マテリアルハザード
初投稿です
通信が入り女は目を開ける。時刻は深夜。夜の闇と地上の光で、流れる雲がよく見えた。
『こちらシックスアイ。やっぱり駄目だったとさ。出撃準備だ。衛利』
通信先のシックスアイと名乗る若い男がフランクな口調で呼びかけた。
「分かった」
女、利府里衛利は濡れ烏の長髪を後ろで結い髪留めでとめた。鏡で確認するとテーブルの上に置かれていたブレードを手に取った。
ブレードに反射する姿には局所を守る薄い装甲と、その奥に筋肉のように編まれたワイヤーが見えた。漆黒の外骨格。それが衛利の全身を覆っている姿だった。
『旧渡辺通り沿い。第4再建設計画の21番住宅棟。23分前に建設で使用されていたモビルマテリアルからウィルスプログラムが原因とみられる敵性マテリアルが出現。15分前警察機構が一帯を封鎖し、鎮圧チームが突入。11分前に沈黙し、先ほど全滅を確認。こちらに要請が入った』
「敵戦力は?」
『提供された情報では4つ足のトカゲ型が一体だけ。鋭い爪や牙で鎮圧チームを屠った。事件現場からまだ外へは出ていない』
部屋に置かれた装甲二輪へと歩み寄り、装甲で覆われたキャノピーを開くと、ふと窓から景色を眺めた。都市の光が流れては過ぎ去っていく。
『偽装コンテナを開く。ラングレーに乗ってくれ』
装甲二輪ラングレーに乗り込みキャノピーを閉める。内部は暗いまま衛利の視覚がラングレーの外部複合カメラとリンクし、外の景色が投影される。
壁が上部へスライドして持ち上がり、風圧が部屋へ入って来る。地上10メートルを走る都市循環輸送コンテナライン。一般貨物コンテナを改造した待機室から、その下を走る道路と降下の安全を確認する。
「ラングレー、出る」
急加速。ラングレーの電圧カタパルトを作動させ、宙から道路へ降りる。電磁力場で形成された不可視のタイヤで道路を疾走する。
「現場到着まで2分」
『了解。まだ獲物は外へ出た形跡はない』
無人の輸送トラックがたまに行き交う道路にラングレーを妨げるものはない。時速300キロを超える速度を出しても、人間が運転しない道路に法はなく。それ故、咎める者もいない。
目的の場所を確認し計測によって最適な出力で壁を駆け上がると、もう一度電磁カタパルトを作動させる。
「そのまま突入する」
ラングレーが高くジャンプし、現場を封鎖する警察の車両を飛び越えた。そのまま建設現場へと飛び込み、キャノピーが開くと空中でバク転するラングレーから衛利は飛び出した。
「アイギス」
衛利がつぶやくと、衛利の体を包む漆黒の外骨格の節々が発光する。
【アイギス起動。知恵の実へ接続】
限りなく0に近い時間。衛利の視界が光輝く。数多の青い光線が渦を巻き一つの球状となった塊のイメージ、そこから一本の光が衛利の胸へと延びると視界は現実へと引き戻された。
着地した衛利とラングレー。ブレードを抜くと一歩一歩慎重に建設現場の奥へと進み。足を止める。
横倒しになった4mもある鉄のタンクから、パチンコ玉より一回り小さな金属球体が大量に透明のジェルの混合物が床に広がっていた。
「マテリアルハザードの出現の現場ね」
『足元に気を付けろ。建設用モビルマテは機能停止にしてるが、戦うにしても邪魔な事この上ないからな』
「敵の位置を特定する」
既に建物の鉄骨を形成していたモビルマテリアルに、衛利が触れて目を瞑る。
「形成されているモビルマテリアルとリンクする。圧力がかかっている部分にマークを」
視神経に映る形成済みモビルマテリアルの3次元映像。そして正に頂上に異常圧力を示す赤い反応を確認した。
『確認した。隣の棟の屋上付近だ。こっちの偵察ドローンでも獲物を捉えた。呑気にキョロキョロしてやがる』
「了解」
