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ハニーオレンジとアメジスト ――運命が動き出す街で  作者: じゅんき


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第二十九話 ――忘れたはずの……――

その夜。


ローランドはベッドに横になっていたが、

どうにも眠れなかった。


昼間に聞いた声が、頭の奥で何度も反響する。


──025。


忘れたはずの番号。

捨てたはずの呼び名。


「……なんで、今さら」


ぽつりと呟く。


キャロル。

いや、582。


仲間だった。

同じ“番号”で呼ばれていた頃の。


ローランドは寝返りを打ち、

天井を見つめた。


胸の奥がざらついている。

懐かしさじゃない。

嫌悪でもない。


もっと、深いところに沈んでいる感覚。


「……思い出したくねぇのに」


目を閉じる。


暗闇の向こうから、

湿った空気の匂いが蘇る。


じめじめした、薄暗い洞窟。

無機質な部屋。


気がつけば、俺はそこにいた──

それ以前の記憶なんて、俺には無い。


身体のあちこちに違和感があった。

痛みとも痒みともつかない、嫌な感覚。


臭い飯を食って、

同じような奴らと殴り合って、

ただ生き残るだけの毎日。


見込みがないと判断されたやつは、生きたまま廃棄された。


そしてまた、どこからか新しい仲間が補充される。


生き残れば、ご褒美として

“マザー”に何かを施される。


何をされたのかはわからない。

鏡が無いから、目で見える範囲しかわからない。


気がつけば、“それ”は体にすっと馴染んでいる。


羽を生やして喜ぶやつもいた。

鱗が増えたと誇るやつもいた。


いつからか、マザーは“美しさ”に取り憑かれたようになった。


美しい髪。

白い肌。

そして、美しい瞳。


お気に入りが生き残るたび、

着せ替えをするように“美しいもの”を与えた。


また、生き残ってしまった俺は、

いつものように施しを受けた。


冷たいベッドに横たわる。


いつもなら、気づけば寝床に放り投げられている。

けれど、その日は違った。


冷たいベッドから起き上がると、

隣に誰かが横たわっていた。


琥珀色の髪で、女だとわかる。


顔立ちはどこかマザーに似ていた。

けれど、耳は尖っていない。


……同じ種族なのか、違うのか。

俺にはわからなかった。


息も絶え絶えに、何かを呟いていた。


「リ……ン……」


何を言っているのかはわからない。


新しい仲間かと思い、顔を覗き込んだ。


右目が、無かった。

他にもひどい怪我を負っている。


しばらく眺めていると、

そのまま息を引き取った。


俺はその部屋で、初めて鏡を見た。


右目のあたりが血で汚れている。


咄嗟に悟った。


──これは、コイツの目だ。


薄い紫色の目。


思わず吐き気がした。


施しの正体は、生きている誰かからの“移植”だった。


今までどれだけのモノが犠牲になってきたのか。

考えた瞬間、自分が醜悪なものに思えた。


本当の自分はどこにある?

どこまでが俺で、

どこからが“誰か”なんだ?


このまま、自分という存在が崩れていく前に──


「……マザーを殺るしかねぇ」


立ち上がったのは、ほんのわずかだった。

従うやつもいたし、

マザーを信じてるやつすらいた。


ガキだった俺たちは、ただ待つしかなかった。

機会が来るのを。

その間にも、忌まわしいものは増えていく。


生き残らなければ、解放される。

負けて廃棄されれば、それで終わりだった。


なのに──

それは違う、とどこかでわかっていた。


十分すぎる力が揃った時、

ようやく動けた。


生き残るために。

自分を失わないために。


結果として──

マザーは死んだ。


死体は、あの半透明のぬるぬるした箱に突っ込んだ。

あとは鍵をかけて放っておいた。


新しい服に着替え、

金目のものと武器を手に、出口を探す。


そこにあった装置を起動させた。


もう入ることはできない。

どうやって開くのかもわからない。


ならば──誰もここに近づかないよう、見張っておこう。


俺がここに残ることにした。


他の仲間は去っていった。


時々、そのうちの一人が見に来てくれた。

外の世界のことを教えてくれる。


冒険者というものが動きやすいらしい。


だったら──


……胸の奥がざらついている。


気づけば、息が荒くなっていた。

シーツが汗で少し湿っている。


「あそこを見回るために、冒険者になったんだったな」


そのおかげで、リンと出会えた。


「……悪くねぇ」


窓から差し込む月明かりが、

どこか優しく見えた。


胸の奥のざらつきが、

ゆっくりと遠のいていく気がした。



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