202_荒野の拠点と人手不足
夢魔の少年メアの祈りが込められた、純白に煌めくふわふわもちもちの特製枕……これを拠点で寝食を共にする人員全員に行き渡らせることは、第二班の行動指針にして活動目標であった。
デイン氏へ譲渡した試作一号枕は、その効能が遺憾なく発揮されていることが無事確認できた。この成果を受けて第二班は製造途中であった二号・三号に続き更に量産を進めるべく、日中の活動時間を用いての量産が始まろうとしていた。
そんな中急遽持ち上がった、第二班リーダーへの支援要請。
優先度としては極めて高い……忙殺される炊事洗濯班のお手伝い業務である。
商会長ライア直々の依頼のため、もちろん労働対価として給金が支払われる。とはいえその対価が無かったとしても、メアの性格上断ることは無かっただろう。
しかしながら……もう一方の業務を途中で投げ出すつもりは、メアには無いようだった。
こと『睡眠』に関して深い執着を持つメアは……アイナリーの拠点宿でのお手伝い生活を送る中で、種族的特性とも言えるその性質に一層の磨きが掛かっていった。
睡眠……中でも特に『安眠』をもたらすことに並々ならぬ熱意を抱くメアにとって、キーおよびアーシェと共に造り上げる特製枕を拠点じゅうに行き渡らせる今回の作戦は、彼のこだわりを遺憾無く発揮できるまたとない機会だったのだろう。
「ぼ、ぼく……やり、ますっ! お手伝いと、まくら……両方、やりますっ。……いえ…………やらせて、ください!」
「きき、きき。お願いする、します。同様、私から。私、援護します。ですので」
「ん。……わあしも……手伝い、する……です」
さすがに大変なのではないかと危惧するネリー達を余所に、意外な程にメアの職務意識と第二班の結束は固かった。
生まれ育った時代・環境や境遇は異なれど……共同作業を通じて共通の目的を見出した三人(?)は今や、互いに互いをフォローし合う程にまで仲間意識が芽生えていたようだ。
見た目でいえば、紛うことなく可愛らしい少女の三人組である。人外の魔物を嫁と呼んで憚らぬネリーにとってはキーもアーシェも紛れも無い美少女であり……美少女どうしの絡みを尊ぶネリーの百合色な思考が一瞬不具合を示す程度には、大変仲睦まじく尊い結束であった。
一瞬『アリかな』とも考えたが……ネリーは慌てて我に返る。あんなに可愛らしくてもメアにはち○ち○が付いているのだ。
……でも眺める分には良いな。やっぱ尊い。
「つっても……頼んどいてなんだが、メア。炊事に洗濯に掃除ともなると、やっぱなかなかの重労働だぞ? ……おいライア、やっぱ私も家事やるわ」
ち○ち○が付いていようと、紛れも無い雄であろうと、性的な対象では無いものの大事な仲間であることは変わらない。他でもないノートの大事な従者である彼は、自分達にとっても等しく苦労を分かち合う大切な存在なのである。
「え、ええと……ソうでスね、ソうシて頂けると」
「ききき。大丈夫、します。私」
そんな彼一人に苦労は押し付けられないと、やはり手伝いを買って出ようとしたネリーに対し……第二班の一員である人蜘蛛のキーより、予想だにしなかった『待った』が掛かる。
凶悪さをも秘める下半身に反し、幼さ残る上半身に添えられた顔は相変わらずの無表情だが……そんな中にどこか得意げな気配が感じられたのは気のせいだろうか。
蟲魔の唯一個体にして女王の守人たる巫女は、今や自身の持てる力を人々のため……信頼する仲間のため、存分に振るおうとしていた。
「き。ヒトビト、負担する、軽減。単純労働、個体。生産する、産む、します」
「っんいゅ!?」
「……ん。……理解……我々……協力、すう…………えす」
突然跳ね上がり奇声を上げたノートは置いておいて……何事かと見守る一同の前、人蜘蛛は『任せておけ』と言わんばかりにおもむろに立ち上がる。
