崩壊への序曲の巻 【タチアナ】(※※)
【エスエフ界編 第八話 巻頭大特集】
* これが仲間と敵だ!の巻 *
勇者世界の仲間たち
★シルヴィ……勇者のお師匠さま。無表情だぞ!
★ジョゼ……勇者の義理の妹。格闘家。内気だぞ!
★サラ……勇者の幼馴染。魔術師。すぐに殴るぞ!
★ルネ……発明家。秘密の発明品で勇者を助けるぞ!
★ニーナ……幽霊。謎の幽霊パワーで大活躍だ!
★ジャンの精霊たち……八体いるぞ!
エスエフ界の仲間たち
★ラリサ……エスパーだ!
★ユーリア……マッド・サイエンティストだ!
★イヴ……アンドロイドだ!
★ジリヤ……サイボーグだ!
★チコ……バイオロイドだ!
★キャロライン……洗脳中……?
今までジャンと仲間が倒してきた敵たち
☆悪霊猫……マリーが浄化したぞ!
☆蒼狼……マリーが浄化したぞ!
☆死人使い……マリーが追い払ったぞ!
☆次元穴……ヤチヨが浄化したぞ!
☆鬼の大将……勇者に倒される芝居をしたぞ!
☆死霊王……マリーが浄化したぞ!
あ? あれ?……えっと……その……
す、すごいぞ、強いぞ、勇者ジャン!
君がいればエスエフ界の平和もバッチリだ!……多分。
というわけで、本編スタート!
草木一本ない荒れ地に、それはあった。
城壁の側に配置された人間が、豆粒のようだ。それが馬鹿馬鹿しいほど大きいのがよくわかる。
ただひたすら高い城壁は、黒光りする不思議なもので出来ていた。金属とも岩とも骨ともつかぬ壁が、空に向かってありえぬ高さまで聳えている。防御の為というより、あらゆるものを拒んでいるかのようだ。
そして、壁の内側も真っ黒だ。庭どころか地面すらない。壁と同じ材質のものが地面全般を覆い、中央に向かって傾斜してゆき、山のように高く盛り上がって巨大な城を形作っているのだ。窓もなければ扉もない。だが、小塔をいくつも持ったそれは、やはり城に違い無かった。
雷鳴轟く嵐や暗雲漂う曇天が似合いそう。威圧的で不気味な黒い城だ。
「魔王城だ」
お師匠様が淡々と教えてくれる。
「ここで、お兄さまが戦うのですね……」
ジョゼは、震えながら黒い城を見つめた。
「初代魔王の呪いで、繰り返し生み出される城。この城の広間で、魔王は百日の眠りにつく」と、お師匠様。
新たな魔王が誕生すると城は忽然と現れ、勇者が魔王を討伐すると幻のように消える。魔王の為だけに存在する城……そう聞いている。
「城の外観は二度しか見た事が無い。私が勇者であった代と九十八代目勇者の代は、城の外で魔王と戦った。しかし、たいていは魔王が眠っている玉座の広間が、魔王戦の決戦場となる」
天井がやけに高い、何もない、だだっぴろい部屋が見えた。舞踏会場になりそうな広さだが、寒々しいほどがらんとしている。
照明は見当たらないものの、うすぼんやりと明るい。
床は黒くツヤツヤしている。
「まるで研磨された黒曜石ね……」と、サラがつぶやいた。
部屋の一番奥に壇があり巨大な玉座があった。玉座には黒い影法師が座っている。
《あれが魔王?》
茶色のクマを抱っこしたニーナが、不思議そうに首をかしげる。
《魔王ってまっくろなの?》
「そうではない。『カネコ アキノリ』の外見がわからぬ為、今は姿が見えないのだ」
《どんなヤツか、ぜんぜんわかんないの?》
「いや、背の高さはわかる。必ず玉座に合う大きさだ。身長は我々の五倍だ」
魔王のすぐそばに、オレが現れる。オレでは、玉座に座る魔王の膝下の高さしかない。
「魔王戦当日、賢者の館の地下に魔法陣が現れる。広間のこの場所と直通となる魔法陣だ」
お師匠様が指さした辺りに、白い魔法陣が浮かび上がる。
「正確には、魔王が目覚める少し前に魔法陣は出現する。数時間前の時もあれば、数分前の時もある。代ごとに異なる。何時とは言えないが、ジャンの場合、魔王との決戦は正午過ぎから始まる。当日は、朝食をとる暇は充分にある」
「遅めの朝食を、たっぷり食っといた方が良さそうですね。昼飯を食う暇はなさそうだ」
オレがそう言うと、お師匠様は口元をかすかにほころばせた……ようだ。
「そうだな。魔法陣の出現と同時に魔王城に乗り込み、戦闘の準備をする。魔王の目覚めと共に魔法陣は消える。わずかな時間しか、魔王城と外界は繋がらぬのだ」
「魔法陣、消えちゃうんですか? 帰りはどうするんです?」
「王国軍が魔王城を包囲している。魔王を倒せば、魔王城は消滅する。王国軍の姿も見えよう。彼等に勝利を報告した後、賢者が王城に移動魔法で跳ぶのが倣いだ」
なんとなくお師匠様は嬉しそう……に思える。オレが帰りの心配をしたからだな。
オレ、魔王戦で死ぬ気はないし、神様からのご褒美タイムでよその世界に転移するつもりもない。
魔王を倒して、賢者となるんだ。
チュド〜ンな未来は、とりあえず考えない!
