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転生したら普通に生きたい  作者: 猫又犬太郎
第八章 『夏休み』
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第八十六話 『宿題』

 諸君らは、『夏休み』というものをご存知だろうか。

 こんなに恐ろしいものは他に無い。


 夏休みは楽しむもの。

 夏休みは極楽そのもの。

 そんなのは幻想だ。

 ああ、過去の俺はなんてバカだったんだろう。


 夏休みには、ヤツが出るのだ。

 宿題が出るのだ。


 夏の休みなんて言いながら、ちゃっかり宿題を出してくる。

 しかも大量の。

 先生共は、「今日から休みですよー」「ちゃんと休んでくださいねー」とか言いながら平気で宿題を押し付けてくる。

 休ませる気なんてはなから無いのだ。

 こんなの、詐欺もいいところだ。

 ふざけている。


 要は、夏休みってのは地獄なのだ。


 そんな夏休みが、もうすぐ終わる。

 やったね。


 全然「やったね」じゃねぇよ。

 もう少しで終わっちゃうんだぞ。

 俺は何の宿題も終わってないんだぞ。


 軽く絶望だ。

 面倒臭い。

 もういっそのこと、全部適当にやって提出しようか。

 それとも、もう何もせずに登校してやろうか。


「手が止まってるよ

 早くしないと間に合わないんでしょ

 はい、頑張って」

「はい」


 そうやって声をかけてきているのは鷲宮明香ことよんちゃんだ。


 いつだったか、俺はよんちゃんに勉強を教えてもらう約束をしていた。

 それが今日と言う訳だ。

 場所は鷲宮宅。

 俺とよんちゃんの二人っきりだ。

 緊張するね。


 まぁ、一階にはよんちゃんの母親がいるので、一つ屋根の下二人っきりって訳ではないが。

 しかし、そっちの方がいいかもしれない。

 もし本当に二人きりなら、緊張で宿題どころではなくなっていた気がする。


 よんちゃんは宿題を全て終わらせている。

 しかし何もしていない訳じゃない。

 俺の正面で勉強している。

 流石だな。


 ちなみに、本当にちなみにだが、俺たちが勉強している机は丸いガラスの机である。

 床に座るくらいの高さで、それほど大きい訳じゃない。

 この机、二人までなら勉強できるが、三人となると狭いだろう。

 それくらいの大きさだ。

 直径1mくらい。


 要は結構近い。

 お互い身を後出したら頭がぶつかってしまうだろう。

 なんかそういうシチュも憧れなくは無いな。


「ほらほら

 また手が止まってるよ」


 よんちゃんは結構厳しい。

 いや悪い。こうして注意してくれるんだから優しい。

 厳しいのは俺の現状の方だ。

 全く進まない。


 だがしかし、今回手が止まっていたにはぼーっとしていたからではない。


「ちょっと、分からないところがあってな」


 そう、分からないところ。

 そこを考えていたのだ。

 考えていたら、必然的に手は止まるもんだろう。

 だから仕方ない。


 まぁ、分からないところはいくら考えても分からないままなんだろうがな。


「どこどこ!」


 俺に分からないところがあると知った途端、よんちゃんはなぜか嬉しそうに身を乗り出した。

 なんでそんなに嬉しそうなんだよ。

 こちとら全く嬉しくねぇぞ。

 むしろ宿題が終わらなくて困ってるぞ。


「ここなんだが」


 俺は言いずらそうに分からない問題を指でさして示す。

 分からない所を人に聞いた事など1度もない手前、なんかこういうのは恥ずかしい。


