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暁の黄泉鴉  作者: 雅移 悟李羅
東饗──『偽りの太陽』編
51/69

50.戟

「くっ……クソ……!」


『ギュゥアアアアアアア!!』


 スタジオのセットの上で、陰摩羅鬼は黄色く光る目を見開き、甲高くも禍々しい声色の咆哮を放つ。

 しかしその声はスタジオにいる者たちの中で(からす)以外には聞こえず、人間たちは誰も陰摩羅鬼の出現には気づいていなかった。

 陰摩羅鬼もまた霊体の存在であり、加山のように高い霊力を放つ者にしか見えないのだ。


『グググッ』


「……!」


『ガァアアアアッ!』


「炎っ!? まずいッ──」


 陰摩羅鬼は長い首を()らすと、目下の鴉に向けて思いきり黄色い炎を吐きかける。

 鴉からすれば反応、回避ともに訳ないスピードの攻撃であったが、彼の周りには絡新婦の死体の側にいる女性スタッフ二人がいた。

 すぐさま彼女たちを両脇に抱えると、鴉は跳躍して炎を避ける。

 しかし彼の右足だけは完全に炎から逃げられず、下衣(ズボン)の裾とブーツごと焼け爛れてしまった。


「えっ!? えっ!? なにっ!?」


「私たち、今飛んで──」


 スタッフ二人は自分たちが突如として浮遊し、絡新婦の死体の近くから離れてしまったことに混乱を隠せない。恐怖と困惑で、彼女らの顔は涙でびしょ濡れになっていた。

 いきなり死んだアイドルと女。空を飛んだ二人のスタッフ。他のスタッフや番組の出演者たちもその光景を目にし、恐怖を隠せない。

 一方の鴉。

 右足を襲った黄色い炎のダメージは彼の想像以上に大きく、爛れるほどの火傷はその負傷自体がまるで意思を持つかのように、鴉の体を直撃部位から蝕むようにじわじわと広がりつつあった。


「うぐっ……くぅ……!」


『クルルルゥゥ……』


「面倒な炎だ……。喰らってられない……!」

(一度でも当たれば火傷が広がり続けるのか……。俺の再生力でもそれを食い止められないとはな……)


 火傷が広がるスピードは鴉の持ち前の再生力で鈍化していた。

 傷の修復が遅い普通の人間が喰らえば、ひとたまりもないことは自明である。

 

「おっ、おい! もうCM終わるぞ!? 急いで主調整室に連絡入れろ!」


(……ここで一番権限がある男か? CM……たしか、番組の途中に挟まる物の宣伝とかのことだったな……。そうだ、それでいい。急いで番組を中止しろ!)


 男性スタッフの一声で、ハッと我に帰った数人がバタバタと動き出す。

 鴉としても、番組を中止させてカメラでこの惨状を電波に乗せることは何としてでも阻止したいことであった。

 もしこの状況が放送され、スタジオの外にまで情報が漏れてしまえば月兎(げっと)の耳にも当然入る。

 それだけが()()だった。


『ギュアアアアアアアッ!!』


「っ!? やめろォ!!」


 

 ボォオオウッ!!



「「「うわああぁぁっ……──!」」」


 一斉に動き出したスタッフたちに触発されたのか、陰摩羅鬼は再び(くちばし)に炎を溜める。そして先程鴉に吐いた時よりも、さらに火勢のある炎を吹きかけた。

 焼き払われるスタッフ、出演者たち。黒焦げになるだけでは済まされず、焼き溶かされて黒色の蝋人形のように人の形を失っていった。

 

「クソッ……! めちゃくちゃにやりやがって……!」


 四方八方に炎をばら撒き、人間も設備も焼かれていく。

 残ったのは鴉と、彼が先程助けた女性スタッフたちだけ。

 彼女らの目からは突如として仕事仲間たちがスタジオごと焼き殺されていくようにしか見えておらず、更なる混乱を招くことは必然だった。それを見越し、鴉は彼女らを殴り気絶させて部屋の隅に寄せていた。

 カメラも焼き溶かされたことで陰摩羅鬼の虐殺が放送されることはなくなったが、天井から溶け落ちてくる鉄、床を()う炎、そしてその元凶がいるという最悪の戦場。それが目の前に広がっていることは鴉にとっては変わらない事実である。


