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砂の花  作者: 高千穂ゆずる
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落花流水に疾る 第8話

「ミッテに呼び出すってことはレナには聞かれたくないことなんだ」

一週間以上戻っていない自宅は埃っぽいらしく、几帳面に掃除をしているルイスへローランは嘆息しながら言った。

 最近気に入りのチェスターコートをコート掛けに引っ掛け、掃除が済んだらしいソファへと腰を下ろした。

「最近、レナに会ったか?」

 テーブルやキッチンカウンターを拭き終えたダスターを手に洗面所へと向かいながら、ルイスが聞きにくそうに訊ねた。

「最近? ……今日、会ったけど。どうして?」

 ローランは答えたが、聞こえていなかったのか。ルイスはなにも返さなかった。返事がないまま水の流れる音だけが聞こえてくる。

 やがて水の音が止み、タオルで手を拭きながらルイスが戻ってきた。なにか考え込んでいる様子に、ローランも神妙な顔つきなる。

「レナの方でなにか問題でも起きた?」

「まだよくわからないんだが……。俺は、勝手な思い込みでレナは交友関係が広い方じゃないと思っていてな。レナは人当たりはいいけど、どことなく他人を近寄らせない雰囲気があるだろ? だから古書店を開いたところでレナの周りには俺の知っている人間だけがいると思っていたんだ――おかしな話だよな」

「自分の知らない相手とも交友を広めていたことがショックだったって言いたいのか?」

 図星を指されてルイスは頭を抱えた。子供みたいなやきもちだ。

 静かな夜に、革張りのソファが身じろぎの度に小さな音を立てる。

「事件が起きている今だからショックなのか、それを抜きにしたとしてもショックなのか。このタイミングだから俺が勝手に混乱しているだけだと思いたい」

「世の中ルイスとレナだけが生きているわけじゃないからねぇ。そんなことばっかり考えていたらレナのことを拘束して……この話はよそうか」

 あきらかに身体をこわばらせてしまったルイスに気づいたローランは、髪をかき上げて苦笑した。

「ラファエルという男を知っているか」

「ラファエル……? 知らない。いくら俺でもレナの交友関係を残らず把握してるわけじゃないし、仕事絡みならよけいにわからないな。レナだってそんなことを俺に報告したりしないし。……なに、このラファエルって男が気になる?」

「胡散臭い」

 即答するルイスの顔は、どう見ても嫉妬深い年下の恋人のものだった。

 ローランは笑いそうになるのを堪え、

「正直に言いなよ」

 と指を鼻先に突きつけた。

「まともに話したのも存在を知ったのも今日が初めてだし、この男がどういう素性かもわかっていない。なんのつもりでレナに近づいたのかもわからないし、ことと次第によっては」

「おいおい、それはあんまり短絡過ぎないか? 友人になるのになにか思惑があったりするか? ちょっとひねたところがあるけど、レナは魅力的な女性だからお前以外の男が惹かれてもヘンじゃないでしょうよ。いちいち人から好かれることを知るたびに気にしていたら……昔とおんなじ過ちを繰り返すことになるよ。俺はもう庇ってやれないから。先に言っとくけどさ、俺は捜査があるからルイスの個人的感情で特定の人間を調査するヒマはないよ」

 そうだ、とローランが顔をぱっと明るくさせた。なにか思いついたようだ。

「班から外れたんだから、ルイス。お前が調べてみればいいんじゃないか?」

「勤務中にプライベートを持ち込むバカがどこにいるんだよ。無理だ、できない」

「俺には頼もうとしたくせにどの口が言うんだよ」

 じっとりした目でルイスを見たラファエルは大きく息を吐いた後、

「どうせレナとラファエルって男が気になって仕事なんか手につかないだろ。意地を張るなよ」

「意地なんか張ってない」

 口をへの字に曲げて横を向いたルイスだが、鼻にしわを寄せてうつむき、小さく唸るとぎこちなく頷いた。まるで、お前が言ったから仕方なくやるんだからなと言いたげな素振りだ。

「上司にみつからないようにうまくやれよ。ルイスくんはすぐお顔に出ちゃいますからねぇ、イタッ。暴力反対!」

 顔面にクッションをまともにぶつけられたローランがふざけるように抗議した。

 これは暴力じゃなく反論だと、もうひとつのクッションもローランへ投げつけたルイスがなにごともなかったような顔で、

「ビールでも出したいところだが生憎切らしていてな。せっかくだから近くのバーでゆっくり飲まないか」

 ローランに話したことで、気持ちがずいぶんとラクになったようだ。深刻そうだった表情が柔らかくなっている。

「最近、ルイスと2人でいるときは食べるか飲んでるかのどっちかのような気がする」

 コートを羽織りながら、ローランがくすくすと笑う。

「どんなに忙しくても食事は摂らないとならないし、適度な飲酒はストレス解消にいいからな」

「それ、捜査から外されたばかりの頃のルイスに聞かせてやりたい」

「……あの時の俺は忘れてくれ」

 ドアノブに手をかけたちょうどそのタイミングで玄関のベルが鳴った。

 2人は顔を見合わせて首を傾げた。レナなら合鍵で入ってくるし、そもそもベルなんて上品なものは鳴らさない。ベルの代わりにドアをがんがん殴っているだろう。

 ルイスは仕事柄、帰宅時間は不定期だし、家を空けていることも多い。このアパートは部屋数が少なく、ルイスが借りている最上階はこの部屋しかないので同じフロアの住人ということもない。

「こんな時間に訪ねてくる友人がいたとはね」

 ローランがにやりと意味深げに笑った。からかう友人の肩をぽかりと殴りつけながら、

「下の階に友人がいるから、ソイツかもしれない」

 ドアを開けると、暑苦しい笑顔のスペイン人が立っていた。

「Hola! なにその顔。もしかして俺に会いたかったとか? それなら奇遇だな、俺もお前に会いたくて来た」

「……」

 不快という文字を顔中に書き込んで睨みを効かせてくるルイスを指しながら、陽気なスペイン人はけらけらと笑った。

 いろいろ言いたいことはあるが、ひとまず今はそれらを胸の奥に押し込めたルイスが冷静に答える。

「これから出かける予定なんだが、こんな時間に訪ねてくるには相応の理由があるんだよな」

 冷静のつもりだが口調はキツイ。憮然としたルイスの後ろではローランが呆れたように肩を竦めている。

「たぶん相応の理由だろうな。レナのことだから」

 それを聞いたルイスの顔色がさっと変わる。掴みかかりそうな勢いで足を踏み出したルイスの腕をローランがとっさに掴んで引き戻した。宥めるように肩を軽く叩く。

「あれ」

 聞き覚えのあるイントネーションにローランが顔を覗かせると、顔見知りの男だったようで、なぜ2人がこうも険悪なのか首を捻りつつ声をかけた。

「花屋じゃないか。ベルリンも案外せまいね」

「よ!」

「知っているのか」

 互いに手を振り合ってあいさつを交わしている2人に、ルイスが驚きの声をあげた。

「少し前にレナに花をあげただろ、プレゼント用のやつ。あれを強引に買わせたのがこの花屋だよ。結局かわいいお嬢さん方とはお近づきになれなかったけどね」

「懲りずに引き続きごひいきに」

 あの花屋なのか、と得心がいったがそれとはまたべつの話だ。

「俺もいっしょにいるんだから、落ち着いて話をしたら?」

 険悪な雰囲気の二人だけにするのは憚られたローランは、自分もよくは知らない花屋の笑顔に向けて言った。


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