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覇王セリスの後日談  作者: ダンヴィル
四章、悲しい過去
57/119

慈悲


「ふふ……ふふふふ……は、ふふ、お腹痛い……うははははは」


「今のセリス最高にカッコ悪いですよ?」


「ひ…ひひ…………ふぅ、そんなに誉められると照れるね。

 正に悪党冥利に尽きるというものだよ」


「…………」


 ターニャがお兄さんに炎獄烈風波を当てた後の混乱を止めるのにそこそこ時間が掛かりました。


 その様子をお腹を抱えて爆笑しているセリスの姿は今までで一番頭おかしいと思わされましたね。


 セリスの考えはできるだけ理解したいと思うのですが、どうも受け入れきれない所もあります。


 それは当然の事かもしれませんのでお互いに妥協しあって、それでもお互いが好きだと思っているのは確かでして、私はきっとこれからもコレに振り回されるんでしょうね。


 正直心臓や魔石が飛び出るほど驚いていますが、セリスが楽しんでいる姿を見てホッとしている私がいると理解していて少し不服です。


「で……お前なんかが……でしたか?何て言いかけましたか兄さん?

 そこから先はもう少し慎重に言葉を選べよ?」


「…………」


 ターニャが攻撃を仕掛けた切欠は、家出前はお兄さんに虐めをされた事があると人物像の説明の時に話したのが切っ掛けでしょう。

 それ以外考えられません。


 証拠としては弱いかもしれませんが、その時セリスはどこまでも真剣な表情をして『何故やり返さなかったんだ?』と言いました。


 その後のやり取りは確か……


『そりゃ、私より兄の方が優れているのは確かだし、男だから家を次ぐのは兄になるわけだろ?』


『関係無いね、ターニャに足りないのは覚悟だけだ。

 こんな奴殴っても良いと考えたということは自分も殴られる覚悟くらいしているという事だ。

 アホ弟子、良く覚えておけ。

 お前は地位的云々以前に初めから気持ちで負けてんだ。

 覚悟を決めて1歩踏み出し気に入らない敵、つまりお前を殴りに入り込んできた敵に対してお前は退いた。

 弱った獲物を刈るのは何処の世界も等しく同じであり、お前は肉でしかなく奴は捕食者になっただけ。

 もう一度言う、お前に足りないのは覚悟だ。

 メリルはお前を優しいと評価したが、私から言わせればお前は甘いんだよ。

 極端に言ってしまえば優しい奴は万人を生かす為に百人だろうが千人だろうがその犠牲を厭わない、もしくは自ら殺して嫌われ者を買って出るような奴の事を言う。

 だから優しいのと甘いのを履き違えるな馬鹿弟子。

 悪の心得その3、自分がやれる事は相手もやれるのだと念頭に考え見極めろ。

 悪の心得その8、1度でも殺すと決めた相手は絶対に生かすな。逃せば己や仲間の死に直結する』


『あの……流石に極端すぎじゃないですか?』


『確かにそうかもね。

 でもね、そうでもしないと生きられない世界も有るんだよメリル。

 殺されたく無ければ殺せ、自分が死ぬ事が確定したならせめて道連れにしてやれ。敵を一人でも殺せれば後に託すことができる。

 まぁ、それが社会的死か物理的死かで対処は全然違うけど』


 本当に何度も思いますけど、セリスの語る『悪の心得』は実に的を射ています。

 極端だとも思いますが、それでも究極的に突き詰めれば正しいです。

 自分ができるのにこの世界の人類全てが絶対にできないなんて何で言い切れるのでしょう?


 それが例えセリスの力でも同じことが言えます。

 確かにセリスの力は強大だけど世界中探せば一人くらい居ても良いかもしれないと思う。

 実際にセリスと言う見本がすぐ側にいるのですから。


 もしかしたら普通の人じゃ生きられないとても過酷な雪山の頂上で人生の半分くらい修行に費やした強者が居たとするならセリスと同等、もしくはそれ以上になっててもおかしくないのでは?と私は思います。


「黙ってても何も分かんないだろ?

 何か言ったらどうだ?」


 あ……思考がかなり反れてしまっていました。


 お兄さんの顔を除き込むようにして煽るターニャですが『兄さんが何もしてこなければ別に何もしない……というか関わりたくない』と言っていましたが、まさかターニャに限ってたったアレだけの演説で仕出かすとは思ってもみませんでした。

 いえ、証拠はありませんよ?

