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二度目は喜劇として

 マテリアルハザードを鎮圧した衛利がしばらく歩くと、見覚えのある建物が見えた。

 イヌモコーポレーションの本社セントラルビル。外観は真っ白く他の建物より遥かに巨大で人の目につきやすい九州新都市の象徴でもあった。そしてその特徴から外部の人間や一部の社員からは陰でこう言われていた。


『衛利。そろそろ装備点検と伝達があるから「豆腐」に寄ってくれって鋼埼課長がな』


 シックスアイからの呼びかけに気だるげに衛利は返した。


「了解。急いだほうがいい?」

『そりゃ急いだほうがいいだろ。お前以外誰がアイギス着て戦うってんだ?』

「……労基に訴えたら絶対勝てるわね。私」

『労基なんてものはない。日本の統治なんて名義だけのもんさ。法も人もな』


 衛利はラングレーに乗り込み、ゆったりと加速させる。周りの景色が再開発中の暗闇から徐々に灯りのついた建物が多くなる。


「鋼山課長はもう待ってる?」

『作業の準備整えてさっきの戦闘のデータを見てらっしゃるよ。御大層なことで』

「そんなの5分以内にだいたい終わるわ」

『残念ながら俺は課長や衛利みたいに情報処理「お化け」じゃ……あー』


 シックスアイは気まずそうに次の言葉を探す。だが、衛利はきっぱりとして。


「別に悪意がないならどうと呼んでも構わないから」

『すまねぇ』


 セントラルビルの専用の整備場には、既に巨漢と坊主頭の威厳ある男が作業服を着て待っていた。


「お待たせしました。鋼埼課長」

「お疲れ様だったな。衛利よ。既に戦闘レポートの雛形は作成しておいた。あとは君が修正して出してくれ」

「ありがとうございます」


 ラングレーが鋼埼の元へやって来ると、鋼埼はラングレーを家族と接するよう優しく装甲をなでた。


「お前もいつもよくやってくれているラングレー。だが、そろそろ整備が必要だ。アイギスも預かる」

「分かりました」


 衛利は両手を少し上げると、アイギスの胸部や背部の装甲が両肩へ裂けるように寄り、複雑に編まれた疑似筋力ワイヤーの束がほどけた。自動で滑らかに衛利の体からアイギスは剥がれていき、黒い全身タイツ。もといアンダーシャツだけとなった。


「しばらく休暇ですね」

「いいや、その前にお上からのお達しだ。なんだと思う?」


 疑問に対してつい知恵の実にアクセスする衛利を、苦笑しながら鋼埼はガラス玉が数個納められているケースを差し出した。暗号ホログラムが浮かび上がり衛利の神経と融合している「生体CPU」が鋼埼の認証を得て解読する。


 イヌモコーポレーション 特殊試験課 宛


 警察機構の要請により「知恵の実」を高ランクデータ処理可能な人員を治安維持活動に従事させる。社内選抜の結果「利府里衛利」が適任であると結論に達した。


 これに伴い利府里衛利の所属している特殊試験課の業務に、治安維持活動への協力を追加する。内容は追って通達する。                                      」


「……これって」


 険しい表情で声は震え、ホログラムから目を背けた。


「3年前から、イヌモは何もかも変わった。上層部の全員首が飛び。日本政府からの介入で大幅な再編と縮小にもあった。だが、遅かれ早かれこうなっていたろう」


 場に漂う重苦しい沈黙。それは専用整備場出入口からの陽気な声で破られた。


「影響力を保つ為かも知れないけど、俺たちを巻き込むのも勘弁してくれよな」


 金に染めたオールバックにサングラス。赤い革ジャンを羽織った見た目カジュアルな格好をした男。


「シックスアイ。お前にも辞令書が届いたと思うが」


「読んだよ。面倒は嫌いなんだが。かと言って辞めるに辞めれないんだ」


 課長たちより深刻な理由じゃないけどな。そう加えておどけて見せた。


「決まったもんは決まったんだ。前に失敗しているなら反省して気をつけりゃいいんだ。そうだろう?」


 いい意味でも悪い意味でも考え込む衛利は、根拠ない楽天さがあまり馴染まなかった。


「上層部が反省している気でいるだけで、済んでいなければいいけど」


 懸念と疑心の過剰だけではうまくいかない事も知っている。自分の運命を呪う時間があれば、運命に抗う為に備えるべきともとらえ直す。それはそれとして衛利はもう一つの不安を口にした。


「でも、ここ半年で9件もマテリアルハザードのテロが起きている。そろそろ警察機構も犯人の目星とか、せめて対策方法とか示してほしいけど」


「その対策が私たちなんだろ。警察機構も邦人の志願者がいないから難民に特殊部隊やらせているぐらいだ。周囲を封鎖して衛利が乗り込んで終わらせる方が良い」


 憶測に過ぎないがっと鋼埼は忘れずに付け加えた。


「それでうまくいっていたのは、獲物が現場から遠く離れなかったからで。もし、市街地や居住区に移動していたら警察だけで対処出来るはずがないわ。せめて国防軍や自警団とでも協力した方がもっといいと思うけど」


 最初から叶わない事は分かっている。テロ組織と表裏一体である自警団や、国防軍が駐屯し九州地方の企業自治を侵害するのは二つの超大国を刺激する事に繋がる。この地域の成り立ちに関わる問題だ。


 霧が晴れないままの闇だけが彼らの前に広がっていた。

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