球技大会1日目(6月第4週)
四季が丘学園高校の球技大会は、2日間に渡って行われる、学科関係なく全クラス参加の行事である。
競技は全7種目。男子ソフトボール、男子バスケットボール、女子フットサル、女子バレーボール、男女混合種目としてドッジボール、卓球、バドミントンである。
わたしは女子フットサルとバドミントンに出る予定だ。運動は得意じゃないけど、まあ、球技大会だし適度に頑張りますよ。
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頑張ると言っても、特進科には、運動より頭を使うのが得意な人の方が多いわけで。そんな特進科のチームでは、当然運動能力はたかが知れているわけで。
要するに、女子フットサル負けました。あっさりさっくり普通科の1年生に。しかもそのあと色々あって、結果わたしは今日一日おとなしくしていることになった。
今、保健室で、2人の男子生徒に頭を下げられているところです。
「本当にすまなかった」
「すんませんっした」
「いえ、だから大丈夫ですから」
早々にお引き取り願いたくて、わたしは必死に2人をなだめる。
なんでこんなことになっているかというと、簡潔に言えばわたしがぼんやりしてたからなんだよね。
あっさり朝イチで敗退したわたしは、同じように午後の競技まで時間が空いてしまった友達と一緒に、第一体育館に男子バスケットボールの試合を観に行くことにした。
体育館では、まだ1つ前の試合の最中で、観戦者も多かった。その中に、天羽さんの姿を見つけたわたしは、ぼんやりその様子を観察していたのだ。
すると、コートからすごい勢いのボールが天羽さんのほうに飛んできた。怒声や悲鳴が上がる中、ちょうど審判をしていた千鳥先輩が、見事に彼女をかばい、飛んできたボールを弾く。おおっ、すごい、少女漫画のワンシーンみたい! と思ったのもつかの間、千鳥先輩の弾いたボールが、なぜかわたしの頭の右側を直撃。
怪我はなかったものの、眼鏡が歪んでしまったので、保健室で頭を冷やしつつ待機することになった。付き添いで来てくれた友達は応援に戻ったので、保健室の先生とお喋りして、迎えを待つことにしたのだ。
すると、先の2人、千鳥先輩と連雀くんがやってきた。どうやらボールを投げたのが連雀くんだったらしい。ボールに当たったわたしが保健室に行ったと聞いて、わざわざ来てくれたのだ。
そして、今わたしは2人に謝られている。できればあまり関わりたくない人たちなので、今日のことは忘れてもらいたい。
そう。ついにわたしは、攻略対象のうち、顔を知らなかった連雀守くんと遭遇してしまったのだ。ああ、こんなインパクトのある形で知り合いたくなかったよ。
「眼鏡、弁償する」
「あー、いいですいいです。事故なんだし」
「これだいぶ度がきついっすけど、なくてへーきなんすか」
「家に帰れば、コンタクトもあるから」
どうやらこの2人、あのボールに当たった人がいたことに気づかなかったらしい。わたしが保健室に向かっているとき、2人は、自分をかばった千鳥先輩を心配し、ボールを投げた連雀くんに小言を言って半泣き状態になった天羽さんをなだめていたらしい。そのあと、周りで見ていた人(連雀くんのクラスの女子らしい)にわたしに謝った方がいい、と言われてここまで来たそうな。
まあ仕方ないんじゃないかな。天羽さんはヒロインで、あなたたちは攻略対象なんだしさ。まあ、本人にそんなことは言えませんが。
「けど、今日はどうするんだ」
「お昼に友達がくるまでここで大人しくして、午後は自分のクラスの応援に行きますが」
「帰りは?」
「えっ、大丈夫ですよ」
もう1年以上通ってる道なんだから、1人で帰れますよ。だから、家まで送る、とか言うのやめてね? そういう少女漫画っぽいことは天羽さんにやってあげてよ。
「1人で帰って怪我でもされたらたまらない。家まで送る」
「いやいやいや、悪いですって!」
いやああ、やめてください! 先輩、こんなとこで正義感発揮しないで!