 ただセリスの事ですからあの後も私の知らない所でターニャを煽っていた可能性は高そうですよね。


 その関わりたくないと言っていたお兄さんは「ひっ」と小さく悲鳴を上げます。

 しかしすぐに恐怖は怒りへと変わり、腹を立てた様子でザリュースさんを睨み叫ぶ。


「おい!何をしているザリュース!

 この暴力女に立場と言うものを教えてやれ!」


「クレイトン!お前いいか「フフッ!!」


 ターニャのお父さんが直ぐ様お兄さんに怒鳴るとほぼ同時にセリスが吹き出した。

 クレイトン……そういえばターニャは兄さんと言っていて名前を教えてもらっていませんでしたね。覚えておきましょう。


 それよりどうしよう……

 セリスは怖くないのですが、お貴族様の前で目立ちたくない………

 今は帽子で羽を隠してますからドリーミーだからと矛先を向けられる可能性を考えたら強くセリスを止められない……


「アハハハハハ!ほ、ほんと最っ高!!!エッホケホ!ケッホ!ハハハハハ!!!」


「貴様ぁ!何が可笑しい!!!」


「は~……こんなに笑ったのいつぶりだろう?

 沢山笑わせてもらったよ。

 でもね、自殺したいならザリュースを巻き込まないで一人でしなよ。

 ザリュースなんて雑魚がこの覇王の弟子に勝てると欠片でも思ってるんだからお笑い草にしかならないよ本当……フフッ」


 また笑いが吹き替えして来たのかお腹を押さえて堪えています。

 薄々気づいてましたがセリスって虐めっ子ですよね?


 ……というよう、本当にどうしましょう。

 今からでも止めに入る?

 いやしかし今回ばかりはお貴族様で怖いですし……


 ま、まあ最近のセリスは精神的にだいぶ落ち着いてますしね。

 いい具合に落とし所を作るでしょう。

 出会ってすぐの頃の旅じゃ誰も喋っていないのに虚空を睨み付けて「黙れ」とか言い出したりして、魔力の感じからセリスの精神に何かしらの事態が起きていたのは分かるんですけど少し怖いんですよねアレは。

 セリスの優しさを知っているから、そんな姿を見ても多少の事は目をつぶって付き合ってきました。

 しかしそれもこの数ヶ月私の生理痛と同じように見ません。

 良い兆候ですし、余裕があるなら無理して付き合う必要ありませんね。

 ………さて、今のうち上位認識阻害を使っておきましょう。


「……覇王?何を言ってるんだ?」


「貴様……いや、ターニャが弟子?

 お前がターニャにこんな犯罪まがいな事を吹き込んだのかこの犯罪者が!!!」


 ターニャのお父さんはセリスが王を名乗った事に困惑して、クレイトンさんは当たれる対象がいれば何でも良かったんでしょうね。

 単調というか、剥き出しな魔力の感情で分かりやすいです。


「犯罪をしてないのに犯罪者呼ばわりかい?

 悪党だとは自覚してるがまだ犯罪はしてないよ。

 まあ、その辺はもうどうでも良いや。

 ちょっと余計な話が長すぎるよ」


 セリスが指を下に向けるとクレイトンさんは急に苦しそうに呻き声を上げる。

 そして膝を曲げていき、着けて、最後には体が地面に張り付いてしまい身動き取れなくなってしまいます。


「立ち話で済ませるのもアリかもしれないけどやっぱり入ろうか?」


「え~……私は嫌なんだが……」


「婚約の話事態がブラフの可能性高いけど無理矢理言うこと聞かせるって事はできないと分からせたんだからさ、何かしとかないと勿体無い。どうせならデカく吹っ掛けな」


「なるほど、そりゃ良いな」


 ………会話が完全に賊とかそんな感じの危ない気配がするのですがやはり止めた方が良いのでしょうか?