「ちょっと待ってください! 決戦の会場は、この広間で決まりなんですか?」
焦ったルネさんに、お師匠様は静かに頷いた。
「魔王が目覚めると同時に、セリアが『先制攻撃の法』をかけて呪縛するのだ。別所に移動する時間はない」
「えー! そんなー!」
ルネさんが頭を抱え、信じられない! と言わんばかりに頭をぶんぶん振り回した。
「こーんな洞窟みたいな場所じゃ、超破壊兵器は使用できません! 『最終兵器ひかる君』のブラックホール弾は部屋中の人間を吸収しちゃうし、『ラグナロくん』の熱波でみ〜んな溶けちゃいます!」
狭い場所で戦うのなら先にそう言ってください! と、ルネさんは涙目でお師匠様に怒鳴った。
一瞬の沈黙の後、お師匠様は、
「すまん、配慮が足りなかった」
と、ルネさんに頭を下げた。
まあ、舞踏会会場になりそうなこの広々とした空間を普通は『狭い』とは思わないよな。
「ああああ、武器を検討し直さなきゃ……この世界のエネルギーパックを活用すれば、『最終兵器ひかる君』、どうにか使えそうだったのに……効果範囲を狭めると威力もショボく……ああああああ」
「天井の高さは推定十四メートル、床面積は二千平方メートルなのよ、この広間……狭すぎるわ」
ルネさんみたいに、ユーリアさんも頭を抱えている。
「こーんな狭くっちゃ、星間ミサイルも次元振動波もウルトラ波動砲も使えないじゃない! 宇宙人相手に超兵器が使用できると思ったのに!」
発明家と科学者は、この世の終わりが来たかのように悲しんでいる。
テーブルの上には、お師匠様の口述を基に構築された仮想魔王城の立体映像がある。黒い影の魔王や、身長対比用のオレの映像も共に浮かび上がっている。
三十四日後に戦う場所を事前に覗けて、オレは得した気分だ。だが、ルネさんやユーリアさんは不幸のどん底のようだった。
今朝、ユーリアさんから緊急収集がかかったんだ。重大発表がある。互いの目的達成の為、計画の修正を含め話し合いたいと。
今、長テーブルを囲んでいるのは……
オレ、お師匠様、ジョゼ、サラ、ニーナ、ルネさん。精霊達はオレとジョゼに宿ってるし、サラのアナムはぬいぐまになってニーナに抱っこされてるんで席についてない。
エスエフ界のオレの仲間、ユーリアさん、ラリサさん、ジリヤさん。
人間じゃないけど伴侶になった、アンドロイドのイヴ、リスのチコはテーブルの上だ。そのすぐそばに、チコの保護者のダンとバリーが座っている。
拘束中の正義の味方のキャロライン以外、伴侶が勢ぞろいだ。
更に他の科学者達も居る。ユーリアさんの部下やルネさんの武器開発チームの一員など知った顔もいれば、初対面の人も居る。調査・実験等でオレらに関わっているユーシャ・プロジェクトの一員なのだそうだ。
エスエフ界では、五日で六人を仲間としてきた。自爆しか攻撃方法の無いチコを仲間にしたのは失敗っちゃ失敗だったが……魔王戦は三十四日後で残りは三十三人。ペースは悪くない。
武器開発も、ルネさん曰く『順調です!』だったし。
ユーリアさん達の方も、順調にオレらから情報収集をしている。残り二日で、精霊のデータを収集する予定だった。
万事うまくいっているように思われたが、武器開発は実はそうではなかったようだ。
ユーリアさんがキッ! と、オレを睨む。
「ユーシャさん、他人事みたいな顔をしてる場合じゃないのよ! 大ピンチになってるのは、あなたなんだから!」
へ?
