第一話 ――奪われた瞳――
リンクがその村になじんだのは、
珍しく何か月も同じ場所にいたからだった。
行商を営む両親に連れられ、季節ごとに土地を巡る生活。
6歳の彼にとって、同じ場所に長く留まることはほとんどなかった。
だからこそ、その村で過ごした日々は特別だった。
父と母は隣町へ素材の買い付けに出かけることが多く、
リンクは村長の家に預けられる時間が増えた。
その家は広くて、木の香りが落ち着く場所だった。
そして──
そこには、村長の娘・アイラがいた。
夕食を終えたあと、
“今日は寝るまで一緒にいてあげる”と笑ってくれた。
彼女は冒険者で、Dランクとはいえ
村では頼りにされている存在だ。
右目だけ、美しいアメジストだった。
琥珀色の巻き毛が揺れるたび、
ランプの光を受けてきらきらと輝く。
「リンク、眠れそう?」
「うん……でも、
お父さんとお母さん、まだ帰ってこないの?」
「心配しないの。いつものことでしょ?
明日の朝には会えるわよ」
リンクはその言葉に安心して、布団に潜り込んだ。
──その夜半までは。
けたたましい鐘の音が、静かな夜を引き裂いた。
「……なに、これ……?」
眠い目をこすりながら窓の外を見ると、
炎が夜空を赤く染めていた。
家々が燃え、逃げ惑う人々の影が揺れる。
胸がぎゅっと縮む。
こわい。
こわい。
こわい。
そのとき、勢いよく扉が開いた。
「リンク! 起きて!」
アイラだった。
いつもの柔らかい笑顔は消え、
真剣な表情でリンクの腕を掴む。
「いい? 今すぐ逃げるわよ。絶対に私のそばを離れないで」
ふるえるリンクの手を握りしめ、
部屋の外へ向かおうとした──その瞬間。
「やめろォォォッ!!」
階下から、村長の叫び声が響いた。
リンクの身体がびくりとふるえる。
アイラの顔が苦しげに歪んだ。
「……っ、時間がない」
彼女はリンクを抱き上げ、ベッドの下へ押し込んだ。
「かくれんぼよ。絶対に見つかっちゃダメ。
何があっても、声を出しちゃダメだからね」
「アイラ……?」
「大丈夫。私が守るから」
そう言って、アイラは剣を抜き、扉の前に立った。
リンクは息を殺し、
ベッドの下から彼女の足元を見つめる。
心臓が痛いほど脈打っている。
──ドンッ!!
扉が破られた。
黒い影が飛び込んでくる。
獣のような低い唸り声。
床板を焦がすような熱気。
ヘルハウンドだ。
「来なさい……!」
アイラが剣を振るう。
鋭くぶつかる音、火花。
しかし、相手は強い。
アイラの呼吸が荒くなる。
リンクはふるえながら見ていた。
こわい。
でも目を離すことができない。
次の瞬間──
湿った、嫌な音がした。
アイラの身体が大きく揺れ、床に崩れ落ちる。
赤いものが飛び散り、床板に染みを作った。
「……っ……あ……」
アイラの苦しげな声が、部屋に響く。
リンクの喉がひゅっと鳴った。
叫びたい。
でも、叫べない。
アイラが言ったから。
声を出しちゃダメだって。
涙が勝手にあふれ、視界がにじむ。
まぶたを閉じたいのに、アイラから目が離せない。
ヘルハウンドがゆっくりと近づく。
止めを刺そうとしている。
まさにその時──
「こら、遊んでんじゃないわよ」
部屋に、妙に甲高い声が響いた。
リンクの視界に映ったのは、鶏のような足。
人のものではない。
細く、節くれだった足が床をコツコツと叩く。
「良さそうな素材を見つけろって言ったのに……
まったく、手間をかけさせる子ねぇ」
女性的な口調のその人物は、
ヘルハウンドを叱りつけるように言った。
「……あら?」
アイラの顔を覗き込む気配。
「珍しい瞳じゃない。ちょっと薹が立ってるけど、
使えなくはないわね。運びなさい」
ヘルハウンドがアイラの身体をくわえ上げる。
アイラの腕がだらりと垂れ、
指先が床を引っかいた。
その一瞬──
アイラの瞳が、ベッドの下のリンクを見た。
痛みと恐怖に濁りながらも、
その奥にあるのは──
“声を出しちゃダメ”という、優しい願い。
リンクの喉がふるえる。
声が漏れそうになる。
でも、必死に噛みしめて耐えた。
涙で視界が真っ白になる。
「さ、帰るわよ。マキマキシに。あの子たちが待ってるもの」
その細い足がくるりと向きを変えた。
そのときだった。
リンクの視界に、突然“文字”が浮かび上がった。
──種族:魔人族
──名前:トリグレア
──職能:キメラ造形師
──スキル:融合
(……え……?)
ふるえる視界に、淡い光の文字が揺れる。
涙でにじんでいるのに、なぜか読める。
理解できない。
でも、わかる。
こいつが──アイラを奪った。
胸の奥が熱くなる。
恐怖とは違う、もっと鋭い感情。
リンクは小さな拳を握りしめた。
(絶対に……絶対に、見つけてやる……!)
その誓いは、幼い心に深く刻まれた。
燃える村の中で、
ベッドの下でふるえる小さな少年が、
初めて“復讐”という言葉を胸に抱いた夜だった。
✦ 作者より
本作では、雰囲気や感情の揺れを大切にするため、
一部の漢字をあえてひらがな表記にしています。
誤字ではありませんので、そっと受け取っていただけると嬉しいです。
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