鬼を探りし忍び 【カエデ】(※)
鬼ケ城ではなく、更に山奥の岩屋にシュテン童子が居るのだそうだ。
配下の忍の報告をもとに、ヨリミツは千二百の軍勢を囮とした。鬼の注意を進軍する軍隊に向けさせている間に、少数精鋭で岩屋を襲撃する策をたてたのだ。
鬼達の住まいの周囲には結界が張られているので、付近まで移動魔法で渡り、その後徒歩にて岩屋を目指すのだそうだ。
オレ、ヨリミツ、マサタカさん、お師匠様、ジョゼ、マリーちゃん、カトリーヌは、マサタカさんの精霊の力でオオエの山の麓まで移動した。
全員、山伏っていう、山の中で修行する行者に変装している。
山伏は、頭に白いサラシの布を被る。額の両端に角を作る様に巻き付ける独特の巻き方だ。頭がすっぽり覆われるので、お師匠様達のジャポネ人とは異なる色の髪を隠すのにちょうどいい。
法衣に、右手にデカい杖、背に笈っていう木箱のようなリュックを背負った。笈の中には、武具やら食料、ルネさんの発明品などが詰まっている。『オニキリ』も笈の中だ。
巫女のマサタカさんが先頭に立って、山の中へと進んでゆく。
「まずは案内人と合流します。忍びの者です」
巫女さんは、道なき山道をスタスタと歩く。
風の精霊が風で丈の長い草々を分けて道をつくり、雷の精霊が電磁波で虫や獣を払い、険しい崖にさしかかった時には風の精霊に一行全員の空中浮遊移動を頼む。
で、随時偵察に出した精霊達の報告を聞いているんだ。
精霊の使い方が実に巧みだ。さすが三十九代目勇者の子孫。
オレは邪魔にならないよう、だけど、なるべくそばで巫女さんの精霊の操り方を見学していた。彼女のような巧みな精霊支配者になりたいんで。
ヨリミツは山歩きしながら、オレを無言で見つめていた。が、しばらくすると、
「勇者様はマサタカがお好みか?」
などと聞いてきた。
でもって、今日はいい天気ですねーと挨拶するようななにげない口調で言ったんだ。
「マサタカなれば、気性も良く私とも気心の知れる仲。妾になさって構いませぬぞ」と。
へ?
「ジパングは一夫多妻制だが、その中に正妻も居る。身分の高い女性が正妻となる事が多く、男の家に入り家刀自として妾を束ね家を守るのだ」
いつも通り、お師匠様が淡々と解説をしてくれる。
ヨリミツが意味ありげに微笑む。
「勇者様は武勇の士。侍の中の侍。なれば、ミナモトの長たるこの私ほど正妻にふさわしき者は居りますまい」
ぞわっとした。
凛々しい顔立ちのヨリミツは、男装すると美男子にしか見えない。今は男前な山伏そのものだ。なのに、妙に色っぽい目で、熱っぽくオレを見つめているんだ。
鳥肌が立つ!
モテてるのに嬉しくない!
てか、オレはジパングで結婚する気ないし!
そう叫びたいんだが……
『魔王戦が終わるまで、最愛の方を選ぶのはお控えなさいませ』
霊能者カンザキ ヤチヨさんの言葉が頭の中で何度も甦る。
『振ってもいけませんのよ。魔王戦まで伴侶を平等に扱いなさいませ……それがジャン様にも仲間達にも、最良の道ですわ』
結婚を前提にヨリミツとイチャイチャしたら、多分、チュド〜ン。
あなたと結婚する気はありません! って断っても、やっぱりチュド〜ン。
て、事なんだろう……
チラッと背後を見た。山伏に変装中の仲間達が後からついて来ている。
お師匠様はあいかわらずの無表情。マリーちゃんも、いつもと同じでほんわかしてる。
だけど、カトリーヌは不機嫌そうだし、最後尾のジョゼはオレと目が合うと泣きそうな顔で睨んできた。
うん、わかってるよ、ジョゼ。
妻だ妾だなんて話、不謹慎すぎる。サラ達がさらわれたってのに。
「マサタカさんの精霊支配の技を学びたくて見てただけです」
まずは誤解を解こう。
「オレは強くなりたいんです。世界を守り、魔王を倒せる男になりたい。今はその事しか考えてません」
そう答えると、ヨリミツは満足そうに微笑み、鷹揚に頷いた。
「さすがは我が夫となられるお方。色の道より、武の道を。男はそうでなくてはいけませぬ」
う。
今の回答で、ヨリミツの好感度は更にアップしてしまったようだ。
「私の色の道も、天子様の勅令を果たしてからのこと。シュテンを倒す事を今は第一と考えまする」
ヨリミツはマサタカさんにオレに助言をしてやれと命令する。
