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暁の黄泉鴉  作者: 雅移 悟李羅
東饗──『偽りの太陽』編
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109.焼け野原

 渾沌(こんとん)の消滅を見届けた玉藻は、再びパチンッと指を鳴らす。

 彼を取り巻く、中国の仙郷の光景は瞬く間に霧と化し。

 ()()()()()そこにある、東京湾へと様変わりした。


「……さて、また月に行かないとな」


 玉藻はスーツの袖をズラし、腕時計に目をやる。

 時刻は十三時を回ろうとしている直前だった。


帝江(ディージアン)は渾沌の肉体からでてきた。肉体を同じくする存在なら、あの神も消えているだろう……。だが──」


 玉藻が案じているのは、自身が置いてきたのは分身のこと。

 "月夜深(つくよみ)"。自己学習し成長する、人工知能を搭載した妖力の塊である。

 そのために、放置していればやがて玉藻と同等の力を持つ存在になりかねない。

 "消すこと"は容易だが、"制御"は彼にとっても難しかった。


「さぁて……どうなっているんだろうなぁ。今回は」


 玉藻は頭をかきながら、面倒そうに呟く。

 そして、"転移"を使ってその場から姿を消した。



───────────



 (からす)月兎(げっと)による、『フシテレビ』での戦闘から六時間以上が経過した現在。

 『四凶』は全員が死亡。

 そして、その戦いの影響で東饗(とうきょう)の各地が甚大な被害を受けていた。

 


 斗島(としま)区、至端(いたばし)区は消滅。

 喜多(きた)区の一部も破壊的暴風の威力により、消し飛んでいた。


 胎東(たいとう)区、墨陀(すみだ)区、香東(こうとう)区は檮杌(とうこつ)による『東饗大空襲』の再現によって焼き払われた。


 神宿(しんじゅく)区──中でも西神宿(にししんじゅく)は瑞子の津波や蚩尤(チーヨゥ)の攻撃によってガレキの街に。

 

 

 死傷者数は数百万に届くほど。

 もはや妖怪の存在は白日の下に晒され、人間は彼らに恐怖する。

 SNSでは、「終末」「審判の時」といったワードがトレンドを独占。

 文字通りの阿鼻叫喚(あびきょうかん)の様相であった。



 ──誰だよCGとか言ってたやつ!? 俺の家が無くなった。街ごと消えた!


 ──友だちと連絡がつかない……。お願い、無事でいて。


 ──朝やってたニュースはマジなのかよ。自衛隊と警察は何やってんだ!? 国は動かねえのか!?



 誰がどれだけ助けを求めようとも、国は動かない。政府はすでに、玉藻の飼い犬にされていたのだから。

 自衛隊は来ない。

 警察も、何もできない。

 月兎に立ち向かった長濱(ながはま)刑事やその部下たち。妖怪に抗う意思を持つ人間は、もう残されてはいなかった。



「おい、いつまで寝てる」


「…………う……」


「派手にやったな。だが、よくやった。これで……『四凶(じゃまもの)』はいなくなった」


 荒野に倒れ伏す(からす)に、声をかける者が。

 意識を取り戻した鴉がゆっくり顔を上げると、そこには茨木童子が立っていた。


「……い、茨木童子……。邪魔者はってことは……お前たちも、檮杌を?」


「ああ。倅殿(せがれどの)に代わって、俺が消した。おそらく瑞子も『四凶』の一角を消しただろう。やつの妖力を西神宿で感じ取ったが、消耗したんだろうな。俺たちが近づいたら消えやがった」


