201_荒野の拠点の黎明と少女
人々の行き交う町から遠く離れた、パトローネ火山裾野の荒野地帯。
陽も傾き周囲一帯が闇に包まれようとするこの時間は、逆に夜闇を得意とする魔物や魔獣が活発化する時間帯でもあり……やむを得ず夜を明かす人々はひっそりと息を潜めているのが常識であった。
そんな『常識』をぶち破るかのように、煌々と明かりを灯し騒ぎ立てる人々の一団。
彼ら彼女らはこんがりと焼き色が付いた串肉を手に取り、顔を朱に染め子供のようにはしゃいでいた。
「だァってよぉ! 肉だぜ肉! 好きなだけ食っていいってんだぜ!?」
「それよかやっぱ酒よ! まっさか酒樽積んで来るたァ思ってなかったぜ!」
「あの新入りか! 全く気が利くじゃねェか!」
「オマケに腕っぷしも上々ときた。……ハァ、やっと楽できっかなァ」
しみじみと嘆息する一名を皮切りに、ここに至るまでの苦労をあれこれと回想する先遣隊の面々。その顔は一様に穏やかな相が浮かんでおり、久方ぶりの宴と相俟って安堵の色が広まっていた。
この拠点を設営するにあたり、当初は『魔物避け』の霊薬を大量に持ち込み開発を進めていた。それを使い切るまでに防衛設備を整え、なんとか形になったこの開発基地であったが……それでもやはり荒野の真っ只中に寝泊まりするとあっては、余程の強者以外は気が気じゃなかっただろう。
簡素な塀を立てたとはいえ毒蜘蛛や毒蠍は隙間から入り込むだろうし、空堀を巡らせたとはいえ空飛ぶ鳥獣には意味を成さない。
充分とは言えない人数で遣り繰りせざるを得なかっただけに、何かにつけて不自由することばかりであった。目を放した隙に食材庫を荒らされたことも、二度や三度ではなかったのだ。
しかしながら……その苦労も、ここまでだろう。
今までは宝の持ち腐れであった虎の子の大型掘削魔道具は、魔力保持量の高い者を複数人揃えることでローテーションを組むことが出来、やっと高効率の掘削作業を行えるようになった。
護衛の頭数も増えたお陰で、複数班に別れての作業同時進行も可能となった。また同時に拠点の夜警スケジュールも見直され、充分な休息を挟んだ無理の無いシフト編成が可能となった。
安全マージンさえも充分ではなかっただろう、強行軍でしかなかった先遣部隊。彼らが大怪我や被害無く今日までやって来れたのは、ひとえに『運が良かった』からに他ならないのだ。
「そういや……聞いたか? 例の『枕』の話」
「マクラ? そんな都合良い女なん…………あぁ、寝るときのあの枕か?」
「デインの件か? ……やっぱ噂は本当だったのかよ」
「な……何だよ、何なんだよ『噂』って……」
開発拠点正門警備、夜警担当のうち一人……デイン。
彼はつい数刻前に仮眠から目覚め、いつもどおり拠点入口門の夜間警備の任に就いたらしいのだが……そんなデインに警備を引き継いだ警備担当が、まるで様変わりしてしまった彼の表情を目撃していたのだった。
不審に思った彼が、ほんの出来心でデインの寝台を覗いてみたところ……昨日までは無かったはずの純白の枕が、異様な存在感と共に鎮座していたという。
「……あのデインがなぁ……」
「本当……どうしちまったんだろうな……やっぱその『枕』のせいなんかね……」
「間違い無ぇだろ……目の下の隈がひと眠りで奇麗に消えるなんて、普通じゃあり得ねぇ」
「『お前誰だよ』ってくらいキラッキラした良い笑顔だったらしいぜ……」
「マジかよ気色悪」
「うわキモ。引くわー」
原型を失う程に様変わりしてしまったという警備担当……常に疲労の色を絶やさない彼が見違えるほどに変わり果ててしまう原因となったであろう、噂の『枕』。その噂が出回り始め、まだ大した時間も経っていないにも拘らず、謎に包まれたその逸品の出自について気にする者も、当然のように増えてきていた。
そんな中、まことしやかに囁かれる噂……枕を齎した思しき、可憐で小柄な少女の存在。