 でもしょうがないだろ。

 同学年の知り合いはよんちゃん以外、パッパラパーなんだから。


「どれどれぇー」


 よんちゃんは満面の笑みでこちら側へと寄ってくる。

 近い近い。

 心臓の鼓動が高ぶっちゃうよ。

 てかもう既に高ぶってる。

 あっ、いい匂い。


 一瞬、よんちゃんの匂いが漂ってきた。

 お花みたいな柔らかい匂い。

 女の子はいい匂いってのは本当だったんだな。


 落ち着く匂いにドキドキさせられる。

 なんか変な感覚だ。


 例えるならあれだぞ。

 落ち着くアロマオイルを嗅いでハイになってる感じだぞ。

 これは一種の薬ですな。

 ずっと嗅いでいたくなる。


「あー

 これはねぇ―――」


 そう言って、よんちゃんは説明し始めた。

 一つ一つ丁寧に。

 ちゃんと理解しているか確認しながら教えてくれた。


 それだけ細かく教えてくれているのに、1問1問に時間をかけることのない素早い解説。

 しかしそれでいて内容はスラスラと頭に入ってくる。


 よんちゃんの説明はとても分かりやすいものだった。

 自分の分からないところなので確実ではないが、教えるべき場所は細かく丁寧に、端折っても良い場所は思い切って端折る。

 そんな感じがする。


 よんちゃんに教えてもらった場所は、最初からできる場所よりもできるようになる。

 それだけに、よんちゃんの説明は分かりやすい。

 もういっその事、全部教えてもらおうか。


 こうしてよんちゃんの説明を褒めちぎっているが、一つだけ厄介なことがある。

 厄介なことで欠点ではない。

 むしろ普段なら最高の事だろう。

 だが、勉強の場では少し厄介だ。


 それは、やけに距離が近いということだ。

 よんちゃんの部屋に充満する柔らかい匂いが、すぐそこまで来ている。

 匂いだけではない。

 当然、彼女の豊満な体も目と鼻の先だ。

 ちょっと手を動かせば当たってしまいそうなほど。


 目が、目が!

 どうやら明香は、人の視線を寄せ付ける力があるようだ。

 このくだり、何度目だろうか......


 この体、勉強を教えてもらうには刺激が強すぎる。

 控えめに言って、押し倒したくなる。めちゃくちゃにしたくなる。

 しかし、そんなことをすればその後どうなるかなんて分かりきっていることだ。

 我慢我慢。


 というか、ほとんど集中できていないこの状況にもかかわらず、よんちゃんの言っていることがすんなりと入ってくるってのが不思議だ。

 どういう仕組みなんだ。

 俺はとても、よんちゃんの説明を集中して聞ける状況じゃないってのに。


「分かった?」

「お、おう」


 この返事は適当に言ったものではない。

 今回も例に倣って、なぜか理解できているのだ。


「よんちゃんは、教師になるのか?」


 彼女のあまりの説明力に、俺はそう尋ねてしまった。

 特に他意はない。

 ただ単に、そう思っただけだ。

 教師になりたいと思って身に着けた説明力なのではないかと。


 てか、そっちの方が納得がいく。

 人に教えるために説明力を伸ばしたというのならば。


 そうだとしたのなら、よんちゃんは最高の教師になるだろう。

 俺が今まであった中で最も優秀な、ずば抜けて良い教師になることだろう。


「教師かぁ」


 あっ、この口ぶりは別に教師になりたかった訳ではないやつだ。

 これは本格的に、よんちゃんの素の説明力が並外れているということになる。

 これはすごいな。

 よんちゃんに教えてもらえれば、学力が格段に上昇する。


 もうこれ、学習ってよりチートじゃね?