「あなた、マオウに116万4706以上のダメージを出せる女性と出逢いに、私達の星に来たのよね?」
「はい」
「私、マオウに大ダメージだせるわよ、117万どころか1000万とか1億クラスの攻撃が出来ると思う」
えぇぇぇ!
「本当に?」
「本当よ!」
ユーリアさんが吠える。
「この世界の兵器をあなた方の世界に持って行けて、マオウに使用する事ができればね!」
む?
「聞いたわ。私達、マオウ戦でも『マホウジン』という転送装置であなた方の世界に運ばれるのよね?」
「はい」
「その時、共に運べるのは身につけている荷物だけなのよね?」
「はい」
ユーリアさんが拳をぐっと握る。
「星間ミサイルは、小型でも1tオーバー。発射装置を合わせれば軽く十倍に……」
「は?」
「つまりね! 強力な武器ほど巨大化するの! 弾薬だけでも、馬二十頭分なの! 私じゃ運べないの!」
確かに。
「イヴなら小型戦車砲やら戦闘機を持ちあげられるわ! 運んでもらうって手もある! でも、ここで戦場が問題になるの! 閉鎖空間しかも仲間の至近距離で、殺傷力の高い兵器なんか使用できないわ! 死体の山が出来るだけですもの!」
ユーリアさんがさめざめと泣くように、顔を両手で覆った。
「なんで宇宙空間じゃないのよ……UFO艦隊に向けドカーンなら良かったのに……地上、しかもあなた方の国土での戦闘だなんて……」
強力な兵器を使用すれば、その後、数十年間から数百年、悪影響が残るとユーリアさんは言う。魔王城周囲どころか国全体が、植物一本育たない荒れた土地になりかねないのだそうだ。
現在のエスエフ界のテラのように……
「そんな武器使わないでください!」
声を荒げたオレに、ユーリアさんが怒鳴り返す。
「使用しないわよ! 私は良識ある科学者だから! でも、そうなると、私、ショボい攻撃しかできないからね!」
え?
「閉鎖空間で使用可能な武器なんて、たかがしれてるもの! 私だけじゃないわ、イヴもをジリヤも兵装が制限される。『正義の国』のテロ女もろくな武器を持てないでしょうよ!」
と、いうことは……
「ラリサ以外実力の何十分の一、いえ、下手すれば何億分の一しか出せないってこと! 117万ダメージなんて無理ね!」
一瞬、頭が真っ白になった。
117万×5人で……約600万ダメージ。借金追加……?
「魔法で結界を張ればいいんじゃないんですか?」
サラが首をかしげる。
「仲間を障壁に包んでおけば、攻撃の余波を心配せず魔王に大技が使えます」
そうか!
結界があれば、多少無茶な攻撃をしても、味方を傷つけずにすむ! 許すのは、多少の無茶までだが! 地上に悪影響を残す系の武器は断固として使用を拒否するけど!
「しかし、結界を張る行為も、魔王への敵対行動とカウントされる。その者は魔王戦での自分の役目をそれで終えてしまう事になる」
お師匠様が淡々と言う。
「全体の総ダメージを伸ばす為だとしても、結界の術師に割ける者は一人だ。その上、魔王戦は数時間かかるかもしれん。長時間結界を維持できる技量の者は少ないぞ。勇者世界の者では、マリーぐらいだ」
確かに、マリーちゃんなら出来そうだ。
強力な神聖魔法で攻撃してもらえなくなるのは惜しいが、全体のことを考えれば……
ん?
いや……
無理だ。
魔王は邪悪な存在。魔王城に行けば、間違いなく『マッハな方』が降臨する……『邪悪を粛清することこそが、俺の存在理由』なんて言ってた方が結界維持役に徹してくれるとは思えない……
「……よろしいでしょうか?」
挙手したのは、痩せた科学者ダン。バイオロイドチームの、ダブルリーダーの一人だ。
「障壁を張る役目、チコではいかがでしょう?」
へ?
