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こてつ物語10  作者: 貫雪
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 そこにあった感情は、今までの憎しみや怒りとは無縁な、穏やかなものだった。


(俺は、これでやっと解放されるんだ。世の中からも、俺自身からも)


 犯人の心に、深い感銘が広がって行く。


 そうね。あんたはやっと気がついた。自分の心が自分自身を縛りつけていた事を。あとはこの、絶望する心を何とかすればいいの。やっと、人の心を手にしたんだから。

 生きてさえいれば、もっといい心を手に入れられる。たとえ、その命で罪を償うまでの間だとしても、このまま今、自分に絶望したまま人生を閉じるより、よっぽどいい何かを感じる事が出来るはず。

 今だったら、人として生きる時間を、あんたは手に入れられるわ!


 御子は心でそう叫んだ。だが、犯人には届かない。


(夜風が気持ちいいな。初めて知った。こんな感覚。最後の最後に、こんな気持ちになれてよかった)


 最後じゃないわ! あんたの心ひとつで、まだ、続けられるのに!


(もう、恨みも、道連れも、どっちでもいいか。引火しなければ、こいつらは喜ぶんだろう。だが、もうどうでもいい。俺は解放される。それだけで十分だ)


 犯人がライターに手をかける。ハルオ達はこてつを連れ、踵を返し逃げ出して行く。


 どうでもよくない! 考え直して! 生きる道を選んで!


 今、あんたの心は、子供のように純粋になっている。その心で、もっと生きてみて!


(世の中よ。あばよ。さよならだ。ただ、ちょっとだけ後悔するな。出来ればもっと早く、こんな気持ちで生きる時間が欲しかったな……)


 ライターの火が灯る。と、同時に犯人の断末魔の衝撃が、一瞬胸に湧き、そして、御子の心から犯人の感情が、消え去った。

 あとは虚空の中の、無……。


 ドオーン。


 音であらわすなら、そのくらいしか表現のしようがない。激しい低重音。

 強い衝撃に、ハルオ達は立ってはいられなかった。皆、身体を投げ出されてしまう。

 屋上からは離れ、全員階段を下っていた。しかし建物の突然の横揺れに、全員壁に身体を叩きつけられた。体重の軽い香とこてつは、さらに階段を転げ落ちてしまった。


「香! 大丈夫か!」ハルオが駆け寄る。


「いたたた。うん、大丈夫。思いっきり、お尻は打ったけどね。こてつは?」


「お、お前の上に乗ってるよ。よ、よく、と、とっさにかばえたもんだ」

 こてつは香の膝の上に、驚き顔のまま固まっていた。


「へへ。実は偶然。思わずこてつを捕まえちゃったんだ。下手したらこてつを下敷きにしてたかも」


「お、おいおい」そんな気、かけらもないくせに。どこまで本気なんだか。


「うわ。凄い……」香は起き上がりながら、屋上の方を見上げた。真っ赤な炎が屋上を舐めつくしているのが見て取れる。


 どうやら衝撃こそあったものの、建物は無事でいるようだ。湿った火薬では、爆発の威力はそれなりに抑えられたようだ。

 しかし、やはり漏れ出た灯油に引火はしたらしい。屋上は一面火の海に違いない。

 このままでは危険な事に変わりは無い。とにかく下へ逃げるしかないだろう。

 ハルオ達は全力で階段を駆け下りていく。



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