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砂の花  作者: 高千穂ゆずる
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落花流水に疾る 第9話

「俺は口を挟まないから、じっくり2人で話しなよ」

 バーテンダーからグラスワインを受け取ったローランは、さっさとテーブルへ戻っていく。残されたルイスとラファエルは気まずそうにビアグラスを手にしてローランの後を追った。

「昼間のことは悪かったな。俺も大人げなかった」

 席に着くと早々にラファエルが謝った。

「俺もつい感情的になってしまったから」

 ルイスも素直に謝った。

「俺な、レナのことが好きなんだよなぁ」

「…………はっ?」

「実を言うと一目惚れしててな。もちろんレナはそんなことは知らない。伝えていないから当たり前だけどな。仕事で行ったカフェでコーヒーを飲んでるレナを見かけて、ぼんやりしてるだけの表情なのに、こう、グサッって心臓を突き破って来たんだよ。そうしたら小さなレナが俺の身体ン中にころころって走り込んできてさ。あたしのこと好きでしょ、ねえ好きでしょ? って大合唱するんだよ。そうしたら俺の心の中にぽぽぽぽーんって情熱の赤いバラが咲いてさ、ああこれは運命だって思ったんだ」

「……」

「……」

 ルイスとローランは訝るような目で花屋を見た。

 ビールはまだ一杯めのはずだが、ラファエルの口の滑りは絶好調だった。

 昼間あれほど険悪な状態だったのに、今はもう十年来の旧友のような馴れ馴れしさでラファエルが語りかけてくる。

 レナへの愛を語る花屋の肩を、今にも噴き出しそうなローランが豪快に叩いた。

「語るねぇ。俺そういうの大好き! 応援しちゃおうかな」

「おい、ローラン」

 唯一の味方が恋敵に天秤の秤を傾け始めたものだから、ルイスは心底焦った。おまえは昔から俺の味方だろと必死に目で訴えた。

「そう慌てるなよ、ルイス。いいじゃないの、誰が誰を愛そうが。それに同じ人を愛してる時点で仲良くなれるんじゃないの」

 ラファエルとルイスをリズミカルに指しながら、

「おふたりさん」

 ローランが言う。

「そうだな!」

「できるか!」

 息を合わせたように同じタイミングで答えるルイスとラファエル。

「ほら、息あってんじゃない。ぜったい仲良くなれるって」

 そう言って笑うローランの肩を揺さぶりながら、

「面白がってるだけじゃないのか」

とルイスは顔を真っ赤にさせた。

「ルイス」

 ローランが急に真面目な顔をした。

「レナのこと。ほんとうに大切にしているんなら、彼女が嫌がることはやっちゃだめだよ。レナが花屋を友人として傍に置いているんだったら、それも含めて抱えてあげなきゃ。排除はほかの誰かに任せればいい」

 妙に引っかかる最後の言葉に、連続殺人事件のことを言っているのかと問いただそうとしたときだった。気安い声がバーの入り口からルイスへとかかった。

「よお、ルイス。珍しいな」

 賑やかな一団から離れてやってきたのは同じアパートの階下に住んでいる友人、ベンノ・ブレヒトだった。

「最近アパートに戻ってないみたいだけど、忙しいのか?」

「まあな。でもちゃんとベッドでは寝てるぞ」

「そっか。お義姉さんのところか。でも向こうはノイケルンだろ? 職場から遠いのに……そんなに心配なのかよ」

「物騒だからな」

 訳知り顔で話をしているベンノに、ローランとラファエルの視線が注がれ、ルイスは慌てて紹介した。

「同じアパートに住んでる友人だ」

「ベンノ・ブレヒトです、あの」

 雰囲気の違うローランとラファエルの間で視線をうろつかせ、ベンノは2人からの自己紹介を待った。

 ワイングラスを軽く振りながら、ローランが先に口を開いた。

「ローラン・ミュレル。ルイスとは幼なじみで同僚っていう腐れ縁を極めた仲だから、昔の恥ずかしい話が知りたかったらいつでも聞いて」

「弱みが握りたくなったらいつでも伺います」

「おいベンノ」

「冗談だよ、真に受けるなって。それで」

 ベンノは灰色の強いアイスブルーの瞳でラファエルをみつめた。

「ノイケルンで花屋を構えてるラファエル・カノ。フラワーアレンジから事務所用の鉢植えレンタルまで幅広く手がけてる。どんな要望にも応えられるから遠慮なく声をかけてくれ」

「ノイケルンって、ルイスの」

「レナのこと知ってるの? だめだめ、レナは俺の運命の人だから横恋慕はなし」

「それはないですよ、だってレナはルイスの」

「知ってるよ、一応ね。ルイスの指を見てみろよ」

 ラファエルがルイスの右手を指した。

「指輪? え、なに……どういうこと? 婚約? 結婚?」

 ルイスとレナとの関係を知っているようだったが、婚約や結婚に至るとまでは思っていなかったらしい。表情はすぐに険しいものへ変わると、困ったように眉がひそめられた。

「めでたいって思わないのか」

「めでたいとか……そういう風には。いや、頭では思ってるんですよ。だけど俺としてはルイスにはもっとほかに幸せにしてくれる人がいるんじゃないかって思っていて」

「ベンノ、レナは」

「わかってる。レナがいい人なのは俺だって知ってる。レナがルイスを大切に考えてるんだろうなっていうのもわかってるよ。どれだけノロケを聞かされたと思ってるんだ」

 それでもベンノは頭を掻きながら、

「2人が愛し合ってるのはわかってるけど、なんか素直に祝ってやれない。ごめんな」

「無理して祝う必要はないだろ。俺とレナのことを知っても友人関係を続けてくれているだけで俺は嬉しいんだからな」

 ルイスは気にするなとベンノの肩を叩いた。

「なんで」

 責めるようなラファエルの声にローランが視線で諌めた。ラファエルはそれをはね退けて続けた。

「どれだけレナのことを知ってるんだ。出会って間がなくてつき合いも短い俺だけど、レナほど気持ちのあったかいヤツはいない。いつもなにかを我慢しているような顔で笑っていて。でもそれをなんでもないって、もっと笑うんだよ。そんな顔を見せられたら幸せにしたくなるって思うもんじゃないのかな」

「そういうのは当人同士の問題だから、俺たち部外者は黙っておく方が賢明だよ」

 ヒートアップしてしまいそうなラファエルの腕をローランは掴むと、その手に力を込めた。それ以上言うと俺が黙っていないというように。


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