第三十話 ――街の不穏――
数日後。
リンクとローランドは、いつものようにギルドへ向かっていた。
朝の空気は少し冷たくて、
街のざわめきはいつも通りのはずなのに、
どこか落ち着かない気配が混じっていた。
扉をくぐった瞬間、室内の空気がわずかに沈んでいるのに気づいた。
人は多いのに、いつもより活気がない。
素材を抱えて笑っている者の姿もあれば、
受付で声を弾ませる者もいる。
ただ、その中に──
仲間同士で早口に言い合う者や、
テーブルで眉をひそめている者が混じっていた。
「……なんか、前と雰囲気ちがうよな」
リンクは、自然と声が小さくなった。
隣のローランドも、周囲の様子を探るように目を細める。
「21階層のせいってわけじゃなさそうだな」
受付近くで、
職員と冒険者がひそひそと話している声が耳に入る。
「また子供が……」
「今週に入って、もう何人目だ?」
「親御さんからはまだ依頼が出てなくて……」
子供。
失踪。
その言葉に、リンクの胸がきゅっと縮んだ。
──村が襲われた時も、
子供が狙われた。
あの時とは違うはずなのに、
その一点だけが、胸の奥で、そっと重なった。
嫌な記憶が、
じわりと意識の底から浮かび上がる。
リンクは小さく息を吐いた。
その横で、ローランドが近くの冒険者の会話を拾って口にした。
「街が浮かれてるからだみたいだぜ。
21階層がどうとか、新素材がどうとかでよ。
親も気が緩んでんだと」
「……そう、かな」
リンクは曖昧に返した。
確かに、
街はここ最近ずっとお祭り騒ぎだ。
露店も増え、夜遅くまで人が歩いている。
けれど、それだけで子供が次々と消えるだろうか。
胸の奥に、
まだ何かが残っていた。
掲示板を見ても、
“子供の捜索”はどこにも出ていない。
「正式な依頼もねぇし、
俺たちが首突っ込む話じゃねぇな」
ローランドはそう言って肩をすくめると、
掲示板の別の欄を指さした。
「とりあえず今日は、また4階層で鉱石だな。
リンの稼ぎどころだろ?」
「……うん」
リンクは頷いたが、
胸の奥は静まらなかった。
ギルドを出て、
二人は街の大通りを並んで歩いていた。
午前の通りは人が多く、
子供たちのはしゃぐ声だけが、
どこか浮いて聞こえた。
「ガキくらい目の届くところに置いとけってんだよ。
まったく、親は何してんだか」
ローランドがぼやきながら、
手を頭の後ろで組む。
リンクは小さく頷いたが、
表情にはまだ迷いが残っていた。
──あの時も、子供たちは狙われた。
走り回る声が耳に触れて、
胸の奥がきゅっと痛んだ。
その時だった。
「また会ったわね、坊や。
ローランドの知り合いだったのね」
ふいに、前方から声が落ちてきた。
赤い服。
深く被ったフード。
ダンジョンで見た、あの女。
リンクの足が止まる。
ローランドも気づき、「あっ」と短く声を漏らした。
女はフードを少し上げ、
ローランドを見つめる。
ローランドの肩が、わずかに跳ねた。
とっさにリンクの方へ向き直る。
「お、おいおいおいおい……!
こいつは昔馴染みなだけだって!」
慌てて両手を振るローランド。
その必死さが、逆に怪しく見える。
キャロルは、ふたたびリンクに視線を向けた。
頭のてっぺんから足先まで、
舐めるように、ゆっくりと。
その視線は冷たく、
どこか値踏みするようだった。
そして、
鼻で笑うように小さく息を漏らした。
「……ふぅん」
その小さな息には、
薄い嘲りが混じっていた。
リンクの胸に、
ちくりと小さな痛みが走る。
「……行く」
短く言い捨てて、
リンクは足を速めた。
「お、おいリン! 待てって!」
ローランドが慌てて追いかける。
「キャロル、悪い! またあとでな!」
振り返りざまに叫び、
リンクの後を追った。
キャロルはその背中を見送りながら、
薄く笑った。
その笑みは、どこか作り物めいていて──
まるで、二人の距離なんて
指先ひとつで崩れるとでも言いたげだった。