衛利が走り出そうとしてまた足を止める。
「補正を解除してシックスアイ。配慮なんていらない」
『課長から止められてるんだ。あまりお前に精神的な負荷をかけるのは避けろって』
「いいから外して」
普段大人しく淡々としているだけに、衛利のここぞと言う時の圧力にシックスアイは渋々とうなった。
衛利の視界には床のある部分に黒塗りがされていた。それがなくなると眉が少し動く。モビルマテリアルと媒介ジェルに混じった赤い血液、それと断面が綺麗に避けた死体が文字通りゴロゴロと転がっていた。
「鎮圧部隊ね」
死体に付けられているヘルメット、防弾チョッキ。放られた突撃銃。そして、少なくともモビルマテリアルの現場に作業する人間はおらずいるとすれば彼らのはずだ。
その中にボウガンのような物に目を引かれた衛利は、それを手に取って眺めた。
「知恵の実に該当データなし」
『警察が極秘に開発していた対マテリアルハザード装備か。噂には聞いたが、勝手に使ったり解析したら怒られそうだが』
「この矢。デフォルトブレードと同じ初期化機能がついてる」
衛利が持っているブレードを見ると、ブレードは鋭い光を放つ。
『そんなほっそい棒切れで? 衛利のデフォルトブレードぐらいのサイズじゃないと撃ち込んだところで、モビルマテが敵性ウィルスから解放されるとは思えないが』
シックスアイは飽きれたように言う一方で。衛利は鎮圧部隊の死体をまじまじと見ていた。
「みんな日本人じゃないわね」
『現場の人間をやっすい金で難民雇ってるのは知ってるが、まさか鎮圧部隊のような保安までそれに頼るとは』
ボウガンを置き衛利は死体と血の床を避けて通る。ラングレーはウィリーで小さく跳ねながら器用に主と同じように避けて通る。
モビルマテリアルで出来た建物の骨格を形成している構造物は、床も壁もなく吹き抜けのようになっていた。見上げた衛利が「ソレ」を視界におさめた。媒介ジェルを体液のように滴らせ静かに獲物を待っていた様子だった。
「見つけた」
衛利がブレードを構えると、屋上付近にいるソレは巨体をゆっくり動かし構造物を伝って降りる。モビルマテリアルで出来た真っ黒のトカゲ。鋭い爪に牙を形成したソレは上から衛利に向かって飛びかかった。
「ラングレー右に!」
衛利は左に避け、ラングレーは右へと俊敏に避ける。建物の構造にも使われる鉄の塊が落下すれば、流石の建物の基礎も粉砕されてしまった。
アイギスの疑似筋力ワイヤーから発せられる瞬発力と、ワイヤーの一部を射出し構造体に吸着し収縮する動き、極小の電磁スラスターの3つの力で素早く3階まで構造物へ飛び移って振り向いた。
トカゲは倒れながら尻尾を衛利へ向けるとしきりに左右に動かし波打つようになる。
【尾部分の結合が弱体化、射出してきます回避を】
アイギスの警告で衛利は狙いを定められないよう、ワイヤーを出たらめに射出し構造物中を飛び回る。それに構わずトカゲはしなる尾の結合を解き、モビルマテリアルの塊が砲弾の如く射出される。
『衛利!そこはまずい。流れ弾が周囲に飛ぶ』
「ラングレー!パルスキャノン」
衛利に狙いを定めるトカゲの後ろから、ラングレーは後輪に電磁力場を形成し前輪を持ち上げトカゲに向けると、前輪の力場が前方一か所に集中して力場の塊を撃ちだした。
尻尾が強い力で貫かれ、結合が弱い部分はバラバラになって崩れる。トカゲは態勢を直すとラングレーに向き直り、パルスキャノンを顔面に浴びた。
衛利は屋上から飛び出す勢いを保ったまま屋上の構造体に打ち込んだワイヤーで宙がえりし垂直落下。ちょうどいい階の構造体にワイヤーを撃ちだし勢いそのままでトカゲの背中スレスレを飛び、トカゲの背中からモビルマテリアルが勢いよく流れ出す。デフォルトブレードには血のように媒介ジェルが付着していた。