異形とも言える蜘蛛の魔物を従えながらも当の本人は非常に大人しく、淑やかで控えめなその立ち振舞い。女の子の存在が珍しいこの拠点では、その姿に見惚れた者は少なく無いだろう。
「…………あの天幕か」
「新入り達な。可愛い子ちゃん揃ってるって聞いたが」
「白い小っちぇえ娘と黒髪のエロい娘は日中見たな……どっちも滅茶苦茶レベル高ぇぞ」
「少なくとも美少女が三人は来てくれたってコトか」
「華やぐなぁ……楽しみだ」
飲んで喰って大騒ぎの中央広場から見て、拠点の片隅――つい先日までは資材置き場であったその場所に、新たに設営された居住用天幕――久しぶりの上等な酒でデキ上がった男達の無言の視線が、自然とそこへ集まる。
彼らの認識が正しければ……噂の枕を齎した可憐な少女と、昼間に調査隊の危機を救った二人の少女を擁する新入り達が、その一棟を使用している筈だ。
「……実際気になるよな。可愛い子揃いだったんだろ?」
「当然気になるだろ。あんなエロい身体してんだぜ」
「おい待て。さっきも言ってたけどちょっと詳しく聞かせろよどういうことだおい見たのかおい」
「ライトお前……黒髪の子の尻見てたよな」
「ちょ」
「「「お前ェ!!!」」」
新鮮かつ大量の肉と上等な酒……更には上質な眠りをも持ち込んだ期待の新入り。何せ娯楽の少ない仮設集落……ここに詰める者達は皆、刺激に餓えた者ばかりである。
そんな需要を見事に狙い撃ち、たった一日にして多くの話題を持ち込み、一躍注目の的と化した新入り一行。『先輩達に打ち解け、気に入られる』という目標に向けた試みは……どうやら順調の様子であった。
………………………………
「…………だ、そうだ。良かったな、メア」
「は…………はいっ!」
「やるじゃねぇか! お手柄だぞメア!」
「めあー、えらい。なでなで、よしよし」
「はわ……ひゃわわわわわ」
「吾もご褒美呉れてやった方が良いか?」
「嫌な予感しかしないから止めろ」
所変わって、とあるひとつの居住用天幕。ここは今や開発拠点じゅうの話題を総浚いしている『期待の新入り』一行が間借りしており……そんな彼らは現在、とある客人の訪問を受けていた。
他でもないその客人こそ、ヒメル・ウィーバ商会代表にしてこの開発拠点の総責任者、嘘吐きを名乗るはぐれ長耳族の青年である。
就業わずか一日目にして、既に各方面より『お礼の言葉』を賜っているというヴァルター達。実際に古翼獣の襲撃を受けノートとニドに助けられた調査班を代表し、帯同していたライア直々に現状報告に訪ねてくれたのだという。
『魔物の気配など、まるで感じられなかった。いつもより静かだったので作業に集中できた』と、掘削作業班の一同より。
『あり得ねぇ程すぐに眠れた。交代時間までグッスリだった上に、起きたら身体がめっちゃ軽い。これヤバイわ』とは、夜勤担当の門番デイン氏より。
『助かった、伏兵の接近なんざ少しも気づかなかった』『助けられて初めて気がついた。もし彼女が居なかったらと思うとぞっとする』とは、調査班の護衛に就いていた狩人ならびに調査班の一員から。
「いや、まぁ……他でもない私自身も、実際に助けられた身の上でスので。本当に勇者ちゃ……コホン。…………ノートちゃんには、驚かサれてばかりでス」
「呵々! 良かったの御前や。褒められとるぞ?」
「んへへ…………わたし、やくだつ、した?」
「ソれはもう! オマケに……あんなにも大量の食材まで提供頂いて! 久シ振りの豪勢な食事に、皆喜んでおりまスよ!」
ヴァルターならびにネリーの心配をよそに……第三班の二人はその任を見事に全うし、多大なる成果を持ち帰ってきた。
調査班の荷馬車に同乗させて貰い運び込んだものは、大型の鳥類が一羽と超超大型の翼獣が一羽という大戦果。非番の者から調理担当から、仰ぎ見るほどの見事な獲物に大歓喜していたのだった。
元々、討伐の功労者である少女二人に全て譲ることに何の異論も生じなかったとはいえ……新鮮かつ巨大な肉が自分達に振る舞われるのだと理解したときの彼らの喜びようといったら。
「……あんまり良いもん食えて無ぇんだな」