せっかくなので、いろいろと質問した。精霊支配のコツや、それぞれの精霊にどんな技があるのか等々。
なりたて精霊支配者なオレは、知らない事ばかりなんだ。
マサタカさんの事もいろいろ教えてもらった。
精霊は、やはりご先祖から受け継いだものだった。
ティーナ達との契約はオレ一代限りのものだ。が、三十九代目勇者の時代、精霊との契約はもっとアバウトだった。精霊譲渡の権利も認められていたんだ。むろん、精霊が合意すればだけど。
「当主のマサタカ襲名の折り、我が一族と精霊達とで再契約を交わしています。その際に帰還を望むものは還してまいりましたので、精霊の数は二十一体にまで減りました。初代様の時代に比べ寂しくなっています」
三十九代目勇者は八大精霊を全部十体以上仲間とし、総計百体以上も仲間にした。
それに比べれば、確かに少ない。けど、二十一体も支配しているんだ。マサタカさんは超一流の精霊使いだ。
そう伝えると、マサタカさんは嬉しそうに微笑んだ。笑うと、とっても愛らしい。
「慣れぬうちは、精霊達の自主性に任せてはいかがでしょう? 主人の為に役立てる働きを精霊達に考えさせ、進言させるのです。又、主人の生命に関わる折は命令なしに動いて良いと、先に権利をお与えになっておくのもよろしいかと」
なるほど。
その場に居ない精霊を呼び寄せるには、契約の証を通じ命令を与えるのが普通だ。
けれども、マサタカさんは主従の絆が深まれば、心で通じ合う。離れていても、主人の声は届くのだと言う。
もし、そうなら……
姿を保てなくなっている、アウラさん、ティーナ、マーイさん。イバラギに奪われたルーチェさん、グラキエス様、サブレ、エクレール、ソワ。
彼等にオレの思いは伝わるかもしれない。
皆の無事を祈り、一刻も早く合流したいと願う。
そして、可能であれば……サラを守ってやって欲しい。
そう願いながら山奥へと進んで行った。
木々と下生えの草に覆われた坂の途中で、巫女のマサタカさんの足がぴたりと止まった。
マサタカさんの視線の先は、太い木の幹だ。斜めに小さく二本の傷跡が走っている。
「これより先は鬼の領域。私達の接近を妖術で気取られぬよう、精霊は下げます」
木の切り傷は何かの暗号のようだ。その傷をなぞりながら、マサタカさんが言う。
「まもなく案内人が現れます。ここでしばらく待ちましょう」
巫女さんが『我が命に従い、我がもとに戻れ』と精霊を呼びもどしている横で、オレは座り込んで休んだ。
ジパング風の草の履物で山歩きをしたせいで、靴ズレみたいになっている。
指先や足首にかかる紐が食い込む感じで、きつくて痛い。
他の仲間達も座っているから、多分、みんなオレと同じ状態だろう。
「岩屋まであとどれぐらいでしょう?」
オレの問いに答えたのは、ヨリミツだった。
「案内人と合流してより一日の距離とのこと。峰を伝ってゆき奥へ奥へと分け入らねばなりませぬ」
こちらの人間のペースで、一日なわけだ。連れてってもらう立場のオレらが、足をひっぱるわけにはいくまい。足が痛いけど。
「暁ヲ統ベル女王ノ聖慈掌・壱拾参式!」
マリーちゃんの治癒魔法が、オレやジョゼやお師匠様やカトリーヌを包み込む。
足の痛みや疲労が消えてゆく。つらそうな顔だった仲間達の顔が穏やかなものとなる。
今の魔法で、全員の靴ずれと疲れをいっぺんに癒してくれたようだ。
あのナニな呪文の回復魔法、範囲化もできたんだ。
マリーちゃんが使う魔法は、浄化も防御も回復も全て『マッハな方』のオリジナル魔法だ。自分と『マッハな方』の専用魔法なのだとも、前に言っていた。
オレは治癒のお礼を伝えてから、聞きそびれていた事を聖女様に尋ねてみた。
「『マッハな方』のことをうかがってもいいですか?」
英雄世界でオレは、霊能者ヤチヨさんに憑依した『マッハな方』に会っている。
それまで、オレは『マッハな方』はマリーちゃんの内なるもう一つの人格なのだと思っていた。
神様なんだってヤチヨさんから教えられて、びっくりした。
修道尼のマリーちゃんは、きゃぴきゃぴ女神に信仰を捧げている。他神の加護を受けられるはずはないんだ。
『マッハな方』を降ろし、魔法まで教わっているのはおかしくないだろうか?