八本脚を器用に操り天幕の隅っこへと移動すると、その八本脚の下を潜らせるように太く大きい腹部を前方に指向する。大蜘蛛そのものである下半身、腹部の糸線より繰り出された大量の糸を上半身の十指で器用に操り――それはみるみるうちに纏まり、形を整えられ――ついには膝を抱えたノート程の大きさの丸っこい塊、繭を造り出す。
同様の工程を一通り繰り返し、同形状の繭がもう一個……合わせて二個の大きな繭が、天幕の片隅に姿を現す。
「きき。『ヴァルター』。お願いする、私、あります」
「…………んあ? あ、ああ……悪い。何だ?」
幼子がすっぽり納まりそうな繭をふたつ造り出し一仕事終えたキーが……上半身に据え付けられた『会話』のための器官・口を、開く。
黒一色に染まった人外の――しかしどこか可愛らしい――二つの瞳が勇者ヴァルターを捉え、不器用ながら可愛らしい声で『お願い』が告げられる。
「き。『メア』助ける、します。きき。あなた、極少数、提供、血液。要求します、提供。お願いします」
「……血、か? ……本当に『メアのため』なんだよな?」
「きき。肯定します。断言します」
「ヴァルター、さま……」
その内容、『ほんの少し血液を分けて欲しい』との申し出に一瞬怯むが……キー曰く『ほんの少し』で良いこと、またことの行く末に興味が湧いたことから、結局は承諾。
ぷっくりと可愛らしい小さな唇に人差し指を啄まれ、しかしながら人外の存在であることを示すかのような鋭い牙で控え目に指の表皮を食い破られ、不気味なほど艶めかしい舌で滲み出る血液を舐め取られ……無意識に顔が紅潮し始めるヴァルター。
そこはかとなく漂い出すどこか淫靡な空気に機敏な反応を示した長耳族の少女は、とりあえず同族男性を蹴り出した。
指先をねぶられるヴァルターはどこか気まずそうに、粘液に濡れる指を見詰めるノートとニドはどこか興味深げに、無表情ながらどこかうっとりとしたキーの小顔と口元を凝視するネリーは明らかに鼻息荒く……遠く宴の喧騒が響く天幕内に、指に舌を這わせる粘質な水音が小さく響く。
天幕を蹴り出されたライアが釈然としない面持ちで、それでもすごすごと退散する中。
やっと満足したようにキーの小さな舌がヴァルターの指から離れ、粘度の高い口腔粘液が指と舌を細々と繋ぐ。
新鮮な臓腑のように赤々とした舌で薄い唇をぺろりと舐め、相変わらずの無表情でひとつ小さく頷き……
「き。感謝。遺伝子、提供、感謝します。きき。私、『ヴァルター』、子供。生産、産む、します」
「は!? ちょ!!?」
「……ほう?」「んひゅ」
「なん……だと……!?」
……特大の爆弾を、投げ放った。
「ヴァルお前……! この野郎よくもヤりやがったな!?」
「呵々々々!! 坊……小僧、おま……! くく……くボっホぉッ……!!」
「俺は悪く無ェだろふざけんなお前! いや落ち着けネリーお前落ち着け顔が怖ェよ顔!! おい畜生糞爺てめぇ!! 絶対解って笑ってんだろ畜生!!」
「あ、あるた……あうた……きー、こうび、した……? こうび?」
「きき。きき。二つ、………訂正、二人。可愛い、『娘』。産む。します」
「して無ぇ!! どう見てもして無ぇだろ!? 見て理解れよ!! それとキーはお願いだからちょっと黙って!!」
「ヴァルター、さま…………そんな……勇者さまが……子作り……」
「メアまで!? ああもう待て! 何なんだお前ら!?」
居住区画の片隅、とあるひとつの天幕……喧喧囂囂の騒音は、しかし。
開発拠点の明るい未来を祝う宴の音にかき消され……とあるひとつの繁殖行為を気に留めた者など、他には誰も居なかった。
……平和な夜は更けていく。
「何故いきなり蹴り出サれたのでシょう……まぁ、メアサんの協力が得られただけでもヨシとシまシょうか。……ソれにシても結構容赦無く蹴られまシ……ああっ!! 尻に足跡が!?」




