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caprice―カプリス―  作者: 南江 行瀬


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プロローグ


 何でも屋『caprice―カプリス―』

 あらゆる依頼を引き受けてくれる店。お金さえ払えば、どんなに難しい依頼でも確実にやり遂げると噂されている。

 そしてその噂を聞きつけた一人の男が、店のドアを叩いた。


「いらっしゃいませ。ご依頼ですね」


 男を出迎えたのは細身の男性。男を応接室に案内したその男性は長い黒髪を後ろで一つに束ねている。男性が応接室を去って暫くすると、大柄な男性と、小柄な男性がやってきた。


「ご来店ありがとうございます。私は成瀬と申します。こちらは白峰です。早速ですが、ご依頼内容をお聞かせ願えますか」


 男の正面に座る成瀬。その後ろに、控えるようにして白峰が立っている。時折、成瀬に耳打ちをしているが、それ以外に目立った行動はない。


「……妻を、殺して欲しい」


 依頼人の男から発せられた言葉に、先程まで穏やかな笑みを浮かべていた成瀬の表情が変わり、ゆっくりと目を細めた。


「……理由を伺っても?」

「……浮気だ。あいつ、何年も前からずっと浮気してやがった!!」

「それは酷いですね」


 男が妻の愚痴のようなものを話している間、成瀬は適当な相槌をうちながら、後ろに控える白峰から何やら資料のようなものを受け取っていた。


「おかしいとは思ってたんだ……。帰りの時間がいつもと違ったり、部屋の電気はずっと消えてるし、置き配もしなくなった」

「ほぅ?」

「俺があげたプレゼントも全部捨てられるし、この前なんて、勝手に鍵まで変えやがった!!」


 男の愚痴は止まらない。帰り道を変えているだの、乗る電車の時間を変えただの、よく分からない事まで言い出した。


「最近また俺に黙って引越しやがったんだ……。俺がどれだけ話をしようとしても、全然話してくれない!!俺の事をまったく見てくれない!!……それなら、それならいっそのこと、殺してやろう……って」