 しかし貴族様にここまでしておいて交渉?……交渉……………


「ほら、分かったならさっさと案内しな。

 この領土じゃ客人に茶の1つも出さないのがマナーなのかい?」


 セリスは絨毯の上を歩くかのような感覚でクレイトンさんを涼しげな表情で踏み進む。


「ほ……ほら見たことか……攻撃魔法…………やっぱり……犯罪………」


 セリスに踏まれているのにまだ抵抗する事に驚きが1割、呆れが9割で思わずセリスとお兄さんを交互に見ているとセリスはヤレヤレと言いたげに肩をすくめる。

 まあ、重さを強化しているだけで攻撃魔法ではありませんしね。

 しかしクレイトンさんの変な心の強さにビックリです。

 殺されないと思っているとしてもこのまで強気になれるものなのでしょうか?


「馬鹿言え素人、強化魔法を相手に施してはならないなんて法律は無いよ。

 私を法律で縛りたきゃ強化魔法や回復魔法を人に掛けてはならないって法律を作りな御偉いさんや。

 それでメ…………………コホン。

 それでターニャ、どこへ向かえば良いんだい?」


 私と視線が合い、認識阻害を使っている事を配慮してくれたようです。

 ふう、助かった。

 いずれ話すことになるでしょう今は絶対に嫌ですから。


「あ~、それならこっちの壊れた壁から入った方が早いな。

 何ボーッとしてんだよ、父さんも行くぞ」


「え、あ……少し待ってくれ、今クレイトンを縛っている魔法は何だ?

 いえ、それ以前に貴女のお名前は?」


 何故急にセリスへ敬語を?

 ……と思いましたけど、完全に恐怖してますねこれ。

 セリスの底知れぬ力を恐れたのでしょうか?


 セリスは……そんな目を向けられても気にした様子は無さそうですね。

 まだまだ大丈夫、見守りましょう。


「そう言えば名乗ってなかったね。

 私はセリス・アルバーン、普通のHランク冒険者で娘さんの師で立派な悪党だよ」


「セリス・アルバーン……」


「嫌な奴だが悪党じゃないだろ?」


「ハハハハハ、だから馬鹿弟子なんだよ」


「どういう意味だ?」


「お前は食事を取ったことが無いのか?

 食事をする時点で命を奪う行為だ。

 食事も取らず殺傷を何一つ行わない奴は善人と名乗っても良い。

 だがそれ以外は全員悪党だ。正義正義と宣い殺す奴にはヘドが出る。

 悪の心得その17、殺すからには命の重みを受け止め悪である事を誇れ。

 暴力ってのは悪にだけ許された特権なんだよ」


「……その考えでいけば私も立派な悪党だな」


「立派には程遠いぞ?

 まだまだ悪とゲスの違いも解らない三流以下が分かった風に語るんじゃないよ」


 そう言いながらターニャを小突き、二人は進んでいく。


『メリル行くよ』


『はい!』


 テレパシーで話し掛けられ駆け足で後を追う。

 私達が壁にできた穴を通ると同時にセリスの魔法で壁は塞がってしまいます。

 これには私もとても驚きました。

 ただ塞ぐのでなく再生させるなんて真似は神話か何かでしか聞くことのない魔法ですからねぇ……


 私だけでなく当然ターニャも驚きつつも、セリスの事だからと気を取り直してターニャの先導に従い足を進める事にしました。


 ただ、この時私は少し変な気分でした。

 気分……というより感覚と言った方がしっくり来る気がするのですが………

 セリスの使った正体不明な魔法。

 何となく私もできるような気がして少し試してみた。


「どうしたんだい?」


「いえ、できなかったので何でもありません」


 適当にメモを一枚破いて真似してみたのですが出来ませんでした。

 しかしやってみた感じ、感覚としては間違っていなかったような気がする。何がいけなかったのでしょうか?



 ・



 応接室に来ると私は認識阻害を解除し、セリスは紙の鳥を飛ばす。


「ふぅ……なんかもう疲れました………

 ところでセリスがそんなに魔法を見せびらかすような事ばかりするなんて珍しいですね」


「ん?あぁ、どちらが格上か格付けは済ませておかなきゃいけないからねぇ。

 まず力でどうこうできる相手じゃない、話の通じる相手だという事を印象付けた上で常に相手の心理の風上に立たなければならない。

 上流階級社会ってのはどこの世界もそうだからね。

 その為の保険であり、どんな小さな事でも積み重ねる事に意味があるんだよ」


「なるほど……で、あの紙には何か書いてたのか?」


「応接室で待ってるから準備もあるだろうしゆっくり待っててあげるからさっさと茶でも出しなってね」


 その数分後、一人のメイドさんがお茶を入れてくれました。

 そのメイドさんは表情には一切出してなかったけれど、その魔力は怯えた様子でした。

 恐怖しているのにプロ意識を強く持っているからこそ表には出さない。

 とても共感できる方でした。


 そんなメイドさんが入れてくれたお茶が冷めきった頃に一人の女性が入ってきます。


「あれ?姉さんが来るんだ」


「ええ、父はアルバーン様という予想外の大魔法使い様が来た事で急ぎ準備しなければならない事が増えてしまったのでその間私がお話のお相手をさせていただきます、ソフィア・アルガイル・ルキンシスと申します」


