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暁の黄泉鴉  作者: 雅移 悟李羅
東饗──『偽りの太陽』編
85/85

84.黒い炎

「なんだ……その姿はッ!?」


「……」


 首から上が燃え盛る火球と化した鴉は、窮奇の問いに答えない。

 瓦礫に潰され、ちぎれていた左腕や下半身は何事もなく再生しており、それどころか服まで元の状態に戻っていた。

 しかも彼は刀を(さや)に収めており、窮奇の前に手ぶらで立っている。


「ッ…………!」

(何だってんだ……!? 鴉は妖力を発さねぇんじゃねぇのか!? こいつのまとう炎……明らかに妖力によるモンだ……。まさか偽物か……? いや、そんなはず……一体、何が……)


 窮奇は鴉の異常な変化について考えを巡らせる。

 偽の鴉かと一瞬頭をよぎるものの、彼に味方する妖怪は鬼しかいない。

 鬼と直接会ったのは一瞬だけだが、窮奇としても「鬼はない」とすぐに理解できていた。

 鴉は固まる窮奇にさらに近づく。

 腕を伸ばせば、肩に手が届くほどの距離になるまで。


「くっ……!?」


「……」


 互いの妖力が触れる。

 触れるものを切り刻む風と、赤黒い炎の熱気。

 棒立ちで動く気配の無い鴉に対して、窮奇は言いようのない不気味さを感じながらも──

 真っ先に、先制攻撃を仕掛けた。


「オラァッ!!」


 渦巻く斬撃をまとった拳。

 時速70kmを超える速度で放たれたパンチは、人間のプロボクサーの次元を優に超えていた。

 しかし──


「ごはァッ!?」


 鋭い衝撃が窮奇の鳩尾(みぞおち)に突き刺さる。

 彼の斬撃、拳は共に鴉には届かず、カウンターを合わせられて打ち込まれていた。


「なっ、なん──」


 驚く暇も与えられず、窮奇の全身に鴉の拳が幾度となく叩き込まれる。

 乱雑なラッシュではなく、一発一発が正確に、丁寧に打ち出される速拳(そっけん)

 顔面、喉、鳩尾と人体の弱点をことごとく殴られ、ジリジリと後退りする窮奇。さらに、彼の集中も途切れてしまう。

 まとっていた風刃は消え、無防備に鴉に殴られ続ける。


「ぐはぁっ……な、舐めてんじゃねぇぞッ」


「……」


 鴉の連撃が一瞬止まった隙に、窮奇は腕を振り抜いた。放たれるは"鎌鼬(レンヨゥ)"。

 しかし鴉は体を少し横に動かすだけで回避してしまう。標的を失った不可視の刃は、後方の半壊したビルを細切れにした。


「クソがァァッ」


「……甘いな」


 翼を広げ、暴風を解き放つ窮奇。

 周囲の瓦礫を吹き飛ばし、鴉に向かって殴りかかった。

 しかし鴉は落ち着いた様子でコートの内側に手を伸ばし、その次の瞬間、窮奇の脚に向けて何かを投げつける。


「ぐッ──!?」


 窮奇の太ももに、深々とナイフが突き刺さった。

 激痛に顔を歪めるも、彼の攻撃は止まらない。

 

「オラアアァッ!!」


 窮奇の拳が鴉を捉え、心臓までを抉らんと風刃が巻き起こる。

 鴉の胸はドリルのような風刃によって削られ、穴が広がる。やがては胴体を吹き飛ばし、腕と首から上だけが残され、鴉の身体の大部分が消し飛ばされてしまった。

 

