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caprice―カプリス―  作者: 南江 行瀬


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2/2

1 掃除


「掃除の依頼っすか?」

「あぁ。白峰に頼もうと思ったんだが、今は真波と別の依頼に出てるんだ」


 ある日の昼下がり。スマホを弄っていた黒原に、成瀬は一枚の資料を渡した。

 片付けたくても時間が無く、放置していたら大変なことになったから掃除をして欲しい。というシンプルな内容が書かれている。

 依頼人は五十代男性。なぜか最近は家に近付いていないらしい。


「かなり散らかってるとは言ってたが、規模が分かんねぇ。でも、近所から苦情が来てるって話だ。一度お前が行って、様子を見てきてくれ」

「了解っす」


 表の仕事に当たる掃除の依頼。事務所でつなぎに着替え、道具を積み込んだ車で現地へ向かう。

 事務所から少し離れた閑静な住宅街。その中のとある一軒家が、依頼のあった家である。


「……まぁじで言ってんのコレ…………。こりゃ苦情も来るか…………」


 思わず声が出る。目の前の依頼のあった家は、ゴミが溜まり、地面が全く見えない。玄関までの動線はあるが、人ひとりがなんとか歩けるスペースしかない。


「部屋ん中見るの怖いんだけどぉ……」


 人の腰の高さ程まで積み上がった黒いゴミ袋。カラスが荒らしたのか、所々破けた箇所からは、正体の分からない液状のものが垂れており、生暖かい風に乗って、鼻の奥を突き刺すような悪臭が漂っている。


「えぇっと……家の鍵は貰ってるから、勝手に入っていいんだよな」


 資料と共に渡されていた茶封筒に入っていた鍵。それを使って玄関の鍵を開ける。カチャリという音を確認し、ゆっくりと扉を開く。


「おわっ!?」


 扉を開けると同時に、ゴミ袋の雪崩が起きて外に飛び出してきた。なんとか避けることができたが、中から漂う悪臭からは逃れられない。


「マスクの意味ねぇじゃん……」


 悪臭対策にマスクをしていたが、それをも貫通する酷い臭い。開けた扉から中を確認すれば、文字通り、足の踏み場もない惨状だった。


「…………応援呼ぼ」


 ひとりでは到底片付けられないと直感した黒原は、すぐに成瀬へ連絡を入れた。



───

──



「ははっ、こりゃひでぇ…………」

「俺も同じような反応しました……」

「依頼人、ここ最近この家に来てねぇんだろ?」

「そうらしいっす」

「だったら中に何があるか分かんねぇな」


 到着した成瀬はそう言った。ゴミだらけのこの家は二階建て。玄関は足の踏み場もなく、奥の様子もよく見えない。外から見える二階の窓は空いている様で、カーテンがゆらゆらと揺れている。