「教師になるのもいいかもね」


 よんちゃんはそう言って笑った。


 よんちゃんが教師になれば、この世界は大きく変わる気がする。

 まぁ、だからと言って強制はしない。

 よんちゃんの好きなように、好きな仕事に就けばいいさ。


「なぁ、ここも教えてくれよ」


 次の問題も教えてもらおう。

 よんちゃんに教えてもらえば、出来ることは増えるようになるし、なんだか幸せな気持ちになるし。


 しかし、あれだな。

 今日は帰ってから自家発電が必須になるかもしれない。

 あまりにも我慢させられすぎた。

 定期的に、オレが成長してしまっている。


 いやまー、勉強してるんだから成長するのは当たり前だヨナー


「いいよ!」


 俺の申し出に、よんちゃんは元気よく承諾してくれた。

 かなり笑顔だ。

 そしてさらに近づいて来る。


 おいおい、それ以上近づくな。

 我慢できなくなっちゃうだろ。

 俺から言うのも変だが、それ以上近づいたら貞操が危ないぞ。

 俺の息子が火を噴くぞ。

 火と言うよりは液だろうか。


 ああ、そんなに近づいちゃって。

 肩ぶつかってんじゃん。


 これくらいの接触、いつも穂香がしてくるので慣れてきたと思っていたのだが、少し甘かったみたいだ。


 穂香には悪いが、よんちゃんとは色気が違う。

 よんちゃんの方が、攻撃力が高いのだ。

 特に胸部の。


 穂香曰く、穂香は形がいいらしいが、俺としてはよく分からん。

 おっぱいはおっぱいだ。


 俺は大きさにこだわる方ではないのだが、やはり大きい方が凄みがある。


 鉄砲が大きくなり大砲になった方が威力が増すように、胸もまた大きくなるにつれ威力が増すらしい。


 いやいやでもでも、貧乳は貧乳で魅力的だと思います。


 俺、勉強中に何考えてんだろ。

 女の子の隣で何考えてんだろ。



 ---



「おつかれさま!」


 鷲宮宅の前で、よんちゃんはとびきりの笑顔でそう言った。


 あれから数時間。

 俺は激闘の末、何とか宿題を終わらせることに成功した。

 しかもよんちゃんのおかげで、完璧と言っていいほど内容を理解した。

 これで課題テストも安心だね。


 俺が激闘を繰り広げたのは宿題とだけではないが、まぁそれは別の話。


 結局、俺は最後まで理性を保ち続けた。

 よんちゃんが引いていないところを見ると、気持ち悪い顔とか息とかもしていなかったみたいだ。

 本当に良かった。


「よんちゃんこそおつかれ

 今日はありがとう

 助かったよ」


 本当に助かった。

 勉強を教えてもらったのもそうだし、オカズ......エネルギー源もいただけた。

 本当に良い授業でした。


 俺多分、よんちゃんが先生だったら、面倒くさがらず学校に行ける気がする。


「どういたしまして」


 ちなみに現在、俺たちは鷲宮宅の前にいる訳で、俺が帰宅、よんちゃんが見送りのように見える構図である。


 だがしかし、実の所そうでは無い。


 今は2人でバイトへと向かっている。

 これから、いつものようにバイトなのだ。


 俺のシフトはもう少し後からだが、早くから働いたって別に問題はないだろう。

 むしろ、最近の俺のバイトは客足が減りだしてからなので、早く行くことで忙しい時間の人手が増える。

 なので店側からしても助かるはずだ。


 それともやはり、時間は守った方が良いだろうか。

 時間を守ることは大切だって言うしな。

 でもあれって、遅れることに対して言うんだよな。


 まぁいいや。

 わざわざ家に帰ってもう一度出るなんて面倒なことはしたくない。

 何もすることが無いのに外をぶらつくなら、バイトした方がいいってもんだ。


 てなわけで、しばらく雑談を続けているとあっという間についてしまった。

 行きより帰りの方が早く感じるというが、楽しければ行きも帰りも早く感じるもんだ。


「こんにちわー」


 よんちゃんは元気な挨拶を一つ。

 店の裏口から入って行った。

 俺もその後に続く。


「あら、よんちゃん

 それにカケちゃんも

 でも、まだ時間には早いんじゃ......」


 店長はそう言いかけた後、「ふーん」と言って悪戯っぽい笑みを作った。


「2人一緒に来たなんてねぇ

 どういう関係なわけ?

 えぇ?」


 店長は楽しそうにニヤニヤしている。

 ビール片手に肘でツンツンしてくるのが、微妙にウザい。


「さっき、たまたまそこで会ったんですよ」


 このままからかわれるのも面倒なので、適当な嘘をついて誤魔化しておく。

 俺のシフトの時間と違うので、少し無理のある言い訳かもしれないが、この際どうでもいい。

 早く話を終わらせたい。


「そんな嘘、私の『真相』の前では無意味だぞ」


 何『真相』って。能力?

 名前から察するに、本当のことが分かるとかそんなのだろうか。


 なんだよその能力、ズルくない?


「2人で勉強会ねぇ......」


 店長は何か懐かしいものを見るような目をして、静かにそう言った。


 その後、よんちゃんの元へ行って耳元で囁いた。


「カケちゃんに変な事されなかった?