「しかし、見えないと危ないだろう」
「そっすよ。飛んできたボール避けられない人が、目が見えない状態で1人で帰れんすか?」
「うっ、幼馴染み! 幼馴染みに頼むから!」
さりげなく嫌味な連雀くんにムッとしつつ、それを抑えて急いで代替案を出す。
「幼馴染み?」
「ええ。だから、ご心配なく。ねっ!」
怪訝そうな千鳥先輩に、わたしは畳み掛けた。ええ、もう必死ですよ。彼らとの関わりを極力避けたいのでね!
「じゃあ、いま連絡してくれ」
「えっ?」
ええー、そこまで? 千鳥先輩の言葉に困惑した。今日初対面なのになんでわたしそこまで信用ないかな。まあ、確かにこっそり1人で帰ろうとはしてたけど。
結局、無言の圧力に負けて、ポケットからケータイを取りだし、むっちゃんにメールを送る。「今日の帰り、暇じゃないよね?」ってそれだけ。だって放課後練習するって言ってたんだもん。邪魔できないじゃない。
「あの、ちゃんと送りました!」
「ホントに大丈夫か?」
「はいっ、心配してくださってありがとうございました!」
わたしが笑顔を作ってそう言うと同時に、保健室の戸が開いて、クラスの友達が迎えに来てくれた。これでやっと逃げられる! と安心したのは言うまでもない。これでなんとか平和に球技大会を終えられそうだ。
なーんて思ったんだけどなあ。なんでこうなっちゃったかなあ。
「荷物、持つぞ」
「ダメです。先輩に荷物持ちなんてさせられません!」
「んじゃ、おれが持つっすよ」
「いや、もう送ってくれるってだけで充分……」
充分お腹痛くなりそうだから、ほんと勘弁して。うう、周りからの視線が痛いよ。視界がぼやけるのは眼鏡がないからだけじゃないと思う、絶対。なんでわたし、千鳥先輩と連雀くんに挟まれて歩いてんの?
「最寄り駅は?」
「鴨宮です。でも、なんで……」
むっちゃんからのメールの返事は来なかった。だから1人で帰ろうと思って、下駄箱で靴を履き替えようとしたところで千鳥先輩と連雀くんに捕獲されたのだ。
「羽鳥サンの幼馴染みって鳩谷サンでしょ? あの人、このあとクラスで練習するって言ってたっすから」
むっちゃんと一緒でないことがばれていたらしい。まさか、連雀くんとむっちゃんが繋がってるとはね。そして、わたしとむっちゃんの関係を知ってるのも計算外だったよ。
せめて駅まで誰かと一緒に行ってもらえばよかった。でも、みんな塾だって言ってたからなあ。
「連雀くんは、練習ないの?」
「そういうの、ダルいんで。おかげでサボらしてもらいました」
「そう……」
いい口実だったわけね。連雀くんみたいなタイプが、自分のせいで怪我した女子を送る、なんて謙虚な真似、なんの理由もなしにするとは思ってなかったけど。
「千鳥先輩は、よかったんですか?」
「ああ。俺はそもそも運営側で競技には出ない」
「そうですか」
うーん、会話が続かない。共通の話題がないから仕方ないんだけど、どうしたものか。
「それにしても、あっちー!」
「き、今日は天気いいからね」
急に声をあげる連雀くんにビビりつつ、無難に相づちを打つ。すると、千鳥先輩がなんでか納得したような顔をして、また面倒なことを言い出した。
「少し休むか。どこか寄ろう」
「さんせー! 冷たいもんでも飲みましょー」
「えっ?!」
駅近くのコーヒーショップに向かって先に歩き始める千鳥先輩に呆然としていたら、連雀くんにぐいぐいと背中を押される。いや、ちょっと! わたしは行くって言ってないぃぃ!!
「座って待っていろ」
「えっ、あの……」
「おれも行きます。羽鳥サン、コーヒー? 紅茶? ミルクいります?」
「紅茶の方が好き。あの、でも、お金……」
あっという間にお店に入って、テーブル席に座らされる。しかも、なんかこれ、おごられる流れっぽい?
