第九話 『ちびっこ誘拐犯』
気まずい。
気まずすぎる。
俺ら二人は静かすぎる。
俺たちは、この集団の中にいながら、集団から外されている。
実際にのけ者にされているわけではない。
しかし、そういう感じだ。
部分集合ってやつだな。
この気まずさから脱するため、必死で会話を探す。
いや、会話の内容自体は見つかっている。
だが、話を始めることができない。
くだらなく、なんともない話ができない。
話を邪魔しているのは俺だ。
俺が俺の話を邪魔している。
なぜなら、遠坂が知り合ってすぐの他人だからだ。
俺はこいつのことを何も知らない。
知ってると言っても、年齢と名前くらいだ。
知らないということは、怖い。
知らないということは、いざというとき対処する選択肢が狭いということ。
もしかすると、なんの前触れもなく振り返って本気で殴りかかってくるかもしれない。
まぁ、可能性としては低いだろうし、そうなったとしても対処はできるだろう。
だが、他人というのは何をしだすかわからないのだ。
そいつが起こす行動は、たとえ悪気がないとしても俺に危害を与えてくることもある。
といった感じで俺が話せない言い訳を述べてはいるが、
言ってしまえば人見知りだ。
俺って人見知りなんだなぁ
初めて知った。俺が人見知りだなんて。
でも今は、少し頑張ってみよう。
気まずいことの方がつらい。
「俺、どこに連れて行かれてるの?」
そう、俺は今、どこに向かっているのか知らない。
そのため、目的地を彼女に聞いてみた。
俺は沈黙を破ったのだ。
頑張ったよ。
すると彼女はよく聞いてくれたと言わんばかりにぴょんと跳ねながら、くるりと振り返った。
今までで一番軽やかな振り返り方だ。
顔も笑顔である。
彼女の行動はかわいいものだ。
行動だけは......
「ないしょ」
遠坂は、ハートマークの付きそうな声色でそう言う。
女の子の「ないしょ♡」は、もう少しズキュン!ってくるものだと思っていた。
だがこの状況で言われても、その感覚はない。
今はただただ怖い。
恐怖である。
ズギュンと来た。
なぜ、行き場所を教えてくれないのだろうか。
もしかすると、怪しい研究所とかに連れて行かれちゃうのだろうか。
俺、研究されちゃう?
逃げた方がいいんだろうか。
「逃げないでついてきてよ」
こいつ、心でも読めるんじゃないか?
もともと、俺に逃げる気はない。
遠坂は、俺を助けてくれた人。
信用してなくもない。
けど、あんな返答じゃ逃げたくもなりますよ。
そう、心の中でボヤいていると、遠坂は再度口を開いた。
「さっきからずっと会話がなくて、居心地が悪いわね
あなた新人って言ってたわよね?
なんでも質問して来なさい。例えばこの世界についてとか
私が答えられることならなんでも答えるわ」
それはありがたい。
神の一声だ。
この世界について、知っていて損はないからな。
むしろ得でしかない。
俺も初めからこの世界について聞こうと思っていた。
ならばなぜ聞かなかったのか。
人見知りという強敵のせいである。
出たな!人見知りマン!
今度こそ俺がお前を倒す。
かかってこい。
結果、俺の大敗北だ。
俺は以前と何も変わらず、人見知りのままとなった。
だからだろう。
こうして話すことを強制するような雰囲気を作ってくれるのは、迷惑だがありがたい。
これを「神の一声」と言わずして何と言う。
遠坂に、ずっと話させるのも申し訳ないからな。
俺は人見知りだが、話せと言われれば話すことができる。
やる時はやる男なのだ。
こうして俺達の気まずい時間は終わり、遠坂からこの世界について聞きながら歩くことになる。
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遠坂の説明は、さながら授業のようだった。
授業を受けるのは何年ぶりだろう。
いやまぁ、授業のようなだけで授業ではないのだが。
それはさておき、俺は知らない場所に連れられながら話を聞いていたのだ。
親切なちびっこ誘拐犯に。
遠坂に、睨まれた。
なぜ彼女は俺がちびっこだと考えただけで睨んでくるのだろう。
こいつ、やっぱり心読めるのか......
