1 掃除
「掃除の依頼っすか?」
「あぁ。白峰に頼もうと思ったんだが、今は真波と別の依頼に出てるんだ」
ある日の昼下がり。スマホを弄っていた黒原に、成瀬は一枚の資料を渡した。
片付けたくても時間が無く、放置していたら大変なことになったから掃除をして欲しい。というシンプルな内容が書かれている。
依頼人は五十代男性。なぜか最近は家に近付いていないらしい。
「かなり散らかってるとは言ってたが、規模が分かんねぇ。でも、近所から苦情が来てるって話だ。一度お前が行って、様子を見てきてくれ」
「了解っす」
表の仕事に当たる掃除の依頼。事務所でつなぎに着替え、道具を積み込んだ車で現地へ向かう。
事務所から少し離れた閑静な住宅街。その中のとある一軒家が、依頼のあった家である。
「……まぁじで言ってんのコレ…………。こりゃ苦情も来るか…………」
思わず声が出る。目の前の依頼のあった家は、ゴミが溜まり、地面が全く見えない。玄関までの動線はあるが、人ひとりがなんとか歩けるスペースしかない。
「部屋ん中見るの怖いんだけどぉ……」
人の腰の高さ程まで積み上がった黒いゴミ袋。カラスが荒らしたのか、所々破けた箇所からは、正体の分からない液状のものが垂れており、生暖かい風に乗って、鼻の奥を突き刺すような悪臭が漂っている。
「えぇっと……家の鍵は貰ってるから、勝手に入っていいんだよな」
資料と共に渡されていた茶封筒に入っていた鍵。それを使って玄関の鍵を開ける。カチャリという音を確認し、ゆっくりと扉を開く。
「おわっ!?」
扉を開けると同時に、ゴミ袋の雪崩が起きて外に飛び出してきた。なんとか避けることができたが、中から漂う悪臭からは逃れられない。
「マスクの意味ねぇじゃん……」
悪臭対策にマスクをしていたが、それをも貫通する酷い臭い。開けた扉から中を確認すれば、文字通り、足の踏み場もない惨状だった。
「…………応援呼ぼ」
ひとりでは到底片付けられないと直感した黒原は、すぐに成瀬へ連絡を入れた。
───
──
─
「ははっ、こりゃひでぇ…………」
「俺も同じような反応しました……」
「依頼人、ここ最近この家に来てねぇんだろ?」
「そうらしいっす」
「だったら中に何があるか分かんねぇな」
到着した成瀬はそう言った。ゴミだらけのこの家は二階建て。玄関は足の踏み場もなく、奥の様子もよく見えない。外から見える二階の窓は空いている様で、カーテンがゆらゆらと揺れている。
「よし、やるぞ黒原」
成瀬は頭まで覆う特殊清掃用の防護服を身につけて、気合いを入れるようにそう言った。つなぎにマスクと軍手のみの黒原とは対象的な格好だ。
「はいっす!てかテツさん、なんか完全防備じゃないっすか?」
「だって、こんなゴミ屋敷、絶対虫いっぱいいんじゃん……」
「……あぁ」
この成瀬。虫がこの世で一番苦手である。
しかし、これは仕事。いくら嫌いな虫が出るからと、全てを部下に任せる訳にはいかない。そう思ってはいるが、内心はものすごく嫌がっている。
「それより、中を調べねぇとな」
「声震えてるっすよ」
「……先に行け」
「へーい」
ズカズカとゴミの上を歩く黒原。成瀬は若干腰が引けているが、ゆっくりと進んでいる。
家の中も酷い有様だ。足の踏み場がないのはもちろんの事、壁や柱が腐りかけている部分もある。
「……なんでここまで放って置いたんすかね?」
「さあな。人の考えなんて分かんねぇよ」
一階はどの部屋もゴミで溢れており、二階へ続く階段までゴミが積み重なっている。しかし、上の方はゴミが少ないように見える。
「上はまだマシそうっすよ」
「そうか。生活スペースの可能性はあるが……」
「見てくるっす!」
黒原がゴミの上を歩いて二階へと登っていく。
二階は多少足の踏み場はあるようで、一階よりは楽に進める。各部屋もそこまでゴミは溜まっておらず、成瀬の言う通り、二階が主な生活スペースなのだろう。
