抵抗勢力
威嚇はいらない。示威する意味はない。
ただの餌にそんなことをして何の意味があるのか。
内臓が活発に動き腹の音がフロアを響かせるようになると、一口を飲み干したアギの体は大きく反り返り、瞬時にもう一人に飛び掛かり喉仏に食らいついては首を振って肉を噛み千切る。
ナイフより鋭い新しい歯は容易く皮膚を突き破り、食道ごと首の前半分を本体から切り離す。
食いちぎった破片が近くにいた別の男の顔に降りかかると、唾液と血と、胃酸が混じった液体が皮膚に付着し、そこだけ煙をあげて陥没したように男の顔に浸透していく。
突然顔を焼かれ悲鳴を上げる。男の顔はそこらじゅうが小さな穴だらけになり血が滴り始め、仲間も一瞬で二人が食い殺されもう一人も顔に何かをかけられて悶絶している様子に理解が追い付かない。
10秒以内に起こったこの出来事に全員が固まる中で、更にもう一人の男は恐慌状態になりながら発砲する。
その狙いは目標ではなく方角。
寄せ付けたくない。来ないでほしい。そんな願いは聞き届けられず。銃弾は立ち尽くして息絶えた仲間の遺体を貫くばかり。
アギの体は遺体の股をくぐって猛獣のように飛び出して銃を乱射する男の顔に迫るが、腕で顔を守り左腕を一噛みで砕くと左腕は皮一枚で繋がって垂れ下がる。
「やめ、やめて」
懇願する男は目をつむって抵抗するも、終わりの時はやってこない。
ふと目を開ける。その一瞬で目に入ったのは眉間に向かって飛んでくる一発の銃弾と、銃弾の上をバク転で飛び上がるアギの姿。
左腕を噛み千切られた隻腕男から離れながら、別の男の射線を隻腕男に誘導して屠りながら次の敵に向かう。
次の男は勇敢にも飛び掛かるアギに臆さずに精確に発砲するが、アギは左腕を前にすると飛び出したかのように爪を伸ばした。10cm以上の爪は弾丸に削られながら弾道を逸らさせアギは無傷のまま勇敢な男に組みついて食い殺す。
次の者は遠くにいた。背を向けてどこかへと生を求めて逃走する。
逃げた者は追わない。脅威は去っていった。
周りにある遺体。新鮮な肉に囲まれながら躍動する内臓は踊るかのようにアギを掻き立て、耳まで裂けた口から見える歯は人の物とはかけ離れ、肉を切り刻むためにあった。
「……」
獣の食事を見つめる仁美はガタガタと震えながら恐怖におびえるしかなかった。
―――
ボックスは衛利の眠る部屋で、鋼埼を前にしてホログラムを起動する。
「さてはて色々君に聞きたいことがあるが」
「今更なんだ」
「これだ」
ホログラムに映ったのはアギの顔写真。鋼埼は目を閉じて思案する。
「何が聞きたい?」
「この子はなんだ? 先日の生体データを取ったそうじゃないか?」
「お前はどう思う?」
「利府里司徒の娘」
「身もふたもないな」
素直に認める風に言う鋼埼だが、ボックスは続ける。
「知っていたのか?」
「そんなわけない。もしかしたらラボの人間は全員知らないはずだ。でなければ3年前、とっくに檻の中の実験動物だろう」
「どれだけ強化検体の因子を含んでいる?」
「この段階では、まだ生体CPUと交感能力が遺伝しただけにとどまっている。だが……」
鋼埼が言い切る前にアギの透過データが映し出される。心臓の部分に赤くマーキングされた臓器があった。
「再生臓器。既に発現しているようだが?」
「使う機会がなければ、貪食作用は起こらない」
意外と素直に答える鋼埼にボックスは平静を保てないように聞いた。
「なぜ奴は子供作った? 性や愛に無縁なあいつが、研究所の管理も受けながら、遺伝子が不安定で精子も使い物にならなかったはずだ」
鋼埼は首を横に振った。
「さぁな。そのどれにも保証はない。あいつに性とか愛とかは興味なさそうであったのかもしれないし、知恵の実と共に育ったあいつを本当に管理していたのかさえ怪しいし、自分の体を好き勝手変えれるなら精子ぐらい操作できたっておかしくない」
「……なぜだ」
「奴が知っているんじゃないのか? 司徒のコピーが」
ボックスは怒鳴りつける。
「あれは失敗作だ!あいつの記憶データはファイル死亡直後に消失して霧散した。他人の記憶や感情が入り混じった出来損ないだよ」
「なるほど。それで? その子をどうするんだ?」
「殺してやる。私たちの手元には既に【知恵の実】への鍵がある。生体CPUのアクセス権利を持っているのは私だけでいいんだ」
「ユリアス・ホワイトに知恵の実とは別規格でORIGINをインストールしたのはこのためか」
「ともかくだ。有機体共は私に座を譲るべきだ。どちらが優れているのか。今すぐ証明してやる」
独りですごむボックスに鋼埼はかける言葉が見つからず、ただ小さな体が部屋から出ていくのを見送ることしかできなかった。
―――
食事が済んだ。
座り込むアギに仁美は動けずにいた。明らかに理性を失ったように暴れたのだから、猛獣を前にしたように震えるしかなかった。
だが、アギは仁美の方を睨みつけると一歩一歩近寄ってくる。
「こ、こな……」
仁美は言葉を飲みこんだ。アギがこの言葉を聞いたらどう思うだろうか? もし理性が残っていたら拒絶された自分を食らうかもしれない。だが、理性がなく食欲だけで動いているなら、もう自分達の命運は尽きている。
「う、うぅぅぅ……」
立ち止まったアギは顔を両手で抑えて座り込む。腹の音が響くが噛みしめるアギは内臓の要求を拒絶しているように見えた。
「これ以上近づくな」
仁美が下を見ると、顔をあげた柿種は無事な手で拳銃を持ってアギに向ける。
「柿種さん!」
「あがああああああああああああああああああっ!!!」
制しようとした仁美の言葉をかき消し、獣のように体をそり返して叫ぶと、どこかへと走り去っていく。
「仁美。俺はあれを知っている」
意識を取り戻しても息絶え絶えの柿種は再び頭を床につけた。
「大丈夫か?」
再び仁美が顔を上げると真っ白い外骨格が見えた。
「柿種氏を発見。負傷している模様。バイタルデータを送る」
「あなたは?」
呆然とする仁美にユリアスは手を差し伸べる。
「レジスタンス、と言うべきか。私の名前はユリアスだ」
「レジスタンス?」