 ソフィアさんは優雅にお辞儀をする。

 ターニャの話で聞いた通り立ち振舞いがとても優雅なのですが、何処となくターニャと似ている顔立ちなのが原因で少し違和感を覚えるような人です。


「ご丁寧にどうも。

 しかしその様子じゃある程度私の存在を事前に知っていたようだねぇ。私の事はセリスで構わないよ」


「セリス様ですね、分かりました。

 商業ギルド支部長の1人であるミカエル・ドレントの異常なまでの儲けに対し、よほど無頓着でも無ければ貴族や商人で貴女の名を知らない者なんて居ませんよ。

 ドリーミーを親友とする少し変わり者な魔法使いだって少し調べれば簡単に出てきます」


 確かに、他にそんな人は普通居ないでしょうね。


「ふ~ん……ま、そういう事にしておくよ。

 …………リナリアの花」


「リナリアの花?」


「……………なんでもないよ」


 リナリアの花?いきなりどうしたのでしょう?

 花……確かリナリアの花言葉は……


「っ!?」


「ど、どうしたんだいメリル?」


 リナリアの花言葉は「この恋に気づいて」


「え……あの………なんでもないです」


「め……メリル?」


「お前ら二人してどうしたんだよ」


 セリスが恋?ソフィアさんに?いやいやそわな訳……

 でもやっぱりセリスってそっちのけがあるのでしょうか?

 やけに体触れてきますし、そういう文化だと割り切ってましたけど……

 で、でもそれはありえません!

 現にまた私をナチュラルに膝の上に乗っけてくれてますしソフィアさんに対しては……もしかして私に対して!?

 いやいやあり得ない、平常心………


「メリル本当に大丈夫かい?」


「大丈夫です!」


 うぅ……変に意識して変になってる。

 たまになる事もあるけど、今回は他の人もいるから尚更変に……

 というか私が変に意識するようになったのは男のセリスを見てからでセリスが悪いです!


「仲がとても宜しいのですね。

 ところでターニャ、武技大会準優勝おめでとう」


「コレが居なきゃ優勝だったんだけどね」


「お師匠様を指で指さないの」


「へいへい」


 ターニャは手をヒラヒラと振って軽く返事をしていますけど嬉しそうなのが伝わってきて照れ隠しだと分かる。


 聞いた通りソフィアさんは優しい人だと私も感じます。


 ただ、ソフィアさんが有能すぎて後を次ぐはずのクレイトンさんはすぐ姉のソフィアさんと比較させられ、妹のターニャに八つ当たりをしていたそうです。


「正直ターニャが準優勝するなんて余程勝ち抜き戦が片寄ったのかと思っていたのだけれど、セリス様の弟子になられたのなら当然の結果なのですね。

 それでターニャはいつからセリス様の弟子になったのかしら?」


「私が弟子と認めたのは一昨日だ。

 それまでは経験が足りなすぎるからとにかく蹴落としてたね」


 一昨日ですか……

 本当はもっと前から認めていたくせに素直じゃありませんねぇ。


「なるほど。

 それで、そちらのドリーミーの方もお弟子さんでしょうか?」


「私とメリルは友であってそう言う関係ではない……って、言いたいところだけどメリルは私の見せた魔法の殆どが使えると思うよ?