「理由は分かりました。ですが、殺しの依頼となるとかなりお値段が張りますが、大丈夫でしょうか」

「あぁ……、俺の持ち金全部と、金融機関から借りれるだけ借りてきた」


 男がそう言うと、テーブルの上に幾つもの札束を重ねていく。それが十を数えた所で男の手は止まった。


「これが俺の全財産だ」

「ふむ。確かにこれだけあれば、料金は十分ですね。白峰、契約書を」


 成瀬は後ろに控える白峰に声をかけ、契約書の準備を頼む。男性が離れたのを見送った成瀬は、男と向き合う。


「さて、お客様。当店をご利用するという事は、もちろん約束事もご存知ですよね」

「約束事……?」


 男はなんの事か分からない様子で眉を顰める。


「一つ結果に文句を言わない。一つ、料金は必ず先払い。一つ、絶対に嘘をつかない。これら三つを依頼時に守って頂く必要があります」


 成瀬から表情が抜け落ちてくる。男の顔に冷や汗が流れる。この場をすぐにでも離れたいのに、足が竦んで動かない。

 丁度その時、応接間へ白峰が現れる。その手には、幾つかの資料が握られている。


「まあ今はそれよりも、少々確認したい事がありまして。白峰」


 成瀬がそう言えば白峰は、持ってきた資料をテーブルの上に並べていく。


「面白い事に、別件で調べていた資料と貴方の情報が一致しましてね」

「それがどうしたんだ」

「お客様、こちらの女性に見覚えございませんか」


 成瀬は一枚の女性の写真を男に見せた。その写真を見た男はこいつが浮気をしている妻だと断言した。


「こいつだよ!こいつが浮気してる最低な妻だ!!」

「おや、でも不思議ですねぇ。彼女も当店のお客様なのですが……、配偶者はいない。と申しておりました」


 態とらしく笑う成瀬。男は訳が分からないとでも言うように、譫言を繰り返している。


「貴方、彼女の夫ではないでしょう。でなければ、彼女から依頼が来るはずありませんからね」

「デタラメだ!!妻は嘘をついている!!俺と彼女は歴とした夫婦だ!!」

「そんな事、とっくに調べているに決まってるでしょう。白峰、見せてやれ」


 広げられた資料のうち一枚を、男の目の前に突きつける。その資料で、彼女に婚姻歴が一つもない事が分かる。


「彼女の戸籍を確認しましたが、結婚したという記録はありませんでした。なぜでしょうか?」

「ち、違う!!何かの間違いだ!!俺は彼女の夫だ!!」

「彼女からの依頼は単純明快。 ある迷惑な人物の殺害です」

「ストーカー?違う!!俺はあいつを守ってたんだ!!俺はあいつの事なら何でも知ってる!!俺以上にあいつを理解してる人間なんて居ない!!」

「おや、誰も貴方がストーカーだなんて言ってないですよ」

「っ……!!」


 しまったとでも言うように、男の顔が歪んだ。拳を固く握り、必死に何かを考えているようだ。しかし、その思考を邪魔するかのように、成瀬は言葉を続ける。


「お客様。当店の約束事を覚えていらっしゃいますか?」

「は?」

「一つ、結果に文句を言わない。一つ、料金は必ず先払い。一つ、絶対に嘘をつかない。お客様は、嘘をついていましたね」


 にこりと成瀬が笑う。不気味な笑顔だ。それとは対照的に、白峰は全く表情を変えない。


「ストーカーの癖に妻だと嘘をつき、挙句の果てに殺そうとする……。実に面白い。……白峰」


 成瀬が呼べば、後ろに控えていた白峰は、一歩前へ出ると銃口を男に向ける。 


「貴方が嘘をつかずに依頼すれば、貴方の欲求も飲んだかもしれないのに……」

「ま、待て!!金なら払っただろう!?頼む!殺さないでくれ!!」

「ご安心ください。貴方を殺す契約は、既に成立しています。楽に殺して差し上げますよ」


 白峰の冷たく鋭い視線が男を射抜く。恐怖で動けない男性は、涙を流しながら懇願する。


「た、頼む!殺さないでくれ!!彼女にはもう会わない!付きまといもやめる!だから!」


 惨めな姿で頼み込む男に、成瀬は思わず笑みが零れる。そして、扉の向こうの気配に気がつくと、ニコリと笑って男に言葉を放った。


「落ち着いてください。外の空気でも吸ってはどうです?」


 成瀬がそう言うや否や、男は扉に向かって走り出す。恐らく逃げるつもりだろう。しかし、成瀬も白峰も、焦る様子は微塵も見せない。扉の向こうに居る仲間に気付いているからだ。

 男がドアを開けた瞬間、扉の向こうから銃声が響いた。その鉛玉は、男の眉間を貫通した。


「タイミング完璧だな。黒原」

「どーもー。白峰もよく撃たなかったな」

「指示がなかったので」


 血を流している男の遺体の前で、平然の会話をする3人。傍から見れば異常だ。でも、この3人にとっては珍しい事ではない。


「掃除をしますので、お二人は自室へお戻りください」

「おー、いつもありがとうな」


 応接間を出た成瀬は、黒原と共に生活スペースへ足を向ける。その途中、黒原は持っていた資料に目を通しながら笑いを零した。


「にしてもこの客の標的が、客として来るとは……世間は狭いっすね」

「とんでもない勘違い野郎だって言ってたし、最初に話してた時から何となく予想はしてたけどな」

「にしてもヤバ過ぎっすよ。ストーカーしてる相手を妻だと思い込んで、その挙句には浮気だーって騒いで殺しを依頼するとか……」


 怖い怖い、と態とらしく震えてみせる黒原。そんな様子を、成瀬は楽しそうに見ている。


「あの人、かなり参ってましたよね。結構な額積んでましたし」

「そんだけヤバいやつだったんだろ」


 黒原は酷くやつれた様子の女性客を思い出す。ストーカーはもう居ない訳だし、少しでも安心出来ればと思う。


「でもまあ、よかったんじゃねぇの?」

「え?なんでっすか?」

「だって、想い人に殺されたようなもんじゃん?あいつにとっちゃ、願ったり叶ったりだろ」

「………」


 マジかこいつ……と言いたげな顔をする黒原。それとは対照的に、成瀬はニヤニヤと笑っている。

 この組織は、何でも屋として名が通っている。文字通り、依頼料さえ払って貰えればなんだってやる。

 表向きの仕事は雑用がメインの何でも屋。しかし、たまにこの様な殺しの依頼も舞い込んでくる。


「じゃ、俺は客に依頼完了の連絡してくるから、お前は溜め込んでる書類でも整理してろ」

「う゛っ……なんで溜め込んでんのバレてんすか……」

「俺だからな」

「答えになってねぇっすよ」


 去っていく成瀬の背中を見送る黒原。ここで働くようになって数年が経つが、成瀬の事についてはよく知らない。ずっとそばに居る白峰でさえ、そこまで詳しくは知らないと言っていた事を思い出す。


「っと……、そんな事より書類やっとかねぇと……。白峰にまた絞られちまう」


 以前のことを思い出したのか、身震いしてしまう黒原。そそくさと部屋へ向かい書類に取り掛かる事を決めた。


 

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