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暁の黄泉鴉  作者: 雅移 悟李羅
東饗──『偽りの太陽』編
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52/110

51.屍山血河

『鴉!』


「……!」


 懐に入れていたトランシーバーから加山の声が響く。

 陰摩羅鬼と対峙していた鴉だったが、彼は攻撃を回避する中で加山のことも同時に心配していた。

 彼女の元気な声を聞いてひとまず安堵する鴉。


「俺に連絡してきたってことは、お前と一緒にいた妖怪は──」


『ええ、覚と一緒に倒したわ! 動かなくなるまで弾丸を撃ち込み続けたから大丈夫よ。今は屋上庭園を抜けてエレベーターに乗るところ! 鴉は!?』


「……T2スタジオだ。まずいことになった……うっ!?」


『鴉!?』


 頭上から襲いかかってくる黄色い炎。

 鴉は左手にトランシーバーを持ったまま、転がるようにして炎を回避する。

 未だ気絶している女性たちから陰摩羅鬼、そしてその攻撃を遠ざけるためにスタジオの中央へ向かうように。

 陰摩羅鬼は相変わらず滞空しており、鴉の刀による攻撃は届かない。彼は防戦一方だった。


「"陰摩羅鬼(おんもらき)"だ。スタジオにいた人間を殺して、その死体から生み出された妖怪! 飛んでばかりで俺の攻撃も届かん上、生き残りもいる! 加山、お前に渡した回転式拳銃(リボルバー)を持ってきてくれッ」


『わ、わかったわ! T2スタジオ……三階よね。今行く!』

 

「──さて……」


 トランシーバーを再び懐に戻す。

 燃え盛り、鉄が溶けゆくスタジオは地獄そのもの。

 時間が経てば経つほど気絶している女性スタッフの命も短くなっていく。

 ここで一石を投じなければ、陰摩羅鬼の討伐はより困難になる。

 何故なら。


(やはりな……。陰摩羅鬼の妖力がどんどん膨れ上がっていってる……。絡新婦や自分が殺した周囲の死体から"力"を吸い取っているんだ)


 陰摩羅鬼の性質。

 この妖怪は人間の死体に残る妖力、あるいは残留する霊力が妖力に変換されることで生まれる。つまり周囲の死体からも力を吸い上げ、さらに強化されるのである。

 火葬されていない生の死体が(たきぎ)になる。殺せば殺すほど強くなる。

 打ち捨てられた死体や魂、その怨嗟(えんさ)の炎に焼かれる怪鳥。それこそが陰摩羅鬼だ。

 

「派手に葬儀をあげてやるよ」


「ギュアアアアガガガッ」


 鴉は陰摩羅鬼に背を向け、溶けつつある設備や鉄の棒を掴み、または蹴り上げて素早くスタジオの上階を目指した。

 照明の吊り下げられているワイヤーにあっという間に到着すると、さらに上からかの怪鳥を見下ろす。

 ワイヤーを片手で掴んでぶら下がる鴉。陰摩羅鬼も、その行動を理解できていないのか彼をただ見上げているばかりだった。

 鴉は一旦刀を腰の鞘に納めると、懐に再び手を忍ばせる。

 取り出された魂灰(こんはい)の入った小瓶だった。


「受け取りなッ」


「……!?」


 鴉は自分の握力にものを言わせ、小瓶を握り砕く。そしてガラス片と同時に灰を陰摩羅鬼に投げ出した。

 それを攻撃と判断した陰摩羅鬼は、当然口から炎を吐き出して灰を焼き払おうとする。

 しかし──


「グゥ……ッ!!?」


 宙に舞った灰は、まるで鉄の壁のようにしてはたらいた。

 灰と黄色い炎は相殺されるかのように空中でぶつかり合い、むしろ炎は灰に抑え込まれてそれ以上は広がらない。

 妖怪の魂の遺灰は、妖力を退けたり無効にする力を持つ。陰摩羅鬼の恐ろしい炎すらもその対象であったのだ。

 魂灰の効能はそれだけではない。ほんの少しだけ、灰は右足を蝕む火傷にも触れた。それと同時に火傷の進行もぴたりと止まったのである。


「……もっと早く使っとけば良かったな。膝から下はボロボロだが……まあ、治るだろ。こいつに勝てば」


「グゥ……!!」


「しばらく碌に炎は使えない。そして()()()()、お前を斬るのにうってつけだ──!」


「ガッ!?」


 鴉はワイヤーにぶら下がったまま、自分の体を思いきり揺らす。

 ワイヤーが(たわ)むのを利用し、鴉はワイヤーを軸に一回転。そしてその勢いを利用して、目下に翼を広げる陰摩羅鬼へと飛びかかった。


「はああっ!」


「ゲェェアアアアッ!?」


 宙に舞う灰を突き抜けると同時に、鴉は素早く抜刀。

 陰摩羅鬼の胸元に袈裟斬りを放った。

 そうして大きな一文字を刻みつけられた陰摩羅鬼は鴉と共に燃え盛るスタジオの床に落下。しかしそれだけでは終わらず、そのまま鴉に馬乗りにされて胸を何度も何度も突き刺される。