「……そうか、瑞子も」


「残る一体はわからんが……南西の方で玉藻の妖力を感じた。おそらく、『四凶』たちはあいつの手を噛んだ。そいつも玉藻に消されたと考えるべきだ」


 茨木童子は左手を鴉に差し出す。

 鬼がそんな行動に出るとは思わなかった鴉は、上体を上げたまま一瞬固まる。

 茨木童子はそんな彼の腕を掴み、無理やり引っ張り立ち上がらせた。


「次の標的は、瑞子だ」


「ああ。そういえばまだ、作戦を聞いてなかったな……。やつには、どうする?」


 尋ねる鴉の全身を、茨木童子はじろじろと眺めた。


「まずは補給だ。そんなボロボロの姿じゃ、こっちが集中できん。行くぞ、西神宿へ」


「え? あ、おい」


 茨木童子は鴉を置いて、早歩きで北へ向かった。

 鴉はまだ痛みの残る体をなんとか動かし、その後を追った。



───────────



 鴉が案内されたのは、かつて瑞子と戦うために訪れた『虎水館』──その地下に広がる、地下神殿こと『都心地下放水路』。

 以前の戦闘の跡が依然残るこの場所に、『赫津鬼会(あかつきかい)』の鬼たちは大量の荷物を運搬していた。

 ダンボール箱の山、木箱や大きなカバンも無数に運び込まれており。

 簡易拠点が設営されていた。


「茨木童子、これは──」


 振り返らず歩き続ける茨木童子に、鴉が背後から声をかける。

 しかし言いかけたところで、言葉を止めた。

 地下放水路の壁際にあるテントの下で、瞑想(めいそう)をする鬼童丸の姿が目に入ったのだ。

 右半身を包帯で覆っており、『四凶』檮杌に負わされた傷の酷さを鴉に感じさせる。


「……あいつ、あんなになるまでやられたのか?」


 鴉は「信じられない」と驚く。

 一度は刃を交えた仲だからこそわかる。

 鴉はその時、一太刀も有効打を与えることができなかった。

 そんな鬼童丸を、再生の限界まで追い詰めた『四凶』檮杌。鬼が引き受けてくれて良かったと、鴉は思わず息を吐く。


「フン。我が右腕ながら、まだまだ甘い。檮杌ごとき、楽に狩ることができねば……瑞子との戦いが思いやられる」


「……厳しいな」


「当然だろ。勝たなきゃならないんだよ、我々は」


 茨木童子は足を止めずに言い放つ。

 やがて、『赫津鬼会』本部にあった彼のデスクとデスクチェアが置かれたテントに到着する二人。

 茨木童子はデスクチェアに腰を下ろし、ため息を吐いた。


「茨木童子」


「うん?」


「お前の部下たちだが、ずいぶん減ったな」


「ああ、人間の構成員はほとんど死んだ。焼夷弾(しょういだん)に焼かれてな。生き残った鬼たちも、倅殿(せがれどの)のように手ひどくやられたもんで」


 『赫津鬼会』の構成員は、総勢千人を超えていた。

 そのほとんどが人間であり、彼らに生き残りはいない。

 現在の構成員は、三十名弱の鬼だけ。彼らも茨木童子や鬼童丸に比べれば有象無象に過ぎない。


「計画を教えろ。瑞子にはどうやって勝つ」


「やつはここで迎え討つ。『一目連龍水道はじめれんりゅうすいどう』のホームグラウンドである、この地下神殿で」


 茨木童子の返答は、鴉にとって予想外のものだった。


「なに……!?」


「瑞子は事実、この場所を手放した。今はどこかで休んでいるはずだ。消耗した妖力を回復させるために」


「待て、それでもここはあいつの支配下だ! 知らないわけないだろう! 瑞子はこの逃げ場の無い地下に、いくらでも水を引き込めるんだ!」


「ああ、そうなれば外に出るしかない。だがその前に瑞子は──」



「この東饗を、押し流す」



 茨木童子はきっぱりと言い切る。


「なんだと?」


「お前は勘違いしているんだろう。瑞子にとって、一番邪魔な存在は何なのか」


「……俺たちじゃないのか?」


「違う」


 茨木童子はデスクの引き出しから煙草(たばこ)を取り出す。

 そしてそのまま煙草を持って動きを止める。

 が、しばらくして何かを思い出したように煙草をデスクの上に置いた。


「やつは、人間を何より憎んでいる。俺たちは瑞子にとって、()()()()でしかない」


「……人間を」


「そういう過去があるということだ」


「だから東饗を押し流す、と。そう言い切れる理由もわからないが──」


「いいや、絶対にやる。そんな瑞子を止めていたのが……玉藻と月兎だ。あいつらは人間社会をおもちゃ箱と思っているフシがある。だから、瑞子が勝手な真似をしないよう釘を刺していた」


 玉藻に対して並々ならぬ思いを抱いていたのは、人間への攻撃を彼が止めていたからだった。

 

「東饗を押し流してから……瑞子はどう動くと思う」


「ここにいる俺たちとの決着をつけに来る。全力で」


「玉藻は」


「その邪魔をしてこない。これまでのようにな」


「……」


 茨木童子の考えは、鴉からすれば証拠の乏しい決めつけだった。

 彼がそう疑っても、茨木童子の目は真っ直ぐで固く。

 

「……最後に一つ、聞いてもいいか」


「ああ。何でもいい。時間はあるしな」


「瑞子とお前なら……どっちが強い?」


 それはごく簡単で。

 しかし彼らにとって重要な質問だった。

 黒い太陽の力に目覚めたとはいえ、鴉と鬼童丸では瑞子に太刀打ちできない。それは事実だった。

 だが、今回は。

 親玉、茨木童子の力がある。


「……そうだな」


 茨木童子はため息を吐いて、言った。


「一対一なら、俺が負ける」


キャラクター紹介

渾沌(こんとん)

種族:半人半妖 年齢:3000歳以上

身長・体重:渾形態309cm・419kg、沌形態180cm・80kg

古代中国を支配していた、三皇五帝の末裔たる人間である。しかし生まれながらに持っていた異形と異能を理由に、捨てられた過去を持つ。

渾形態では三メートルを超える巨漢で、顔に呪文の書かれた札を貼っている姿。沌形態では、獅子のような獣人の姿となるが(たてがみ)や眼球、鼻、口は皮膚の模様や窪みでしかないという姿となる。

一言も言葉を発さない上、筆談もしない。意思の有無すら確かではないと思われていたため、他の『四凶』からはパシリであったり子分扱いされることが多かった。

能力はあらゆるものと混じり、分たれること。物質や概念にも混ざることができる。神帝江(ディージアン)に、胎児の時に七穴と臍を捧げるという取引を強制され、尋常の術では死なない体にされてしまった。

渾沌は王座を『四凶』として目指していたに過ぎず、王座を欲していたわけではない。『四凶』というつながりそのものが、渾沌にとって全ての指標であった。

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