「そうですか〜 英雄世界で〜」
マリーちゃんが、ほわ〜と微笑む。小さな子供みたいな、あどけなさのある笑顔だ。
「残念です〜 私も、お会い、したかった、です〜」
神降ろしの憑依体となるとその間の記憶はあるものの、降りて来たものと直接会話ができないのだそうだ。
「いつも、あの方からの、お話を、伺うだけ、なのです〜 あの方に、感謝の、気持を、お伝え、したいのですが〜」
「あの方は、私が困っている時に、必ず、降りてきて、助けて、くださる、のです〜 ものごころついた時には、もう、遊びに、いらっしゃるのが、当たり前、みたいな、親しさでした〜」
なので、女神様への信仰と矛盾する事なく、『マッハな方』を慕えているのだとマリーちゃんは言った。
女神様の眷族神なのかと質問すると、そうかもしれませんね〜 と、マリーちゃんはのどかに答えた。
「『マッハな方』を、慕うのは、おっけぇ、だと、女神さまも、おっしゃって、くださってますから〜」
なるほど。
「『マッハな方』は、内に、十二の宇宙を、お持ち、なのだ、そうです〜 私や、ヤチヨさんという方、の他にも、あの御力で、お守りして、いらっしゃる方が、おられるかも〜」
あの痛い憑依状態になる人が、どこかの世界に他にも居るかもってことか〜
マリーちゃんは、自分の小さな右の掌をジッと見つめていた。
「勇者さまと共に、これから、赴く世界で、どなたかに憑依なさった、あの方に、お会いできたら、嬉しいです〜 なぜ、私を、助けて、くださるのか、ずっと、お尋ね、したかった、のです〜」
そう言ってから、ゆっくりと右手を結んでは開くを繰り返す。掌を見つめる顔に、ほんわかした笑みを浮かべながら。
「来た」
「参りました」
「何か来る」
「敵?」
ヨリミツと巫女さんとカトリーヌとジョゼが、ほぼ同時に声をあげる。
何だ? と、思う間もなく、何処からともなく声が響いてきた。
単語を意味も無く羅列してる感じだ。自動翻訳機能で翻訳しきれないタイプのしゃべり。暗号なのだろう。
案内人……か。
巫女さんが意味不明な言葉を返すと、再び草木の間から声が返る。
そのまましばらくわけのわからない会話が続く。
「岩屋までみなさまをご案内いたします……カエデにございます」
声はヨリミツのそばからした。
ヨリミツの前に、女性が居る。片膝をついて跪き、深々と頭を垂れている。
物音も気配もしなかったのに、何時の間にかそこに居たんだ。
移動魔法で現れたみたいな、唐突な登場だ。
たぶん、オレ、そうとうまぬけな顔をしていたんだろう。
巫女さんが横から小声で教えてくれた。
「カエデは、私やヨリミツ様の配下。忍びの者です」
なるほど、忍者か。
なら、いきなり現れても、当然だ。
忍者だから。
忍者は、ジパング界や英雄世界他、三つの世界で存在が確認されている。歴代勇者の間でも、仲間にしたいジョブとして超人気だ。
超一流の諜報員で暗殺者。
その上、ファンタスティックな忍術を使い、アメージングな体術で闇を駆け、風のように現れ風のように去ってゆく神秘的な存在なのだ。人気があるのも頷ける。
この世界の忍者の衣装は、有名な『全身墨染めの黒装束』ではなく、『どこが忍んでいるんだ!』とつっこみたくなるド派手な色の装束でもない。
身にまとっているのは、裾丈が非常に短い上衣だけ。
露出の高いセクシー系忍者だ。太もも露わ。片膝をついちゃってるもんだから、かなり危ない。見えそで見えないは、かなりきわどいレベルだ。
上衣は赤×黒。額にハチマキを巻き、前腕と脛にも布を巻いている。素足じゃない、草鞋をはいている。帯のところに小刀を差していたが、武器らしいものはそれだけだった。
「挨拶は良い。先に立って、案内せよ。話は道々、聞く」
「承知」
ヨリミツの命令に従い、女性が立ちあがる。
あげた顔は……
意外なほどかわいらしかった。
さがり眉で、黒目が大きく、ふっくらとした頬は上気している。口もこぶりだ。気弱そうだし、小柄な体も華奢に見える。守ってあげたいタイプだ。
「忍者は、間者の役も務めます。警戒されぬ外見の者ほど諜報員に向きます」と、マサタカさん。
たしかに。