全員の視線が、テーブルの上のリスへと向く。バイオロイドは、リス用ビスケットをカリカリ食べている……
「攻撃力の無いモノは、バックアップで戦闘に貢献すべきかと」
ユーリアさんが眉をしかめる。
「『チコ』に防御シールドを張る能力はなかったはずだけど?」
「はい。ありませんので、ポチを装備させます」
「P201211C『ポチ』か……」
ユーリアさんが自分の左の掌を見つめながら思案する。よそからは見えないが、掌の上に必要な情報を立体投影しているようだ。
「ポチなら荷物扱いで運べるわね……自己増殖率を最大限に設定すれば、星間ミサイルの直撃をくらっても消滅しないし……護衛向きね」
科学部門の最高責任者であるユーリアさんは、バイオロイドチームの上司でもある。バイオロイドの能力もよく把握しているみたいだ。
「一番訓練されているポチは、タチアナのだったわね? 『ユーシャ』さん達に、ポチをちょっと見てもらいましょうか」
入室して来た女性が、ユーリアさんと並ぶ。
バビロンの人間はみな白銀のフィットスーツを着ているんだが、その女性は違う。
濃緑のフィットスーツを着て、その上から白衣を羽織っている。
フレームが厚い緑のメガネ。
肩にかかる髪はサラサラの黒の直毛で、きちんと化粧をしていた。
……並ぶとよくわかる。
髪形や雰囲気は違うものの、顔や体格がユーリアさんそっくりだ。
「対面するのは初めてだったわね、私の双子の妹、生物科学部門の部長タチアナよ」
タチアナさんが、オレをジーッと見る。
対象物を観察する科学者の目って感じ。
遠慮のない目でオレを見つめる、感情の浮かんでいない顔。
ふいにタチアナさんが動く。唇を閉ざしたまま、顔だけどんどん近づけてくる。
そして……
鼻を動かしたのだ。
クンクンと。
匂いを嗅ぐ犬のように。
カーッと顔が熱くなった。
臭いのか、オレ?
「タチアナ! 挨拶!」
ユーリアさんが怒鳴っても、黒髪美人は小さく鼻を動かすのをやめない。
汗臭いのか?
それとも、体臭か?
あああ。このとこ、水浴びてただけだしなあ。
昨日、イヴにお風呂の入り方を再レクチャーされるまで、シャワーもこっちのシャボンも使いこなせてなかったし。
『お背中流しましょうカ、ご主人様』を断わらなきゃ良かったのか?
けど、けど、けど!
うふふな展開になだれ込むのは、恥ずかしかったんだよ! メイドさんに背中を流してもらうなんて! あん時、マーイさんやエクレールを宿してたし!
肩に両手をかけられ、ドキン! とした。
タチアナさんが更に顔を近づけて来る。
嫌な臭いなら、顔をそむけて鼻をおさえるのが普通。
オレの匂いに惹かれてる……?
良い匂いなのか、オレ……?
「やめなさい、タチアナ!」
そう言ったユーリアさんが、トンと突き飛ばされたように後ろに倒れる。
そっちを見ようとしたオレは強引に顔の向きを戻されてしまった。タチアナさんが、オレの両頬に手をそえている。
すぐ前に、タチアナさんのアップ。
温かな息がかかる距離だ。
メガネ越しに見える瞳は紫だ。しかし、ユーリアさんそっくりだし、この人もオッドアイかも。
ますますドキドキした。
オレの鼻に、メガネのフレームが当たる。
ぶつかって初めてメガネの存在を思い出したのか、タチアナさんはちょっとだけ首を下げ、メガネのフレームに手をかけた。
あ、ヤバイ。
と、思って目を閉じたんだが……
目を閉ざすと、闇が生まれる。
真っ暗闇に漂う、お化粧の甘い香り。
抱きつかれ、顔を近づけられ……
くすぐったいような息をかけられながら……
クンクンと匂いをかがれるのは……
たまらなくエロティックだった……
オレのハートは、キュンキュンと鳴った……
心の中でリンゴ〜ンと鐘が鳴る。
欠けていたものが、ほんの少し埋まっていく、あの感覚がした。
《あと三十二〜 おっけぇ?》
と、内側から神様の声がした。
あ〜あ……どうして、オレって、こう……
泣きたい気分だが、もう萌えちまったんだ。あがいても、しょうがない。
目を開いた。
すぐ近くに、右が紫、左が金のオッドアイがあった。
ユーリアさんとまったく一緒の瞳。
心臓が高鳴る。
その美しい瞳にしびれた。
金に輝く瞳が、たまらなく魅力的に見える……
「あんたは、もう! ケダモノなんだから!」
ユーリアさんが両手を振る。目の前にある壁を叩くかのように、掌を振る。
ぶるるんと、何かが揺れたような?
