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砂の花  作者: 高千穂ゆずる
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落花流水に疾る 第1話

 12月に入ると、一層街の雰囲気がクリスマスにはしゃいでいるように見えた。

 電飾で飾られたクリスマスタワーを嬉しそうに見上げる子どもたち。観光客の一段が珍しげに屋台を覗き込んでいる。

 手にしたグリューワインをぐびりと飲み、ルイスは辺りを見回した。気分がひどく重い。それは今回の被害者が自分もよく知っている人物だったからだ。

「遅いぞ」

 ようやく姿を見せたローランに、ルイスは眦をきつくさせた。

「ごめん、ごめん。なかなか離れられなくってさ。なんとなくみんなに気づかれてるっぽいけど」

 知らないふりをしてくれているみたい、とローランは肩を竦めて笑った。

 ルイスの手にグリューワインをみつけると、自分も近くの屋台へ買いに走り戻ってきた。

 少し離れた場所にぽつりと置かれたベンチを目指し、2人は移動した。

 ざわつくマルクトの中を歩きながらルイスが先に口を開いた。

「確かにカミルなのか?」

「間違いないよ」

 白い湯気がのぼるマグカップを口に寄せたローランが短く答えた。そのままグリューワインを喉へ流し込む。

 満足げな息を吐き、硬い表情を崩さないルイスを見やり、

「店内の様子から閉店作業中に襲われたらしい。発見されたのは店舗の裏で、殺害方法がこれまでの連続事件と似てるから単独と連続と両方の線で捜査してる」

「単独犯?」

 ルイスは疑わしげに聞き返した。

「これまでになかった痕跡が今回は残されていたんだよね」

 木製のベンチは冷えて固く、ローランは腰を下ろすなりぶるっと身震いした。

 その横顔をルイスが驚愕の目で見た。

 ローランはルイスの視線には応えず、湯気の立つホットワインで身体を温めた。冷たく乾燥した風になぶられながら短く吐き出したローランの白い息が、灰色の空へふわりと上って消えていく。

「花、というか。花の付いた枝が遺体の上に置かれていたんだよ。お前も知ってる通り、今までの事件にはそんなものは置かれてなかったし、被害者は2人めの男性だし。ただ、模倣犯だと決めつけるわけにもいかなかったんだよねぇ」

 ルイスの視線がゆっくりとローランから離れ、自分の足元に落ちた。

「カミルはレナの」

「うん。友人と呼んでもいいくらい近い人物だからね。5人の被害者って言ってもアデルは店の顧客でレナとの関係は知れてるけど、今度は一気に近い人間を殺してるから……それが偶然なのか必然なのか。仲間内でも絞りかねてるって感じだな。中にはレナに拘るのはやめたほうがいいんじゃないかって言うやつも出てきたし」

「あのなローラン……、今回の被害者がカミルだと聞いて、やっぱり犯人は同一犯じゃないかと思うんだ。この犯人はレナに異常な執着を示しているとしか考えられない。――凶器は今回も同じなんだろう?」

「一緒だよ。どうせ鑑識から聞いてるんだろ? 途中で凶器が変わったらしいってこと」

 ルイスは無言で頷いた。

 ちょうどその時、ローランのスマートフォンが鳴った。ルイスが気にする素振りを見せた。

 クリスマスカラーのマグカップをベンチの隅に置いたローランが電話に出た。ルイスと視線を合わせ、話の内容が伝わるように相手の言葉を復唱していった。

「花がなにかわかったのか。月桂樹……? 珍しいの、それ。なるほど温室栽培ね。まぁ月桂樹は普通5月か6月に咲く花だし。連絡くれてありがとう」

 通話を終えたローランはスマホをコートのポケットに戻しながら、鑑識からだと言った。漏れ聞こえた声はゲルドではなかった。ルイスに情報を流してくれるのはゲルドくらいだから、ローランは復唱という形でこっそり教えたのだろう。

「花、か」

 推し量るようにルイスは呟いた。手の中のグリューワインはすっかり冷たくなっていた。

 ちらちらと降り出した雪がチョコレートのような深みのある赤の中へ吸い込まれていく。

 あ、とローランが突然声をあげた。

「月桂樹の花言葉って確か……『裏切り』とかじゃなかったかな」

 不穏な意味を宿す花。

 それをカミルに残した犯人に、底知れない恐怖と焦りをルイスは感じた。

「レナは本当にストーキングされてる自覚はないわけ?」

 顔をこわばらせているルイスに、ローランも少しばかり焦りの色を見せて訊いた。

「本人はそう言ってるが、気づいていないだけかもしれない。しかし本人が知らないと言ってる以上、見当もつけられない」

「もう一度訊いてみろよ。小さなことでもいいからってさ」

 ローランが励ますようにルイスの肩を叩くと、今度は捜査班の仲間から呼び出しがかかった。残ったグリューワインを一気に飲み干し、返しといてとマグカップをルイスに押し付けた。

 しかつめらしい顔のルイスの腕を軽く叩き、

「情報があれば連絡する」

 言ってローランは駆け出した。

 広場の人混みにまぎれていく友人の背を、茫洋とルイスはみつめた。

 粉雪が激しくなった。

 さらさらとコートの上を滑り落ちていく雪の音は、止むことなくルイスの耳へと注がれる。勢いを増す粉雪の音はルイスの神経を追い立てた。

 レナを1人にさせておくのはマズい。

 今の標的はレナが好意を寄せている相手のようだが、その牙がレナ自身に向けられないとも限らない。

 一刻も早く犯人像を絞らなければ。

 二度と手の届かないところへレナが行ってしまう。

 その時がいつかもわからない。

 もしかすると、いや、すでにレナは犯人の手に落ちているかもしれない。

 そんな恐ろしい考えに囚われたルイスは凍える指でレナの携帯を呼び出した。

 普段と違い、なかなか電話に出ない。コール音が続くたびにルイスは不安と焦りでおかしくなりそうだった。プツッと音がして安堵した瞬間、聞こえてきたのは留守番電話メッセージだった。

 冷たい空気が肺腑の中に留まり、心臓が凍りついていく錯覚に陥る。愛する女性を失ってしまう恐怖に襲われたルイスは、その場を駆け出した。


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