「……ハ、ハハッ、どうだ!」


 再生力に長けていたとしても、心臓もろとも胴体を失えば鴉も絶命は免れない。

 窮奇は自身の焦りを上書きするように笑って見せる。だが……


「なっ!?」


 残された腕や頭部は地面に落ちず、下半身も倒れない。それどころか、それらの断面から赤黒い炎が燃え盛り、形を作っていく。

 鴉の肉体を、炎が修復していく。


「どうなってやがんだ……こいつは……」


 戸惑いを隠せない窮奇。

 そんな彼に、鴉は何も答えない。 

 だが驚くばかりで戦いを忘れてしまった彼は無防備になっている。

 鴉は当然逃すはずはなく、窮奇の肩を掴んで自身の後方に投げ飛ばした。


「うおああっ」


「早いところケリをつけさせてもらうぞ」


 体勢を崩してよろめく窮奇。

 鴉はそんな彼の顔面に膝蹴りを入れ、再び拳による連撃を打ち込んでいく。

 ただ淡々と、作業のように。

 拳を放つたびにコートを徐々に脱いでいき、腕を袖から外すと、窮奇の視界を塞ぐように彼にコートをぶつける。

 視界を奪われた窮奇がもがく間に、太ももに刺さったナイフを一瞬で引き抜くと、そのまま彼の胸を横一文字に切り裂いた。


「うがあアアッ!? クソッ……がぁぁ!!」


 コートを乱暴に振り払うと、窮奇は鴉に向けて手をかざす。


「"鎌鼬(レンヨゥ)"──」


「ふッ!」


 巻き起こる風刃。

 しかしそれが放たれる瞬間、鴉は窮奇の腕を横から叩き、"鎌鼬"をあらぬ方向へと逃した。

 自身の防御、回避のためだけでなく、背後にいる親子を守るために。


「フッ、ハァ!」


「うバッ……ぶはァァッ!?」


 胸に拳を叩き込み、最後に強く(ほお)を打ち抜く。

 その勢いで窮奇は地面をゴロゴロと転がった。


「…………そうだ……それで、いい……! どんな力だろうが、どんな理屈だろうが……! 構うもんかよっ」


「……!」


「今のお前を倒して、俺は先へ進む! 王座は、俺のモンだ……ッ!」


 ナイフで切りつけられ、窮奇の胸骨と肺の一部は損傷している。太ももも、数本の動脈を傷つけられブシュッ、ブシュッと血液を吐き出していた。

 それでも、窮奇は戦いを望む。

 強さなど関係なく、勝利だけが彼にとっての全てだからだ。

 翼を広げ、彼は空へ飛び立った。


「……あの高さに行かれちゃあな……」


 鴉は上空へ昇る窮奇を見上げながら呟く。

 地上から40mの高さにまで至った窮奇は、鴉に向けて再び手をかざした。


「そろそろ()()()()()のマネはやめさせてもらうぜ……。接近戦にこだわったのは、あくまでもお前に合わせて勝つためだった……。だが、その必要はもう無くなった!」


