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砂の花  作者: 高千穂ゆずる
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色とりどりの 第5話

「てっきりルイスひとりで捜査するんだと思ってた」

「もちろん俺は俺で捜査するさ。だけど、ほんとうに事件を解決するのなら犯人逮捕につながる可能性がある情報は共有しておくべきだろ」

 手元の資料を几帳面に揃えて封筒へと差し入れるルイスの表情は、被害者候補が挙がったわりには晴れやかではなかった。

 候補はあくまで候補でしかない。もしも間違っていれば新たな被害者が出るのだ。

 ルイスが言うように、犯人逮捕の可能性がある情報は捜査班にも知らせるべきだろう。ルイスの見落としに班の誰かが気づいてくれるかもしれない。

 レナの潔白を自らの手で晴らしたい――しかし、そこに固執し過ぎて犯人逮捕が遅れれば、それだけ犠牲者の数も増える。それだけは避けたいし、レナがそれを許さないはずだ。

 ルイスはテーブルの上で資料が詰まった封筒を、とんと跳ねさせた。

「ローランなら信用できるからな」

「すごい信頼ね」

「……レナも同じだろ」

「もちろんよ」

 深みのある青い双眼にみつめられ、レナは目を伏せた。

 捜査でベルリン中を走り回っていたローランがレナの自宅のドアを叩いたのは、陽が暮れてからだった。

「二人がいっしょにいるのを見るのは久しぶりじゃないか?」

 ドアを開けてすぐにローランがはしゃぐように言った。その手には珍しいものが握られていた。レナがそれを指差し、

「またフラれたの? “ローランとはいい友人でいたいの、ごめんね”」

 ぎゅっと握り込んだ両手を顎にあて、睫毛をぱちぱちと瞬かせて茶化した。

「俺はフラれません。これはレナにあげようと思って持ってきただけ」

「え」

「え?」

 レナとルイスが同時に声をあげた。

 その様子に慌てたローランが、ちがうちがうと顔の前で手を振った。

「誤解するなよ。最近顔なじみになった花屋が結構グイグイくる野郎でさ。粋な男はさりげなく花を持ってるもんだって言うから、ついうっかり」

「口車に乗ったんだ」とけらけら笑うレナ。

「そんなことでいちいち花束を買っていたら、ベルリン中の花を買い占めることにならないか?」

 レナとは真逆のクソ真面目な反応を見せるルイスは相変わらずである。

「花屋の口車に乗せられたとして、どうしてレナに? ローランならほかにいくらでも贈る相手くらいいるだろ」

 ここで唇を尖らせてしまう辺りがルイスの若さだ。

 ローランはこの可愛い弟の――職場では同僚として接しているが――悋気を察して、花束をルイスの方へ差し出した。

「じゃあルイスから渡せば?」

「自分で買うから結構だ」

 鼻息を荒くして答えたがローランはそれを笑って軽くいなした。

「ほらこの間ここへ話を聞きに来た時、花が飾ってあったからな。とりあえずレナにでもあげとけばいいかなあって。それだけだよ。人生とおそろいの彩りがあってもいいだろ」

 ほら、と花束を差し出した。

「くれるっていうんならもらうけどさぁ、ローラン。ほかにローランから花束を贈られたいって思ってる女性がいるんじゃない? ホントにあたしでいいの?」

 テクラのことを思うと受け取れない。二人でローランのことを、恋の話ができるのが楽しみだったのに。

「ほかにいないからレナに持ってきたんだよ。それにレナなら彼女たちも妬かないし。俺は罪深いからこれ以上の争いを招きたくないわけよ」

「くだらない」

 ルイスは短く断じた。

 レナだけを愛してきたルイスには、不特定多数との恋愛に興じるローランの行動が理解できなかった。

「それで? 俺はずっとこの玄関先に立っていなくちゃいけないわけ?」

 憮然とした顔のルイスの肩を、ローランがぽんと叩く。

 入って、とレナが促す。