「それでは……ご案内いたします」
女忍者は、頬を赤く染めている。ヨリミツを見つめる視線も熱っぽいような。
「うむ、頼む」
「ヨッちゃん、女の子にモテるの」
ものすごい小声で、巫女さんがつぶやく。
「男前な侍大将のくせに、気さくだから。身分の低い子にも直接優しい言葉をかけてあげるから、もう……」
巫女さんがため息をつく。
女忍者の顔は、どんどん赤くなる。うっとりとヨリミツを見つめたまま、目が離せないようだ。
平常心ができてないあたり、忍者っぽくないぞ。
「カエデ、どうかしたのか?」
ヨリミツに問われ、ようやく女忍者はハッと我にかえった。
「申し訳ありません、ただ今、ご案内します!」
女忍者は慌てて踵を返し……
そのまま……
忍者としてありえない事だが……
足元の草に足をとられ、そのままド派手にうつぶせに転んでしまった。
両足は大きく開いている。
上衣の裾はめくれあがり……
その中身がはっきりと露わに……
布がたいへん少ない下着と二つのふくらみが……
オレのハートは、キュンキュンと鳴った……
心の中でリンゴ〜ンと鐘が鳴る。
欠けていたものが、ほんの少し埋まっていく、あの感覚がした。
《あと五十二〜 おっけぇ?》
と、内側から神様の声がした。
「ジャン……」
お師匠様の声には、とがめるような響きがある。賢者のお師匠様には、オレの仲間欄が丸見え。仲間を増やせばすぐにわかるんだ。
いや、あの……
萌えてマズい相手ってわけじゃないですよね、たぶん。
優秀な忍者っぽいし。
萌えるタイミングが、問題ありでしたけど。
お師匠様はいつも通りの無表情だ。
だけど、見つめられると、いたたまれない気分になってくる……
すみません! ごめんなさい!
でも、見えちゃったんだもの、萌えますよ! しょうがないでしょ!
「申し訳ありません! 申し訳ありません!」
女忍者が座り込んだまま、恥ずかしそうにペコペコ頭を下げる。裾をサッと直したところも、かわいくってキュンキュンした。
「勇者様はカエデがお好みか?」
ヨリミツが、普通の口調で恐ろしい提案をしてくる。
「カエデなれば、私の配下。どうとでもなります。妾になさるのでも一夜の相手でも、お望みのままに手配いたしますぞ」
いやいやいやいや!
でもって、本人まで恐ろしい事を言ってくれる。
「ヨリミツ様のご命令とあらば否はございませぬ。ふつつか者ではありまするが、心をこめてご奉仕いたします」
いやいやいやいや!
今はそれどころじゃないだろ!
背中にジョゼの冷たい視線を感じる……
わかってるよ、サラを取り返しに行くよ。
すぐに向かう。
だから、責めないでくれ!
魔王が目覚めるのは、五十一日後だ。
くノ一のカエデの話を聞いたら、ぞっとした。
「シュテンが気に入りの男女を連れて鬼ケ城を離れ岩屋で酒色にふけるのは、珍しゅうございませぬ。が、今日にて五日も鬼ケ城に戻っておりません。あの赤髪の女に、いつになく執心の様子。今なれば隙をつけるかと存じます」
オレらが岩屋に着くのは、早くて明日。
六日も、あいつは鬼の大将のもとに……
拳を握りしめた。
サラ……
幼馴染の面影が心に浮かぶ。勇ましく笑っている顔しか、思いだせない……
無事でいてくれ……
* * * * *
『勇者の書 101――ジャン』 覚え書き
●女性プロフィール(№048)
名前 カエデ
所属世界 ジパング界
種族 人間
職業 忍者
特徴 ヨリミツ&マサタカさんの部下。
シュテンの居る岩屋までの案内人。
かわいい顔立ち。忍者には見えない。
だけど、忍者らしくない外見の方が
諜報員に向いているのだそうだ。
ヨリミツに憧れている。
ヨリミツの命令なら、
オレとどうなっても構わないらしい。
戦闘方法 忍術?
年齢 十代?
容姿 黒髪長髪。
さがり眉で、黒目が大きく、
頬はふっくら。気弱そうで、小柄で、華奢。
でも、忍。
ミニスカな上衣の下は、とても魅力的だった。
口癖 『申し訳ありません!』
好きなもの ヨリミツ
嫌いなもの ヨリミツに嫌われること
勇者に一言 『ふつつか者ではありまするが、
心をこめてご奉仕いたします』