「おわびだ。アイスでいいな?」
「うー、でも」
「いいんすよ。ミルクティーでいっすか? ああ、あとなんか食います?」
「いや、あの……じゃあ、ミルクティーだけで」
テーブルの向こうに立ったまま、次々問いかける2人に逆らえなかった。だって、なんか妙に圧迫感が……。体育会系男子って今まであんまり付き合ってこなかったから、どう対応していいかわかんないよう。
はあ、とため息をついて、カウンターに向かう2人を見送った。てか、なんであの人たち息ぴったりなの? 前からの知り合い? こないだのむっちゃんレポートには書いてなかったぞ。
「待たせた」
「あ、いえ」
ぼんやりしていたら、千鳥先輩と連雀くんがトレイを手に戻ってきた。
「これ、ミルクティー」
「あ、ありがとうございます」
グラスを受け取って、ストローに口をつける。ごくんと一口飲んで、思ったより喉がかわいていたのに気づいた。アイスミルクティーうまー。
「今日は、本当に悪かった」
「おれも、すんませんでした」
「えっ、いやもういいですから。先輩がかばった子も、怪我はなかったんですよね?」
「ああ。大丈夫だった」
「じゃあ、このミルクティーでチャラです。ね?」
「ああ」
「羽鳥サンがいい人でよかったわ」
「普通だと思うけどね」
わたしが笑って見せると、2人の空気もすこし緩んだようだった。
「あの、羽鳥サン」
「なに?」
「鳩谷サンと付き合ってる、訳じゃ……」
「ないね」
連雀くんの探るような台詞を半ば遮るようにしてそう言うと、一瞬沈黙が落ちた。だって、わたしとむっちゃんとか、あり得ないもん。
「瞬殺っすね」
「だって、幼馴染みだし、ほとんど姉弟だよ? 血の繋がりも一応あるし」
「えっ、そうなんすか?」
「そういえば、少し似ているな」
驚く連雀くんをよそに、千鳥先輩から非常に冷静な感想が返ってきた。
そう、わたしとむっちゃんは似ているのである。眼鏡してると目立たないんだけど、目元の釣り具合がそっくりなんだよね。嬉しくないわあ。
「母親同士がいとこなので。目元がおんなじなんですよね」
そう言って苦笑すると、えーっと言いながら連雀くんが顔を覗き込んできた。びっくりして身を引いたら、千鳥先輩が連雀くんを小突く。
「あの、お2人も仲いいですよね?」
「ああ。兄弟弟子だからな」
「兄弟弟子?」
「おれ、こう見えて中学まで剣道やってたんす。千鳥先輩と同じ道場だったんすよ」
見た目チャラ男な連雀くんが、剣道をしてたなんて信じがたいけど、千鳥先輩との仲のよさを考えたら、嘘とは思えない。意外だわ。
「なるほど。でも、その髪は……」
「あーこれ? 地毛なんすけどね、一応」
「えっ!」
聞いてみたら、連雀くんのおうちは、どっかで外国の血が入っていて、きょうだいみんなこんな感じらしい。その金髪じゃ道場とかダメじゃない? と思ったら、そうじゃなかった。大変失礼しました。
けど、やっぱり昔は道場でも色々言われたみたいで、同期生とのいざこざも多かったらしい。千鳥先輩はその仲裁に入ってくれたのがきっかけで、仲良くなったそうだ。
「こいつの、口が悪いのもよくない」
「ああ、なんかわかります」
「はあ?! 別にフツーっすよ!」
千鳥先輩の発言にわたしは深くうなずいた。連雀くん本人は納得いかないようだが、わたしは保健室で暗にどんくさいって言われたことを忘れてないからね。
「態度もあると思うけど、挑戦的っていうか、好戦的っていうか」
「ええー?」
「そうだ。いいやつなのに勿体ない」
千鳥先輩の力強い言葉に、連雀くんは照れて顔を歪めたみたいだ。眼鏡がないから見えないのが残念だわ。でも、わたしもそう思う。ちゃんと謝るときは謝ってくれるし、気遣いもできる。思ったよりもいい人だったもん。まあ攻略対象なんだから、悪い人なこともないはずだけど。
「ちょっと気をつけるだけでも違うんじゃない?」
「なんすか、2人して。ほらっ、飲んだら行きますよ! せっかく練習から逃げたんで、おれは早く帰って寝たいんです!」
照れたのか、早くとせっつく連雀くんに負けて、わたしたちはバタバタとお店を出ることになった。
そのあと、2人は言葉通りうちのマンションの前まで送ってくれた。電車の中とか、歩いてる間も気を使ってくれて、退屈しなかった。2人が天羽さんの攻略対象じゃなかったら、もっと気楽に話せるのにな、と残念な気分になった。




