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114_産まれと育ちと少女の凍結



 こつこつと響く硬質な足音が、二人分。冷たい光を照り返す鋼色の通路に反響し、遠く遠くへ流れていく。

 少女にとって慣れ親しんだ『魔王城』の内装。最近は大山脈の地下遺跡『世界樹の(ユグドラシル)梯子(ラダー)』において散々見慣れた、暗く冷たい鈍色の空間。



 ただひとつ、異なっているのは。


 壁や天井を伝う配管や照明設備に、確かな動力(・・)が入っている点。






 「…………いき、てる」

 「は? 何だ?」


 ぽつりと溢した言葉に、鳶色の瞳の青年が反応する。

 今もなお数歩先を導くように歩み、ノートの住処からどこぞへと案内しようとしている、彼。



 破壊の化身、『神話級』魔族フレースヴェルグの眷族にして……出来(うまれ)たてほやほや、最新型の新造合成魔族(キマイラ)である、彼。



 「……かべ。……んん……うえ。てん、どう? ……んい、あかり。おかり、ひかる。……あかり、いきてる」

 「……否定する。壁も照明も、生命反応を持つものではない。それらはただの無機物、モノ(・・)に過ぎない。『生きている』という表現は、当て嵌まらない」

 「………わかり、やすく。ゆって」

 「……………生きていない」

 「んい……」



 目付きは物騒。語り口は無愛想。

 だが……ちゃんと話を聞いてくれる。会話が成立する。


 生産され(ロールアウトし)て間もない個体らしく、少々思考の柔軟性に欠けるところはあるようだが……それでもちゃんとコミュニケーションは成立している。


 少なくとも、今のところは。



 「まおう、じょ。……ちゅうすう、うごく……して、いる?」

 「部分的に肯定する。炉は殆どが再起不能。数基が辛うじて再起動を果たしたが、中枢区画に絞ったとしても……全施設の復旧には到底足りない」

 「………ふれー、す、べるく。……ぶじ?」

 「我が創造主は健在である。しかしながら一部機能に一時的な障害が生じているため、機能代替要員として当号が製造された」

 「………とー、ごー」

 「当号」



 思いのほか饒舌な、合成魔族(キマイラ)の彼。予め集積情報端末(データベース)に貯蔵されていた情報知識、ならびに情報伝送個体(ラタトスク)達によって(もたら)されたこの世界の情報。それらを先行入力(インストール)されることで……生まれながらにして非常に高度な語彙能力を備えるに至った、彼。


 眼前の白い少女が敵性存在であるという認識が無いのか、詳細な情報を進んで開示してくれていた。

 惜しむべくは、ノートにそれらの小難しい単語を聞き取り理解する力が……絶望的に不足していたという点であろう。



 「とーご、は……うまれ、どこ? ……じかん、どれくらい?」

 「当号は『魔王城』中枢区第伍号練成棟による製造だ。起動より現時点で五十三時間二十四分を認識している」

 「まおう、じょ。ちゅうすう。……わたしも、そこ、うまれ」

 「……貴様…『も』? 魔王城中枢区の産まれである、と?」

 「んい。…………そっち」




 小さな指で指し示す先。

 有機・無機、実験体・完成体問わず、多種多様な練成個体が生み出される練成棟が立ち並ぶ一区画。


 ……その片隅、現世においては最早読み取れる者の存在しない、『第零号練成棟』の(プレート)が掲げられた――太古の昔にはひときわ厳重な守りが敷かれ、多種多様の認証設備と感知器(センサー)、そして物騒な防衛設備に守られていたであろう――周囲に立ち並ぶ練成棟の扉から独立した、とある建屋。







 合成魔族(キマイラ)の彼を通し監視を継続していたフレースヴェルグは、その(プレート)を示すものを認識していた。

 『第零号練成棟』……魔王城の中でも重要研究区画である、中枢練成棟。その中でも極めて厳重な情報統制が敷かれていた、謎に満ちた施設。千余年前の魔王城顕在期であっても、魔王を除きこの施設の全容を知る者は居なかった。