「とはいえ、ゴミだらけなのは変わんねぇか」
辛うじて残っている動線。それを辿って行けば、ひとつの部屋に辿り着いた。そこは、外から見て窓が空いていた部屋だ。
「臭ぇな……」
ある程度スペースが空いている部屋の前。臭いはこの部屋が一番強い。虫が他の所よりも多く飛んでいる。
嫌な予感がした黒原は、部屋のドアを開けた。
「…………マジかよ」
部屋の中には沢山のゴミ袋が積まれており、その間から、腐敗が進んでいる脚らしきものが見える。ハエが飛び、足には白い虫が集っている。
それを見て思い出す。依頼内容は掃除だ。ゴミ屋敷のゴミ処理とは言われていない。
「あぁ、そういう事か……」
黒原はこの現状を成瀬に伝えるべく、一度下に降りる。
一階に戻れば、腰が引けている成瀬が殺虫剤を両手に持ち、壁に止まっている虫と対峙している場面と出くわした。
「……何やってんすか」
「見て分かんねぇか?臨戦態勢だ」
「はあ……。それより、二階に遺体がありました」
「……は?」
───
──
─
「で、戻ってきた訳ですか」
「あぁ」
予想外の事態が起きた為、成瀬と黒原は一度カプリスへ戻ってきていた。ゴミ屋敷の様子、中で遺体を発見した事を全員に伝える。
「人の死体は見慣れてっけど、腐ったもんは初めて見たぜ」
「虫もめっちゃいた。俺もう行きたくない」
「まあ、テツさんもこんなだし、他の人に応援を頼みたいってのもある」
成瀬の虫嫌いは、組織内でも有名だ。武器を持っていれば、間違いなく過剰攻撃をする程には虫嫌いだ。
「そんな事より、二人ともシャワー浴びてきてちょうだい。酷い臭いよ」
「ほんとほんと!めっちゃ臭い!」
「生ゴミみたいな匂いしますね」
「本当に酷い現場だったんですね……」
各々が好き放題言う中、成瀬と黒原はシャワールームへと消えていった。
「で、あの二人は遺体があったって言ってたわよね」
「依頼内容は掃除。依頼主が遺体の存在を知らない可能性もありますね」
「第三者の可能性も視野に入れる必要があるわね……」
「でもでも!依頼主が知ってた可能性もあるよね?」
真波と白峰の話に割り込んできた柊。その発言に少し興味を持った真波が、笑みを深めた。
「どうしてそう思うの?」
「んえ?だって、依頼内容は掃除でしょ?遺体も片して欲しいって意味もあったんじゃない?」
「……なるほどね」
そんな話をしている三人の話を、気まずそうに聞いている結木。14歳の彼にとっては、重すぎる話題だ。しかし気になってしまうのが、年頃の少年心である。
「あの……どうしてゴミ屋敷に遺体があったんでしょう」
「簡単な話だよ」
白峰は結木の胸ポケットに刺されたペンを取ると、近くにあったペン立ての中に紛れ込ませた。
「木を隠すなら森の中って言うでしょ。ペンを隠すならペン立て。臭いが酷い遺体を隠すなら、同じく臭いが酷いゴミの中だよ」
「えっと、じゃあ、その遺体の臭いを誤魔化す為に、ゴミ屋敷に隠したってことですか?」
「いや、逆の可能性もある」
シャワーから戻ってきた成瀬の一言。全員の視線が一気に集まる。タオルで髪を拭きながら、まるで世間話をするかのような雰囲気で話を続ける。
「遺体をゴミ屋敷に隠したんじゃなくて、遺体を隠す為にゴミ屋敷にしたかもしれない」
「……?一緒じゃないんですか?」
「微妙に違う。例えば、一つのビー玉を隠すとする。ビー玉をおもちゃ箱に隠すのが一つ目の可能性。そして、ビー玉の周りにおもちゃをぶちまけるのが、二つ目の可能性だ」
可能性の話だけどな、と笑う成瀬。そこへ戻ってきた黒原も加わる。髪にはタオルを巻いており、まだ乾かしていないのだと分かる。
「とりあえず、依頼人と会って話を聞こう。どの道、遺体の事は話さないとだし」
「そうだな。白峰、連絡を頼んでいいか?」
「はい。分かりました」
「それと柊、最近裏社会で流行ってる遺棄場サイトについて調べてくれ」
