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暁の黄泉鴉  作者: 雅移 悟李羅
東饗──『偽りの太陽』編
84/85

83.絶望を明かす者

「……」


 窮奇は破壊されたオフィスの壁から、壊滅状態の斗島(としま)の街並みを眺めている。

 "大馬風(ダーマーフォン)"によって、窮奇の目線の先、地上12m以上の高さにあるあらゆる物は瓦礫(がれき)と化していた。

 老朽化が進み脆弱になっていたマンションやビルは、上階が破壊された衝撃に耐えられずに倒壊。死傷者数も、千人に及んだ。


「あ、あああっ……」


「なんっ……だ、これ……」


 窮奇の後方に立ちすくむオフィスの社員たち。

 恐怖が全身を支配し、誰も彼に声をかけることができなかった。

 目の前で同僚たちが惨殺され、壁に穴が空けられたかと思えば街並みを一刀両断されたのだ。一般人にとっては衝撃的な非日常、当然の反応である。

 窮奇は彼らに目もくれないが、おもむろに右手を上げると──


「ぎゃっ──」

「ひゅッ──」


 巻き起こる風により、廊下に出ていた社員たちはバラバラに切り刻まれていって。


「王には下民が必要だがな……()()()()()()。今は、鴉が一番重要だ。決着を……!」


 窮奇はそう呟くと、背中に妖力の翼を広げる。

 そして、瓦礫の海の中へと消えた鴉を探すために、雲の少ない昼空へと飛び立っていった。



───────────



「うっ……ぐ…………」


 土埃の晴れない瓦礫の下。

 鴉は下半身をコンクリートの塊に押し潰され、その場から動くことができなくなっていた。

 右手はかろうじて瓦礫の下から出ており、刀を離さずに握り締めたまま。

 しかし左腕は、窮奇の放った斬撃の影響で上腕から先が消えており。おびただしい血を流して、体の下に血の海を広げていた。


(クソ……出血が、多い……。左腕もそうだが……脚も…………。全く、感覚がない……)


 鴉は瓦礫の下から這い出ようともがくが、下半身の感覚が無かった。

 圧迫されているのではなく、()()()()()()

 鴉はそう察する。

 再生を待っても、瓦礫の下には空間が無い。回復を優先させたとしても、戦線復帰は絶望的であった。


「はぁ……はぁ……」

(めまいも……する……。まずい、意識を……保た、ねぇと…………)

 

 大量失血は霊体である鴉にとっても致命的である。

 体内を巡る血液は、酸素を体中に運ぶ。これは鴉も同じ。

 霊体であっても、彼には血がある。それを失うことは生きる力そのものを失うことと同義だった。

 つまり今の鴉はまさしく、今際の際に立たされている。


「うあああっ……お母さああああん──!!」


「……!」


 近くで子どもの泣き声が響く。

 鴉が閉じつつある(まぶた)を何とか開けてみれば、小学生にもなっていないような少女が瓦礫のそばで泣いていた。

 うずくまり、血の池が広がっているコンクリートのそばで。

 

「……」

(人間……。母親が、潰されたのか)


 鴉が今いる場所は、ビルとビルの間の通り。

 一階部分は肉屋やサイクルショップになっている建物が多く、昼時の現在も本来なら人気があった。

 それ故に、彼女ら以外にも犠牲者が複数人出ていたのである。

 店を営んでいた者や客はほとんどが瓦礫に押し潰れ、少ない生存者の中にも無傷の者はいないほど。


「うわああああっ!!」


 少女の叫びは一層悲壮の色を強める。

 鴉の薄れる意識の中で、その声はこだまし続けていた。遠い場所に追いやられ、失われた何かが呼応しているかのような感覚と共に。

 鴉の中に蘇るは、火に包まれた戦場の光景。

 そして代わる代わる、点滅するように差し込まれる、加山や(さとり)との記憶。

 


 ──彼は今、この国の社会を相手取ろうとしています。それが、真の闇なんです。



 ──三人で力を合わせていこうって話だ。それぞれできないことを、互いに補い合う。


 

 ──彼は、鴉は、私たちの希望なんですよ。



 ──フッ、トリオ結成だな。


 

 加山と覚の言葉が巡る。

 鴉の存在を肯定し、三人の力を合わせる。

 決して忘れられない、仲間の声だった。

 そして次の瞬間、巡る光景は燃える戦場に。

 夜空の下、そこには大量の兵士たちの死体。そして──今度は顔の隠されていない、()()()()が。

 柔らかく微笑む和服の女性は、確かに鴉に目線を送っていた。



(きよ)……()……」



 ──知ってる? 世界は、暗いのよ──。

 

 