「ええ……恥ズかシながら……」
ライア曰く……調理や給仕をはじめとする雑務担当の者も、広く募集してはいるらしい。
しかしながら当然と言えば当然なのだろうが……勤務地が町の外、未だ防備も充分とは言い難い荒野のど真ん中、しかも滞在を要すると聞いて……それでも表情を崩さなかった者など殆ど居なかったらしい。まあそれも当然だろう。
家事の技能に秀でた者は、往々にして荒事は不得手な傾向が強い。危険な地で働きたくなど無いだろうし、自分達の安全が危ぶまれる環境ではいつも通りの活躍は難しいだろう。
一方で荒事が得意な者達は、その分野を活かそうとする筈だ。活躍も栄誉も高収入も見込める前線を諦め、こともあろうに他人の雑務を引き受けるなど……余程の物好きでもなければ選択しないだろう。
現在この拠点の裏方――炊事や給仕や洗濯や施設保全など――これら一切を引き受けている稀有な人材は、たったの二名。荒事担当として護衛および警護の任に就いている狩人のうち一人、その妻と娘。……たった二人だけである。
先遣隊のみであれば、二人だけでもなんとか支えることが出来ただろう。今宵の宴の支度も幸いなことに、獲物を捌く程度であれば狩人共にやれないことも無い。炊事担当の二人は串打ち・調味と焼きに専念すれば良く、辛うじてオペレーションに破綻は見られない様子だった。
……だが、明日以降は。
食い扶持はおよそ倍に増え、食材も持ち込まれたとはいえ……調理する人員は相変わらず二名のみ、しかも掃除や洗濯の手間も倍加するのだ。
「……正直、裏方担当を見繕えなかったのは痛手でシた。ともスれば護衛担当よりも優先すべきだったのかもシれまセん。……でスが…………」
「拠点の食材も資材も尽きそうだったんだろ。……そりゃ急がなきゃなんねぇわな」
「…………ええ、仰る通りでス」
もとより、国や町など行政の支援を得ての開発事業ではなく……完全にライア達ヒメル・ウィーバ商会の主導による開発事業である。多少の無理は承知の上だったとはいえ……行政を相手取って押し通すとなると、やはり一筋縄では行かないようだ。
既存の源泉を享受している者達にとって、今回の源泉開発は見過ごせない筈である。ライアの人材募集がなかなか実を結ばなかったのも、どこかで商売敵の息が掛かっている可能性も否定しきれないだろう。
「……致し方ありまセん、警護担当の方に御願いを……交渉を行ってみる他無いでシょう。……『狩人の誇りを軽んジられた!』と、彼らに恨みを買うでシょうが……」
「まぁ……仕方無いか。私が入ろう。警護は……シア遊ばせときゃある程度何とかなるだろ。ヴァル頼むぞ」
「ネリーがそれで良いなら……仕方無いか?」
「……恩に着まス、ネリーサん」
商会長直々に頭を下げられては……彼に多少なりと借りがあるヴァルター達は、力添えしないわけには行かなかった。
まぁ、ネリー達の言うように仕方無いのだろう。そんなに都合良い物好きな人材なんて、そうそう見つかる筈がないのだから。
「……ふむ。給仕や家事に秀で、過酷な環境の生活でも音を上げず、他人への奉仕も文句無くこなす人材……か。……………のう、御前?」
「…………ん? ……んんー?」
「「……あっ」」
「…………おや?」
「…………えっ?」
意味ありげなニドの視線が、何か引っ掛かりを感じたノートの視線が、その事実に辿り着いたヴァルターとネリーの視線が、ただならぬ気配を感じ取ったライアの視線が……ある一点に向けられる。
「「「「「…………」」」」」
「えっ……? あの…………えっ?」
給仕としての職歴あり。過酷な環境での生活経験あり。(無理矢理とはいえ)他人に対する奉仕活動の経験あり。(不本意だったとはいえ)異常に我慢強い。(本人は納得していないとはいえ)非常に可愛らしい。
そんな理想的な人材が……
「「「「…………居た」」」」
「ぴゅぴ」「きき」「んい」
「…………えっ!?」
…………居るところには、居るものです。




