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108_少女と幼女と血煙の罠



 硬質な質感のすべすべとした床、それと同系素材の壁で構成された、ひときわ湿度の高い小部屋。

 その空間の半分ほどは一段二段低くなっており、そこになみなみと張られた湯からは暖かそうな湯気が立ち上っている。


 リーベルタ王国兵力の北部一大拠点、ドゥーレ・ステレア南砦。巨大な水源に恵まれたこの施設はその恩恵を余すところなく享受し……浴室をはじめとする水回りの充実度は、軍用施設としては群を抜いていた。



 湖南砦の一区画、女性専用厚生棟。

 その中の女性専用大浴場。


 そこでは現在四つの人影が湯煙の中に、一糸纏わぬ姿で寛いでいた。



 「ここが天国か……楽園か……」

 「呵々(かか)大袈裟おおげさだのお」



 仏のような柔らかな笑みを顔面に張り付け、ただただ無心でその光景を網膜に焼き付けんと状況観察に勤しむ長耳族エルフの少女。

 その眼前、纏めていた黒髪を下ろした少女は……観察に専念する彼女をからからと嘲笑わらいながらも、恥ずかしげもなく新たな身体を披露している。



 「まァったく。坊といいおんしといい……なかなかいい趣味しておる」

 「ニドあんたは何だ。女神か」

 「まァた妙なことをう娘子だの。ほれ、ほれ。んなんはどうだ」

 「あぁぁ……最っっ高」



 創造し(うまれ)たての未成熟な肢体を余すところなく披露し、艶かしく誘うようにくねらせる少女……の姿をした何か(・・)

 ノート程ではないにしろ小柄な体躯には、女性の象徴たる二つの膨らみが誇らしげに揺れている。

 背丈でいえばネリーよりも更に小さい。しかしながら胸部の実りは背丈不相応に豊かに実り……食い入るように見詰めるネリーの眼前、蠱惑的に揺られている。

 先日焼失した両腕、その傷痕は今や見る影もなく。自らの胸の果実をし寄せるように……艶かしい少女の曲線をもって、熱い視線に曝されていた。




 「……本当(ほん)っにおんしは変わっとるの。(ワレ)など中身(・・)はヒトに(あら)ず……しかも一応が(オス)だと云うに。おんしの方こそ(オス)の眼前で素裸(すっぱだか)なのだぞ。気にはならんのか?」

 「なんねぇなぁ。ヴァルの奴は知らんけど、私にとっちゃニドは男って印象(イメージ)あんま無ぇし……何より小さいのにエロいし可愛いしオマケにエロいし」

 「呵々々(かかか)! 筋金入り(ここまで)とはな! ……(ワレ)の中身を知って尚其処(そこ)まで()うとは思わなんだ。悪い気はせんな。…………特別だ。(ワレ)に望み在れば()うてみよ。何でもシてやろ」

 「今何でもって言ったよね!?」

 「呵々(かか)()うたとも」



 小柄な体躯に反して瑞々しく実ったふくらみを強調しながら……小さな舌で薄い唇をぺろりと嘗め、にっこり嘲笑(わら)い妖艶に誘う少女。

 堕落に誘う悪い蛇に導かれるが如く……ネリーの理性は秒で陥落した。





 ………………………




 白く霞む湯煙の中。桃色に染まりつつある空間の傍らにありながら……湯に浸かっているとは思えぬ程に顔色の悪い、もう一方。


 (かた)や隣国の特殊部隊員――諜報員(スパイ)として、決して身元を割られてはいけない重圧にただ耐える朱髪三角耳の少女。

 もう(かた)や、『この一大拠点を支配下に置く女帝に捕獲されてしまった、以前勝手に出奔したことを咎められお仕置きをされるのだ、身を清めさせられるのはこの後この身体に想像を絶するお仕置きをするための下準備に他ならないのだ』などと根も葉もない被害妄想に勝手に囚われている白妙の幼女。


 完全に桃色の非常事態と化したもう一方など気にする余裕もなく、この後訪れるであろう未来にただ怯え、身を強張らせる二人。



 「………あーね、あーね」

 「は、はい! ……な、何ですか? ノートちゃ、ん……」


 ふいに掛けられた言葉に現実に引き戻されると共に、傍らの白い幼子へと目を向けるアイネスは……一瞬言葉を失う。

 すぐ近く、それこそ手を伸ばせば容易に触れられる程の距離。ざぱざぱと膝立ちで近寄る彼女は、可愛らしい曲線を描くおなかから上を湯から出し……その柔肌を惜しげもなく大気に晒していた。