 ミラーフェイクも使えるだろうし」


「ミラーフェイクって何だ?」


「決勝戦でターニャの矢を反射させたように見せた私オリジナルの魔法で、あの魔法は鏡の世界に潜る事ができるんだよ。

 鏡の中から矢が飛んで来たのはターニャが鏡の中の自分を放ったのと同じように鏡の中のターニャもターニャを放ったからだ」


 あ~……あの付与魔法と空間魔法の複合魔法ですか。

 確かに使えそうな気はしますね。


「ややこしいんだが……と言うか鏡の中の私?」


「鏡の中にはこの世界と全てが反転したもう1つの世界がある。

 この鏡の世界に干渉する魔法なんだが……」


 セリスがチラリと視線だけこちらに向けてくるので私は頷いた。


「確かに……その魔法なら使えそうな気がします」


「え、マジで?」


「何か突っかかりがあったのですが、今の説明で理解できましたね。試さなければ分かりませんが、できると思いますよ?」


「こんな感じでメリルを態々弟子に取る必要がほぼ無いんだよ。

 メリル一人がずば抜けて天才なのかドリーミーの全てがそうなのかは分からないけど、仮に後者だとしたらこの世界の人類はクズばかりだね。

 メリルのような天才種が迫害される中、才の無い種族が全うな扱いを受ける、私よりよっぽど狂ってるんじゃないのかい?」


「……セリス」


 そう語るセリスの気配はとても冷たく、ついセリスの手に触れて顔を見上げた。

 私が触れた事に気がついたセリスは「いや、すまないすまない。つい昔の私と重ねて不快になってしまった」と大袈裟なくらいな素振りで誤魔化した。


「まあ、メリルはとても気が合うから友として側に居た方がずっと良い」


「友と言うには扱いが丁寧すぎる気もするがな」


「ガラス細工並みに脆そうなメリルをターニャを扱うみたいに触れる筈がないだろう?

 メリルが壊れたらどこにどうやって当たり散らすか私にも分からないよ?」


 ぎゅっと強めに抱き締められる。

 そして触れている箇所からこれでもかという程の愛情。

 う~ん……心地良いのは確かですし、ここまで私を大事にしてくれる人は他に誰もいません。

 けれど、少し度が過ぎますね。


 闘技大会でセリスとの距離が近づいたからこそ思います。

 セリスは私を気遣いすぎる。

 お互い気遣うのは当然で分かり合うのも当然かもしれませんがセリスのこれは度が過ぎる。

 でないと対等でない気がする。

 これもセリスと話し合わなければいけませんね。


「……なあ、仮に……仮にだからな。

 もし仮にメリルが暗殺されたりしたらどうする?」

「…………ッ!?」


「そうだね~……」


 空気が変わる……言葉が出せない…………

 なに……この嫌な予感を感じさせる得たいの知れない魔力………


「………メリル?」


 ターニャが私の異変に気付き声をかける。

 すると私はセリスの魔法に包まれ気持ちの悪さから解放される。


「………セリス?」


 セリスが心配で名前を呼んで顔を覗くと優しく微笑み撫でてくれる。

 とても強い愛情を感じるけれど、少しだけ怖い。


「そうだね……まず、そのもしなんて事は私は起こさせる気は一切無いし、仮にそんな事をしようとする者が居るならソイツは破滅願望の持ち主としか思えないね」


 撫でていた手を止めてセリスは包み込むように優しく私を抱き締める。


「私は強すぎるんだよ。

 この世界に現れた魔王と互角に戦ったくらいにはね。

 そんな私はメリルという宝にゾッコンなのだが、他の者からしてみたら、メリルはガラクタなんだろうね。なんせドリーミーなのだから。

 なら私におくれ。いらないなら私にくれても良いだろう?