『ギュグググ……』


「……とっとと片をつけてやる。お前如きに手間取ってる暇は無いのでな!」



───────────



 鴉と陰摩羅鬼がT2スタジオで戦い始めたのと同時刻、加山と田枯は七階に到着し、屋上庭園が目前に迫っているという状況に至っていた。

 あと少しで(さとり)が狙撃できる地点に田枯を誘導できる。加山の緊張は最高潮に達していた。


「ここからだと、『お内場(だいば)』と海が一望できて良いですよね。結構女性にも人気なんじゃないですか?」


「んん? ああ……そうだなぁ」


「一般開放もしてますもんね。今日は……ちょっと空いてるみたいですけど」


「…………」


 加山は田枯に話題を振り続ける。

 他愛もない会話をし続ける、綺麗な風景が好きな()()()()人物を装って田枯と共に屋上庭園へ足を運んでいく。

 だが、田枯はそんな彼女にはあまり関心が無いようであり、どこか上の空で空返事をしていた。

 警官である加山も、当然そのことに気がついていた。


「田枯さん? どうかしましたか?」


「……河山さん。俺、用事を思い出した。行ってくる」


「え……た、田枯さん!?」


 屋上庭園に足を踏み入れる、その直前。

 田枯はくるりと踵を返して、元来た道を引き返そうとする。

 もちろん、彼を外に誘き出したい加山は彼を呼び止めた。


「あの、まだあなたに色々と紹介してほしいんですけど……!」


「そうか。なら、また今度だな。俺は仕事あんだ」


「そんなこと言わず! 少しだけでいいので、風景見ませんか?」


「……あんた、そうまでして俺と風景見たいんか?」


「は、はい」


「…………」


 田枯はじっと加山を見つめる。

 その瞳は疑心を孕んでおり、今までのどこか抜けた雰囲気は完全に抜けきっていた。

 彼は加山に投げかける。


「あんたこそ、仕事は無いのか?」


「……! 今は……何も割り振られてないので」


「へーーっ……そか。でも、俺は仕事あんだ。今日はもう付き合いきれねぇよ」


「でも──」


「あんた、そうまでして俺をそっちに連れて行きたいのか? そっちに何があんだ? 俺をどうしたい? ちょっと怪しいぞ」


「……っ!」


 田枯は完全に加山を怪しみ出した。

 もう限界だ。加山はそう悟る。

 だが田枯は、今は加山よりも彼の言う()()の方が重要視していた。彼女に背中を向けると、そのままズンズンと廊下を進んでいく。

 あまりにも唐突な行動に、加山もうっすらと察していた。


(鴉は妖怪と戦ってると言ってた……。それに勘づいて、参戦するつもりなのね……!)


 鴉がどのフロアにいるのかは加山は知らない。

 だが、鴉の元に田枯を向かわせるわけにはいかない。それは彼の仲間として、加山の仕事である。

 田枯をここで殺すことも。

 彼女は屋上庭園のど真ん中まで走ると、背中が小さくなっていく田枯の方へ振り返る。そして鴉から手渡されたリボルバーを懐から取り出すと、周囲の人間たちを無視して、叫んだ。



「──田枯ィィィィーーッ!!」



「!」


 声を振り絞って、田枯の名を叫ぶ。

 屋上庭園はさらに上のフロアが天井として存在しており、彼女の声はよく響いた。庭園にいた人々も驚いた様子で彼女の方を見ていた。

 そして田枯も、加山の方を振り返る。


「私が加山だァッ!! お前たちが探している加山優香ッ、かかってこい! 妖怪ッ!!」


「なん……だと……」

 

 加山は30メートルは離れた田枯にリボルバーを向け、自分の正体を打ち明ける。

 田枯もそんな加山の行動と、明かされた正体を知って驚く。

 だが、ここからの彼の行動は早かった。

 再び屋上庭園の方へ歩き出し、加山へとまっすぐ迫る。


「来るか……!」


 加山はリボルバーを構える。

 すると田枯の顔にボッボッと穴が空いていき、まるでスポンジのような外見に。

 屋上庭園に居合わせた人々はその様子を見て悲鳴を上げる。

 しかしその直後、彼らは田枯の頭から伸びた何本もの触手で体を突き刺され、一瞬で水分を抜き取られてミイラのような姿に干からびていく。

 先端がパイプのように穴が空いている触手群は、逃げていく人々も殺していく。


「動きは大したことないッ──」


 触手は加山にも迫る。

 迫り来る粘液まみれの触手を、一本、また一本と撃ち抜いて無力化していく加山。

 撃たれた触手は簡単に千切れ、床に落ちるとぐずぐずになって溶けていった。

 だが触手は止めどなく伸びていき、弾丸はやがて底をついてしまう。


「加山……加山優香! お前を連れてこいと月兎サマから仰せつかってんだ! 殺しはしない。んだが、ちょっと痛ぇ目遭ってもらうぞっ」


「くぅっ──!」


 再装填の余裕は無い。

 田枯はすでに目前に迫っており、完全に人間の頭部でなくなった頭からは十本以上の触手が(うごめ)いていた。

 粘液を垂らしながら、それらが加山に近づく。

 今更になって彼女も走って逃げることはできない。銃で撃ち抜けるスピードでも、足で走れば追いつかれることは必至。

 だが、彼女からすればこれで良かった。

 田枯はまんまと誘われたのだから。



 ボンッ──!!



「んばッ──!!?」


「……間に合った。ありがとう、覚……」


 田枯の頭が弾け飛ぶ。覚の狙撃によるものだった。

 頭部を失った田枯はまだ生きており、その場に倒れ伏しても手足は虫のようにぎこちなく動き続けている。


「意外と生命力あるのね……。でも」


 服の中でもボコボコと触手が飛び出そうと蠢いており、放置しておけば再び加山たちの脅威になる状態。

 しかし加山は冷静にリボルバーに弾丸を込め始める。六発全てを弾倉に込めると、倒れている胴体に向けて全ての弾丸を撃ち尽くす。

 そしてようやく、田枯は動きを止めたのだった。


「……覚、私、役に立てたかしら」


『ああ。上出来だったぞ、加山さん』


 トランシーバーから労いの声を聞くと、加山は全身の力が抜けてその場に座り込んでしまう。

 これが彼女の、初めての妖怪狩りとなった。

 人生最大の緊張はピークを超え、硝煙と共に消えていくのだった。


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