 「あーね、わたし……ごめ、やさい。あーね、まるめろ……かりあたた、よかった。……ここ、へいし、いっぱい」

 「…………………」



 明るい場所で改めて、まじまじと見つめる彼女の裸身は――その名が示す通りの真っ白、同性であっても胸の高鳴りが止まらぬ程に――ただただ綺麗だった。

 シミどころか曇りのひとつも無い肌は瑞々しく湯を弾き、顔面の蒼白っぷりに反して随所をほんのりと桜色に染め、まさに目の前で彼女の呼吸に併せて微かに上下する小さな胸が……これまた愛らしい。



 「わたし、あーね、しってる。へぷる、まいあ……くに、ちがう。……ごめんやさい」

 「……………………」



 思わずごくりと喉を鳴らし、水面下に続く彼女の下半身に視線を向ける。

 膝立ちで目の前に佇む幼い少女の下腹部。湯の揺らぎに所々遮られながらも一際強い存在感を放つ一点、穢れない小さな少女の不可侵の聖域。水面下でバランスを取るためか大きく開かれた彼女の脚、その付け根。

 そこはさも当然のように白い肌しか見受けられず、湯の揺らぎの向こうとはいえ、一切の茂りも見て取れない。



 小さく、幼い。

 ……だというのに得体の知れない色香を纏う、彼女の身体。


 同性さえも虜にするその肢体に……誇張ではなく、アイネスは見惚れた。




 「? あ、あーね……? あーね?」

 「……ノート、ちゃん………」

 「あ、あーね……?」



 青白かった筈の顔色は僅かながら朱に染まり、視線はせわしなく左右に散らばる。湯による温熱効果とは明らかに異なる要因によってアイネスの血行は勢いを増し、脈拍はその間隔を縮めていくのが解る。


 こんな感覚は……ここまではっきりと実感したのは、初めてかもしれないが。

 この症状――顔が赤くなり心が落ち着きを失い脈が上がり胸が苦しくなる、その症状は――まるで話に聞く()()()()()()()の感覚そのもののようで……



 「…………えっ……?」

 「? んい……? あーね?」



 無意識下で脳裏に浮かんだその感覚を自覚した途端、アイネスは目に見えて狼狽えた。

 更にタイミングの悪いことに、彼女の内心を知ってか知らずか……元凶である白い幼女がにじり寄る。愛らしい顔を歪ませ、申し訳なさそうに……若干の上目遣いとともにアイネスに迫る。

 殆ど脹らみのない、しかしながら見惚れるほど美しい形状と柔肌、そして頂の淡い桜色がアイネスのすぐ至近に披露され……




 ――堪えられない。


 そう判断したアイネスは気恥ずかしさを紛らわせるように、ざばりと水音を立てて立ち上がったところで……そこで異常に襲われた。



 「あ、あーね? あーね!?」

 「え……あ…………わぷ」



 暖かな湯面に、突如ぽたりと落ちる滴。

 無色透明の湯に溶けすぐに消えたが……その滴の持っていた色は『赤』。


 それはその滴の源、アイネスの髪色に近い色でもあり、

 今まさに彼女の顔を赤く染めている……形のよい鼻から伝う『血』の色でもあり。



 自身の身に生じた事態に戸惑い、思わず水音を立て慌てふためくアイネス。……しかしながらその無意識の行動、急激な体勢の変化は完全な悪手であり。



 「……あ、………あふ」

 「あーね!? あーね!!」

 「んっ…………のう娘子。続きはまた今度だの」

 「……っぷは、え? 何………アイネス!? 大丈夫か!」




 身体全体を温められ、血流の増したところに追い討ちを掛けるかのような、脈拍の上がるような妄想と……急に立ち上がったために生じた、頭部への血流量の低下によって。


 真っ赤から真っ白に顔色を変化させ、アイネスは鼻から血を垂らして目を回し……暖かな湯の中、仰向けに倒れていた。

ネリー「グヘヘ眼福」

ニド「阿呆言うとる場合……手際良いの」

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