「よし、やるぞ黒原」


 成瀬は頭まで覆う特殊清掃用の防護服を身につけて、気合いを入れるようにそう言った。つなぎにマスクと軍手のみの黒原とは対象的な格好だ。


「はいっす!てかテツさん、なんか完全防備じゃないっすか?」

「だって、こんなゴミ屋敷、絶対虫いっぱいいんじゃん……」

「……あぁ」


 この成瀬。虫がこの世で一番苦手である。

 しかし、これは仕事。いくら嫌いな虫が出るからと、全てを部下に任せる訳にはいかない。そう思ってはいるが、内心はものすごく嫌がっている。


「それより、中を調べねぇとな」

「声震えてるっすよ」

「……先に行け」

「へーい」


 ズカズカとゴミの上を歩く黒原。成瀬は若干腰が引けているが、ゆっくりと進んでいる。

 家の中も酷い有様だ。足の踏み場がないのはもちろんの事、壁や柱が腐りかけている部分もある。


「……なんでここまで放って置いたんすかね?」

「さあな。人の考えなんて分かんねぇよ」


 一階はどの部屋もゴミで溢れており、二階へ続く階段までゴミが積み重なっている。しかし、上の方はゴミが少ないように見える。


「上はまだマシそうっすよ」

「そうか。生活スペースの可能性はあるが……」

「見てくるっす!」


 黒原がゴミの上を歩いて二階へと登っていく。

 二階は多少足の踏み場はあるようで、一階よりは楽に進める。各部屋もそこまでゴミは溜まっておらず、成瀬の言う通り、二階が主な生活スペースなのだろう。


「とはいえ、ゴミだらけなのは変わんねぇか」


 辛うじて残っている動線。それを辿って行けば、ひとつの部屋に辿り着いた。そこは、外から見て窓が空いていた部屋だ。


「臭ぇな……」


 ある程度スペースが空いている部屋の前。臭いはこの部屋が一番強い。虫が他の所よりも多く飛んでいる。

 嫌な予感がした黒原は、部屋のドアを開けた。


「…………マジかよ」


 部屋の中には沢山のゴミ袋が積まれており、その間から、腐敗が進んでいる脚らしきものが見える。ハエが飛び、足には白い虫が集っている。

 それを見て思い出す。依頼内容は掃除だ。ゴミ屋敷のゴミ処理とは言われていない。


「あぁ、そういう事か……」


 黒原はこの現状を成瀬に伝えるべく、一度下に降りる。

 一階に戻れば、腰が引けている成瀬が殺虫剤を両手に持ち、壁に止まっている虫と対峙している場面と出くわした。


「……何やってんすか」

「見て分かんねぇか?臨戦態勢だ」

「はあ……。それより、二階に遺体がありました」

「……は?」



───

──



「で、戻ってきた訳ですか」

「あぁ」


 予想外の事態が起きた為、成瀬と黒原は一度カプリスへ戻ってきていた。ゴミ屋敷の様子、中で遺体を発見した事を全員に伝える。


「人の死体は見慣れてっけど、腐ったもんは初めて見たぜ」

「虫もめっちゃいた。俺もう行きたくない」

「まあ、テツさんもこんなだし、他の人に応援を頼みたいってのもある」


 成瀬の虫嫌いは、組織内でも有名だ。武器を持っていれば、間違いなく過剰攻撃をする程には虫嫌いだ。


「そんな事より、二人ともシャワー浴びてきてちょうだい。酷い臭いよ」

「ほんとほんと!めっちゃ臭い!」

「生ゴミみたいな匂いしますね」

「本当に酷い現場だったんですね……」


 各々が好き放題言う中、成瀬と黒原はシャワールームへと消えていった。


「で、あの二人は遺体があったって言ってたわよね」

「依頼内容は掃除。依頼主が遺体の存在を知らない可能性もありますね」

「第三者の可能性も視野に入れる必要があるわね……」

「でもでも!依頼主が知ってた可能性もあるよね?」


 真波と白峰の話に割り込んできた柊。その発言に少し興味を持った真波が、笑みを深めた。


「どうしてそう思うの?」

「んえ?だって、依頼内容は掃除でしょ?遺体も片して欲しいって意味もあったんじゃない?」

「……なるほどね」


 そんな話をしている三人の話を、気まずそうに聞いている結木。14歳の彼にとっては、重すぎる話題だ。しかし気になってしまうのが、年頃の少年心である。


「あの……どうしてゴミ屋敷に遺体があったんでしょう」

「簡単な話だよ」


 白峰は結木の胸ポケットに刺されたペンを取ると、近くにあったペン立ての中に紛れ込ませた。


「木を隠すなら森の中って言うでしょ。ペンを隠すならペン立て。臭いが酷い遺体を隠すなら、同じく臭いが酷いゴミの中だよ」

「えっと、じゃあ、その遺体の臭いを誤魔化す為に、ゴミ屋敷に隠したってことですか?」

「いや、逆の可能性もある」


 シャワーから戻ってきた成瀬の一言。全員の視線が一気に集まる。タオルで髪を拭きながら、まるで世間話をするかのような雰囲気で話を続ける。