【モビルマテリアルの初期化プログラム有効】
「次で仕留める」
突入した反対側の構造体に足を付けた衛利。思いっきり体を屈め衝撃を吸収しながら、そのままバネにトカゲの右前足に飛びブレードで切りかかると傷口が溶けだし、あっさりと切断される。
【ウィルス、ファイアーウォール変異。無効。初期化】
そのままトカゲに潜り込み左前足を切断。上半身が倒れ込んだところで先ほど大きく切れた背中の断面の反対側をアイギスが示した。迷わず衛利はその部分にブレードを食い込ませ走る。トカゲの腹から下が切り取られ、ウィルスコアが存在している上半身部分は手も足も出なくなった。
「ウィルスコアをはぎ取ります」
『気を付けろよ。筋力だけで暴れるからな』
トカゲの上半身は顎を動かしたりして暴れる。衛利は注意深く腹の断面にブレードを刺しこみモビルマテリアルを払っていく。断面でうごめく筋肉を模したモビルマテリアルはいやでも衛利の目につく。
(美味しくなさそうだけど、綺麗な筋肉)
頭の中で皮肉に混じった技術への称賛が浮かべて。剣先で断面を数回切り裂くとボーリングのボールに似た塊がトカゲの体から抜け落ちた。
『ウィルスコア。……でかいな』
「回収します」
ラングレーが近づき装甲の隙間から二本のワイヤーアームを伸ばして持ち上げると、透明な回収容器に納めた。
「いこっか」
衛利の言葉にラングレーがサスペンションを動かしてうなづく仕草をする。だが、何かに気づいた衛利は進まずに一点を見据えた。
「お待ちください」
男の声と共に強烈なライトが当てられ10人の外骨格を装備した隊員が突入する。一両の装甲車がライトを照らしたまま前進し停まる。そして、奥からスーツ姿の男が現れた。
眼鏡をかけた男は衛利に歩み寄った。男の真顔が負の感情を隠す仮面だと衛利は直感で感じる。
「化け物退治、ご苦労様でした。それと、そのウィルスコアは我々が預かります」
容器に手を伸ばそうとする眼鏡男の手を、衛利は横から掴んだ。
「挨拶をなしにしても。流石に身分証見せずにお渡しするわけにはいきません」
「これは失敬。私、北九州警察機構3課の柿種余里と申します」
警察手帳を取り出す柿種。知恵の実を参照し衛利はその男の言葉が本当だと確認した。
「それでも、こんなもの警察がどうなされるんですか?」
「そんなこと当方には関係ないことです。お渡しください」
衛利の牽制を冷たく返されると衛利はラングレーと声をかけた。ラングレーは容器を柿種の目の前に差し出し、柿種がそれに触れようとするが、アームを引いて容器を遠ざける。
「なんのつもりだ」
鉄面皮がはがれ嫌悪感を顔に浮かべた柿種はドスの聞いた声を発するが、衛利は動じずに言った。
「ごめんなさい。いたずら好きなのこの子。でも、この程度でそこまで怒らなくても良いと思いますが、相当お疲れのようですね」
更に顔を険しくする柿種に容器を押し付けて、一人と一台は現場を後にする。
トカゲのしっぽの残骸が隣接している建物にめりこんでいるのが見えた。開発地の周囲の暗さに衛利はほっと息をついた。
『衛利。あんまり警察機構を邪険にするなよ。こっちは仕事貰ってる身なんだ』
シックスアイは穏やかになだめた。
「いいよ。どうせまた依頼してくるから。私と同じような存在が作られない限りは」
髪をほどくと夜風でなびく。空を見上げながら衛利は帰路とも散歩ともつかず歩む。
『無理だろうな。上層部にとってトラウマをほじくる勇気はない』
雲は晴れずただ流れるだけ、それでも一点だけの隙間に瞬く星を見つけた。
「それにちょっと憎まれただけで、こんな事しなくていいなら安いものだと思わない?」




