檻の中の王女様
その日は、朝から冷たい雪がしんしんと降り続けており、春希がアルバイトを終えた頃には数センチメートルの積雪となっていた。正月の三が日も終わり、社会人は再びいつも通りの日常が始まっている。春希たち高校生も、残り僅かな冬休みを残すばかりとなっていた。
時刻は夜の7時を過ぎ、春希は真冬が待っているマンションへと足早に帰っていた。だがしかし、エレベーターで自分の部屋があるフロアへと降りたとき、真冬の部屋の玄関の扉が開いていることに気付く。そして、その扉の前に誰かが立っているのか、何やら話し声が聞こえていた。
「そう……では貴女は、父さんと母さんたちと一緒に住むつもりは無いということね?」
「私の気持ちは変わりません……姉さんが父や母に何と言っているかは分かりませんが、卒業後にアメリカに行くつもりはありません」
「貴女がそう言うのは自由だけれど、父さんや母さんたちは私のように甘くはないわよ? せっかく私が最後のチャンスを与えてあげているのだから、素直に従っておけば良いのに。これ以上、宮城の家系に泥を塗るのはやめてもらえるかしら?」
「……ならば、私に構わなければ良いでしょう。私という邪魔者が高校に進学するのを待ってから、貴女たちはアメリカへと飛び立った。両親の愛情を受けて育った姉さんには、私の気持ちは分からないでしょう」
「ええ、分からないわ。というか、分かりたくもないわね。努力を怠り、自分に負けて逃げ出した貴女の気持ちなんて、私に分かるはずもないわ」
「……話はそれだけですか。ならばもう帰ってください」
玄関のドアがちょうど春希の姿を隠していたため、春希が会話を聞いていることを、2人は気が付いていなかった。その会話を耳にしてしまった春希は、エレベーターを降りた場所から動くことが出来なかった。
「ええ、帰るとするわ。これ以上、出来損ないの妹の顔を見ていても、良い気分にならないもの。ああ、これは父さんたちからのお土産よ。貴女に渡すようにと言われて持って来てあげたわ」
「……何ですかこれは」
真冬は姉から立派なアルバムのような物を受けると、その中をぱらぱらと巡っていく。途端に真冬の表情が厳しくなり、目の前にいる姉を鋭い視線で睨み付けた。
春希はその場の雰囲気を感じ取り、両手を固く握りしめる。以前に真冬から聞いていた話ではあったが、春希の想像していた以上に、真冬と家族との確執は深いものがあった。今すぐに飛び出して真冬を守りたい気持ちがあったが、他人の家の問題に自分が首を突っ込む筋合いは無いと考え、春希は寸前のところで足を止める。しかし、気持ちは真冬を姉から守りたいという気持ちで一杯だった。
「文句があるなら父さんたちに言いなさい? そもそも、貴女のために時間を割いてピックアップしたのだから、むしろ感謝して欲しいくらいだわ。どうして私たちが、貴女のためにここまでしないといけないのかしら。私がせっかく父さんたちに取り合ってあげたのだから、私の努力を無駄にしないでくれる?」
「私はっ……! 貴女たちが選んだ人とは結婚なんかしません。私は、私自身が選んだ人と結婚します」
「へえ? 貴女を好きになって結婚してくれる人なんて、本当にいるのかしら?」
「いますよ。私がお付き合いしている方は、貴女方が持って来たこの人たちより、ずっと立派な人です。私は、その人との結婚を真剣に考えています」
「……! ふふ、親元を離れて生活しているからどんな生活をしていると思ったけど、意外とやることはやってるのね、貴女? 誰も見ていないからって、男を部屋に連れ込んでヤってるなんて、不埒だと思わない?」
「春希くんはそのような人ではありません! 憶測でそのようなことを言うのはやめてくださいっ!」
真冬の怒号が冬の空気を切り裂く。それは、春希が今まで耳にしたことがないくらいの、真冬の心痛であった。
「貴女たちは昔からそうだった! お金や名誉があれば、他のことは何でも良いと思っている! 人の心が無い貴女たちの思い通りに、私は動いたりはしません!」
「ふふ、生意気な口を利くようになったわね。それがどうかしたのかしら? お金も名誉も、この世で1番大切な物でしょう? 逆にそれ以外の物なんて、どれも人生において価値のない産物に過ぎないわ。貴女と宮城の家系に生まれた者なら、その意味が分かるでしょう?」
「っ……真冬っ!」
それまで黙って見守っていた春希であったが、ついに我慢の限界に達してしまった。
真冬の玄関のドアを掴み、真冬とその姉の間に割り込む形で姉に対峙する。それが、春希と真冬の姉の初対面であった。
「は、春希くんっ……!?」
「……へぇ。貴方が噂の春希くん?」
「福島春希と言います。真冬さんとは、去年のクリスマスからお付き合いをさせてもらっています」
「クリスマスから? まだほんの僅かしか経っていないじゃない。それで結婚だなんて、冗談にも程があるわね。今日はたまたま遊びに来たのかしら? それとも、お盛んな時期なのかしら?」
自己紹介をすることもなく、真冬の姉は冷淡な笑みを浮かべている。ヒールを履いている影響で、身長は春希と同じくらいの真冬の姉は、スーツを纏ったキャリアウーマンのような雰囲気を出していた。
突然の春希の乱入に驚いていた真冬であったが、すぐに春希の背中にすがるように袖を掴む。その様子から、春希は真冬が恐怖で震えているのがすぐに分かった。
「オレの家は、真冬さんの部屋の隣ですから。自分の家に帰って来るのに、理由は無いと思います」
「隣の部屋? あはははっ! 貴方たち、高校生なのにヤルことはしっかりやっているのね? びっくりしちゃったわ」
「姉さん……もう帰ってください。これ以上、貴女と話すことは何もありません」
「ええ、帰るとするわ。哀れな妹の彼氏の顔も見れたことだし、満足したわ。じゃあね」
満足そうに不敵な笑みを浮かべて、真冬の姉は踵を返して立ち去っていく。ヒールが地面を踏む音がフロアに響くと、やがてエレベーターの扉が開く音がする。その音が消えるまで、春希は厳しい表情を崩さなかった。
そして、春希がゆっくりと真冬の方へと振り返ると、真冬は今にも泣き出しそうな悲痛な表情を浮かべている。春希は真冬に何も言うことはなく、優しく真冬を抱きしめた。
「ごめんなさい、春希くん……変なところ、見せてしまいましたね……」
「真冬……」
「ごめんなさい……少しだけ、泣いても良いですか……?」
「……ああ」
春希が玄関の扉を閉めると、真冬の嗚咽が玄関に響いていく。春希は泣き崩れる真冬を見て、真冬が置かれている環境の過酷さを身を以て知ることになった。
真冬は春希の背中に手を回し、強く春希のことを抱きしめる。その姿は、周囲から王女様と呼ばれている姿とはあまりにもかけ離れた姿であった。