「遺体をゴミ屋敷に隠したんじゃなくて、遺体を隠す為にゴミ屋敷にしたかもしれない」

「……?一緒じゃないんですか?」

「微妙に違う。例えば、一つのビー玉を隠すとする。ビー玉をおもちゃ箱に隠すのが一つ目の可能性。そして、ビー玉の周りにおもちゃをぶちまけるのが、二つ目の可能性だ」


 可能性の話だけどな、と笑う成瀬。そこへ戻ってきた黒原も加わる。髪にはタオルを巻いており、まだ乾かしていないのだと分かる。


「とりあえず、依頼人と会って話を聞こう。どの道、遺体の事は話さないとだし」

「そうだな。白峰、連絡を頼んでいいか?」

「はい。分かりました」

「それと柊、最近裏社会で流行ってる遺棄場サイトについて調べてくれ」

「ん?よく分かんないけどあいあいさー!」

「どういうことです?」

「なーんか似たような手口を聞いた事あるような気がするんだ」


 何が分かった様子の成瀬。こういう時に調べ物を頼むのは、大抵が答え合わせのためである。



───

──



「遺体ですか……」


 遺体の確認や周辺調査を進めていた為、数日後に依頼人はカプリスへとやってきた。成瀬の話を聞いて驚くかと思ったが、意外にも反応はあっさりとしていた。


「驚かないんですね」

「これでも驚いております……。まさか遺体だなんて……」

「ところで、あの家は貴方のご自宅ですか?」

「いえ、あれは母の実家でして。母が亡くなり、手入れも出来ずにいたら、いつの間にやらあの有り様で……」


 嘘をついている様子はない。恐らくこの依頼人は、遺体とは無関係だろう。


「それで、今回の依頼の話になるのですが」

「はい……?」

「遺体の処理はどういたしましょう?我々の引き受けた依頼はゴミの掃除ですので」


 成瀬がそう言えば、依頼人は悩む素振りを見せた。その様子を見た成瀬は、近くに控えていた黒原に目配せをする。


「では、心苦しいのですが、その遺体も全て片付けて頂けると……」

「全て……ははっ、なるほど……全てなぁ」


 何かが分かった成瀬は、思わず笑いが零れる。その近くでは黒原がインカムで誰かに連絡を入れている。


「あんた、あの家の惨状を知っていたな」

「なっ、知りませんよ!あんなゴミ屋敷になっていたなんて!!」

「おや、ゴミ屋敷だなんて言いましたっけ?」

「っ……」


 丁度その時、部屋のドアがノックされる。成瀬が許可をすれば、柊が幾つもの資料を机の上に置いた。


「言われてたの調べといたよ!死体の隠し場所を提供してるサイト!発信元を逆探知したら、依頼人さんの自宅だった!」

「ありがとうな」

「なっ、なぜ……」

「うちの情報網を舐めないで頂きたい」


 またドアがノックされる。次に入ってきたのは白峰だ。手に持っているのは数枚の人物写真。それらをテーブルに広げた。


「こいつらに見覚えありますね。あんたの客でしょう?」

「ちがっ、こんな奴や知らん!!」

「嘘はよくないですよ。裏は取れています。簡単でしたよ。夜中に張り込んだだけであっさり捕まえられたんですから」

「なっ……」

「こいつらが吐いた。あんたにこの場所を提供してもらったってな」


 依頼人は顔を顰めた。逃げ場がなくなってきている。成瀬お得意の追い込み漁だ。


「俺らに掃除を依頼したのも、俺らが裏社会で生きてる事を知ってたからだな?俺らなら、ゴミのついでに遺体も処理すると思ったか?」


 成瀬の声が低くなる。この場の空気が冷たくなる。そんな空気に圧倒されたのか、依頼人は息を飲む。


「俺らはそんな単純な組織じゃねぇんだよ」



───

──


 

 その後、依頼人や殺人犯らは自ら警察へ出頭。遺棄されていた遺体は別件の殺人被害者で、犯人達は遺棄場所としてあの家を利用していた。

 カプリスは、全く関与していない事になっており、警察の取り調べは免れた。


「にしても、今回の件は複雑でしたね」

「依頼人が直接の犯人じゃなくて、協力者側ってな。なかなか無いパターンだぜ」

「でも鉄也、なんでそこまでしたの?そんな正義間持ってる訳じゃないのに」


 真波の素朴な疑問に、白峰や黒原も頷く。

 実際のところ、依頼料の上乗せで掃除として遺体を処理しても問題はなかった。しかし、成瀬はそれを許さず、自ら出頭するようにと圧をかけた。もちろん、カプリスの事は黙っている約束でだ。


「…………実の母親の家を、あんなにして許せなかった」


 成瀬の言葉に全員が黙る。

 あの家事態は、自治体が動いて綺麗にされるそう。しかし、遺体があった以上、取り壊される可能性が高いだろう。


「家族を大事に出来ないやつは嫌いだ」


 成瀬の小さなつぶやきが、静かに部屋に消えていった。




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