第九十八話 『息抜き』
修学旅行が終わって数日後。
俺は学校の図書館で魔法陣に関係のある本を読み漁っていた。
俺は結構読むのが早い方なのだが、それでもまだ司書さんが探してくれた分を読み切れていない。
いつになったらこれを読み切れるんだろうか。
ここ数日は、1冊だけ本を借りて帰り、それを読み終わったら本を返しに来る。
そのついでに図書館に閉じこもって魔法陣について調べ、また1冊借りて帰る。
そんな生活を繰り返している。
いくら俺が本を読むのが早くても、バイトやらユキちゃんたちとの戦闘訓練などで忙しいため
ここに来れるのは多くて週に2回だ。
それでも本はまだこんなにある。
参ってしまうよ。
しかしこんな風に言っているが、別にこれが苦だと言う訳ではない。
むしろちょっと楽しい。
魔法陣ってのは奥が深く、知れば知るほど楽しくなってくるからな。
結構魔法陣の知識もそろってきたし、そろそろ実際に作ってみてもいいかもしれない。
はやく自分でも魔法陣を作れるようになりたいからな。
無論、魔法陣はすぐに書けるようになるものではないし、一発で書けることなんて絶対と言っていいほどない。
もしそんな奴がいるのなら、天性の才能ってやつなんだろう。
そんな才能が欲しいものだが、そう都合のいい世界ではない。
やはり努力が必要だ。
だが早く書けるようになりたい。
ならどうするか。
練習を早く始めればいいのだ。
知識だけだと、書くぶんにはおそらくもう十分だ。
明日、いや今日からでもやってみよう。
あ、でも道具がないや。
まず道具をそろえなければな。
後でそれを買いに行こう。
「順調ですか?」
俺が今後どうしていくかを考えていると、司書さんが俺の前に紙コップを置いた。
その紙コップには湯気の立つお茶が入っている。
司書さんは自分用のお茶も手に持っているので、俺のために出してくれたものなのだろう。
優しい人だな。
ちょうど喉が渇いていたところなんだ。
俺は貰ったお茶を飲む。
少し暑そうなので少しづつ。
「そうですね
今のところは順調です」
これから実戦に移るということで、今後行き詰ってくる可能性が出てくる。
順調に成長できればいいのだが。
「そうですか
それはよかったです」
司書さんは優しく微笑む。
なんだろう、『ホワァー』というエフェクトが出てきそうな笑顔だ。
柔らかい印象を受ける。
司書さんは、ここ数日の俺を知っている。
当然だろう。彼女はここの管理人みたいなもんなんだし。
そのため前よりも彼女に会うようになり、今ではま名前も覚えている。
『橋川愛美』それが彼女の名前だ。
「でも、少しは休憩した方がいいですよ」
そういえば、今日ここに来てらずっと勉強していた。
ちょっと疲れてきたな。
一休みするか。
「そうですね」
俺が司書さんの意見に同意すると、彼女は俺の隣の席に座った。
その後、何か適当な話でもをするかと思えば、お茶と一緒に持ってきていた本を読み始めた。
この人は、本当に本が好きだな。
てか、ここで読む必要があるのだろうか。
でもまぁいいか。
俺も本を読もう。
久しぶりに魔法陣と関係のない本を。
てなわけで俺は立ち上がる。
司書さんが隣に座ってすぐ立ち上がったため、司書さんから逃げているみたいにならないよう「息抜きになる本、探してきますね」と一言添えて。
それに対し司書さんは、「はい」とまた優しく微笑んだ。
その後すぐに本へと視線を戻す。
俺は文献とかお堅い本のエリアではなく、小説などが軽く読める本が置いてあるエリアへと足を運ぶ。
「どれにしようか......」
俺は並んでいる本の背表紙に指を滑らせ、何かいい本がないかと探す。
傾き始めた日が、窓から差し込み本を照らす。
図書館を漂う小さなホコリによって、チンダル現象が引き起こされる。
言い表しづらい本の香りと、斜めに差し込む日差しが、落ち着ける空間を作り出している。
なぜなのかは分からないが、やたらと落ち着く空間だ。
本を探すために、一列一列行ったり来たり。
ああ、これとかはちょっと面白そうだな。
候補に加えておこう。
しかしいつまでも探し続けたってきりがない。
長いこと息抜きをするわけにはいかないしな。
この列から読みたい本を探そうじゃないか。
なぞる指を反転させると、爪が本の背表紙を『タタタタタ』と走る音が鳴る。
これもまた心地よい音である。
「ん?