「話したいこともあるし、夕飯に誘うつもりで用意していたから電話をかける手間が省けたわ」

 言って奥へ戻るレナの背中をみつめ、それからルイスへと視線を戻すとローランはもう一度花束を差し出した。

「花に罪はないんだ。受け取ってくれると嬉しいんだけど」

「……それもそうだな」

 複雑そうな顔だったが、ルイスは風に花びらを揺らす花束を受け取った。

 両手が空いたローランは肩を擦りながら嬉々として玄関マットを踏んだ。足元からは確かに冷たい風が吹き込んできた。

 幼馴染に弱いレナの背中を睨みつけながら、ルイスはため息を吐きつつ玄関を閉じた。

「寒いし暗いし、夕ご飯だけじゃなくてベッドまで呼ばれようかな」

「だめだ」

 即座にルイスが答える。今夜はだめだ、とにかくだめだ。

 ひさしぶりにレナとゆっくり過ごせるのだ。仲間に打ち明けられない愚痴を吐き、たっぷり甘やかしてもらい、そのまま朝までゆっくりと……。

「なにを考えているのかぜんぶ顔にでてるよ、ルイスくん」

 くすっと笑いながらローランが言うと、ルイスの顔は瞬く間に朱に染まった。

「つ、つまらないことを言っていないで、早くコートを脱いだらどうだ。夕食が冷めてしまうだろ」

 ぎこちない動きで踵を返したルイスは、背後で肩を震わせて笑いを堪えているローランに舌打ちした。

 飄々としてふざけた男だが署内では一番信頼が置ける同僚であり、私生活では良き友人で相談相手であることに違いはなく、それだけに忌々しい。

 シュパイネハクセと辛口のラントヴァインで腹を満たした後、ルイスは次に狙われる可能性がある顧客の一覧をローランに渡した。

 神妙な顔でファイルを受け取ったローランはなにか言いたげにルイスを見たが、悔しさを滲ませた彼の固く引き結んだ唇に、出かかった言葉を飲み込んだ。代わりに――

「俺がついてる」

 ローランはそう言ってルイスの肩を叩いた。

「イェシカに来てもらったらどうだ」

 意外な人物の名前をルイスが口にした。レナの母親だ。それまで和やかだった雰囲気にぴりっとした緊張が走る。もちろんルイスはそのことに気づかない。

「母親なんだし、しばらくの間いっしょにいてもらってもいいんじゃないか。こんな時だから力になってもらうべきだろう」

 食後のコーヒーを飲みながら、いい案だろと言いたげにレナを見る。

「向こうにも都合があるだろうから、いきなり呼びつけるのは無理じゃないか?」

 レナとの確執を知るローランが誤魔化そうとしたが、レナがそれを制した。

「あの人とは関係を絶ってからもうずっと連絡を取っていないから、電話番号も知らないし無理ね」

「自分の母親に向かって”あの人”はないだろう」

「あたしにとっての母親はエマだけよ」

 そっと瞳を伏せたレナは小さく笑った。ほんの短い間だったが、エマとベンジャミン、それからルイスと過ごした時間だけが、レナの中での温かい家庭の記憶だった。

 イェシカは違う。断じて違う。

「そのことなんだけど」

 言いにくそうにローランが口を挟んだ。

「イェシカは所在不明なんだ。ずいぶん前から」

 そのことに一番驚いたのは他ならぬレナだった。瞠目したまま幼馴染みを凝視する。

「レナが望めば捜索するけど」

「しなくていい。今はそれどころじゃないでしょ、アンタたち。そんなことより早く連続殺人犯を捕まえなさいよ」

 母親が所在不明だという事実を知らされても、驚きはしたがそれ以上の感情は湧かない。親子や家庭といったものにある種の理想を持っているルイスには悪いが、レナにそんなものはなかった。

 反吐が出る記憶しかない。怒りと憎悪、薬とオトコ。そんな環境で育ったレナは自分でもわかっているのだ。感情のパーツで足りないものがあることを。

「コーヒーのおかわりいる?」

 レナは満面の笑みを張りつかせて言った。

 これ以上踏み込んでこないで。そう言いたげな笑顔だった。


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