渡り人
ズルズルと忍者スーツ達を引き摺って先頭を歩くマティスさん。
その後ろを着いていく王女様と私。
なんともシュールな構図が出来上がっている。
それでも、マティスさんは私を全面的に信用しているわけではないようで、チラチラと後ろを振り向きながら一挙一動を見逃さんとしている様がとても鬱陶しい。
(確かにいきなり現れたセーラー服の女、しかも魔術を使ったとなれば警戒されるのは仕方ないけどさ…)
わかってはいても気分のいいものではない。
だが、それよりも気になることがある。
「あのー、マティスさん?重くないんですか?」
どこからか出した縄で忍者スーツ達をぐるぐる巻きにしたマティスさんは、何事か呟いたあと、小一時間は四人を引き摺って歩いている。
体型的に、そんな力があるとは思えないにも関わらずだ。
これを不思議と思うのは当然だろう。
それなのに、なぜか溜め息を吐かれた。
「こいつらには軽量化と眠りの魔術をかけた。暫くは起きないだろうし、重さは殆ど感じない。私にはこの程度の魔術しか使えないがな。それよりお前…本当に魔術師か?」
「マティス!恩人にお前とは何事です!」
「…申し訳ありませんでした。」
王女様の一声で渋々私に頭を下げたマティスさんだが、警戒度は更に上がった気がする。
私に対しての。
魔術で敵を倒した私が簡単な魔術を知らないのだから当然だろう。
だが、私は一介の女子高生なのだ。
異世界の魔術など知るわけがない。
そんなものは授業で習ってないのだから。
「御免なさいね。えーと?」
「あ、私の名前は涼子です。」
「リョーコ?不思議な響きのお名前なのね!でも綺麗な響きだわ!」
「はぁ、それはどうも」
マティスさん、いちいち睨みをきかすのはやめていただけないだろうか。
民主主義で育った私は王女様と話す機会がなかったのだから、多少の無礼には目を瞑って欲しい。
「マティスはとても優しくて良い近衛なのだけど、他者に対して厳しく当たることがあって…それに先程、私が刺客に狙われた事で少し気が立っているようなのです。気を悪くしないでいただけるかしら?」
優しくて良い近衛とは到底思えなかったが、西洋人形のような緑色の瞳をウルウルさせてコテンと首を傾げる王女様に逆らえるはずもなく、私は短く「はい。」とだけ返しておいた。
「フィーナ様、そろそろ森を抜けますが、今日はここで一泊した方がよろしいかと…もう暗くなってまいりましたし…」
「そうね、そうしましょう。リョーコさんもそれでよろしいかしら?」
「はい。王女様の意思に従います。」
「まぁ!王女様だなんて!リョーコさんは私の恩人、どうかフィーナとお呼びになって!」
すみません、王女様。
それは勘弁してください。
マティスさんの視線だけで殺されそうです。
パチリパチリと焚き火の火がはぜる。
その炎を見ていたら、一気に寂しさが押し寄せてきた。
(お父さん、お母さん、心配してるだろうな…百合は無事帰れたのかな…私も日本に帰りたい…)
涙が頬を伝う。
声を殺して泣く私をマティスさんがじっと見つめていた。
「リョーコ…だったか?なぜ泣いている?何があったんだ?その…お前を信用しない俺を怒っているのか?フィーナ様は眠っておられる。何でも話してくれ。泣かれると…どうすればいいのかわからない…」
困ったように、そして私を気遣うように言葉を選びながら話すマティスさん。
王女様…フィーナが『優しくて良い近衛』だと言ったのが少しわかった気がした。
この人なら私の事を話しても良いのではないか?そう思えるくらいには。
「マティスさん、私は迷子だと言いましたよね?」
「ああ」
「正確には迷子ですが、迷子ではありません。なぜなら…この世界に私の帰る場所は存在しない。私は…この世界とは違う世界から来たのです。」
「…渡り人…か?まさかそんな…あれは伝承のはず…」
私の言葉に驚きを隠せないマティスさん。
だが私はマティスさんが呟いた言葉に驚きを隠せずにいた。
マティスさんは今、私の事を『渡り人』だと言った。
もし過去にも私のような人間がいたのだとしたら…私は帰れるかもしれない!
希望の光が差したと喜んでいたその時の私は『伝承』という言葉の意味を正しく理解できていなかった。
伝承
古くからの言い伝えなどを後世に伝えていくこと。
その言葉が意味するものは、今、生きている人達は伝えられた側であって、事実は伝言ゲームのようにねじ曲げられているかもしれないということだ。
そう。私に不利な方向へと…。