 窮奇の両手に妖力が込められる。


「全身全霊、何でもアリの戦争(バトル)だぜ。フルパワーだッ、消し飛べェッ! "鎌鼬(レンヨゥ)"!!」


 窮奇の手から渾身(こんしん)の"鎌鼬"が放たれる。

 鴉だけを捉えたものであるが、両手から放たれているだけ攻撃範囲は広い。 

 地上に到達する頃には、鴉の後ろの少女と母親まで切り刻まれることになる。

 そう察した鴉は、近くにあったスイカ大のコンクリート塊を(かかと)で蹴り飛ばした。

 コンクリートは少女の脚の付け根に当たり、その体を母親もろとも更に後方へと吹き飛ばす。


「さて……一方的な戦況になった──とでも、思ってるんだろうが。こっちも打たせてもらうぞ。なにぶん、()()()なものでな」


 鴉の足元に赤黒い炎が収束していく。

 炎はそのまま彼の足首、膝、太もも、腹と上へ上へと上っていく。そして、最終的に、ナイフを握る右手へと到達した。


「……1、2──今だッ」


 赤黒い炎がナイフを包む。

 そして、自身に到達する風刃にタイミングを合わせて、ナイフを風に当てた。

 風刃により鴉の体がバラバラになり、地面に無数の斬撃の跡が走る。

 それと同時に、黒い炎が空へと昇った。


「……!? 何だ……!?」


 炎は風刃──窮奇が放った風を(さかのぼ)るようにして空を走る。

 鴉からの攻撃。それに違いないと、窮奇は自身を覆うように無数の風刃を渦巻かせた。

 しかし──


「うお、あああああああッ!!?」


 赤黒い炎は窮奇の風に触れた瞬間、火力を爆発的に増して彼を焼いた。

 高速で渦巻く風でさえも、鴉の炎を吹き飛ばすことはできなかったのだ。

 むしろ、風そのものにまとわりつくようにして、しつこく窮奇の肌を焼く。

 しかし鴉から離れたせいか、炎が燃える持続時間は短く、窮奇は爆炎に包まれるだけに終わった。

 それでも、彼の全身に水ぶくれ以上の火傷を負わせることにはなったが。


「うっ、あうっ……」


「……腰骨が少し砕けはしたろうが……切り刻まれるよりは良かったろ」


 鴉に吹っ飛ばされた少女は、コンクリートが当たった箇所を押さえてうめいていた。

 鴉の声は彼女には届かないが、命が救われたと感じることはできている。

 少女が数分前に見た光景とは、一人でに瓦礫が持ち上がり、母親がその下から引きずり出されるという"奇跡"だったから。


「こんなっ……芸当まで……!? チィィッ!!」


「! 何をする気だ……!?」


 怒りに任せ、窮奇は妖力を爆発させる。

 様子の変わった敵に鴉も驚くが、間髪入れずに窮奇の攻撃が始まった。


「がああアアアアアァァッ!」


 やたらめったらに風刃を振り撒き、斗島(としま)区をめちゃくちゃに破壊し始める窮奇。

 半壊に留まっていたビル群も細切れにし、出来上がっていた瓦礫の海にも容赦なく斬撃の雨を降らせる。

 まだ無事だった構想ビルも真っ二つにし、通りを走る車、歩く人間たちを落下する残骸で押し潰していった。


「まずいっ」


 鴉は窮奇の暴走を見るや否や、少女と母親の方へと走り、彼女たちに覆い被さる。

 窮奇の斬撃は見境なく放たれているため、三人を刻むことはなかった。しかし付近には直撃し、瓦礫の崩落を招くことになる。

 土埃と瓦礫の世界に変えられていく斗島区。

 人間たちは悲鳴を上げ、絶叫する。SNSで助けを呼んだり、この状況を世界に知らしめる間もなく、この"地獄"へと引きずり込まれていってしまう。

 展望台も、『ドーンシティ水族館』も、『目城(めじろ)庭園』も。斗島はその象徴ごと切り刻まれていった。


「消し飛べェェェェッ!!」



 ──"風伯(フォンボー)飛廉(フェイリェン)"!!



 窮奇は両手を頭上に持ち上げ、その間に暴風の塊を生成する。

 本来目に見えないはずの風であるが、そのあまりの強さにより、窮奇の手の間は陽炎(かげろう)のように景色が歪んでいた。

 そして彼は、その暴風の玉を地上へ向かって投げ下ろす。

 さながら風の滝。それが地上に直撃した瞬間、ハリケーンをも超える爆風が解き放たれる。

 瓦礫も土埃も全て吹き飛ばし、斗島区全体が崩壊。廣島(ひろしま)永崎(ながさき)の悲劇を彷彿(ほうふつ)とさせるほどの、巨大なキノコ雲が立ち昇った。



「はぁ……はぁ…………」


 窮奇の眼下に広がるは真っ平の荒野。

 斗島区は、消滅した。


「どうだ……これで…………」


 大技を放ち、流石に窮奇も堪えていた。

 街が消えて数分後、土埃が晴れた中で立っていたのは、彼だけであった。

 だが──


「ッ……!?」


 突如として、空が赤黒く染まった。

 夕焼けには早すぎる。まだ昼だ。

 窮奇はすぐに異変に気づき、振り向いた。

 彼の背後には太陽にしてはあまりに巨大で、あまりにも地上に近く。赤黒い、暗い太陽が昇っていた。



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