「ん?よく分かんないけどあいあいさー!」
「どういうことです?」
「なーんか似たような手口を聞いた事あるような気がするんだ」
何が分かった様子の成瀬。こういう時に調べ物を頼むのは、大抵が答え合わせのためである。
───
──
─
「遺体ですか……」
遺体の確認や周辺調査を進めていた為、数日後に依頼人はカプリスへとやってきた。成瀬の話を聞いて驚くかと思ったが、意外にも反応はあっさりとしていた。
「驚かないんですね」
「これでも驚いております……。まさか遺体だなんて……」
「ところで、あの家は貴方のご自宅ですか?」
「いえ、あれは母の実家でして。母が亡くなり、手入れも出来ずにいたら、いつの間にやらあの有り様で……」
嘘をついている様子はない。恐らくこの依頼人は、遺体とは無関係だろう。
「それで、今回の依頼の話になるのですが」
「はい……?」
「遺体の処理はどういたしましょう?我々の引き受けた依頼はゴミの掃除ですので」
成瀬がそう言えば、依頼人は悩む素振りを見せた。その様子を見た成瀬は、近くに控えていた黒原に目配せをする。
「では、心苦しいのですが、その遺体も全て片付けて頂けると……」
「全て……ははっ、なるほど……全てなぁ」
何かが分かった成瀬は、思わず笑いが零れる。その近くでは黒原がインカムで誰かに連絡を入れている。
「あんた、あの家の惨状を知っていたな」
「なっ、知りませんよ!あんなゴミ屋敷になっていたなんて!!」
「おや、ゴミ屋敷だなんて言いましたっけ?」
「っ……」
丁度その時、部屋のドアがノックされる。成瀬が許可をすれば、柊が幾つもの資料を机の上に置いた。
「言われてたの調べといたよ!死体の隠し場所を提供してるサイト!発信元を逆探知したら、依頼人さんの自宅だった!」
「ありがとうな」
「なっ、なぜ……」
「うちの情報網を舐めないで頂きたい」
またドアがノックされる。次に入ってきたのは白峰だ。手に持っているのは数枚の人物写真。それらをテーブルに広げた。
「こいつらに見覚えありますね。あんたの客でしょう?」
「ちがっ、こんな奴や知らん!!」
「嘘はよくないですよ。裏は取れています。簡単でしたよ。夜中に張り込んだだけであっさり捕まえられたんですから」
「なっ……」
「こいつらが吐いた。あんたにこの場所を提供してもらったってな」
依頼人は顔を顰めた。逃げ場がなくなってきている。成瀬お得意の追い込み漁だ。
「俺らに掃除を依頼したのも、俺らが裏社会で生きてる事を知ってたからだな?俺らなら、ゴミのついでに遺体も処理すると思ったか?」
成瀬の声が低くなる。この場の空気が冷たくなる。そんな空気に圧倒されたのか、依頼人は息を飲む。
「俺らはそんな単純な組織じゃねぇんだよ」
───
──
─
その後、依頼人や殺人犯らは自ら警察へ出頭。遺棄されていた遺体は別件の殺人被害者で、犯人達は遺棄場所としてあの家を利用していた。
カプリスは、全く関与していない事になっており、警察の取り調べは免れた。
「にしても、今回の件は複雑でしたね」
「依頼人が直接の犯人じゃなくて、協力者側ってな。なかなか無いパターンだぜ」
「でも鉄也、なんでそこまでしたの?そんな正義間持ってる訳じゃないのに」
真波の素朴な疑問に、白峰や黒原も頷く。
実際のところ、依頼料の上乗せで掃除として遺体を処理しても問題はなかった。しかし、成瀬はそれを許さず、自ら出頭するようにと圧をかけた。もちろん、カプリスの事は黙っている約束でだ。
「…………実の母親の家を、あんなにして許せなかった」
成瀬の言葉に全員が黙る。
あの家事態は、自治体が動いて綺麗にされるそう。しかし、遺体があった以上、取り壊される可能性が高いだろう。
「家族を大事に出来ないやつは嫌いだ」
成瀬の小さなつぶやきが、静かに部屋に消えていった。




