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砂の花  作者: 高千穂ゆずる
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落花流水に疾る 第6話

 玄関ドアを開けると、ワインと洒落た手提げ袋が飛び出してきた。

「様子を見に来た」

「ローラン」

 土産持参で訪ねてきたのはローランだった。

「ルイスはまだ帰ってきてないけど」

「知ってるよ。さっきも言っただろ。様子を見に来たって」

 勝手知ったるなんとやら。ローランは土産のワインとチーズの入った手提げ袋をレナに押しつけると、自分はさっさとリビングのソファで寛ぎ始めた。

「ここはいいな、落ち着く。自分の家のような気がする」

「ふふ、あんたは家族みたいなもんだからいつでも寛ぎに来て。ルイスがやきもち妬かないのはあんたぐらいなもんだしね」

「家族か……」

「家族よりも濃いかもね、あたしとローラン」

 手土産のワインをグラスに注いで運んできたレナがしみじみと呟いた。ただの幼なじみではない縁の深さが2人にはある。

「お互いにみっともないところ曝け出してるしな」

「秘密を守ってくれてる」

 レナの言葉に、ローランは静かに視線を落とした。

 レナが言う秘密とは母親の恋人から受けた暴行のことだ。ルイスにはけして知られたくない。

「言わなくていい。思い出さなくていい。レナはルイスと幸せになるんだからな。それが傍でずっと見守ってきた俺の幸せでもあるんだよ。俺は家族の為ならなんだってする」

「さすがあたしらのお兄ちゃんだ」

 茶化すように笑うレナの手からグラスを奪い取ったローランが、にこりと笑う。

「もしも」

 そう言ったきり黙ってしまったローラン。

「なによ」

「なんでもない」

「そういうのって気持ち悪いじゃない。言いなさいよ。なにを言いかけたの」

「言うと怒るって気づいたから黙ったんだよ」

「怒らないから言って」

「そういうヤツに限って怒るんだよ」

「言わなきゃわからないじゃない。言わないとワインぶっかけるわよ」

 グラスを掲げて脅すレナに、ローランは仕方なさそうに口を開いた。

「もしも、ルイスと修復できないようなケンカしたときは、俺がレナの家族になるよ」

「……あんたとはもう家族じゃない。なに言ってんの? 第一、ルイスとはそんなひどいケンカなんかしないから。あたしの気持ちはもう決まってるから」

 口を尖らせて、言い訳のように答えるレナの頭にローランは手を乗せて、

「知ってるよ」

髪がグシャグシャになるまで撫で回した。


「そういうことは本人に面と向かって言うべきだと思うべきだけど、お前ら、ホント面倒くさい」

 玄関まで見送りに出てきたレナに、ローランが呆れたように笑った。

 照れくさそうに、それでいてわずかな後悔を滲ませた苦笑を浮かべたレナが目尻を掻いている。

「そういうまどろっこしさも恋愛の醍醐味だけどね。あんまり遠回しすぎるとルイスがまた暴走しちゃうかもよ。どっかの国の牛みたいにさ」

 スペインの牛追い祭になぞらえたローランがさらに笑う。そしてゆっくりと指先でレナの金色の指輪を指し、

「形のあるものでごまかすのはダメだよ」

 諭した。

 弟に負けず劣らずの堅物女が贈った指輪の意味を、ローランはきちんとわかっていた。

 目に見えるもの――形骸化した証にあぐらをかいていてはいずれ綻びが出るということも知っていた。

 理解ある友人の言葉に、レナは神妙な顔で頷いた。

「今度はあたしが手を離さないから」

 そう言ったレナの視界の端に鮮やかな色が映り込み、視線を向けた。モノクロの歩道の上には街路樹の落ち葉が広がり、時折吹く風にカサカサと音を立てて舞っているだけだった。

 レナの視線を追ってローランも歩道へと顔を向けた。手すりに腰を預けてビルの脇道を覗き込む。

「誰かいたのか?」

「気のせいだったみたい」

 首を傾げつつローランへ向き直ったレナは、

「神経質になり過ぎかな」と舌を出して肩を竦めた。続けて、

「ローランにはとっても感謝してる」

「ルイスから誘いを受けたから今度夕食を呼ばれに来る。2人の美味しい手料理を食べさせてくれればチャラだよ」

 別れのハグを受けながら、

「それは任せて」

 と相好を崩して答えた。その耳元でローランがこそりと囁く。

「気になることでもあるのか?」

「気のせいだって言ったでしょ」

 ローランの首筋に顔を埋めながらレナは答えた。

「聞き飽きただろうけど、お前は殺人事件の糸口かもしれないんだから、なにか変わったことがあればすぐに連絡しろよ」

「言われなくても承知してる。だけど……まだ、よくわからないのよ」

「いつもと違う、それだけで十分だから。些細なことでも俺は動くから安心していいよ、レナ」

 いつもと違う――この奇妙な違和感は新しい感覚だ。それが特定できればいいのに、とレナは唇を噛んだ。


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