「ポチだよ」
少し離れた所に居るラリサさんだ。ジョゼ達もオレを遠巻きに見ている。
「姉さんの思考に反応して、ポチが障壁を張ってるんだ」
「思考に反応している? バイオロイドが?」
「P201211C分裂増殖型ゲル状バイオロイド。通称『ポチ』。護衛型バイオロイドです。微弱なテレパシー能力を保持し、所有者の意思に反応して形状を変化させます。私のポチは、普段は体に付着しています」
びっくりした。
さっきまで口を閉ざしていた黒髪女性が、いきなりしゃべり始めたのだ。顔はあいかわらず無表情だが。
「フィットスーツの緑色部分がポチのボディです。現在、半径五メートルのドーム型障壁を張らせていますが、ポチが使用しているボディは百分の一程度。更に大きな球形或いは半球状のドームを張らせ、広域をガードさせる事も可能です」
説明しながらも、タチアナさんは匂いを嗅ぎ続けている。
息がこそばゆい……
「ポチって、透明なんですか?」
「ポチは、P201211B通称『パブ』の改良型です。ボディの耐久性を保ったまま、シークレット護衛用に、透明化及び探知電波の遮断機能もオプションとして追加されました」
ぐにゃりと何かが揺れたんだ。
オレとタチアナさんの周囲の空気が、ぐにょぐにょ動いている。
たとえるのなら、ぷるぷると震える半透明なゼリー。オレらの周りに、ぐにぐに動く半透明な壁がある。
これだけだとわかりづらいと思ったのか、色がつく。
周囲が薄緑色に染まってゆく。
オレとタチアナさんを包み込むように薄緑色の半球状のドームができている。ユーリアさんやジョゼ達は、ドームの外に追い出されているんだ。
「既存のゲル状バイオロイド・シリーズ同様、宇宙・深海・酸の海・マグマ等の局地での護衛が可能。外部刺激を完全遮断し内部に酸素を供給する機能がありますので、計算上、三カ月は成人男性一名を内部で保護できます。しかし、食料供給及び排泄物管理機能はございません。別途にご用意いただく必要があります」
商品説明をそのまま読み上げているような。
「ポチの優秀さはわかりましたが……あの、なんで、オレをバイオロイドの内に?」
「………」
答えは無い。
口を閉ざし、オレの匂いを、クンクンかぎ続けるタチアナさんの意図がわかんない。
「『ユーシャ』さんに惚れたんだよ」
ラリサさんがケラケラと笑う。
「タチアナ姉さん、子作りが趣味だから」
え……?
サイボーグのジリヤさんが、妹の頭を軽くこづく。
「タチアナねえさんは、あなたの遺伝子に興味を持ったのだ。ねえさんは優秀な科学者だが、非常に感性に優れた、芸術家肌の人間だ。良い遺伝を持つ人間が一目でわかるのだ」
「一種の予知能力だ。自分の得意分野限定だけど」
楽しそうにラリサさんが笑う。
「ま、子作りできりゃ、満足するから」
子作り……?
「よかったな、色男」と、はやしてるのはバリーか?
「博士は一度執着なさると、他に目を向けられない方だ」と、ダン。
「しょうがないから、さっさと協力したげて」と、ユーリアさん。
協力って……
今、ここで……?
みんなが見てる中……タチアナさんと……?
