16 知枝未ちゃん視点・歩夢くん視点
● 知枝未ちゃん視点
従姉弟の歩夢くんは、小さい頃からの私の婚約者だ。
五歳年下だけど、歩夢くんのお父様譲りの不思議な瞳の色は私を惹きつける。
「ねえ、歩夢くん」
「何だよ」
「ちょっと呼んでみただけ」
相手にしてもらおうと呼びかけてみるけど、歩夢くんはいつも素っ気ない。
「用事がないなら呼ぶな。鬱陶しい」
厳しい物言いに私が項垂れてしまうと、彼は少し頬を染めて咳払いした。
「まあ、何だ。俺の用事が終わったら、ちょっとはしゃべってやるから。それまで待ってろ」
「……うん!」
親に決められた婚約者だけど、優しくて綺麗な歩夢くんとおしゃべりするのはとても楽しい。
そんな歩夢くん、何故か運が悪い。
行こうと思っていたライブのチケットをなくしてしまったり、大事な約束があるときに限って電車が遅れてしまったり、旅行先で行こうと思っていたお店が臨時休業だったり、挙げると枚挙にいとまがない。
私が予知夢で助けてあげることも多いけれど、助けてあげても歩夢くんはそっぽを向く。
「知枝未に礼なんか絶対言わないんだからな!」
嫌われてはいないと思うんだけれど……歩夢くんは私の助けなんかいらないのかしら。
やがて歩夢くんが大学に入学し、私達は結婚することになった。
でも私は正直不安だった。歩夢くんは私が相手では嫌なんじゃないだろうか。
結納の前日、そっと彼の部屋へ行った。
「あの……話したいことがあるんだけど」
そう言うと、歩夢くんは部屋に私を入れてくれた。
「話ってなに?」
相変わらず素っ気ない。だけどめげずに私は訊いた。
「歩夢くんは、私との結婚は嫌なのかなと思って……」
それなら婚約を解消した方が、と言いかけた私を、歩夢くんは遮った。
「嫌なんて……嫌なんて思うはずないだろ! 知枝未は俺の婚約者――結婚相手だ! 勝手に婚約解消とか言うな!」
普段大声を出さない歩夢くんに怒鳴られて首をすくめていると、抱き寄せられて、荒々しく口付けをされた。
「いつ俺が嫌だと言った!? 知枝未以外の婚約者は考えられない。お前は俺だと嫌なのか?」
「……嫌じゃ、ない……」
突然のキスにものすごく驚いた。しかし、彼の愛情表現だと思うとこれ以上嬉しいことはない。
「歩夢くん……好きよ」
「……ああ、俺も知枝未が好きだ」
素直でない婚約者から初めて素直な言葉が聞けて、私は心から笑顔になった。
♦ ♦ ♦
● 歩夢くん視点
俺の従姉弟の知枝未は、近寄りがたい雰囲気のある美貌の持ち主だ。
五歳年上のそんな美しい婚約者は、雰囲気とは裏腹にいつも俺に気安くまとわりついてくる。
五歳も年上のこんな美人に構われると、嬉しい反面、照れる部分もある。なので彼女には、ぶっきらぼうな態度をとってしまうことが多い。
俺は何故か、生まれつき運が悪い。しかし知枝未はいつも予知夢で俺を助けてくれようとする。これも嬉しい反面、子ども扱いされているかもしれないと思うと、腹立たしくもなり、お礼を言う気も失せてしまう。
――わかっている。俺が素直になれないのは、知枝未の婚約者として相応しくないかもしれないという思いに囚われるからだ。
「……はあ」
誰もいない自室で溜息をつく。
……知枝未のことは、好きだ。だけど俺で釣り合いが取れるだろうか。
不安に駆られて、父親に相談しに行くことにした。
「えみちゃんの結婚相手として、お前が相応しいかだって?」
父親は真剣な顔で相談にのってくれた。
「お前自身はどう思ってるんだ?」
「……相応しくありたい、と思ってます」
俺も真剣に答える。父親は笑顔で頷いた。
「それならお前がえみちゃんに相応しくなるよう、努力すればいい。誰にも取られないように気をつけろよ」
知枝未を誰かに取られる? その想像に寒気がした。そんな事態は絶対に避けないと。
それから、俺は知枝未に相応しくなるよう勉強もスポーツも頑張った。……見映えだって多少気にした。
やっと明日は結納だ。自室で寛いでいると、知枝未が何故か訪ねてきた。
「あの……話したいことがあるんだけど」
話? 何だろう。怪訝に思いつつ、知枝未を部屋に入れた。
「話ってなに?」
「歩夢くんは、私との結婚は嫌なのかなと思って……それなら婚約を解消した方が……」
突拍子もないことを言い出した彼女に俺は慌てた。いつ俺が知枝未との結婚を嫌がった! むしろ逆だ!
「嫌なんて……嫌なんて思うはずないだろ! 知枝未は俺の婚約者――結婚相手だ! 勝手に婚約解消とか言うな!」
強引に知枝未を抱きしめる。後先を考えずに、自分の欲望の赴くまま、彼女の唇を奪った。
「いつ俺が嫌だと言った!? 知枝未以外の婚約者は考えられない。お前は俺だと嫌なのか?」
不安に駆られた原因を言葉にして思いきりぶつける。知枝未は俺の腕の中で、戸惑った顔をしながら、弱々しく首を振った。
「……嫌じゃ、ない……」
その答えに、俺は心から安堵した。感情が昂ってしまったことを、少しばかり恥ずかしく思う。
「歩夢くん……好きよ」
それを聞いて俺ははっとなった。俺は知枝未に相応しくなるよう、勉強などを努力した。でも――それだけじゃ足りなかったんだ。足りなかったのは言葉だ。
「……ああ、俺も知枝未が好きだ」
今の俺に言えることはこれだけなのを悔しく思う。結納の後も、結婚の後も、この美しい知枝未を誰にも取られないよう、言葉も重ねなければ。
俺の決意が伝わったかのように、愛しい人は、可憐な笑みを向けてくれた。