なんだこの本......」
俺が見つけたえその本は下から二段目、ちょうど真ん中くらいにあった。
背表紙には何も書かれていない。
手に取って見ても、表紙にすら何も書かれていない。
しかも無字ってだけではなく、ガラもない。
何のガラもない革表紙の本。
なんなんだこれは。
これは少し、中身も気になってくる。
表紙からの情報が全くない分、中身が気になってしまうものだ。
てなわけでその本を開いてみたのだが
「何も、ない......」
何も書かれていなかった。
白紙の本だ。
何も書かれていない本は、前世でもいくつかあったのでそれ自体は不思議ではない。
だがこの本、こんな何もない本は図書館に置くようなものなのだろうか。
図書館に置かれている本は、ちゃんと内容のある物ばかりだと思っていたのだが。
それにこの世界で紙を作るのは簡単なことじゃない。
そんな貴重な紙で作られている本を、こんな作り方にするだろうか。
何かを書かないと紙がもったいないと思えてしまう。
まぁいいや。
興味はあるが、読めないんじゃ息抜きができない。
でも、司書さんにこの本について聞いてみたいので持って行くことにしよう。
「これでいいか」
白紙の本のいくつか隣にあった本。
これ、結構面白そうだ。
これにしよう。
俺は元の席に戻る。
俺が歩いてテーブルに近づくことで、本棚の死角から本を読む司書さんが見えてくる。
きれいな姿勢で、お茶をすすりながら本を読んでいる。
美しいという言葉がピッタリとハマるような姿だ。
「あ、帰って来たのですね
ん?」
彼女は、俺に気づいた後勝て方の手で持っていた白紙の本を見た。
これに目をやるってことは、この本のことを知っているのか。
それともたまたまか?
「この本を見つけたんですが何も書いてないんですよ
何か知りませんか?」
司書さんは多分この本を知っている。
あの時の顔は知っている物を見るものだった。
彼女はこの本について何を知っているのか。
教えてくれないのなら、この本もしくは司書さん自身に何かがあるのだろう。
「あぁ、それですね
私もだいぶ前にその本を見つけて、その本について調べてみたのですが何も分からなかったんです
それ以来図書館のどこかにしまっていたので忘れていました」
「そうなんですか」
司書さんがこの白紙の本を知っていそうだったのはそう言うことだったのか。
まぁそうだよな。
インターネットのないこの世界で、良く分からないものを調べるってことは難しい。
まずどうやって調べ始めたらいいかも分からないからな。
この本について分からないのも納得だ。
まぁ、俺も少し興味があるくらいだし特別知りたいって訳ではない。
分からないならもういいや。
「その本は?」
司書さんは、俺が持っているもう一つの本も気になるようだ。
俺が何を読むのか気になるのだろう。
「これです」
「あー!
それいいですよね!」
俺が本を見せると、司書さんが食い付いてきた。
「いいですよね!」とか言われても、初めて読むから分かんないんだけど。
てか凄い食い付いてきたな。
すっぽんみたい。
それにしても、何の本を持ってきたか聞いて、反応しにくい本とかを持ってきていたらどうするつもりだったんだろうか。
俺が普通の本を持ってきてたから良かったが、もし官能小説とか持ってきてたら彼女はどんな反応をするんだ?
彼女はなんとなく純粋そうだし、恥ずかしがっちゃうんだろうか。
なんかちょっと気になるな。
まぁ、俺は女の子の隣で堂々とそういう本を読めるほど肝は据わっていない。
そもそも、官能小説はあんまり読まない。
そういうジャンルで読むとしたら、俺は漫画だ。
この世界でも、何冊か持ってるし。
いやいや、そんなことはどうでもいいのだ。
今重要なのは、この本について興奮冷めやらぬ様子でしゃべり続ける司書さんの言葉を聞くことだ。
ここがいいここが面白いと、ネタバレを避けて説明してくれている。
もともと面白そうだと思って持ってきた本だが、彼女の説明を聞いているとより面白そうだと思ってきた。
早く読んでみたい。
「番外編もあるので、そちらも読んでみてください
きっと気に入ると思いますよ」
共通の話題ができたことが嬉しいのか、めちゃくちゃ進めてくる。
そうだな。
彼女の説明のおかげで大分興味が出てきたし、これを読み終わったら番外編も探してみよう。
「ありがとうございます」
俺は、そう言って持ってきた本を読み始めた。
その本はフィクション作品で、居住可能地域が完成する前の恋愛物語だった。
主人公は女の子で、救護班に充てられていた。
主人公の思い人は討伐軍の最前線。
いつ死んでしまうのか分からない戦場に毎日のように駆り出され、いつもボロボロで帰ってくる彼を慕っているが告白はできない。
ある日、いつも優しい彼が精神までズタボロにされて帰ってきて突き放されてしまう。
それでも彼のことが大好きで追いかけ続け、何とか彼の正気を取り戻すことができた。
いつもボロボロで帰ってくる彼だが、決して弱い訳ではなかった。
班が壊滅するようだ大惨事の中でも絶対に帰ってくる。
そんな彼の能力は『全能』
何でもできるのだ。
多分、そう呼ばれ始める前の北方紳様をモチーフにしているのだろう。
しかし神様にしては弱い。
そう言う風にしたのか、かつてはそんな感じだったのか。
まぁそこは物語に関係ないので気にしないでおこう。