「お兄さま!」
ジョゼが、ポチに向け鋭い拳や蹴り拳を繰り出す。
スライムに似た障壁が、ぶるんぶるん揺れる。
けど、全然ダメージになってない。勇者眼が、全ての攻撃が0ダメージだとオレに教える。
レイの力を借りて雷の攻撃をしかけても、それでも0ダメージ。
ポチを傷つけられない。
ポチが超優秀なのは、よくわかった。
ジョゼの攻撃をくらってもへっちゃらなんて、すごい。
「ちょっとは、抵抗しなさいよ、馬鹿!」
障壁外からサラが叫んでいる。
「精霊を宿してるんだから、反撃できるでしょ?」
わかってる。
けど、女の人に乱暴なことはできないし、それに、体が硬直しちゃってる。
妖艶なオッドアイの女性が抱きついてきて、接吻できそうな距離に顔を近づけてきてるんだ。
カッカしてて、頭がクラクラしている。
だが、流されて手を出したら終わりだ。
『魔王戦が終わるまで、最愛の方を選ぶのはお控えなさいませ』
霊能者カンザキ ヤチヨさんの言葉が頭の中に甦る。
『チュド〜ンなさりたくなければ……』
なさりたくないです!
「あ、あの、タチアナさん、オレ……」
意を決し、タチアナさんの肩に手をかけた。
「すみません、今は」
そこまで言いかけた時。
「きゃっ!」
ジョゼの悲鳴が響いた。
ポチがグニュグニュ蠢きながら、ジョゼの右手に絡まりついたのだ。
「いやっ!」
殴っていたものに逆に拘束され、更に左手と両足をからめとられ、ジョゼは動きを奪われた。
レイが雷撃を放つが、ゼリーみたいな軟体生物は全く動じない。
ジョゼは手足をひっぱられ、薄緑色のポチの体の中に一気に引きこまれる。
外からジョゼを助けようとしたサラの手は、むなしく宙をつかんだ。
「ジョゼ!」
駆け寄ろうとしたが、できなかった。
何時の間にやら、オレの手足も拘束されていた。手首足首に、ゼリー状の触手が絡まっている。
半透明の生き物の中で、ジョゼの黒髪、白いドレス、恐怖と嫌悪に歪んだ美貌が悶える。
ジョゼの口から、声にならぬ悲鳴が漏れた。
ぐにゃぐにゃなポチを透過し、ジョゼは内側へとひっぱりこまれた。しかし、上半身だけだ。下半身と両腕はポチにとりこまれたままだ。
「あぁん……いや……」
ジョゼが頬を上気させ、せつなそうに声をあげる。
「だめ……あぁ……やめて……」
グニュグニュと動くポチに、ジョゼの下半身はすっかり取り込まれていた。
オレのハートは、キュンキュンと……
いやいやいや!
今、それどころじゃないから!
そこで、タチアナさんが動いた。
「きゃっ!」
ジョゼに駆け寄り、顔を近づける。
ジョゼの右耳のあたりにタチアナさんは顔をうずめ、クンクンと匂いを嗅ぎ始める。
「なにを? あ! だめ、やめて! そこ、息が、ああん! だめぇ……」
一体、何が……?
あえいでいたジョゼの顔が、急に変わる。憤怒の表情だ。
《貴様、よくも我が主人を恥ずかしめ……》
レイが口にできたのは、そこまでだった。
「やぁぁん! くすっぐったい!」
ジョゼが笑い転げる。
レイは、ジョゼが自己主張してない時しか表に出られないっぽい。肉体的刺激に煽られ、ジョゼは泣きながら笑っている。
「……あんたらの体臭に惹かれてるんだと思う。セイレーに憑依されてると、微妙に変わるんじゃないかな?」
と、ラリサさん。
「姉さんの思考、動物じみてて読みづらいんだけど……たぶん、そういうことかと」
「精神生命体に憑依された状態のあなた方の遺伝子を検査をしたいのよ、悪いけどつきあったげて」と、ユーリアさん。
検査ですか。
な〜んだ。
それならそうと早く言ってください……
ジョゼが笑いやんだら、レイが暴れそうだ。一悶着ありそうな予感……
* * * * *
『勇者の書 101――ジャン』 覚え書き
●女性プロフィール(№068)
名前 タチアナ
所属世界 エスエフ界
種族 人間
職業 科学者・生物学部門部長
特徴 ユーリアさんの双子の妹
無口で無表情だが、
専門分野の事は饒舌。
戦闘方法 不明。
年齢 179歳
容姿 髪を除けば、ユーリアさんそっくり。
濃緑のフィットスーツの上に白衣。
右が紫、左が金のオッドアイ。
口癖 不明。
好きなもの 子作り。
嫌いなもの 研究の邪魔をされること?
勇者に一言 『………』
ポチに捕まったジョゼに胸キュンキュン! してる場合か、勇者ジャン!
魔王の目覚めは34日後だぞ!




