6 偉大な魔法使い
アシュレイがベケット師匠の元で修行をしだしてから数年がたち、シラス王国は最大の危機をむかえた。
周りの数国が同盟を組んで、シラス王国に戦争をしかけてきたのだ。
シラス王国は小さな国だが、良い港を何個も持っていたので、他の国からねらわれていた。
アシュレイの住む田舎町でも、若者達は国境線の防衛へと兵役についた。
師匠のベケットは年老いた魔法使いだったが、国が滅ぶ危機に心を痛めていた。
「私では役に立たないかもしれないが、負傷者の治療ぐらいはできるだろう」
アシュレイも16歳になり、家から一人は兵役に出なくてはいけないとの命令が出た。
「祖父には兵役は無理だから、私が行くつもりです。
師匠は戦場に行かなくても良いですよ」
ベケット師匠は年をとっているので、治療の為に魔法をたくさん使うと命を落とすかもしれないとアシュレイは心配したのだ。
隣村のイルマも先年の冬に流感がはやって、治療で魔力を使い過ぎて、治療師なのに流感に掛かって亡くなったのだ。
アシュレイはイルマが自分をクビにしたのを気にして、呼んでくれなかったのに傷ついた。
この度の戦争で、ベケット師匠を死なせたくないとアシュレイは決めていたのだ。
こうしてアシュレイは戦争に赴き、シラス王国の危機を救った。
押し寄せる敵軍を、リュリューから受け継いだ魔力を使って押し返したのだ。
しかし、アシュレイは戦争でたくさんの人が死ぬのを見て、心を痛めた。
「戦争なのだから仕方ない」と周りの人達はシラス王国に勝利を導いたアシュレイに声をかけたが、自国のためとはいえ、敵国人を自分の魔力で殺したのだ。
「二度と戦争などごめんだ!」
そして、二度と他の国が攻めてこないように、天まで届くほどの防衛魔法を国境線にかけた。
普通の人々には防衛魔法は見えなかったが、魔力の強い魔法使いには緑色に輝く壁が天までのびて見えたし、人も矢も石も防衛魔法を通り抜けられなかった。
「これで私の役目は終わりました。
家に帰って、祖父母と暮らします」
国王は故郷に帰りたがるアシュレイを、首都サリヴァンに留まるように説得した。
「祖父母が心配なら、サリヴァンに呼び寄せたらよい。
立派な屋敷も用意しよう」
国の英雄になったアシュレイだったが、リュリューとの約束はまだ果たせてなかった。
夜毎、アシュレイは祖父母が眠った後で、竜の卵に魔力を注いでみたが、全く孵るようすはみえなかった。
「私の魔力を全て卵に注げば孵るのだろうか?」
戦争には勝利したが、敵国がまた攻めて来ないようにと、アシュレイは国境線に侵入を阻む防衛魔法を維持している。
偉大な魔法使いであるアシュレイにも、この防衛魔法を維持するのは大変で、竜の卵に魔力を全て捧げたら消滅してしまうだろうと悩んだ。
アシュレイの魔法により国を護ったシラス王国では、魔法使いの地位が高くなり、弟子になりたいとサリヴァンには魔力を持った若者達が集まってきた。
アシュレイは弟子を育てて、竜の卵を孵して貰うことを考えた。
十数年がたち、祖父母も亡くなったアシュレイは、つくづく首都サリヴァンでの生活に嫌気がさした。
偉大な魔法使いには貴族の令嬢との縁談も数知れず舞い込んだが、アシュレイは田舎で農業をしたいと考えていたので全て断った。
貴族の姫君に、農民の生活は無理だからだ。
サリヴァンを去る決意を固めたアシュレイは、リュリューから託された卵を眺めた。
「どうやら、この卵は私の魔力を全て使っても孵りそうにないなぁ。
かと言って、リュリューとの約束を破るわけにはいかないし……」
アシュレイは悩みながら眠りにつき、不思議な夢を見た。
……自分によく似た少年が桜の木の下で、竜の卵を落として慌てている。
すると、卵は揺れだして、そこに桜の花から出た魔力が吸い込まれていき、竜が孵るのだ……
アシュレイはその桜の木は自分の墓の上に咲いているのだと、目覚めて悟った。
「リュリュー、夢で教えてくれたのかい?」
自分の魔力とリュリューから貰った魔力は一緒になっていて、全てを注ぐのは無理だし、卵が孵る時期になっていないのかもしれないとアシュレイは考えた。
『あの少年は私の子孫かもしれないな……
毎朝、まとめるのに困っている癖毛が似ている』
ある夜、アシュレイは5人の弟子を部屋に呼んだ。
「私は幼い時に年老いた竜から卵を託されたのだ。
リュリューは命がつきようとしていたので、卵を孵すことができなかった。
私はそれからずっと卵に魔力を注いできたが、孵る様子もない。
多分、リュリューから貰った魔力で、防衛魔法を掛けているからだろう。
それと、まだ孵る時期ではないのかもな」
ここに集められた5人の弟子は、魔力に優れていたが、アシュレイの天まで届きそうな防衛魔法に常日頃驚いていた。
「師匠、あの防衛魔法は竜から得た魔力で掛けたのですか!」
驚く弟子達に1つずつ卵を、アシュレイは渡した。
「私が果たせなかった竜との約束をお前達、そしてお前達の弟子に託す。
いずれ、竜の卵を孵せる者も出て来よう」
アシュレイは自分の子孫が、この弟子達か、その弟子の弟子になるのだろうと考えて、竜の卵を代々受け継いで貰えばいつかは孵るだろうと肩の荷を下ろした気持ちになった。
全員が師匠がサリヴァンの暮らしを嫌がっているのを察していたので、これがお別れになるのだと悲しくなる。
「私達で孵せなかったら、弟子達に引き継ぎます」
一番若いトラビスが真面目な顔で引き受けてくれたので、アシュレイは安心してサリヴァンを去った。
戦争の時に知り合った騎士が、功績の褒美で田舎の領主になっていた。
アシュレイは名前を変えて、村の可愛い娘と結婚して、農民として穏やかに生涯を終えた。
……私が死んだら森の中に埋めておくれ。
そして、墓は小さな石に名前を彫るだけで良いから、その横に桜を植えて欲しい……
長生きだったアシュレイの死を看取った、年老いた娘達は墓代わりの石の横に桜の苗木を植えた。
「お父さんは変な遺言を残したわ」
「私達には理解できない考えがあったのでしょう」
魔法使いの素質を受け継いだ娘の一人は領主に嫁ぎ、もう一人は田舎で優秀な治療師として過ごした。
そして、数百年後、くるくるの落ち着かない巻き毛の男の子が、祖先の墓とは知らず桜の花から飛び出す金の光に驚くことになる。
「お父さん、金の光が舞ってるよ!」
父親は小さな男の子を抱き上げて、そんな物は見えないよと笑った。
この男の子は竜の卵を孵し、シラス王国の守護魔法使いになるのだが……これはまた別のお話……
終わり
これは『魔法学校の落ちこぼれ』に出てくる偉大な魔法使いアシュレイの物語です。
『魔法学校の落ちこぼれ』はこの物語から300年後の話です。