ラストスパート、そろそろ告白するかという流れの時。
思い人が今までにないようなピンチになる。
班員の彼以外が全滅し、彼も魔物に囲まれて倒れている。
魔物の中には魔人もいた。
彼の班がピンチだと知った主人公は、救護班を飛び出して彼のもとへと急ぐ。
自分へと向かってくる魔物を振り切りながら。何度かダメージも受けながら。
ただ、彼だけを思って走る。
もうすでに死んでいたらどうしよう。彼を救えなかったらどうしよう。
そんな不安も抱きつつ、彼だけを見て走る。
走り続けて数分後、魔物に囲まれて倒れている彼を見つけた。
間に合った。
ギリギリだった。
主人公は彼に纏わりつく魔物を押しのけ、彼に駆け寄る。
動けなくなっている彼の手から剣をとり、使ったこともない剣を振り回してなんとか周りの魔物だけは倒すことができた。
しかし、致命傷レベルの重傷を負ってしまった。
痛い。苦しい。傷口が厚く感じる。
それらを全て我慢して、彼を救うために彼を連れて走った。
救護班のいる場所の近くまで来た。
しかしそこで彼女は走れなくなってしまう。
でも彼を救いたい。
かなり重症である自分を後回しにして、彼を治癒する。
彼女の能力は『治癒』完全ではないし、時間もかかるが治療できる。
なんとか、彼が一命をとりとめるくらいには治療できた。
だが、もう主人公は限界。
まったく動けない。
喋るのがやっとといった状況。
「良かった......」
それでもまだ、彼女は彼を心配する。
「好き、でした」
初めての告白。
不格好に走り、無様に戦い、見ていられないほどボロボロになった姿での告白。
ムードなんてあったもんじゃない。
でも、夕日が彼女らのいる空間を照らしていた。
「俺もお前が好きだ
だから、死なないでくれ!」
彼は彼女の言葉に答えつつ、未だ傷だらけの体で救護班へと向かう。
「......うれしぃ」
「喋るな
まだ何とか......」
「あなたに合えて、よかったわ」
あと少しで救護班の本部に着く。
主人公を助けられる。
「好きになってくれて......ありがとぅ......」
優しい笑顔で、彼女は死んだ。
とても切ないバットエンド。
救われはしたが、誰も幸せにならない終わり方。
本来なら好き嫌いの別れる終わり方なのだが、この本は万人に好かれる名作な気がした。
「どうでした?」
息抜きだということも忘れ、最後まで読んでしまった。
最後のページまで捲り、本を閉じた俺を見て司書さんはそう問いかけてきた。
俺が読み終わるまで、彼女はずっとここに居たのだろうか。
「......感動しました」
いい言葉が出てこない。
なんて言えばいいのだろう。
「ですよね
切ないラストですが、主人公の強い思いが伝わってきてすごく感動できるんですよ」
「......」
俺は無言でうなずく。
「それに言葉選びと言いますか表現と言いますか、そういったものが本の中に読者の意識を吸い込んでくるんですよね」
「そうですね」
本の世界に入り込むとはよく言うが、この本は違う。
司書さんの言う通り、本の方から引きずり込んでくるのだ。
本当に名作だ。
「この本がいつまでたっても有名にならないのが不思議なくらいです」
「この本、有名じゃないんですか?」
それは意外だ。
もうすでに有名作だと思っていた。
「そうなんですよ
もっと有名になってもいいと思うんですけどね......」
司書さんがちょっぴり残念そうになった。
それだけ、彼女がこの本を好きだということだろう。
「番外編、読みますか?
読むのでしたら持ってきますが......」
どうやら司書さんは、番外編に着いても語り合いたいらしい。
「いえ、魔法陣の方に戻ります
番外編はまた次来た時に」
あの本はとても面白いが、さすがに休憩しすぎた。
そろそろ終わらなければいつまでも進まない気がする。
ただでさえ早く魔法陣を書けるようになりたいのに、休憩に時間を使ってはいられない。
「そうですか......」
司書さんはため息をつくようにそう言って、少し残念そうに微笑んだ。
その様子を見ると、断ったのが少し申し訳なくなるな。
「では、本を借りて帰る際は貸し出し手続きをしていってくださいね
私はいつもの場所にいますので」
司書さんは立ち上がり、自分のと俺の空になった紙コップを持って行こうとする。
それに続くように俺も立ち上がった。
「そろそろ6時になるので、俺は帰ります
この本を借りたいので、手続きをお願いします」
俺は1番上に積み上げられた本を取る。
この図書館は6時に閉まる。
あまり人が来ないので早めに閉じてもいいのだろうが、不定期的に俺が来るせいで閉館の時間まで開けておかなければならなくなっている。
俺のせいで、司書さんはこの図書館を閉められないのだ。
いや、違うな。
俺が来はじめる前からこの図書館は6時にしまっていたし、俺はあまり関係ないだろう。
関係ないと思いたい。
「わかりました」
司書さんは俺と自分の紙コップとさっき俺が手渡した本を持って、俺は残りの本を持ってカウンターへと向かう。
この大量の本は、何度も片付けたり取り出したりするのが面倒なのでカウンターで保管してもらっている。
本当に、司書さんは俺を甘やかしてくれる。
「手続き出来ました
それではまた数日後」
「はい、数日後」
そう言って、俺は図書館を後にした。




