は単純じゃないと思うけどねぇ?」
「当然、つまり程々が一番って事だね」
「かもね」
そう言って二人とも爽やかな、何か憑き物が取れたような気楽な感じに小さく笑う。
この感じ、前に何度かセリスから感じ取った事がある。
けれどそれを感じ取った時、いつもセリスは大粒の涙を流していた。
そしてその後のセリスは良い方向へと変化していた。
初めて笑顔でその状態へ導いたのが私じゃなくてミィさんである事が、何故かほんの少しだけ悔しいような、そんな気がする。
「という訳で私は予定ができたけどメリルも来るかい?」
いきなり振られてビクリと体が跳ねる。
う……セリスに「そんな驚く事?」というような顔と気配をさせてしまって恥ずかしい………
「え……えっと、何ですいきなり?ちょっと待ってください。
せめてターニャのお父さんが来るまで待ちましょうよ」
「あ~……彼は何時間待とうが来ないよ。
だってそこで凄く急がしそうだしね」
セリスがクイッと親指を窓の外へ向け、私はそちらの方を見る。
ひび割れ、見るも無惨で目を背けていたその光景。
そこで沢山の騎士が忙しなく動いる姿があり、その中に確かにターニャのお父さんもいます。
なのに外の騒動が一切聞こえず部屋はとても静かです。
「え………なんで音すら聞こえないの?」
「コイツそういう魔法使ってるからなぁ~」
「なんか……セリスと関わっててこれくらい普通と思えるようになってしまって私の常識が行方不明です」
「常識なんて価値が無ければ何時の時代も書き換えられる物だよ?」
「ね、セリス、少しで良いから謝りに行きましょ?
気付かなかった私も変ですけどあんなにしてしまったんだから謝りましょ?」
「え?いや、あれだけ高密度の魔力を帯びたんだよ?感謝される事はあってもなんで謝るのさ?」
それを聞いて「なっ……あ……」と口をパクパクさせてソフィアさんは驚き、1度大きく息を吸い落ち着く。
「……つまりあの大地丸々魔力的価値が非常に高いと言うことですか?」
「レッドドラゴンなんかが縄張り争いすると魔力を帯びた素材が沢山手に入るだろ?それと同じだよ」
「すいません、至急お父様にお伝えしないとならない事ができたので席を外しても?」
「私も予定できたから今回は1度解散にしないかい?
ちゃんと戻ってくるから部屋は用意しといて」
「分かりました」
「それじゃメリル行こうか」
「えっと……どこにですか?」
「黒雨の森だよ」
いつものような猫のような笑みを向けながらセリスはそう言い、なんとなくそんな気がしていた私はつい頭がくらっとして頭を抑えた。