 知らない名前が自然と口からこぼれる。

 おそらく女の名前。鴉はそう考える。

 女は彼に向かって、言葉を続けた。

 いくつもの死体が打ち捨てられ、燃える野原に立ったまま。



 ──どこかに暮れない日はあるのでしょう。でも、闇は光よりも広く世界を包んでいる。それはあまりに優しく、静かで、神秘的なことなのよ。明けない闇こそが、最も──



 女性がそこまでを口にした瞬間、戦火はさらに勢いを増す。

 火は尋常の色をしてはいなかった。

 夜の戦場ではあるが、だとしても()()()()。火は赤黒く、女性を囲んでいた。

 火そのものが意思をもつ、生き物かのように。

 次の瞬間、火が女性を包み込む。女性は声を上げることもなく、ただ静かに鴉を見つめながら燃えていった。

 赤黒い火が彼女を完全な焼死体にする頃には、その場には鴉以外の生者はおらず。

 ただ彼の腕の中に、全身が焼け(ただ)れた女性があった。


(そうか……。これが、あの時の……)


 たびたびフラッシュバックする、戦場の光景。

 ずっと詳細がわからなかったあの日の記憶、それを思い出すことができた──わけではない。

 記憶は、鴉によって完全に理解されることはなかった。むしろ断片的な情報が、より彼を混乱させる。

 しかし、彼は思い出した。

 ()()()()()()()

 戦火を恨み、敵を憎み、死を惜しんだ。

 あの時の、想いを。


「そうだ。俺は、()()()()()…………」


 刀を握る手に力が入る。


「覚……加山…………。そして、黄泉の神の使命……。すべて──」



「全てを、背負って……!! そして、夜明けを──絶望を、明かす」



 鴉の声は誰にも届かない。小さく、血と共に絞り出されたその声は。

 だが、誓いは再び届いた。

 青い昼時の空は、赤黒く染まりゆく。

 暗い太陽が、昇る。



───────────


 

「鴉の野郎……一体どこに行きやがった……!?」


 窮奇は苛立ちを隠すことなく、瓦礫を暴風で吹き飛ばしながら鴉を探していた。

 最初こそ上空から探していたが、(らち)が明かないとして地上に降り立ち地道に鴉を探し始める。

 鴉に妖力は無い。そして、一度も死んだことのない窮奇は、彼がまとう(あし)の香りを嗅ぐことも不可能。

 目視、傾聴でしか標的を探すことができなかった。


「クソっ……どこにもいやしねぇ! ん?」


 数メートル先でガタリ、と瓦礫が動いた。

 窮奇は右腕に回転する風刃をまとうと、足音を消し、瓦礫の方へと忍び寄る。

 風刃の勢いは、音の主に気取られないよう抑えめに。自然と吹く風と同じ威力であり、近くで非常に小さな小石だけが転がる。

 大きな瓦礫の裏から、窮奇は拳を構えて。

 そして、潜伏者に向けて放った。


「ああぁあっ!?」


「っ!」


 窮奇の拳は止まった。

 瓦礫の後ろにいた、音の主は少女だった。

 いきなり姿を現した窮奇に驚き、鼻声ぎみの声を上げる。

 

「……チッ、鴉じゃねぇのか──」


 窮奇が少女から視線をズラすと、そのすぐ近くで血まみれで気絶している女性が瓦礫にもたれかかって座らされていた。

 その後方には血の池が出来上がっており、岩盤のような瓦礫が、誰かにどかされたように不自然に立てかけられている。

 しかし窮奇はその光景に違和感を抱かない。

 彼の目的は鴉だけに絞られており、他の全てには興味が無かった。


「あ、あのっ!」


「あ?」


「救急車、おねがいします! お母さんが、死んじゃいそうなんです! ガレキはどいたけど、血がいっぱい出てて……!」


「……」


 少女が今にも泣きそうな声で窮奇に(すが)る。

 今はギリギリ息があるものの、放っておけば母親は確実に死亡する。

 そんな状況で、娘はなんとか自分にできることを。助けを呼ぶということを選んで実行した。

 だが、声をかける相手を間違えた。

 よりによって、この惨状を引き起こした張本人に助けを求めてしまった。


「……そうだな。今にも死んじまいそうだな、お前の母親」


「うんっ……早くしないと……! お母さん……!」


「とっとと楽にしてやるよ」


 窮奇はスッと手を出し、意識の無い母親に向けて指を振るおうとする。

 風刃を繰り出すため、人差し指と中指を立たせて。

 少女は彼が何をしようとしているのか、当然理解することはできない。そのため、止めようともすることもできやしない。


「…………」


 だが、窮奇の指が振るわれることはなかった。

 彼は風刃を収め、おもむろに振り返る。

 自分の背後に、何かが迫っていたのを感じたから。


「っ……!?」


 ザッ、ザッと小石とアスファルトを踏む足音が迫ってくる。

 振り抜き、音の主を視界に入れた窮奇は思わず固唾を飲んだ。

 彼が散々探していた鴉が、そこにいたのだ。

 だが、様子が明らかに違った。


「……何だ、その、姿は……!?」


 悠然と歩いてくる鴉。

 彼の歩く跡には、なんと赤黒い炎が走り。

 彼のコートの端にも同様の炎が揺らめいていた。

 そして何より、窮奇に異常性を感じさせたのは鴉の()()

 最も赤黒く燃え盛り、首から上が、まるで暗い太陽かのように変貌していた。


「その、炎は…………!?」


「…………」


 鴉は妖力を発さない。それは玉藻から得た情報であり、正しい。事実である。

 だが、今窮奇の目の前で燃える鴉からは、確かに妖力がゆらめいていた。


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