 ……無論、『神話級』と持て囃されていた、フレースヴェルグも含め。



 今でこそ扉は開け放たれ、その内部には開け放たれた硝子筒がひとつと……崩れ落ちたヒト型の『残骸』が残るばかり。

 魔王城集積情報端末(データベース)とは独立していた第零号練成棟の情報端末、それは何者かによって完全かつ入念なデータ消去が行われており……そこからはついに何の情報も拾うことが出来なかった。


 そんな場所……情報統制に覆い隠された『第零号』産まれだという、少女。

 魔に属する身体を持ちながら……憎き『勇者』に与する、得体の知れない少女。



 彼女が『島』に足を踏み入れたことは、知覚していた。

 単独での上陸を見るに、まさか自分の討伐に赴いたのでは無かろう……そう思い迎撃には出向かず再生に専念していたのだが、ならば逆に何のために来たのか理解できなかった。


 外見は非常に、非常に見覚えがある。

 しかしながらその言動は……全くもってらしくない(・・・・・)


 ならば直接問いただすほかあるまいと、眷族の動作試験を兼ねて派遣、接触させ……自らが座す主動力区画へと誘う最中。

 眷族の目を通して飛び込んできた、特級制限区域。



 外見の特徴から薄々勘づいてはいたが。

 魔王しか知り得ない、『第零号錬成棟』のことを知っている……とあれば。




 フレースヴェルグの中で組上がりつつあった仮定はしかしながら……少女の口から転がり出た言葉によって、儚くも崩れ去った。




 「わたし、いちねん、いじょ。いっぱい、まえ。……だから、おにいちゃ」

 「おに……………は? おに………?」

 「おにいちゃ。わたし、おにいちゃ」

 『「……………は?」』


 破壊の化身と、その眷属の合成魔族(キマイラ)は……揃って唖然とした。








 魔王とは、孤高なる存在である。


 絶対的な権力と絶対的な魔力を併せ持ち、ただ一人高みに座し、民を導く存在である。



 そんな絶対的強者が。唯一無二の気高き存在が。






 「とーご。とーご。わたし、おにいちゃ。……おにいちゃ、よぶ」




 他者に、よりにもよって合成魔族(キマイラ)に……自らを家族(・・)であるなどと………


 兄であるなどと、吹聴する筈がない。





 ((ていうか……どこが『兄』だ……))




 理解を越えた出来事に、フレースヴェルグが硬直している間。

 無慈悲にも状況は移り変わり。


 よりにもよって彼の眷族は――全世界規模の知識と産まれたて故の素直さを併せ持った、合成魔族の青年は――律儀にも応えてしまった。




 「『お兄ちゃん』『兄』とは、目上の男性親族を指し示す語だ。仮に………貴様が親族であるとしても『兄』は当嵌まらない。少女(・・)……女性(・・)であれば、『()』でなければ誤りだろう」

 「………………………い゜」

 「更に言えば……貴様のような小柄な体躯では、『姉』と言われても説得力に欠ける。どちからといえば『妹』と言われた方が順当であるように思える。一般常識として捉えるのなら、『姉』は幼体の中でも背丈が高いモノに対して向けられる呼称であるという傾向が………………聞いているのか?」






 少女。


 女性。


 姉、そして……妹。




 『お前は、少女である』という……本当に今更すぎる、指摘。



 当の本人以外は誰一人の例外なく認識していたこと――ノート本人の認識はさておき、世間一般的に見ればノートの性別は紛れもない()であるということ――なのだが………

 いざ面と向かって指摘された経験の薄い(もしくは指摘されたことを忘却している)少女(・・)は目を見開き、口をぽかんと開けて両手を半ばまで謎の形に掲げ、




 半開きの口から溢れた中途半端な音を最後に


 奇妙な格好で、完全に硬直した。

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