「お前、心でも読めるのか?」
「いや、読めない
でも、なんとなく雰囲気が伝わってくるのよ
こうしてそんなことを聞いてくるってことは、やっぱり......
私のこと小さいって思っていたのね......
殺すわよ」
やばい。
殺される。
何とかしなければ。
「思ってないです。思ってないです」
「私、嘘は嫌い」
そう言って、遠坂は俺に向けてさらに鋭い目線を向けてくる。
「すいません。思ってました」
「殺す」
やばい。
鋭い視線が、殺気に変わった。
遠坂は握った拳を、本気で振りかぶってくる。
言葉での逃げ道がないじゃないか。
なんてこった。
まぁいいか。
殴りかかってくるのなら、受け止めてやればいいんだ。
俺は多くを受け止められる男になるのだ。
例えそれが拳であっても、優しく受け止めてやろうじゃないか。
俺は飛んでくる小さなこぶしを片手で受け止める。
女の子の手って、柔らかいなぁ
比較的片目の部位である『手』ですらもこんなに柔らかい。
なぜこんなに小さくて柔らかい手から、これだけの力が出るのだろう。
恐ろしい。
何より、鬼のような表情が恐ろしい。
俺はこうして彼女の拳を止めてはいるが、かなりの衝撃だった。
遠坂は舌打ちした後、不機嫌そうな顔のまま前を向きなおし歩き出す。
こいつ今、本気で殺す気だったよね。
本気で殴り殺す勢いだったよね。
彼女の前では、ロリ関連のことを考えないようにしよう。
もしくは、俺から出る雰囲気を殺そう。
俺的には、後者の方が楽かもしれない。
俺は、頭の中うるさいマンだ。
ロリ関連のことを考えないようにするなんて、不可能な気がする。
出来たとしても精神が擦り切れそうだ。
それに雰囲気を消すのは、殺気を消すのに似ている気がする。
雰囲気は消したことないが、きっとそうだろう。
こういうのは、やってみるのが一番だ。
実戦あるのみ。
遠坂には悪いが、実験台になってもらおう。
俺は、殺気を殺す要領で雰囲気を殺す。
(おい、ちびっこ誘拐犯
俺をどこに連れていく気だぁ
えぇ?)
無論、口に出して言った訳では無い。
心の中で叫んだだけだ。
彼女を見る。
彼女は、特に反応を示さない。
成功か?
なんだろう。
「成功か?」には、「やったか?」と似たようなフラグ感を感じる。
どうかフラグじゃありませんように。
遠坂が振り返る。
その行動が、スロー再生に見えているのは俺だけだろうか。
あぁ、俺は死ぬかもしれない。
彼女に殺されるかもしれない。
お母様、先立つ不幸をお許しください。
そう言えば俺はもう死んでいるんだった。
それに、俺は先立っていない。
おや?
振り返った遠坂は、怒ったような顔はしていない。
不快そうな顔はしていたがね。
怒っていないところを見ると、これはバレていないのでは?
雰囲気を消すことに成功したのでは?
まぁ、不快そうな顔をされているから、確定ではないが。
「さっきから何?
その目線気持ち悪いんだけど」
バレていないらしい。
成功だ。
俺はこれから、この感覚を意識していこう。
遠坂とはこれっきりかもしれないが、他にも彼女と同じように、過敏に雰囲気を感じ取れる人がいるかもしれない。
異世界だしな。
気を引き締めて行こう。
まぁ、はじめの方はしんどいだろうが、慣れてくれば簡単だろう。
殺気と同じだ。
でもなんでだろう。
素直に成功を喜べない。
おそらく、「気持ち悪いんだけど」が原因だろう。
俺は妹に「キモイ」と言われたことは何度もある。
同じ意味でも、妹のキモイと初対面の気持ち悪いとでは、ダメージが違う。
後者の方が、俺にとってはクリティカルヒットだ。
効果は抜群だ。
HPがごっそり削れた気がした。
俺、もう歩けなくなっちゃいそうだよ。
それでも俺は歩かされるのだ。
強制歩け歩け大会。