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砂の花  作者: 高千穂ゆずる
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色とりどりの 第8話

 ローランが訪ねてくると、場所を二階の自宅へ移した。古書店はレナにとって大切な空間なのだ。そんなところで血なまぐさい話はしたくなかった。

 リビングのソファにルイスとローランが向かい合うように座っている。

 ローランの後ろには先日とは違う若い刑事が立っていた。座るように声をかけたが、「私はこのままで結構です」と仮面のような無表情さで断られた。

「一応確認してほしいんだけど、これ……生前の写真」

 さすがに遺体の写真は憚られたか。ローランがテーブルに置いたのは、大学の友人と写っているヒューゴのスナップ写真だった。

 レナはちらりと見ただけですぐに頷いた。

「あたしの知ってるヒューゴで合ってる」

「この間、ルイスからもらった資料ってレナが提供したものなんだよね。あの中に彼はなかったんだけど」

 ほら、というようにルイスが視線を寄越した。

「ヒューゴは顧客じゃないから」

「顧客じゃないなら、古書店は被害者をつなぐ共通点じゃなくなるわけだ。彼――ヒューゴ・ピエラを知ってるんだよね。どういう関係? 友達?」

「ヒューゴは……」

 レナは言い淀み、視線をテラスへと移した。プランターに植わっているハーブの葉が、時折吹く風に揺れている。

「最近、ブリッツに越してきたばかりのフランス人で……ベルリン自由大学に通ってる。そこで人類学を、……専攻してて」

 小さく息を飲んだルイスを見やり、レナは瞬きで肯定した。

「……彼はベンジャミンが教えてる講義の生徒なの」

 レナは言いにくそうに言葉を絞り出した。

 ルイスには、ベンジャミンとは会っていないと言い続けていたからだ。父娘として顔を合わせていても、すぐに勘ぐるルイスが面倒くさいのだ。嫉妬してくれるのは嬉しいが、面倒くさいときもある。

「今までの被害者はみんな古書店の顧客だったから、彼は関係ないと思って話さなかっただけだしリストにも入れてない。ほかに理由なんてない」

 ルイスが身を乗り出すのを見てローランが制した。

「親しかった?」

 ルイスに諌めるような視線を向けながら訊ねる。

「え、と。普通? ローランほどの親しさはないけど、そこの彼よりは親しいかな」

 つ、とローランの後ろを指す。

「出会ったのだってただの偶然だったし」

 レナはヒューゴとの出会いを話した。

 たまには顔を見せてくれとベンジャミンが連絡を寄越し、いっしょに夕食を食べる約束で大学まで行くと、そこで途方に暮れていたヒューゴがいた。

「ルームシェア募集のボードがあるでしょ? その前で大きな荷物を下げて突っ立ってたの。この世の終わりみたいな顔して。声をかけたら住むところがないって言うから知り合いに相談したら、ちょうど空きがあるって言うからそこを紹介して――ヒューゴとはそれからのつき合いになるけど」

 ふっと息を吐き、どこかおかしい? と逆に訊き返す。

「古書店の客じゃない彼が被害者になってしまった原因に思いあたることは」

「わかるわけないでしょッ。お店の客だって狙われる理由がわからないのに。あたしがアンタたちに聞きたいくらいよ」

 話に割って入ってきた若い刑事にレナが食ってかかる。

「ヒューゴとは友人なのよ。越してきたばかりの彼にはまだ友人って言える人がいなくて、講義に使う参考書を選ぶのを手伝ったりはしたり。大学に馴染んでいくうちに親しい仲間も出来て、毎日が楽しくてしあわせだって言ってた」

 どうして彼が、と悔しさに唇を噛む。ルイスの手が伸びてきて、節くれだった指がレナの手をぎゅっと握りしめた。

「遺体の状況がこれまでの被害者と同じだから、同一犯だと見ている。そうなると共通項だと思っていた古書店とか古書は消えて、残るのはレナ……おまえだけなんだよね」

「あたし……?」

「殺害動機、かもしれない」

 ローランの答えにレナとルイスは言葉を失った。

頭のどこかでそんな予感はしていた。違っていればいいと思ってもいた。しかし、そんな希望は打ち砕かれた。

「あたしのせい……」

「それは違うから」

 ローランがすぐに否定した。

「自分のせいだとか思わない。犯人の考えはだれもわからないんだから。いい? ぜったいに自分のせいだとか言って思い詰めるなよ」

 顔色を変えたレナの前でローランが手を振る。虐待を受けて育った子供は自己肯定感が低い。レナも同じだった。

「行き過ぎたストーキングは本人だけじゃなくて周囲にも危害を加える場合もある。今回、古書店の客から個人的交友関係にまで範囲を広げたところを見ても……かなりレナを観察してる人間じゃないか」

 悪いのは犯人だとルイスも言った。

「ストーキングとか、意味わかんないんだけど」

 レナは長いため息を吐いた。

「覚えがない?」

「あるわけないでしょ」

「被害者は全員、金髪と青い目の外見的特徴があるんだけど。レナの周囲に同じ特徴を持った人ってほかにいる? 保護は無理でも警告はできるから」

「いきなり言われてもすぐに思いつかない。それに髪の色なんていくらでも変えられるし」

「そうか。それもそうだなぁ」

 途方に暮れたように天井を仰ぐローランに、ルイスが訊ねる。

「今回の発見場所は?」

「テンペルホーフのブリュメルタイヒの畔。発見されたのは今朝だけど、殺害されたのは……テクラのすぐ後みたいだね。詳しい検死結果はまだだけど、現場の検視官がそう言ってたから」

 途中、言い淀んだローランは発見時のヒューゴの凄惨な姿を思い出したのか、眉を顰めながら目を閉じた。

(テンペルホーフ……?)

 ルイスは小さくつぶやいた。

 テンペルホーフ・シェーネルベルク。頭に浮かんだ地名はローランが居を移した場所だった。

 ルイスは指先にぴりっとした痺れを感じた。嫌な考えに陥るときの前兆だ。

「パティッツさんへの好意がエスカレートした犯行だと仮定するなら、犯人は男性ということでしょうかね」

 若い刑事がぽつりとつぶやく。途端に先輩刑事二人とレナの視線が集中した。彼は自分が失言したのかと慌てて手を顔の前で振った。

「す。すみません。今回、はじめて男性の被害者が出たので加害者は女性が濃厚っていうのが崩れますよね。成人男性を女性の腕力で押さえて殺害は厳しいかと……あの、ちらっと……頭をよぎっただけです……なんかスミマセン」

「否定はできないよね」

 叱責されると思った首をすくめてしまった後輩を、ローランがフォローした。少し楽しげにも見える表情を浮かべている。

「でも肯定もしないけどな。単純に彼氏を取られたことへの女性の怒りが暴走したのかもしれないし。殺害方法も鋭利な刃物で喉を切り裂くってやつだから、相手の隙きを突くなりすれば体格差があっても殺せる。顔見知りなら隙きは出来やすいかもしれないしね」

「そうですよね。薬物反応は遺体から出ていないから、やっぱり顔見知りの反抗」

「はいはい、勝手に結論付けない。くやしいけどまだなんにもわかっていないんだから」

「あ、はい」

 ルイスは黙ったまま後輩刑事とローランのやりとりをみつめていた。

 手のひらに収まっているレナの指先は、まるで屋外にいるみたいに冷たく凍えていた。


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