 私は誰よりもメリルを幸せにしてみせるから」


「セ……セリス?その言い方少し怖いです…………」


 あまりに重く、深い愛情に耐えきれずついそう漏らした。

 私がセリスを好きなのは普通の価値観を理解できて優しい人だから。

 力とかそんなの全部投げ出して、セリスだけを見た場合、私にとってセリスは泣き虫で甘えん坊で他人好きのお人好しな普通の人。

 私が好きなのはそんなセリスの本質的な優しさ。


 だから……今のセリスは怖いと感じた。


 だからそう漏らしたのだけど、結果的にそれが良かった。

 重たい感じが一瞬で四散した。


「うん、ごめんね。今のちょっとした演技」


「…………」


「あはは、ちょっとメリル痛いって、ごめんごめん」


 私は怖かった分だけ思いっきりセリスの足を踏みつけた。

 けれどセリスは嬉しそうにごめんって、なんか納得いなかい。


「でも、真面目な話し私にとってメリルはそれだけ大切な存在であり、同時に私を繋ぎ止めておく為の枷でもある訳なんだけど」


「枷……ですか?」


「そう、私はその枷を自分自身よりずっと大切なものだと認識している。

 私にとってはその枷を外すと脅す行為は宣戦布告であり、脅した奴は殺してしまうだろうね。

 脅した挙げ句、万が一にも、殺される前に枷を壊そう。

 なんて考えて実行し、壊した奴が居たならソイツは殺さない、笑わせない、泣かせない、怒らせない、狂わせない…………

 ただ愚かな自分を呪いながら生かし続ける。永遠にね。

 …………ーーーーーーーーーーー、ーーーー。ーーーーー」


 セリスの纏う雰囲気に変化は無い。けれど変化が起きた。

 部屋の空気が冷たくなり、何か異様なモノを感じる。

 この現象はセリスが聞いた事も無い言葉を口にし始めた時から。

 今もその言語で何かを語る。

 その言語は、言語そのものに何か得たいの知れないモノを感じて何が何だか分からない。

 まるで、理解する事を本能が拒んでいるかのように。


 これは……不味い…………


「……お前達はこの世には知らなければ幸せな事がいくつあるのか全く分かっていない幸福者だ。

 世界は複数存在し私も含めこの世「はい!ストップ!ストップです!!!」


 勇気を振り絞り両手を高く上げて大声で止める。

 セリスは珍しく、ほんの少しだけ口をポカンと開いたまま硬直してまま振り向く私と見つめ合う。


「………メリル?どうしたんだい?」


「その話しは怖いので嫌です。

 それに……セリス、この話題全然楽しくないでしょ?」


「…………うん、そうだね」


 抱き締めた人形に体重を預けるかのように、ぐで~っと私に体重を預けてくる。

 カールのかかったモコモコになっている私自慢の髪に顔を擦り付けてきて、まるで子供のようで可愛い。


 そんなセリスが私に何かを握らせてくる。

 見てみると何かの紐で、ガシャンと音がしてセリスの方を見ればセリスは自分の首に首輪を付けていた。

 その首輪と私の握る紐は繋がっている。


「なら説明の方々を変えるとしよう。

 私はね、こんな感じにメリルに手綱を握られるのも別に悪い気はしない。

 むしろこれだけ側に置いてくれるならとても安心するな~」


「ちょっ、そんな露骨に匂い嗅がないで」


「なんで?」


 なんでって、ただでさえセリスの接し方は近すぎて周囲の目を集めてしまうし………


「なんでって……その………水で流してますが野宿の後ですし………」


「メリルは弱いからねぇ………メリルは転んだだけで傷付いて血を流す」


「え?……私じゃなくても怪我すると思いますけど?」


「うん、そうだね。ほら見ろこの柔肌。とても旅商人していると思えない筋肉で「んふぅ……」


 いきなり腕をなぞられて変な声が出た………


「メリルは敏感で可愛いなぁ」


「ちょ、やめ………ひっ…………」


「止めてやれ、前それで過呼吸になった事あるから」


「なっ!?………本当かい?」


「本当だ」


 セリスがくすぐるの止めてくれました。

 そうです、以前ターニャにくすぐり倒されて過呼吸で大変な事になったんですよね。

 それだけ私はくすぐりに弱いです。


「メリル、ごめんね」


「大丈夫です……気にしないで………」


「そうかい?……コホン。

 私はね、もう二度と親友の死を見届けるつもりは無い。

 もし、誰かの手によって見届ける事になるようなら今後この世界に死は訪れさせない。

 誰がメリルを奪った奴等にメリルと同じ場所に行かせてやるもんか。

 ……まぁ、結局のところその時次第だろうけど、ソイツには死なんて慈悲は決して与えない。これは確かだね」


 最後にいつも通りの猫のような笑みをしたセリスに対し、ターニャもソフィアさんも黙ってしまい何も語らない。


 そんな様子を見たセリスは満足げな気配で私を一撫でする。


「ところで……」


 セリスが何か言おうとした時、いきなり言葉を止めて窓の方を向く。


「セリス?」


「ん?あぁ、私に用があるみたいだから」


 セリスがそう言い終えると同時に窓からコンコンとノックがして立ち上がり窓を開く。


「よっと」


 セリスが開けた窓から流れるようにミィさんが入ってきました。


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