「フン! はぁッ、はアァッ!」


「ゲッ、ガァッ、グガァァッ!!」


 刃を突き刺し、引き抜く度、ブシュッブシュッと赤黒い血が飛び散る。

 死体から生まれるだけあり、その血は酷い腐臭を放っていた。

 このまま殺し切れる。そう確信して腕を振るい続ける鴉。しかし、現実は甘くはなく──


「ガァアアアアアアアッ!!」


「うあッ……!?」


 陰摩羅鬼は力を振り絞ってのたうち回る。

 その勢いによって鴉は思わず陰摩羅鬼の体から振り落とされてしまう。

 力を使い切ったということもなく、怪鳥は再び翼を羽ばたかせてスタジオの宙へと飛び上がった。


「くっ……! まだ動けるか」


「グゥゥゥ……!」


「……? 何を──」


「ギュアアアアアガァアアアアアアアッ!!」


「!? 壁に穴を!?」


 陰摩羅鬼は全力をもって炎を吐き出し、スタジオの壁に穴を空ける。

 穴の先は廊下である。いきなり爆発するように大穴が空けられたためか、穴の先ではスタッフたちのものと思しき悲鳴が上がっていた。

 陰摩羅鬼は鴉に顔を向け、「追いかけてみろ」と挑発するように嘴を歪めて見せる。そして穴を抜けて廊下へと飛び出していってしまった。


「まずいッ……」



「キャアアアアアアアア!!」

「うわあああああああああ!」

「うわっ、な、何だあああッ!?」



「クソっ……!」


 陰摩羅鬼の炎が吐き散らかされる音。そしてそれに混じり、スタッフたちの絶叫が穴から木霊(こだま)する。

 廊下の惨状は想像に難くない。急いで陰摩羅鬼を止めねば死者が増え、陰摩羅鬼は強化され、鴉たちが月兎にバレることにも繋がる。

 鴉は壁際に寄せた女性スタッフたちを担ぎ、鉄扉を押して急いでスタジオの外へ出た。

 彼が目にした廊下はあちこちが黒く焦げ、黄色い炎が立ち昇りスプリンクラーが作動していた。そして焼け焦げた死体がいくつも……


「陰摩羅鬼は……クソっ、逃げやがったな」


「鴉!」


「! 加山……おい、デカい鳥の妖怪は見なかったか!?」


 廊下に出た鴉の後方から加山が走ってきた。

 彼女は鴉の問いかけに首を横に張って答えると、彼にリボルバーを手渡し、逆に彼が担いでいた女性二人を預かる。


「鴉、この被害は……!?」


「陰摩羅鬼だ。死体から力を吸い上げて強くなる……。炎をやたらめったらに吐き散らかしやがって、この様だ」


「死体から力をって……それ、死者が出るほど強くなるってことじゃ!?」


「──覚、テレビ局からデカい鳥の妖怪が出てきてないか」


『……いや、それっぽいのは出てきてないな。だが、三階の窓からは逃げ惑う人間の姿が見える。強い妖力の反応も、感じ取れはするな』


「敵は陰摩羅鬼だ。そいつが外に出てきたら、迷わず撃て。一発で殺しきるんだ。俺もできるだけ、逃さないようにするがな……」


『難しい注文だな』


 加山に敵についての情報を伝え、トランシーバーを用いて覚にも狙撃対象を伝える。

 難しいと口にした覚だったが、ガチャリとすぐに銃を撃てるよう準備する音がスピーカーから聞こえた。鴉は「頼もしいやつだ」と軽口を叩く。


「鴉、これからどうする?」


「決まってるだろ。陰摩羅鬼を追って、確実に殺す。加山は人間たちを安全な場所へ運んでから俺の近くに……いや、先に家に帰れ」


「えっ!? ど、どうしてよ」


「ここまで事がデカくなったんだ。テレビ局にまだ他に妖怪がいるのなら、俺たちの存在はとっくにバレてるはずだ」


「……!」


 加山は田枯のことを思い出す。

 彼はある時を境に、ひたすら別の場所に向かおうとしていた。加山は彼のその行動を鴉と妖怪の衝突を察知したからだと考えていたが、それは正しかったのである。

 そして鴉は、他の妖怪たちも同じようにこの戦い、あるいは陰摩羅鬼の出現を察したものだと判断した。

 月兎の目的が加山だとわかっている以上、この状況でテレビ局に加山を留め続けるのは愚策。田枯の反応から、少なくとも加山の正体は他の妖怪にはバレていないと鴉は考えた。


「お前は避難の名目でテレビ局を出て、そのまま家に帰るんだ。最悪なのは、月兎本人にお前が見つかること。その霊力の高さからお前が狙われているのなら、身分を偽っても意味が無い」


「…………わかったわ」


 加山は悔しげな表情を浮かべるが、鴉の指示に従ってスタッフ二名をなんとか引きずりながら元来た道を引き返し始める。

 残された鴉は、廊下の先を見据えて足を進め始める。

 瑞子鳴河(みずこめいが)窮奇(きゅうき)に比べれば単体での戦闘力は高くない。戦う上で最も困難を極める要因とは、『一目連龍水道はじめれんりゅうすいどう』よりも圧倒的アウェイな戦場であるということ。

 情報を漏らさず、何体いるかわからない敵が溢れる中で……





「……そうか。フシにいよいよ鴉が……。歓迎するよ」


 陰摩羅鬼の出現か、部下の連絡か。

 四大財閥トップ、月兎も動きを見せようとしていた。

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