 押し倒されたり襲われたり」


 この店長、なんてこと聞いてるんだ。

 俺がそんな奴に見えるのか。

 見えるんだろううなぁ


「大丈夫ですよ」

「それは良かった」


 ほんと、良かった良かった。

 変な男に襲われでもしていたら大変だからな。

 安心しろよんちゃん。変な男が来ても俺がぶん殴ってやるからな。

 まぁ、この場合の変な男ってのは俺の事を指すんだろうが。


 おっと、店長とよんちゃんの話が終わったようだぞ。

 店長がこっちに来ている。

 あー、何言われるんだろう。


「なんで何もしないんだ」


 店長は俺の耳元でも囁いた。

 とんでもないことを。


「押し倒すくらいしてみせろよ、男だろ」

「勉強会だったので」


 世の中の男が、全員性欲の猛者だと思うなよ。

 そんなすぐに押し倒してんなら、少子化なんて進まねぇんだよ。


 誰だってブレーキくらい持ってるんだ。

 よんちゃんに嫌われたくなんてないだろ。


 てかこの店長、俺とよんちゃんに言ってることが真逆すぎる。

 どっちの味方なんだ。

 謎だな。


「嘘ばっかりだな、君は」


 店長はニヤリと笑い踵を返した。

 そして右手のビールを上に挙げて言った。


「じゃ、接客よろしくね〜」


 お前も接客しろよ。



 ―――鷲宮明香視点―――



「ただいまー」


 私はバイトを終えて、いつも通りかけ君と一緒に帰った。

 そしてちょうどさっき別れて、家に入った。


 私は今からご飯なんだけど、その前に部屋へと戻って荷物を片付ける。

 荷物と言っても、そんなに多い訳ではないんだけどね。

 ハンドバック一つだけだ。


 それを片付けるために二階にある私の部屋に行こうとしたのだが、「明香ぁ」お母さんに呼び止められた。


「お昼に来た男の子、明香の彼氏?」


 お母さんは娘の成長を実感するような顔でそう聞いてきた。

 店長にも同じようなことを聞かれた気がする。


「違うよ」

「じゃぁ好きな子だ」

「......」


 結構正確に図星を突かれ、私は不覚にも黙ってしまった。

 こんな反応、肯定しているようなものじゃん。


「へぇ

 あの子が好きなのかぁ......」


 お母さんは懐かしいものを見るような顔をした。

 何を懐かしがってるのよ。


 お母さんのニヤニヤ顔が絶妙にウザい。


「あの子結構かっこよかったし、他の子に取られないように頑張れよ~」


 お母さんが肘でツンツンしてくる。

 優しくて明るいお母さんなのはいいが、こういうところはなぁ


「ただいま」


 お母さんとそんな話をしていると、お父さんが帰って来た。

 お父さんは普通のサラリーマン。

 会社では部長を任されていて、娘の私が言うのもなんだが、結構かっこいい。


 まぁ、かけ君程じゃないけど。


 えっ、ちょっと待って。

 私、なんてこと考えてんの?

 やだ、恥ずかしい。


「ねぇあなた

 今日、明香が男の子連れてきたの

 それも結構かっこいい子よ」


 帰ってきたお父さんに、お母さんがとんでもなく余計な報告をした。

 それもすごくウキウキな口調で。

 お母さん、かけ君にときめいてるの?

 いや、まさかね。


「明香......」


 お父さんの様子が一転した。

 目元に影が差している。


「その男は、俺よりもかっこいいのか?!」

「うん」


 即答だった。


 かけ君はこんな動揺の仕方はしない。

 こんなみっともなく足掻くような動揺は。


 でも今日のかけ君はちょっと動揺してるみたいで可愛かったな。

 今まで邪魔だとばかり思っていた私の胸も、こういう時にはいい武器になるかもしれない。


 かけ君の周りにいる女の子の中では、私が1番大きいだろうし、これを武器に頑張っていこう。


 ......でも―――


「そっかー......

 昔は「お父さんと結婚する」って言ってくれてたのになぁ」

「昔の話でしょ」


 昔の話を持ち出して、寂しそうな演技をしながらチラチラと見てくるお父さんがなんかウザい。


「うわー

 明香が遠くへ行ってしまうー

 俺は明香と結婚するんだーー!」


 お父さんはそう言いながらお母さんに泣きついている。


 何言ってんだかこの父親は。

 妻子持ちでしょ。


「はいはい」


 お母さんもお母さんだ。

 泣きついてくるお父さんを子供のようにあやしている。

 そういうところが、お父さんをこうしてるんだよ。


「大丈夫

 あの子はきっと、明香を大人にしてくれるわ」


 何言ってるんの、この母親は。


「明香

 あの子との孫を、楽しみにしてるわ」


 お母さんはそう言って『グッ』と立てた親指を見せてくる。


 うちの両親は少し(頭が)おかしいようです。

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